ある日の開店前


ユウ(2)……ネコ。チャン夫婦が経営する店にいる。
ティキ(?)……まだ出てない。









 とある街に、少し不思議なカフェがありました。
 そのカフェは所謂ペットカフェと呼ばれるもので、お客は動物たちとの交流を楽しみながら食事や休息をとることができます。さらに、隣接したペットショップでは、生まれたばかりの動物だけでなく、すでにお店にいる動物も選んで買うことができるのです。
 お店にいる動物たちはとても可愛らしく、ペットショップ、カフェ共に超人気。しかしながら、その動物たちが、そのカフェが不思議なカフェと呼ばれる原因でもありました。
 このカフェとペットショップにいる動物たちは、まるで人間のような姿をしているのです。人間ではなく犬や猫と判断できる基準は頭やお尻から生える耳やしっぽのみ。それ以外は爪が人よりも鋭かったりしますが、殆ど違いがありません。人語を理解し、喋ることもできるのでほぼ人間です。
 お店ができた当初は、経営者の夫婦が元科学者ということもあり、色々と物議を醸しだしたりもしましたが、そういった方面の団体がお店の動物たちを『動物である』と認めてからはその問題も解決し、今では彼らを一目見たい、飼いたいといった人々が毎日沢山お店にやってきます。
 今日は、そんなお店のよくある一日を見てみましょう。









 朝、お店の経営者であるチャン夫婦は目覚ましの音で目を覚ましました。奥さんのトゥイは目覚ましが鳴った瞬間に目をパチリと開けましたが、隣で眠る旦那さんのエドガーはまだ気持ちよさそうに寝ています。
 トゥイはそんな彼を無視してベッドを抜け出して、二つのお店にいるペット達に食事を与えるために部屋から出て行きました。扉の閉まる音でエドガーが少し身じろぎましたが、結局目を閉じたままです。

「あ!トゥイきた!ごはん!お腹すいたよー」

 食事を持ってカフェへ行くと、ドアを開けた途端にトゥイの目の前に小さな影が現れました。

「アルマ、準備をするから他の子を起こしなさい」
「はーい!」

 アルマと呼ばれた子は嬉しそうに両手を挙げて返事をすると、カフェの隅にあるベッドへ駆け寄り、そこで眠る動物たちを起こし始めました。その様子を微笑ましく思いながら、トゥイは朝食の準備をします。アルマはカフェの動物で、種類は犬。年齢はカフェ内最年長の3才です。顔の真ん中に大きな切り傷があるせいで飼い主が現れないままカフェの住人になってしまいましたが、カフェのお客さんからはとてもかわいがられています。
 アルマは犬だけあって、本当にトゥイに忠実です。日中はカフェにいるアルマですが、経営時間外ではトゥイやエドガーを手伝ってペットショップやカフェの掃除をしてくれます。
 トゥイがペットの数分の食事を用意し終えると、数匹のペットとともにアルマが戻ってきました。

「ユウはどうした?」
「起きない」
「まったく……あの子は自由だな。お疲れ様、皆と食事にしなさい」
「やったー!」

 アルマや動物たちが食事を始める中、トゥイは未だベッドで眠る仔猫に近づきました。

「ユウ、起きなさい」
「……」
「ユウ」
「う……」

 トゥイが仔猫の方を揺さぶると、ユウと呼ばれた仔猫は漸く眉間に皺をよさながらも目を開けてくれました。しかし、トゥイの姿を見ると枕を掴んで頭を埋めてしまいます。
 ユウはアルマより半年後に生まれた仔猫なのですが、忠実なアルマとは対照的にとても自由な子で、トゥイやエドガーの悩みの種です。普段はカフェにいてお客さんの相手をしなければならないのですが、いつの間にかショップの方へ行って寝ていたりと、とにかく自由なのです。見た目はとても可愛らしい子なので、お客さんからはそこそこ人気があるのですが、人見知りが激しく、なかなか人に近づこうとしません。
 仕方がないのでユウを枕ごとベッドから連れ出すと、アルマ達が食事をしているテーブルにつかせました。

「ユウ、ちゃんと朝食は食べなさい」
「……腹減ってない」

 枕を取り上げて代わりにスプーンを持たせますが、ユウは不満げに口をとがらせ、枕を持つトゥイを不満げに見るだけです。食事をする気は全くないようでした。

「そうか。じゃあ、今日は店に出なくていい。残念だな、今日はお前のお気に入りの客が予約を入れていたんだが……」
「チキ来るのか!?」

 トゥイがとても残念だとわかりやすい溜息を吐くと、ユウがそれに反応して不満げな目をキラキラと輝かせました。

「なあ、チキ来るのか!?」
「今日は店に出ないんだろ?お前には関係ないね」
「食べる!食べるから、」

 慌てて朝食を食べだしたユウの頭をなでると、トゥイはベッドに枕を置き、今度はペットショップへ向かいました。ペットショップには生まれたばかりの子やまだ歩けない年齢の動物たちがおり、カフェにいる動物たちよりも気を配ってやらなければいけません。
 ペットショップのドアを開けると、エドガーが食事をやっているところでした。

「おはよう、トゥイ」
「まだ寝ていると思ったんだが」
「流石に起きるよ。もうオープン1時間前なんだから」

 動物たちに食事を与えたり、開店準備をしているうちにそんな時間になっていたのです。しかし、トゥイはそれに頷くよりも先にエドガーに言っておかなければならないことがありました。

「昨日昼過ぎに起きたのは誰だったか……んん?」
「反省してます」

 トゥイの言葉にエドガーががっくりと頭を下げます。偉そうにオープン1時間前なんだから起きると言っていたエドガーですが、実は昼近くに起きることの方が多いのです。

「トゥイ!トゥイ!」
「ん?どうした?」

 トゥイがエドガーと一緒にショップの動物たちに食事を与えていると、カフェに通じるドアが開いて慌てたアルマがショップへ入ってきました。開け放たれた扉からは泣き声が聞こえてきます。

「ユウがチキ来ないって泣いちゃった!」
「ああ、名簿を見たのか」
「え、どうしたの?」
「またあの子が朝食を食べようとしなかったから、あの子が気に入っているお客が予約を入れていると教えたんだ」
「ええ、嘘ついちゃったの?ていうか、ユウって文字読めたっけ?」
「恐らく、読めたというよりは、名前の形を覚えたんだろう。以前名刺を貰っていたようだから。別に、嘘をついたわけじゃない。あの人の名前は名簿には書かないからな」
「トゥイがちゃんと来るって言わないから名簿見ちゃったんだよぉ」
「……仕方がない、エドガーこっちを頼む」
「うん」

 抱っこしていた子犬をエドガーに預けると、トゥイはアルマと一緒にカフェの方へ戻りました。トゥイがカフェに入った途端、ユウの様子を心配そうに見ていた動物たちがトゥイの方へ駆け寄ってきます。

「ユウ泣いちゃった」
「泣き止まないの」
「わかった。私が何とかするから、お前たちはアルマと一緒に開店準備をしていなさい」
「はーい」

 自分の周りに集まってきた動物たちに指示を出すと、動物たちはユウから離れてテーブルを拭いたりと開店準備を始めました。

「ユウ」
「チキ来ない!嘘つきー!!」

 トゥイが話しかけると、ユウは泣き声を大きくしてトゥイが予約を入れたと言っていたお客が来ないことを訴えだしました。トゥイが嘘を言ったことに怒っているようです。
 そんなユウの頭を撫でると、トゥイはユウの手から名簿を取り上げて優しく語りかけました。

「ユウ、この名簿には書いていなかったが、本当にティキさんは電話で予約を取っているんだぞ?」
「だって、」
「名簿を確認するなら、せめて自分の名前もわかるようになりなさい。その名簿には、お前の名前もないだろう?」
「……」

 そんなことを言われてもわからない。ユウの目がそうトゥイに訴えかけています。

「いいか?ユウ。この名簿は、カフェの指名を受けることを了承している子達の名前しか載っていないんだ。お前は、指名されたくないって以前言っていただろう?」
「……う、」

 どうやらそのことは覚えていたらしく、ユウの眉間に皺が寄りました。

「ティキさんは、お前を指名したからこの名簿には名前がないんだ。わかったな?」
「……チキ、来る?」
「お昼過ぎに来るそうだ。ちゃんと準備をしておきなさい」

 名簿のことを言ってもユウにはあまり通じないようだったので、大好きなお客さんがいつ来るか教えると、ユウは目に涙をためたままではありましたが笑顔になって「準備する」と自分の食べ終えた食器をカフェの厨房へと運んでいくのでした。