A primeira data


ユウ(16)…高校一年生
ティキ(24)…歌手

※Uma visita para o Japaoの続き。

(俺、何やってるんだろう……)

 目の前のスクリーンに映されるラブストーリーを見、ティキが買ってくれた昼食を食べながらユウは何とも言えない気分になっていた。

 午前十時、サチコの家へティキを迎えに行き、それから二人は電車を利用してティキが予約していた店へ行って朝食を食べた。
 遅い朝食の為に訪れた店はユウが知る限りかなりの有名店で開店前から行列が出来ているはずなのだが、今日は何故だが人が一人もいなかった。しかし、店の中に入ってみれば店員が総出でティキとユウを迎え、居心地の悪い思いを味わった。どうやら、ティキがあらかじめ金を出して貸切にしておいたらしい。人が多いとゆっくり話ができないというのがティキの言い分だったのだが、果たして、店員たちがすぐ傍で聞き耳を立てている今の状況はゆっくり話ができる状況だったのだろうか?
 食事は勿論美味しかったのだが、店員に常に傍に控えられ、箸を落とせばすぐに新しいものを用意され、水がなくなればさっと継ぎ足されるのはあまり気分のいいものではなかった。ユウがいつも行くような店はそんなにサービスの良い店ではない。後で聞いてみたところ、ティキもサービスに関してはもう少し控えめにしてほしかったらしいのだが。
 朝食を終えると、まだ少し時間があるとのことでその店からそう離れていない場所でレンタカーを借り、ティキの運転で少し離れたところにある植物園を訪れた。以前ネット通話でユウが「少し離れたところにできた植物園に行ってみたい」と言ったのをちゃんと覚えていたらしい。まあ、その時は「時間のある時に一人で」と言っておいたのだが、そこはティキの耳には入っていなかったようだ。ティキは自身の都合の悪いことは聞こえない耳を持っているようなので仕方がない。
 植物園へ行ってみると、夏休みにもかかわらず人は少なかった。目に入る客層も少し高めで、十代、二十代はパッと見ティキとユウだけだ。
 もともと植物園に行きたいと思っていたのはユウの方だったので、ユウは植物園内を楽しく見て回ることができたのだが、ティキはユウが見る度にユウの方を見て微笑んでいた。ユウが思うに、ティキはあまり楽しんでいなかったのではないだろうか?ネット通話をしていた時にはティキはユウの植物園の話に乗ってこなかった。

 そして、植物館を出た後は今いる映画館へやってきたというわけだ。

「ユウ、ラブストーリーは苦手?」
「あまり観ないです」
「そっか」
「好きなんですか、ラブストーリー」
「んー、好きってわけでもないけど、デートの時に見るのはそういう要素があった方が良くない?」
「はぁ、」

 訳が分からない。好きでもないのにシチュエーションに合わせてラブストーリーを見ようと思うことも、今の状況をデートだというのも理解ができない。元々はサチコも一緒にいるはずで、偶々サチコに用事があった為に二人きりになってしまったのだ。デートではない。そもそも、デートとは男女がするものだ。

「……それにしても、どうしてわざわざ個室なんて選んだんですか。高いのに」
「こっちの方が気兼ねなく見れるから。ユウを」

 どう反応していいのかわからない言葉を返され、ユウは眉間に皺を寄せて立ち上がった。そのままスクリーンへ近づき、シアターとユウ達のいる個室を分けるガラスに手を添える。少し下を見れば、空席が見られないほどに大勢の人が同じ映画を見ている。
 映画館に来た後、普通の映画チケットとはケタが違うチケットを購入したティキとユウは係員に案内されるままに他の映画を見に来たお客とは違う待合室へと連れて行かれた。そこでは映画が始まるまで朝食の時と同じように係員にサービスされ、やはり居心地が悪かった。ユウが「もういいので仕事に戻ってください」と言っても、「今日はこれが仕事なので」とにこやかに返され、そんなことを言われては我慢するしかない。恐らくは今回のように個室用のチケットを購入した客の為にいる係員なのだろう。
 そのようなどうでもいいことを考えていると、ガラスに添えたユウの手に大きな男の手が添えられた。

「イタッ、」

 もう片方の手がユウの腰を捕らえようとしてきたので驚いて後ろを見ると、丁度ユウの頭が顔に当たってしまったらしいティキが何とも言えない顔つきでユウを見ていた。

「何してるんですか」
「誘ってるのかと思って……」
「は?」
「……まあ、いいや。映画見よう」
「はあ、」

 一番痛みが酷いらしい左頬を押さえながらティキがソファへと戻り、ユウも溜息を吐きつつソファに座る。

「……痛いですか?」
「それなりに」

 ソファに座って暫くしてもティキが左頬辺りを擦っているので、余程痛かったのかとティキを見ると、ティキは左頬から手を外してニコリと微笑んだ。

「すみません」
「いいよ。故意じゃないし」

 その微笑みに微塵も怒りが窺えないことから本当に怒っていないのだとほっとするが、安堵とほぼ同時に何故自分が謝らなければいけなかったのだろうかと小さな疑問が浮かび、ユウは眉間に皺を寄せた。
 ティキの顔に結果的に頭突きを食らわせてしまったのはユウだが、そもそもの原因はティキが不可解な行動をしてきたからだ。ティキがユウの腰に腕を回すようなことをしなければ、ユウは今もボーッとガラスに手を当てて下に見える観客を見ていただろうし、ティキも左頬の痛みに顔をしかめることはなかった。

「あの、」
「何?」
「何で日本に来たんですか?」
「何でって、ユウの誕生日を祝うためだけど」
「………」
「どうかした?」
「いえ、別に」

 デートだとかいうからふざけているのかと思ったが、一応ユウの誕生日を祝うつもりはあるらしい。まあ、朝食が有名和食店だったり、あまり自身には興味がなさそうな植物園に行ってみたりとそれなりにユウを気遣ってくれているとは思っていたが。

「ティキさん、知人にはいつもこんなことして祝うんですか?疲れませんか、それって」
「ユウにだけだから大丈夫」

 ティキの口から出てきた言葉に眉を顰める。

「……前からずっと思ってたんですけど、」
「ん?」
「勘違いだったら謝りますけど、何で俺にばかり構うんですか?サチコの方がティキさんのファンで、仲良くしたいと思ってるのに、何で俺なんですか?」
「え?」

 ユウの言葉にティキが目を見開き、まるでショックを受けたかのような表情をする。

「……迷惑?」
「……少し」

 少し気まずくてティキの顔から目を逸らし、好きでもない映画に目をやって答える。

「慣れてはきましたけど」

 少し迷惑している。その言葉だけでやめておくのは流石にティキが可哀相でフォローになっているのかはわからない言葉を付け足す。

「どれが迷惑だった?メール?ネット通話?これ?」
「……えっと、」

 流石に全部とは言えない。一番傷が浅く済みそうなものはどれだと考えていると、その前に全部だと結論付けてしまったらしいティキが溜息を吐いてソファに深く身を沈めた。

「じゃあ、ユウは俺のこと迷惑な奴って思ってたわけだ」
「え、いや、」
「そっか、迷惑か……」

 どんどんとティキの声が小さくなっていくので、流石に申し訳なくなり―朝食も、植物園の入園料も、映画のチケットもティキの奢りだ―何か元気づけるような言葉をと思うのだが、残念なことにあまり人を慰めたことのないユウの頭にはそんな言葉が存在しない。

「ティキさ――」
「ま、いいや」

 言葉も思いつかないままに声をかけようとしたユウだったが、その前にティキのいつも通りの声量に言葉を遮られた。

「今までやりすぎだったなら今度からは少し加減する。それなら迷惑じゃないな」
「……は?」
「今までの頻度だと少し迷惑だったんなら、回数を抑えれば迷惑じゃなくなるだろ?」
「……」
「いやー、言ってくれて助かった。俺、好きな子にはやりすぎるところがあるからさ、言ってくれないとわかんないんだよな」

 さっきまで落ち込んでいたのは演技だったのかと疑うくらい、ティキの表情は明るい。ソファに沈んでいたはずの上半身もユウの方へと向けられている。ユウが訳も分からず瞬きしていると、「そういえば」とティキが言葉を続けた。

「どうしてサチコよりユウなのかってさっき言ってたけど、そりゃ好きだからに決まってるだろ。サチコは友人の知り合い、ユウは好きな子」
「好きな子って、」
「何、ユウって態度じゃ気づかないタイプか?俺、かなり積極的にアピールしてたつもりなんだけど。愛してるってコト」

 話が斜め上の方向へ向かっている気がする。さっきまでティキの好意が迷惑だなんだという話をしていたはずなのに、何故か今ユウはティキから告白されている。

「将来的には恋人になれたらいいと思ってる。できればユウに俺のとこに来てほしいけど、それが駄目っていうならまあ、俺が日本に来るかな。歌はどこでもできるし。あ、でも日本だと結婚できないんだっけ?」
「……養子縁組をするとか聞いたことがあります。本当かどうかは知らないですけど」
「あーそういうやり方なのか……俺の国だと同性の結婚も認められてるから、やっぱり俺の国に来てもらった方がいいかな」
「そうなりますかね、……?」

 ティキの話に他人事のように返事をしていたユウだったが、ふとこれはまずいのではないかと思い始めた。完全にティキのペースになってしまっている。これでユウはティキとメールのやり取りをすることになり、ネット通話をすることになり、デートすることになってしまったのだ。このティキ・ミックと言う男は言い出したら本当にやってしまう男であり、きちんと嫌だと言わなければ飲まれてしまう。

「あの、俺、ティキさんと結婚する気ないですよ」
「そりゃ、今はそうだろ。そのうちってこと」
「そのうちとかそういうのじゃなくて、大体付き合ってもいないのに」
「確かに、こういうのは段階を踏むべきだな。とりあえず恋人からってことで」
「何で、」
「嫌っていうのも分かるけど、恋人になってもいないのに嫌だって決めつけられるのは俺が嫌だ。付き合ってみて、ユウに好きな奴が出来たり、俺のことが本当に嫌になったら、その時はまた考えよう」
「……」
「駄目?」
「……大丈夫です」

 ユウが答えると、ティキがほっとしたように表情を緩め、ユウの頬に口付けた。突然のことでユウの体が強張るが、恋人同士ならばこれくらいはするはずだという考えのもと、遠くなりかけた意識を無理矢理繋ぎ止める。

「そういえば、今回来た目的を忘れてた」

 なんだかドッと疲れが出てしまった。どうしてこんなことになってしまったのかと考えながらソファに寄りかかっていると、ティキがユウの目の前に小さな箱を出してきた。

「だいぶ遅くなったけど、誕生日おめでとう、ユウ」
「……ありがとうございます」
「実はデートなんて最初は考えてなくて、これだけ渡して帰ろうと思ってたんだ」
「そうですか、」

 帰ってくれればよかったのに。そう思ったが、過程はどうであれ恋人になった相手にそんなことを言うのも気が引けて、受け取った小さな箱を開ける。箱の中にはシンプルな指輪が入っていた。

「サイズが合っているか自信ないから、つけてみてくれるか?」
「ああ、はい」

 プレゼントに指輪をもらったのは初めてで、どの指につければいいのかわからない。とりあえず小指にでも……と指輪をはめようとすると、ティキに「その指じゃない」と止められた。

「左薬指がいい」
「……はい」

 いろいろと言いたいことはあったが、その指につけさせるつもりで買ったのならその指にはめてみるしかない。
 悔しいが、プレゼントの指輪はユウの左手薬指にぴったりだった。