ユウ(18)……喫茶店の店長の息子。
ティキ(26)……会社員。 ※Happy Valentine......?の続きです。 3月14日。俺は一カ月ぶりに喫茶店にやってきて、奥のテーブルで息子君と向かい合って座っていた。 店には珍しく数名の客がいて、カウンターには店長がいる。俺は見たことないけど馴染みの客らしく、店長は楽しそうに客と会話をしてる。 店長、その楽しそうな空気を俺に分けてくれ。今、アンタの息子が凄く俺を睨んでるよ。 「つまり?」 じっと俺を見ながら息子君が口を開く。いや、つまりというか、俺、ちゃんと言ったのに…。 「…つまり、息子君とは……ユウとは、付き合えない」 もう一回、さっき言った言葉を言うと、また暫くして息子君が「つまり?」と言ってきた。 「…恋人には、なれないってこと」 少し言い方を変えて言ってみると、息子君は眉間に深い皺を刻んで俺を睨んできた。怖い。美人な分迫力がありすぎる。 ことの発端は一か月前、2月14日のことだ。 2月13日に俺の失恋話を聞いてくれた息子君は、2月14日、俺にバレンタインのプレゼントとしてチョコチップクッキーをくれた。 家に帰ってから食べたそのクッキーは俺の好みを聞いていただけあって絶妙な味で、俺の傷ついた心を癒してくれたわけだけど、 全部クッキーを食べた後、箱の底にでかでかと書いてあった文字が、見事に俺を固まらせてくれた。 “本命” 今時こんな告白の仕方あるか?ああ、でも、少し世間とずれている息子君ならアリか。 と、見た瞬間は妙に冷静だったけど、それからあとは頭が混乱してまともに考えることができなくなった。 これほど誰かから好かれて困ったのは初めてだ。 「何で俺じゃ駄目なんだ?」 一か月前のことを思い出していたら、息子君の泣きそうな声で現実に引き戻された。眉間に皺を刻ませていたのは、涙が出ないように堪えているかららしい。 「何でって……だって、お互い男だしさ、」 「男じゃ駄目なのか?」 「…じゃあ、逆に聞くけど、何で俺が良いの?」 「人を好きになるのに理由なんていらないだろ。直感だ」 いやいや、直感で好きって感じたからって、男だったら迷うだろ。何なんだ。 どうやら息子君は一歩も引く気がないようで、俺が折れるのを待っているみたいだ。 「で、男じゃ駄目なのか?」 「…男同士って言うのもあるし、あとさ、息子君、まだ18歳だろ?8歳差って、」 「うちの親、15歳差だけどな」 「………」 そうだった。店長には俺のいっこ下の奥さんがいるんだった。 数ヶ月前に15歳下の人と再婚したんだって店長から聞いてなんだそりゃって思ってたのに、すっかり忘れてた。 15歳差のカップルが近くにいれば、8歳差なんて大したことないように思うだろ。馬鹿か俺。 「まぁ…何て言うかさ、俺、26だろ?これくらいの年齢になると、結婚とかもやっぱ考えるんだよ。 その場合、息子君、男だろ?付き合ったとしても結婚できないしさ、」 「確かに、日本じゃ無理だな。でも、同性婚認めてる国に行けば結婚はできる。子供は…養子しかないか」 駄目だ。俺が思ってる以上に息子君、俺との交際について色々考えてた。 泣きそうではあるけれど、俺が断るっていうのをわかってた上で、この一カ月、俺の断る理由を何としてでも潰そうと策を練ってたんだろう。 「…店長、っていうか、親御さん、反対しないか?」 「何のために再婚認めてやったと思ってんだ。認める代わりに俺が誰と付き合っても文句は言わないって条件をだしてある」 「………」 「何だよ」 「…息子君となら幸せになれる気がしてきた」 「当たり前だ。俺が一番ティキのこと思ってるからな」 「…よろしく」 してやったりと笑う息子君の顔からは、ついさっきまで泣きそうだったなんて想像できない。ひょっとして演技か。 ああ、俺、確実に尻に敷かれるなとは思ったけど、諦めずにこれからもずっと続くだろう息子君の告白を断る為に力を使い果たすよりは幸せになれるような気がしたから、 道を踏み外してみることにした。 |