ユウ(18)……喫茶店の店長の息子。
ティキ(26)……会社員。 2月12日。二年付き合った彼女に振られた。学校後に会えないかといわれて二つ返事で彼女の誘いに乗った俺を、彼女は会って一言目でどん底に落としてくれた。 「好きな人ができたの。ごめんなさい、もう貴方のこと好きって思えない」 そう言って俺に背を向けた彼女は、まるで憑き物が落ちたかのように生き生きとして見えて、流石の俺でもショックを隠しきれない。 何の為に俺は仕事を急いで終わらせたんだ?彼女の別れの言葉を聞くためか?いやいや、そんなはずはないだろ。 俺は、バレンタインもあるこの土日をどう過ごそうかと相談するつもりでいたのに。何だ、ごめんなさいって。好きな人って。 「……あ」 彼女が停車していた車の助手席に乗り込んだ。運転席にいる男は、もしかして、好きな人って奴だろうか。父親にしては若すぎるし、彼女は一人っ子のはずだ。 つか、なんか仲良いな。好きな人っていうか、もう両想いだろあれ。何、俺、もしかして二股かけられてた?ここ数カ月、携帯に彼女の連絡がなくなったって思ってたけど、それはこういうことか? 車はあっという間にいなくなって、間抜けな顔してその場に立ち尽くす。 「……参ったな」 今まで付き合った中でも最長記録を更新していた彼女だったから、ちょっとキツイ。正直、このまま行って結婚かな、とか思った時もあった。 俺の何がいけなかったのか考えようとしたけど悪いところってのは人から指摘されないとなかなか気づけないもので、わからない。いや、今回は悪いところっていうより、彼女が好きになった奴より劣っていたところ、か。 とりあえず、俺の何が駄目だったのか聞こうと思って、彼女に簡単な別れの挨拶と質問を書いたメールを送ったら、送れなかった。受信拒否されたらしい。 何だか酷く惨めな気分になった俺は、暫くその場から動けなかった。 「その女、駄目だな。ティキを振るなんて」 「はは、」 2月13日。会社は休みでやることがなかったから気に入りの喫茶店に行ってみた。そこは、小さな、落ち着いた雰囲気の店で、味も絶品だけど、わかりにくい場所にあるせいで何時来ても他の客人を見ない。正直、潰れないのが不思議なくらいだ。 土曜日だからか、店にいたのは店長じゃなくて店長の息子だった。確かユウって名前で、女が羨む美貌の持ち主だ。 本当は店長に愚痴る予定だったけど息子君でもいいかと愚痴ったら、意外なことに結構話に乗ってくれた。普段かなりドライな性格をしているから、鼻で笑っておわりだと思っていたのに。 「ま、1日経ってだいぶ心の整理できたんだけどな。いつまでも愚だ愚だしてるわけにはいかねぇし」 「俺がティキの恋人だったら絶対に振らねぇ」 「おー、嬉しいね」 適当に返事をしたら変な顔をされた。この息子君は、偶にこんな感じで自分を俺の恋人に例えるようなことを言ってくる。彼なりのジョークとか慰めとか何だろうが、気が紛れるかと聞かれれば微妙なところだ。こんな美人が恋人なら嬉しいけど、俺と同じモノついてるし。 「そういう息子君は、今年は誰かにチョコもらうのか?あ、それとも貰ったか?今年、バレンタイン日曜日だもんな。金曜日にフライングで渡す奴いるよな」 「ユウでいい。全部断った。甘いのは嫌いだ」 「ああ、それっぽいな」 「ティキは甘いの好きなのか?」 「ん?まあ、嫌いじゃないな。あまり自分で買うようなことはしねぇけど、貰いもんとかはほぼ食ってる」 「ふーん。じゃあ、好きなチョコのメーカーとかはないんだな?」 「ねぇよ。腹に入れば全部一緒だろ」 「じゃあ、甘いチョコとビターチョコ、どっちの方がいい?」 「ビターかな。甘過ぎると飽きる」 「甘過ぎるのは飽きる……」 なるほど、と言って息子君が下を向く。何やってんだと思って息子君の目の先を見たら、俺が言ったことをメモしてた。 「……けど、チョコよりクッキーのが好きだな」 「へぇー……」 今度はクッキーって書いてそれを丸で囲む。 「何、俺にくれるの?」 「ん」 コクッと頷いた息子君が何を考えているのかわからなくて、聞いたのは俺だけど反応に困る。 「……なんか、悪いな、気ぃ遣わせたみたいで………」 「何がだ?」 「いや、振られた俺が可哀相だからチョコを、みたいな……違う?」 「馬鹿じゃねぇの?」 何言ってんだお前みたいな顔をされてまた困る。今度こそ何も言えなくて黙ったら溜息を吐いた息子君がニヤッと笑った。 「今フリーなら、チャンスだからな」 「………っと、どういう意味?」 「別に」 チャンスってなんだ、チャンスって。まさか俺のこと狙ってるわけじゃあるまいし………あれ? 「明日、絶対ここに来いよ。会社の女子のチョコより上手いの作ってやるから」 「………そりゃ、楽しみだ」 |