フクザツ


ティキ……どっかの国の凄い家の道楽息子
ユウ……男娼

※アイシタイの続きです









「一晩頼みたいんだけど」

 そう言ってユウに声をかけてきたのは、眼鏡をかけ、今市民層で流行りの洋服を着た男だった。金を持っているようにも、持っていないようにもみえる。
 ユウは男の顔を見た後、わざとらしい笑顔を顔に張り付けて声を出した。

「ああ、勿論。お代は今日のホテルと明日の朝飯代な?もし気に入ったら、ちょっと弾んでくれたら嬉しいけど」
「それだけで君のような美しい――」

 ユウの言葉に対し上機嫌で頷いて喋り出した男の言葉を、男の唇に指を当てることで遮り、馬鹿馬鹿しいという思いを込めて言葉を発する。もうユウの顔は商売用の笑顔ではなく呆れの表情へと変わっている。

「ってやってほしかったのか?」
「……バレてたか」
「毎日見てる顔を眼鏡くらいで間違うか」

 上手く変装できたと思ったのに……という男の眼鏡を外すと、髪は整っていないし、洋服も普段のような上等なものではないが、顔はユウのよく知る貴族の顔になった。

「いい加減見苦しいぞ」
「別に、その為だけにこの服を買ったわけじゃない」
「何度も言ってるだろ、接客の笑い顔に価値なんてない」
「他の客は見てるのに俺が見られないのは納得いかないだろ」
「……もういい。とりあえず、一晩寝はするんだろ?さっさとホテルに連れて行け」

 腹も減ったと言って眼鏡を返すと、ティキは苦笑して眼鏡をかけ直し、ユウをホテルに連れて行ってくれた。ただ、服装の問題か、今日はいつもに比べるとランクの低いホテルだ。

「寝られれば問題ないだろ?」
「ない」

 寝心地の良さに違いはあると思うが、それ以外のサービスやホテルで食べることができる食事に大きな違いは感じられないので、―そもそもユウは金を払わないので―外で寝ることにならなければどうでもいい。

「けどさ、本当に一発で俺だとわかるか?」

 部屋に入ると、ティキはベッドに座って眼鏡をいじりながらユウに尋ねてきた。

「わかる」

 ユウがそう即答してやれば、困ったように頭を掻いて「駄目か……」と呟く。

「急に変装なんかしてどうしたんだ?」
「いつもの格好だと、それ位のものしか売ってもらえないだろ」
「……まあ、気づかない奴は気づかないとは思うけどな」
「どっちだよ」
「俺はわかるって言ってるだけだ。他の奴のことなんて知るか」
「ま、プラスとして受け取ってやる」
「……別に――」

 そういった意味合いはもたせていない。そう言おうと思ったが、最後まで言葉を発する前にティキに腕を掴まれ、ユウはベッドに座るティキの腕の中へと納まった。ティキの腕の中に横に納まったので、間近でティキの顔が見える。

「もう風邪は平気か?」
「……おかげさまで」
「あの後お前の回復待たずに呼び出しがかかっただろ?だから心配だったんだ」
「ただ寝てても治るのに、薬まで飲んだんだ。治らないわけがない」

 それに、前回の教訓を生かしてか、ティキはユウにしっかりと自身がいない間のホテル滞在費に食事代、さらには具合がよくなった時に暇にならないように―より詳しく言えば、暇になって道に立ったりしないように―とかなりの娯楽代を置いて行ってくれたので、苦労も退屈もしなかった。

「……なあ」
「どうした?」
「その……前回、言う機会なかったから」
「何を?」

 言おうとは思っていたのだが、本当にユウが何を言おうと思っているのかわからないと言う表情をしているティキの目を見ながら言うのは恥ずかしく、俯いて口を開く。

「あ……りがとう、色々、手配してもらって助かった。結構体怠くて、動くの辛かったし、新しい服も買えた、」

 徐々にぼそぼそと小さくなっていく言葉だったが、ユウを膝の上に乗せたティキにはしっかりと聞こえたらしく、嬉しそうな笑い声が聞こえた。

「ユウからそんな言葉を聞けるとは思わなかった」
「礼くらい言える」
「けど、安心した。風邪も悪化するとよくない病に変わることがあるらしいから」
「今回のでちょっと商売のやり方考えねぇとって思った。ホテル代と飯代の他にサービス料幾らかもらうことにする。手持ちの金がないと体も休められない」

 ユウが礼を言ったことで機嫌よくなっていたティキが少しむっとしてユウの頭に唇を寄せる。

「それはつまり、俺以外の男の相手をするってことか?」
「……そういうつもりはない。お前だって客だろ」
「だったら、商売のやり方なんて考える必要ない。ユウが病気になったり怪我をしたときは絶対に助けるし、言ってくれればなんだって用意してやる」
「……どうなるかなんてわかんねぇだろ、」

 ユウがぽつりと呟くと、ティキの腕がぴく、と動いたが、ティキはそれ以上何も言わず、ユウの体を抱いたまま上体を後ろへと倒した。

「おい、飯が先だ」
「一回だけいいだろ。そうしたらルームサービス頼むから」
「……たく、」

 普段なら無理矢理にでもルームサービスを先に頼んでいるところだが、前回はティキに金を払わせるだけ払わせておいてセックスしなかったので、一度くらいならばいいかとティキの拘束から何とか身をよじらせてティキの頬に口付けた。









「この辺りは治安も良く、店も近くにありますから生活するにはかなり良い場所かと」
「へぇ、どう思う?」
「……この部屋は前同業者が住んでた。引っ越したことを知らない男が乗り込んでくるぞ」
「そうか。じゃあ、この部屋はナシだ。別の部屋を見たい」
「わ、わかりました」

 次の日、ユウは前日の約束通りティキの買い物に付き合った。変装してまで一体何を買う気かと思っていたのだが……。

「買いたいものってアパートかよ……」
「そ。いつもの格好していくとそんな部屋しか見せてもらえないだろ?」
「……」

 貴族の娯楽に付き合っている暇はないと言うことができればいいのだが、残念なことにユウの目の前にいる貴族は客だ。

「ユウがここら辺の事情に詳しくて助かる」
「飯食ってる時にいろいろ話されるから」

 業者の後をついて行きながらティキと小声で話をする。途中、ユウがいつも立っている場所を通り、女学生が話しかけたそうな視線をユウに送っていたが、ティキがユウの肩を抱くと、少し顔を赤くしてどこかへ行ってしまった。

「さっきの、ユウの客?」
「見たことはある」
「簡単にああいう子らひっかけるなよ」
「飯奢ってもらってるだけだ」
「今度からそういうこと禁止な」
「はぁ?」

ティキがユウの客になるのは夜、ティキが仕事を終えてからのことなので、昼間は誰かに奢ってもらわなければユウは昼食を食べることができない。

「あ、あの……次の部屋に着きましたが、」
「ああ、どうも」

 気まずそうな業者の声に、いつの間にか次の部屋に着いていたことに気付く。とりあえず中に入ってみると、先程紹介されたものよりも広めの部屋だった。

「ああ、悪くないな」
「先程のアパートからそう離れていないので治安は悪くありません。ただ、こちらの方が新しい建物で部屋も広い分、家賃が高くなっています」
「この部屋は?」

 業者の説明を聞きながらティキがユウに声をかけてくる。

「……特に聞いたことない」
「じゃあ、この部屋でいいか。ここにする、手続きさせてくれ」
「は、はい、ありがとうございます!!」

 漸く部屋が決まったことに業者が嬉しそうな声を出す。もう20以上の物件を回っていたのだから、喜ぶのも仕方がないだろう。

 店に戻って契約するのが面倒だと言うティキの我儘でその場で書類を書き、鍵を受け取って業者を返す。

「ほら、ユウ」

 やっと買い物が終わったかと息を吐くユウの目の前に鍵を持ったティキの手が出てきた。

「何だよ、」
「部屋の鍵」
「はぁ?」
「ここ、住んでいいから。ああ、まだ家具買ってないから今日のところはホテルだな」
「別に家なんていらない、」

 今まで洋服等の贈り物はもらったことはあるが家なんて高価なものはもらったことがない。それに、まだティキを完全に受け入れたわけではないので、こんな贈り物をされても困るだけだ。

「もうユウの名義で契約した。俺は保証人ってだけ」
「何で勝手に……俺は買い物に付き合ってただけだ。部屋決めに口出したのだって――」

 市民層のことをあまり知らないティキが変な部屋を選んで苦労しないようにというだけで、それ以外の感情はなかった。

「もうその日暮らしはやめろ。体調崩して、怪我して、それでも夜の相手探さないと休めないなんて不便だろ。それに、住所があれば診断証も発行できるから医者に診てもらえる。仕事だって普通の仕事を探せるだろ」
「……そんなにしてもらうほど、お前に何かをしてない」
「見返りを求めてるわけじゃないからいい。あったらあったで嬉しいけど」

 ほら、と改めて鍵を持った手を強調されて、ユウは仕方なく鍵を受け取った。きっと、ユウが受け取らない限り、このアパートは無人のまま家賃だけが払われることになる。

「家具がそろったら、夜はここで過ごそう。ちゃんと昼間も住めよ」
「わかった」
「明日は家具見に行こう。好きなやつ選んでいいから」
「、」

 金がない所為で、それくらい自分でそろえると言えないのが悔しかった。