ティキ……どっかの国の凄い家の道楽息子
ユウ……男娼 ※フクザツの続きです さて、今日は何を作ってやるか。 ユウはそんなことを考えながら夕方のマーケットを覗いていた。 ここの所炒め物ばかりだったから、少しは別のものを用意するかと頭の中で作れる料理のバランスを考えながら献立を決め、真っ赤に熟れたトマトを手に取る。今日までトマト料理を作ってやったことはなかったが、嫌いとは聞いていないので大丈夫だろう。まあ、嫌いだと言ったとしても無理にでも食べてもらうが。 ティキにアパートを無理矢理与えられてからすでに一月が過ぎた。 住み始めた当初はなるべく部屋を汚さないようにと細心の注意を払っていたユウだったが、いつまでもそんなことに神経を尖らせることなどできるわけもなく、四日で面倒になって注意することをやめた。むしろ、四日も気を遣っていたことを評価してほしいくらいである。 気遣いをやめたユウがまず始めに思いついたのは、料理をすることだった。 ティキはユウが昼になっても外に立つことがないようにと十分なくらいの金を部屋に置いて行ってくれたが、昼食時に外へ出ると、どうしても女学生に声をかけられる。声をかけられるとどうしても商売の方に頭が行ってしまい、女学生のお誘いを受けてしまう。そして、夜に誰から話を聞いたのか知らないが、ティキにどうして女学生と食事をしたのかと責められる。 だから、外で昼食を取ってこんな面倒なことになるのなら、自分で作ればいいと思い立つまでそう時間はかからなかった。まあ、もともとやたらと綺麗なアパートのキッチンに興味はあったので、このように面倒なことにならなくてもいつかは自炊を始めていただろうとは思う。 料理自体は孤児院で暮らしていた時に当番制で何度もやったことがあったので、できないわけではなかった。味に関してはそれなりに高評価を貰っていたし、料理するのも好きな方だった。 夕食と朝食はティキと一緒に外で済ませることが多かったので、最初は昼食だけ自炊していたのだが、自炊を始めて少し経ったところでティキがキッチンに料理器具が充実していることに気付いた。 え、じゃあ食わせてよ ユウが昼食は自分で作っていることを教えると、ティキは何度か瞬きをした後、その表情のままそんなことを言ってきた。その表情には、ユウが料理を作ることができると言うことへの驚きと、それを知らなかったことへの悔しさが浮かんでいたのを覚えている。 ユウにはティキに教えるつもりも作ってやるつもりもなかったので、ティキが悔しがるのも当然と言えば当然なのだが、貴族の舌にあうような料理は作れないからと一応気遣ってやっていたユウの気持ちもわかってほしい。ティキの性格からして、ユウが食事を作ってやれば口に合わなかろうが全部食べてくれることは予想できたが、そんな気遣いはユウが嫌な気分になるだけだ。 まあ、結局のところそんなユウの不安はほぼ杞憂に終わり、ティキは本当に美味そうに食事をしてまた作ってほしいと言ってくれたのだが。 そんなことがあり、最近は三食すべて自炊し、そのうち朝と夕食はティキと一緒に食べることが当たり前になった。 「……ふぅ、」 気づけばだいぶ重くなっていた買い物袋を抱え直して息を吐き、もうそろそろいいかとマーケットを後にする。 昼食だけ作っていた時は簡単なものしか作っていなかったのだが、ティキにも食べさせるようになってからは料理のレパートリーが増えた。何せ、貴族に食事を食べさせているのだ、曜日ごとにメニューを変えるだけでは物足りなくなるに違いない。 「重そうだな、持とうか?」 マーケットを抜け、アパートへと足を動かして数歩したところで、横から聞きなれた声がかかった。そちらに目をやれば、ユウが思った通りティキが立っていた。 「お前仕事は?」 「今日はもう終わった。丁度ユウのとこに行こうと思ってたんだ」 自然にユウの隣までやってきて買い物袋を―半ば無理矢理―受け取ると、買い物袋を覗き込んだティキが感心したように声を出す。 「いつもこんなに材料買ってんの?」 「数日分まとめ買いしてるからな」 「大変じゃないか?言ってくれれば買い物の日は早めに行くけど」 「荷物持ちはいらない」 「そう?」 「つーか、お前偶には家で食ったらどうなんだよ、夜も朝もこっちで食って、そっちの付き合いどうなってるんだ?」 「ん?ああ、そんなこと気にしなくていい。そんなの昼に一回付き合ってやればなんとでもなるし。それに、俺がこうやって外で食事ばっかしてるの、今までなかったから、家族も大目に見てくれる」 「何で」 「そりゃ、やっといい人でもできたと思ってるから」 実際外れてはいないなと笑うティキに対し、ユウは思わず大外れにもほどがあるだろうと零してしまった。機嫌のよいティキには聞こえていなかったようだが。 ティキの家族が考えているいい人は何がどうひっくり返ってもユウではない。それなりに権力のある家家柄の見目麗しく控えめな心身ともに健康である女性のはずだ。 「あー、腹減った。早く家行こうぜ」 「……ん、」 そろそろこんなお遊びはやめて、いい相手を見つけたらどうだ? どうせこの男に何を言っても無駄だろうとユウは出かかった言葉を無理矢理飲み込んだ。 「いつもは来たらテーブルに並べられてるから、結構新鮮だな」 「そんなところで突っ立って見てるんだったら手伝えよ」 「無理だよ。俺料理できないから」 部屋に帰ってきてから、ユウは腹が減ったと言うティキの言葉を受けてティキを構うことなく、ティキから荷物を取り返してキッチンへ直行した。 てっきりティキはリビングのソファにでも座って待っているだろうと思っていたのだが、作っているところを見たいなどと面倒なこと言い出し、今はキッチンの壁に寄りかかってユウが料理するところを見ている。 特に見ていておもしろいものではないと思うのだが、料理は座っていれば勝手に出てくる環境にいるティキにとっては珍しいものらしい。 「孤児院にいると料理するのは当たり前なのか?」 「貴族じゃなけりゃ料理はするだろ。うまい下手は別として……」 「ユウはうまい方だよな?味も手際も。作りながら片づけもできるってすごいと思う」 「……」 「何だよ」 「何でもない」 この男は本当に料理ができないのだなと呆れてしまったわけだが、わざわざそのことを素直に話して相手を苛立たせるのも面倒だ 「料理作るの好き?」 「嫌いではない」 「じゃあ、そういう関係の仕事に就くっていうのは?」 「……考えておく」 少し返答に困ってしまったが、嫌だと言うのも違う気がしたので曖昧な言葉で返事をした。 仕事のことを言われて初めて、ユウはその気になれば仕事に就ける状態にあることに気付いた。 ユウ達孤児が職に就けない主な理由は清潔な暮らしをできていないからだ。何日も風呂に入れていないような人間を雇いたいと思う雇い主などいないだろう。そして、清潔であるかどうかを見極めるのに一番重要視されているのが住所だ。ユウは何だかんだで毎日風呂に入り、ベッドで眠ることができていたが、日替わりで寝床が変わっていたために職を探そうにも探すことができなかった。 「あー、でも、仕事探すにしても、夜ここにいられないような仕事はやめろよ?」 「……」 「ちょっと、そこはわかったって即答してくれよ」 「仕事選べる身分じゃねぇからな」 「それでも、夜勤のある仕事はナシ。これは絶対に守れ。まあ、仕事探さないでここでのんびりしててもいいわけだし」 俺が面倒見るからというティキをちらりと見ると、その表情は楽しそうだった。 「……一つ出来たから運べ」 「はいはい」 できたばかりの野菜炒めを渡し、ティキがそれをテーブルに置きに行くまでの間にユウは小さく舌打ちした。 舌打ちの原因はティキではなく、ユウ自身だ。 まだティキに束縛されたくないと思っていたはずなのに、一か月も働ける状態であることに気付かなかった自分が悔しい。そして、それを先程ティキに指摘されて漸く気づいた自分に腹が立つ。さらには、「ここでのんびりしててもいい」とティキに言われてそれでもいいかと一瞬思ってしまった自分を殴りたい。 「……」 早急に対策を練らなければいけない。このままでは自分は駄目になってしまう。 「ユウ、どうした?」 キッチンに戻ってきたティキが、眉間に皺を寄せたまま動かないユウを見て不思議そうに尋ねる。 「具合悪いか?」 「別に」 |