アイシタイ


ティキ……どっかの国の凄い家の道楽息子
ユウ……男娼

※ヒトメボレの続きです









「……」

 何だか体調が悪いような気がする。
 目が覚めて早々頭を襲った鈍痛にユウは顔を顰めた。
 時計を見てみればもうチェックアウトぎりぎりの時間で、夜に相手をした客の姿はすでにない。サイドテーブルには『また頼むよ』というメモと、今日一日は食事の心配をしなくていい程度の金が置かれていた。昨日声をかけられたときにホテル代と翌朝の食事代を奢ってくれればいいと言っておいたのだが、サービスしてくれたらしい。

 頭の痛みを気にしつつも部屋を出なければいけないのでゆっくりと起き上って床に散らばった服を着る。

「……はぁ、」

 背伸びをしたらすっきりするどころかより強い頭痛がして溜息が出る。
 昨日の客は情事の前に酒を飲んでいたので、ユウもそれに付き合って少し酒を飲んだ。もしかしたらそれが原因なのかもしれないが、何となく、それだけが原因ではない気もする。

「代金は先に出発されたお客様から頂いていますので」
「ああ」

 フロントに鍵を返し、念の為金が払われているかどうかを確認すると、受付からはちゃんと払ってもらっているという答えが返ってきた。まあ、払われていないと言われてもどうすることもできないのだが。
 客の残した金では二人分のホテル宿泊費には足りない。

 外へ出ると、昼食時が近づいてきてもいたので、ユウはいつもの場所に立って誰かが食事を奢ってくれるのを待つことにした。客がくれた金があるから誰かから奢ってもらわずとも食事にありつけるのだが、この金を使わずにいられるのならばそれが一番いい。いつ何時金が必要になるかもわからない。
 街灯に寄りかかって二十分ほど道行く人々を見ていると、昼休みに入ったらしい女学生三人組が声をかけてきた。
 リナリーが以前言っていた通りユウはこの辺りの学校で噂になっているらしく、最近では昼食に困ったことはない。ただ見た目がいい異性と話がしたいと言うだけで昼食代を奢る女学生たちが心配になることは偶にあるが。

 いつもならば遠慮なくそれなりの値がする食事を奢ってもらうところだが、今日は頭痛の所為であまり食べられそうになく、一番安い野菜スープのみを奢ってもらった。女学生たちの話を聞きつつ―ほとんどは学校の授業や教師についての話だった―ゆっくりとスープを飲む。飲んでいる途中でなんだか喉が痛いような気もしたが、気のせいだと自分に言い聞かせた。
 食事後、会計を終えると、三人のうちの一人がユウにお礼だと言って金をくれた。どうも以前にもユウと話をしたことがあるようで、今回奢った料理が一番安いものだったことに驚いたらしい。
 いらないわけではなかったのでありがたく金を受け取って女学生たちを見送り、朝よりも強くなってきた頭痛に眉を顰める。

「あ?」
 女学生が見えなくなり、夕方まで何をしているかとぼんやり考えていると、突然後ろから肩を叩かれた。苛々しながら振り返ってみれば、久しぶりに見る男の顔があった。

「貴族様が真っ昼間から男娼漁りなんかしてんじゃねぇよ」
「相変わらず客相手の言葉遣いとは思えないな。二週間ぶりなのに」
「違う相手を見つけたんじゃなかったのか?」
「なんでそうなるんだ?二週間前に親の領地の視察に行くから二週間街を離れるって言っておいただろ」

 この、むっとして眉間に皺を寄せているのは、数か月前からユウの夜の常連客となっているティキ・ミックという男だ。以前は別の男娼の常連客だったのだが、その男娼が傷害事件を起こしたことによって街から追放されたためにユウの常連客となった。

「……何か、顔色悪くないか?」
「二日酔いだ」
「二日酔い?何で酒なんか飲んでるんだよ」
「相手した客に付き合った」

 ティキの眉間の皺がさらに深くなった気がしたが、ユウは別に気にしていなかった。
 誰か客を取らなければユウは野宿をすることになる。ティキが相手をしないと言うのならば別の客に相手をしてもらうまでだ。

「そんな顔するなら二週間分のホテル代おいて行けよ」
「あー、そうだ、そうだった……お前、金ないんだよな……」

 うっかりしていたと言うティキはどうやら、ユウの商売方法を忘れていたらしい。

「大体、前の男娼の時は誰に抱かれようが気にしてなかったんだろ?何で俺がほかの客取ると嫌そうな顔するんだよ」
「そっちが俺に対していい顔してくれないからだろ。俺には笑わないくせに他の客にはニコニコしてるのかと思うと腹が立つ」
「別にほかの客相手にも同じだ」
「笑ってただろ」

 客としてティキの相手をし始めてわかったことだが、ティキはユウが思っていたよりも嫉妬深く、独占欲が強かった。
 ティキよりも先に他の客に声をかけられ、営業用の笑顔で対応していると、明らかに不機嫌な顔で客を追い払う。そして、どうして他の客を取ろうとするのかとユウも咎められる。

「最初から無愛想に接してんだから今更笑ってやる意味が分からねぇな」

 接客用の笑いを顔に張り付けたところで、それが嘘だとわかるはずだ。笑ってもらえたところでむなしくなるとは思わないのだろうか?

「愛想良い男娼がいいなら他を選べ。俺は別に構わない」
「…お前がいいんだよ、」

 ぼそっと言うティキはどうやらユウに愛想よくさせることを観念したらしい。

「わかった。じゃあ、できるだけお前から目を離さないようにして、客を取らせないようにする」
「あんたが相手してくれんならな」
「当然。……それにしても、本当に顔色悪いな、医者に診てもらった方がいいんじゃないか?」

 医者という言葉にユウは呆れたような目でティキを見た。

「馬鹿か、医者に診てもらえるわけないだろ」
「何で」
「医者に診てもらうには診断証っていうのが必要なんだろ。ああ、貴族様はそんなもの関係なく見てもらえるから知らないってか?」

 その言葉にティキは初めてユウが診察証を持っていないことに気づいたらしい。毎日ホテルに泊まっていることを考えればすぐにわかりそうなものだが、そこまで考えが行かなかったようだ。まあ、診断証を持っていることが当たり前の世界の住人なのだから仕方のないことではあるのだが。

「それに、この程度の二日酔いなら前もあった。少し休めば治る」
「じゃあ、もうホテルに行こう。それで、回復するまで寝てろ」
「ホテルに行くくせにヤらねぇのかよ」
「そんな具合悪そうな顔見て勃つと思うのか?」
「……」

 一体自分はどんな顔をしているのかと気にはなったが、ホテルで休ませてくれると言うのならばありがたい。正直なところ、立っているのも辛くなっており、どこかのカフェにでも入って椅子に座って休もうと思っていたのだ。

 朝チェックアウトしたホテルよりも高級なホテルに入り、最上階の一室に入るとユウはすぐに寝室へ向かってベッドに横になった。ティキが心配そうに見ているが、残念ながら相手をしてやる余裕はない。ティキも、ユウを休ませようとホテルへ連れてきたはずだ。
「寝る」と一言だけ残して目を閉じた。  









「奥のベッドで休んでる」
「では、失礼します」

 ティキ以外の声が聞こえた気がして目を開けると、すでに寝室は真っ暗になっていた。
 ホテルへやってきたのが昼過ぎなので、少なくとも四、五時間は眠っているはずなのだが、頭痛は相変わらず、それどころか怠くて起き上ることができない。
「ああ、起きてたんだな」
「…誰」

 誰、の対象は勿論ティキではない。ティキの隣にいる初老の男のことだ。

「二日酔いじゃなさそうだったから医者を呼んだ。多分、見てもらった方がいい」
「……診断証がないって言ってんだろ」
「大丈夫。俺専属の医者だから融通がきく。なあ?」

 ティキが声をかけると、医者だと紹介された男は苦笑いしながらも「長い付き合いですからね」と頷いた。

 初めての診察に少し緊張しながらもティキの助けを借りて体を起こし、医者に言われるままに服をはだけさせる。昨日や一昨日の客につけられた痕が残っており、少し気まずい。客相手ならば特に何とも思わないのだが、相手は医者だ。それに、ユウの体を支えるティキの手にやけに力が込められていて肩が痛い。理由は何となくわかっているのだが。

「恐らく風邪でしょう。安静にしておけば治るでしょうが、熱が高いようですので熱冷ましを出しておきましょう。予算はいくらほどで?」
「予算……?」

 医者に予算と言われ、ユウは困って洋服のポケットに手を当てた。一応金はあるが、診察代と薬代となると足りるかどうかわからない。

「い――」
「金なら俺が出すから、熱冷ましだけじゃなくて風邪薬も出してくれ」

 診てもらったのだから仕方がない。とりあえず最低いくらするのか聞くだけ聞こうと口を開いたのだが、完全に言葉になる前にティキが口を挟んだ。

「今なら少しはあるから、別に出してもらわなくても、」
「俺が見てもらうように勧めたんだ。俺が払う」
「でしたら、遠慮なく高い薬を出させていただきますよ。それでは、一度病院へ戻って薬を調合してきますので」
「頼む」

 医者がてきぱきと道具をしまって部屋から出ていくと、ユウはティキに支えられて起こしていた体を再びベッドに横たえた。
 ティキがはだけられたユウの服を整えながら複雑そうな目をユウに向ける。

「お前って、」
「客に言われればそうする。当たり前だろ」
「だったら、俺だけが痕をつけちゃいけないってのか?」

 先ほどティキがユウの肩を痛いくらいに掴んでいたのはそれが原因だ。ユウは、ティキがユウの体に痕を残そうとする度にそれを制止していた。

「あんたに痕付けられるのはなんか嫌だ」
「どういうことだよ、」
「もういいだろ、寝させろよ。すっきりしたら相手してやるから」

 ティキに背を向けて目を閉じると、しばらくの間ティキはその場に留まっていたが、結局「夕食の時にまた声をかけるから」と言って寝室から出て行った。

「……」

 別にティキのことが嫌なのではない。むしろ、素の自分で接しても―作り笑いをしなくても―懲りずにユウに近づいてくるティキはとても貴重な存在だ。
 体に痕を残すことを良しとしないのは、ティキのつける痕が他の客のつける痕と間違いなく意味合いが違うからだ。客は遊びでユウの体に痕をつけるが、ティキのつける痕は所有の印だ。ティキ本人がそう言ったわけではないのだが、普段のユウに対する言動を見ていればわかる。

(もう少し)

 ユウが覚悟を決める前にティキが飽きてしまうのならば、それはそれで構わない。そうなってもおかしくない態度を取っている自信はある。それに、いつ覚悟を決められるかもわからない。
 だが、それでもティキが待っていてくれるならば、その時は全身全霊を持ってティキの思いに応えてやろうとユウは思うのだ。
 とりあえずは、目が覚めたら一言、「ありがとう」と言ってやろうと決めてユウは眠りについた。