I do not let you go※No choiceの続きです。


ユウ(18)……ティエドール(芸術家)の息子。高校三年。
ティキ(26)……シェリルの弟。ティエドールの助手三ヶ月目。









ユウの父、フロワ・ティエドールには誰もが羨む秘書と助手がいる。
秘書はノイズ・マリという大男だ。
マリは時間にルーズなティエドールの代わりに個展や美術館との話し合い、ティエドールの個人教室の運営等々、様々な仕事をこなす有能な人物だ。一芸術家としては腕は確かなティエドールだが、描いて満足し、その後の事をしようとしないので、ティエドールのもとに金が入ってくるのはマリのお陰と言っていいだろう。
元は音楽家で作曲や弦楽器を演奏していたらしいが、ティエドールの作品に惚れ込み、手伝いをしたいと思って秘書になったとマリは言うが、ユウにはティエドールの作品の魅力がわからない。否、ティエドールの作品だけではない。ユウは有名な芸術家の作品を見ても感動したことがなかった。それが、幼い頃から素晴らしい作品を見て育った為に目が肥えたからなのか、芸術に興味がないからなのかはわからないが。
秘書の仕事が忙しすぎて音楽活動をやる余裕がないと言っていたが、CDショップでマリの名前が書いてある発売したばかりのCDを発見したので、ユウの知らないところでしっかり音楽活動を続けているのだろう。
まだ社会のことなど殆どわからないユウでもわかるくらい、マリは見ていて忙しそうだと言うのに、大したものだ。音楽家になる気もその才能もないが、マリの生き方は見本にしたいとユウは思っている。
周りからこんな有能な秘書がいて羨ましいと言われるのは当然と言えば当然だ。

そして、ティキ・ミックという助手は、元は三か月前にアルバイトとしてティエドールの屋敷にやってきた男だった。
最初は頼まれた画材を買ってくるだけの使い走りのような存在だったが、今では使い走り兼ヌードクロッキー等のモデルをしている。ユウが見る限り助手らしい仕事は何もしていないが、ティエドールは大いに満足しているようなので特に問題はないだろう。
ティキ本人はモデルになることが不本意極まりないらしく、逃げ出した彼をティエドールとマリが探し回るというのが日常茶飯事となっていた。
今日も、ユウがぽかんとする中でドアに耳を当てて外の気配を窺っている。ぱっと見て呆れるより先に整った顔立ちと体つきに溜息が出るのは、流石ティエドールが見染めた人物と言うべきだろうか?
ティキの存在を羨む人も、決して彼の能力など見ておらず、ただその存在自体が芸術と言えるような見た目を評価している。

「いい加減他の逃げ場所探せよ」
「ここが一番いいんだよ」

何度も逃げているうちにユウの部屋が一番安全だと言うことに気付いたのか、最近ティキは逃げ出すたびにユウの部屋へやってくる。ティエドールはユウに対し、少し過剰ではないかと思う様なスキンシップを取ろうとする為、ユウの部屋は内側から鍵をかけることができるのだ。外側からは開けられない仕組みになっているので、ティエドールはどうやっても入ってこれない。

「そっちだって、俺が来るの嫌なら鍵開けなきゃいいだろ」
「………」

その通りだ。ユウは部屋にいる間はずっと鍵をかけているので、ユウが開けなければティキは部屋に入れない。
だが、ここまでモデルを嫌がるティキがモデルをやらざるを得ない状況にしてしまったのはユウであり、鍵を開けずにティキがティエドールに捕まると少しだけ罪悪感に苛まれてしまうのだ。

「朝着てた上着はどこ行った?」
「取られた。ったく……無理矢理にも程があるだろ」
「親父もいい加減我慢できなくなってるんだろ。アンタが逃げるから」

ティエドールの専属モデルという扱いのティキだが、実際はまだ一度もモデルをしたことはない。とにかくモデルとして人前で裸になる事が耐えられないらしい。

「服着たままならやっても良いって言ってんのにさ、聞かねぇんだよ。何でそこまで拘るかね」
「…まあ、それだけの体してりゃ、そうなるだろうな」

今までに何度か、ティエドールが招いたモデルを見たことがあるが、ティキほど完璧なモデルはいなかった。ティエドールにとってティキの服は折角神から与えられた極上のラインを隠している邪魔な存在なのだろう。

「俺が男だからいいものの、女相手にこんなことやったら訴えられるぞ」
「女のモデルを雇ったことはねぇよ、親父は」
「へぇ?じゃあ、部屋に飾ってある女の絵画は?想像で?」
「俺だ」
「……男じゃなかったっけ」
「俺をモデルにして描いた後に、色々付け足してる」
「…それはそれで酷くね?モデルの意味ないだろ」
「俺がそうしろって言ったんだ。親父の絵、どこに飾られるかわからねぇし、無駄に上手いからそのまま描かれたらバレる」
「無駄にって、そりゃ芸術家だし。…女の絵画だけやけに顔がわかりにくいポーズだったのはその所為か」
「それも、俺がそうしろって言った」

言われてみれば、とティキがドアから離れ椅子に座るユウの周りを回り、感心したような声を出した。

「確かに絵の女だ」
「女じゃねぇ」
「絵のは女だろ。けど、女の絵画は服着てるのも多かったぞ。デッサンは殆ど服着てたし」
「デッサンのは殆ど親父の絵画教室でやったやつだろ。可愛い息子の裸を十分二十分も晒せないとさ」

幼い頃からティエドールの絵や彫刻の協力はしていたので、ティキと比べればユウはまだ他人に裸を晒すのに抵抗がない。バイト代を弾むなら絵画教室のヌードデッサンも協力するとティエドールに言ったことはあったが、言われたティエドールは顔を真っ青にし、小遣いは弾むから服は着ておいてと泣き付かれた。
「はぁー…溺愛されてるもんなぁ、」

羨ましい、とユウにしてみれば冗談としか思えない言葉を吐かれ、思い切り顔を歪める。

「じゃあ、お前息子になるか?あっちの暇さえあればこっちの都合関係なしに部屋の前まで来てしつこいくらい名前呼ばれて観念して外出てみりゃ抱きしめられてあの髭面に頬ずりされるんだぞ」
「それは、遠慮しとく…それに、息子だからっていうより、ユウだからだろ。俺の見た目がどうだとかいつも言ってるけど、俺にしてみりゃユウのその見た目が奇跡だ。モノ見るまで性別がわからねぇとか、酷いぞ」
「よし、今すぐ親父のところへ連れて行ってやる」
「げ、俺が悪かったからそれはやめてくれ…」

何度もユウが逃げ場所として部屋を提供しているうちに、ティキはユウに対して敬語を使わなくなり、さらには“ユウさん”や“あの”が“ユウ”や“なあ”に変わった。さん付けで呼ばれるのは正直不快だったので、呼び捨てで呼ばれるのにこれと言って不満はないが、偶にユウが苛立つ発言をするようになったのはいただけない。
ティエドールの元へ連れて行くと言うとすぐに謝るが、それでも懲りずにユウの癪に障る事を言うので、そこまで悪いとは思っていないようだ。

「ほんとさ、今度あの人に言ってくれよ。服着せてやれって。ユウが言えば少しは聞くだろ?」
「知るか。お前の体に対する親父の執着、引くくらい凄いからな。俺が言っても聞かねぇかも」
「……もうそろそろ辞めるって言ってもいいかもな…三か月経ったし…」

溜息に混じって聞こえてきたティキの呟きに、ぴくりと眉を動かす。

「辞める?」
「元々馬鹿兄貴の伝手っつーか、まあ、俺の意思でここに働きに来たわけじゃねぇんだよな。確かに給料馬鹿みたいに弾んでくれるけど、こんなことなら日雇いのバイトしてた方がマシだ」
「…お前、自分で来たかったわけじゃないのか」
「当たり前だろ。色々世話になっといてなんだけど、職場環境最悪」
「…そうか」

ティキの言葉を頭の中で反芻していると、外からティエドールの声がした。

「ユーくーん、ミック君来てないかな?」
「は、もう来た。…って、え、ちょっと、」

いつもならここにはいないと見え透いた嘘をついてティキを匿ってやるユウだが、今日は違った。戸惑うティキを尻目に部屋の鍵を開け、ティキの背中を押してティエドールの前に突き出した。

「ちょっ、」
「やあ、ありがとうユー君!」

がっしりとティエドールに肩を掴まれたティキは助けを求めるような目でユウを見てきたが、ユウはその目を思い切り無視して扉を閉めた。ティキの悲鳴のようなものが聞こえたが気にせず椅子に座り、ティキが部屋にやって来てから放置状態になっていた宿題の問題集を開く。

モデルを嫌がる時点で、どうもおかしいとは思っていたのだ。画材を買ってくるだけの時は真面目に仕事をしていたので、最初は大勢いるティエドールの助手志願者の一人だろうと思っていたのだが。
嫌々やって来たと言うのなら、モデルの仕事を嫌がるのも当然だ。使い走りの仕事だって、偶に少しの画材を買ってくるだけでかなりの給料を貰える割の良い仕事だったから真面目にこなしていたに過ぎなかったのだ。

「………」

ポキッとシャープペンシルの芯が折れ、ユウは乱暴にシャープペンシルを机に投げつけた。
何故だかわからないが、ティキの自分の意思でここに来たわけではないという言葉に腹が立っていた。それは、ユウの心のどこかにティエドールを尊敬する気持ちがあり、ティキがティエドールの仕事の手伝いを嫌々していたことを知ったからなのだが、ユウがそれに気付くはずもない。
腹立たしさを何とか抑えつけて部屋を出て、廊下の掃除をしているメイドがぎょっと目を見開くのも気にせずまっすぐにティエドールの仕事場へ向かう。ユウがティエドールの頼みなく仕事場を訪れるのは、これが初めてになる。普段外出以外は屋敷内を歩き回らないユウが一人で仕事場へ向かおうと言うのだから、メイドだって驚く。

「失礼します」

仕事場に入るとイーゼルに向かうティエドールと、ソファに手足を縛られたティキがいた。ティキは上はユウの部屋を訪れた時点で何も身につけていなかったが、下は先程着ていたジーンズは穿いておらず下着一枚になっている。

「ああ、ユー君。ちょっとだけ妥協してみたんだ。そうしたら、何とかオッケーしてくれてね。まあ、まずは椅子にゆったり座ってるところでも描こうかと思って」

ティキをソファに縛り付けている時点で了承を得たとは思えないが、ティエドールはやっとティキをモデルに出来ると言うことで一応は満足しているらしい。

「下着は取らないんですか」
「取りたいんだけど、暴れちゃうから」

だから妥協したというティエドールの言葉を聞き、一度仕事場を出て窓際に置いてある鐘を鳴らして庭師を呼ぶ。

「お呼びですか」
「鋏持ってこい」
「は、鋏ですか?」
「でかいやつ。前、両手で使うやつ持ってきてただろ」
「ああ、はい。何に使われるんです?」
「布を切る」
「……それでしたら、メイドに言って断ち切り鋏を使った方が、」
「いいからさっさと持ってこい」

庭に使う鋏は布を切るものではないとぶつぶつ言う庭師から無理矢理鋏を借り、仕事場に戻る。

「……ユー君、それ、」
「切ればいいんです」

ジャキン、と鋏を動かすと、さっとティキの顔色が悪くなった。そのままティキの方へ一歩一歩ゆっくり進み、下着と体の間に刃を滑り込ませる。

「冗談、」
「使い慣れてねぇからな。下手したら、大事なとこまで切るかもな?」

がちっと固まってしまったティキを気にすることなく鋏を更に置くまで滑り込ませ、一気に鋏を閉じた。さらに鋏を動かしティキを一糸纏わぬ姿にしてしまうと、手足の拘束も取る。手足が自由になったことで若干ながら希望を持ち逃げ出そうとしたティキの眼前で鋏を鳴らす。引き攣った笑みのティキをしっかりと観つつ入り口近くに置かれている椅子に座ると、キョトンとしているティエドールを見て言った。

「俺が見てるので、好きなポーズで描いてください」
「そうかい?じゃあ、今度は立ったポーズにしようかな」

ティエドールはユウが鋏を持って来た時に目を丸くしたが、とくにユウを咎めることなく上機嫌でティキに立つよう指示を出した。

「あの、鋏持ってんですけど、」
「良い息子に恵まれたよ。お陰でやっとちゃんとしたものが描ける」
「……!」

鋏で人を脅していると言うのに良い息子と言えるのかとティキの目がティエドールを非難しているが、ティエドールがそれに気付く訳もない。

「そういえば」
「うん?何だい?」
「そいつ、助手を辞めたいって言ってました」
「え、本当?」
「滅相もない!」

ユウの座っている場所はティエドールがティキの方を向くと死角になる場所にあり、ティエドールがティキの方を向き尋ねるのと同時に鋏を鳴らす。流石に凶器には勝てないのかティキが首を横に振りユウの言葉を否定した。

「よかったよかった。いや、辞めさせる気なんてないけどね、やっぱり好きで手伝ってもらった方が良いからねぇ。モデルも、恥ずかしいのは最初だけだよ。慣れればいい」
「慣れるか!」
「慣れないうちは、俺が手伝います」
「ありがとう、助かるよ」

少し涙目になっている気もするティキににやりと笑いかけ、「逃がさない」と口だけ動かすと、伝わったのかどうかはわからないがティキが絶望的な顔をしてがっくりと肩を下げた。