ユウ(18)……ティエドール(芸術家)の息子。高校三年。将来はティエドールの秘書になる予定。卒業式間近。
ティキ(26)……シェリルの弟。ティエドールの助手歴八か月位。ユウの扱いに困ってる。 「ちょっとトイレ行ってくる」 飲み始めて一時間、今度はティキがトイレへ行くために席を立った。 席に残ったユウはティキがいない状況に少し不安を感じながらもモモとクラックの会話を聞いていた。もともと社交的な性格ではないので、一度会ったことがあるとはいえ会話をしたことのないモモとクラックと普通に接するためにはまだまだ時間がかかる。 「えっと、アンタはいつまであいつの家にいるんだっけ?」 「来週頭です」 「じゃあ、それまではティキの家ってわけか」 「そうなりますね」 ユウが確かにそうなるなと頷くと、モモとクラックはニヤリと笑ってひそひそ話をするように身を乗り出した。 「アンタさ、ティキのどこら辺が気に入ったんだ?」 「え、」 「ティキがアンタに告白されてるって言ってたんだけど?」 (……あの野郎) ただの飲み友達相手に何を喋っているのかと腹が立つが、ここで何を言っても仕方がない。 「えっと、その……一目惚れ、です」 「一目惚れ?ようは顔ってことか?」 「体もですけど」 体もと言ったところでモモとクラックがぽかんとしてユウを見る。 「体!?」 「父親の影響で、体形が整った人間にはどうしても弱くて」 「ああ、芸術家なんだって?」 「はい」 あの男、一体どこまで喋ったのだろうかと思いながらも嘘を言ってはいないようなので怒ることはできない。ユウがティキを好いていることも、父親が芸術家なのも本当のことだ。 「アイツ、確かに見た目は完璧だもんなぁ……」 「けどさ、中身は馬鹿だろ?そこはいいのか?」 「そこがいいんです。頭までよかったら逆に、」 「ギャップ萌えってやつか?」 「ギャップ、……まあ、そうですね、多分」 正直なところそんな言葉で片付けてほしくなかったのだが、それ以外に表現できる言葉も見つからない。渋々頷くと、二人は笑いながら「それにしても、」と言葉をつづけた。 「あれだけの馬鹿でもギャップって言葉で片付けられるとはなー」 「アイツにも真の春が来たか」 「……?」 しみじみと言う二人に首を傾げ、どうしてそんなことを言うのかと尋ねれば「ギャップなんて言葉であれを片づけられるのはアンタくらいだ」と言われた。 「今までアイツが付き合ってた女なんて、頭が馬鹿だってことに気付いたらすぐどっか行っちまったもんな」 「だな。アイツの頭の悪さは見た目じゃカバーしきれねぇもんな」 「……あの、具体的にどこら辺が?」 確かにユウもティキのことを頭の悪い男だとは思うが、そこまで言うか?とも感じてしまう。ティキが屋敷に来てから今日まで接した身としては、そこまで致命的な頭の悪さではないと思ってしまう。 「具体的にって言われると困るけど、とにかく馬鹿だよな」 「あの顔を活かせてない当たり馬鹿としか言いようがねぇな」 「あの顔ならテレビに出りゃすぐファンもついていい生活できただろうによ」 「俺らみたいなのしか友達いねぇもんな」 ファンができるというのはいい生活になるのか?逆にファンのイメージするティキミック像を守るために自由なことができなくなるのではないか? そう思うのだが、ユウは黙って二人の話を聞いた。二人の口からはポンポンとティキの致命的な頭の悪さらしい部分が出てくるが、ユウにとってはどうでもいいことばかりだ。どれも別にそのくらいどうということはないと結論付けられる。 「ティキさん、お二人のこと本当に良い友達だと思っているみたいだし、それは悪いことじゃなくていいことだと思います」 とりあえずこれだけは指摘しようと思って口を開くと、ぴたりとモモとクラックの口が止まる。そして今度は笑い声が出てきた。 「アンタには何言っても無駄みたいだな!」 「ティキが嫌だ、嫌だって言うから手助けしてやろうと思ったけど、ここまでティキに惚れられんなら逆にアンタを応援してぇな!」 「……」 つまり、ティキの駄目なところを言ってユウに幻滅させようとしていたということだ。 二人の狙いを知ってユウが眉を顰めると、二人は苦笑いして飲み物を飲み干してメニューを手に取った。 「俺たち新しく頼むけど、アンタは?もうグラス空じゃねぇか」 「あ、えっと、緑茶で」 「はいよ」 モモが店員を呼び、ユウの緑茶と二人の飲み物を注文する。店員が席を離れるかどうかというところでティキが戻ってきたので、ティキもついでに新しい飲み物を注文した。 「ティキ」 「あ?」 「俺ら、こっちの味方に付くことにしたからな」 「は?」 「お前さっさとくっ付いちまえよ!」 「はぁ!?」 自分がトイレに行っている間に一体何があったのかとティキが三人を見て目を白黒させる。 「いや、お前の駄目なとこ吹き込んで諦めさせるつもりだったんだけどよ、無理だ」 「お前のことこれだけ想ってくれる奴なんてこの先現れねぇぞ、マジで」 「ユウ、こいつらに何言ったんだよ」 友人であり、自分の味方―からかわれはするが、少なくとも本心ではないと思っていた―だったはずの二人が突然ユウとの交際を勧め出した為に、ユウが何か言ったと思ったのだろう。ティキが少し厳しい口調でユウを責める。 「何も言ってない」 「そうだぜ、ティキ」 「悪口言ってたのは俺らの方だしな」 「なぁ?」 「お前ら……」 ティキの眉がヒクヒクと動き、何かを―恐らく友人二人への文句を―言う為に口が開かれたが、丁度店員が飲み物を持ってきた為にそこから言葉が発せられることはなかった。 「大体、ティキ」 それぞれ運ばれてきた飲み物を一口飲んだところで、クラックが思い出したようにティキを見る。ティキは一口と言うよりも一気飲みに近く、グラスはほぼ空になっていた。 「何だよ」 「お前、この子みたいな外見タイプだっただろ」 「っ!!」 クラックの口から出た言葉にティキが面白いくらい体を跳ねさせる。ユウがティキを見ると、ティキは「馬鹿なこと言うな」と額から汗を一筋流しながらクラックの言葉を否定した。 しかし、否定されたクラックはと言うと、そんなはずはないと言ってモモを見る。 「なぁ?」 「そういや、お前が借りるAV、大体こんな容姿の大人しい感じの女優ばかりだったよな。あと――」 「もう本当に余計なこと言うな」 モモの言葉を慌てた様子で遮るティキに、ユウは本当のことなのだと感じ少し気分が良くなった。何となく違和感を覚えた気もするが、自分の容姿が好みから外れていないと知ったのは大きな収穫だ。 (俺みたいな容姿の、大人しい……!) モモの言葉を頭の中で繰り返していると、ユウの中で一つの考えが思い浮かんだ。 容姿はティキの好みから外れていないのにティキはユウに見向きもしない。その理由はユウの態度にあったのかもしれないと気付いたのだ。 今までのティキへの接し方を考えると、少し積極的すぎたのかもしれない。一歩下がったところから思いを伝えればいいのではないか? (そうだ、だってこいつ四年前の俺には惚れたんだよな、大人しくすれば今だって…) 容姿に多少の変化はあるが、そこまで変わったわけではないはずだ。ティキが気づいてくれないのは単に、あの見合いパーティにいたユウを女だと思い込んでいるからだろう。 「何考えてんだ」 「何も」 ユウがずっと喋らずにいることを不審に思ったらしいティキがそっと話しかけてきた。その言葉に対しユウは短く答えると、暫くは控えめにしようと考えながら緑茶を飲む。 ティキはユウの言葉を信じてはいないようだったが、ユウがそれ以上何も言わずにいると溜息を吐いてモモとクラックを見た。 「これは、俺とユウの問題なの。お前らは口出しすんな」 「いつまでたっても進展しねぇから手助けしてやろうって言ってんだろ。遠慮するなよ」 「進展するつもりないっていってんだろ!」 「へーへー、わかったよ」 それからは会話の内容がモモとクラック、ティキの仕事の話になり、ティキとユウの関係をからかうような言葉もなくなった。たまにユウにも会話を振られるが、それに応じる以外はユウは自分から口を開くことなく静かに三人の会話を聞いていた。 「おっと、もうこんな時間だ。そろそろ店でようぜ」 「ん?ああ、もう一時か」 三人が話し、ユウがそれを聞くだけになってから幾らか経過し、モモがそろそろお開きにしようと言い出した。十一時を過ぎたあたりから瞼を重く感じていたユウにとってはやっとといったところだ。 ティキはまだ二人と話したそうではあったが、ユウが眠そうだということに気付いたのかモモの意見に頷いた。 「じゃ、また時間ができたときにでも飲もうぜ」 「ああ」 「その時までに恋人になっとけよ、ティキ」 「バーカ」 会計は飲み食いした量に関係なく三人の割り勘だった。ユウは金を払うつもりだったのだが、モモとクラックが出さなくていいと言われたので言葉に甘えた。 「じゃあな」 「おう」 モモとクラックがいなくなり、ユウが黙っているとティキが「帰るか」と呟いた。 「お前、本当にあの二人と仲がいいんだな」 「まあ、な」 「俺のことも喋るくらい」 「別に変なことは喋ってねぇよ。お前が迫ってるのは事実だろ」 「……」 ティキの言葉にユウは何も言えずに黙った。確かにそうなのだが、迫っているという言い方は一方的な気がして嫌なのだ。 暫く無言でティキの一歩後ろを歩いていると、ティキが変な顔をしてユウを振り返る。 「何だよ」 「そっちが何だよ」 大人しくついて歩いているのに何が問題なのかとティキを睨むと、逆にどういうつもりかと聞き返されてしまった。静かすぎて気になったらしい。 「お前、大人しい方が好きなんだろ」 「え、あ……そういうことかよ」 ユウの考えていることを理解したらしいティキが頭を掻いて立ち止まる。 「別にそういうことしなくていい」 「大人しい方が好みなんだろ」 「今更大人しくしたところで印象変わるわけないだろ。逆に調子が狂うからいつも通りにしてるほうがいい」 「……どうしようが俺の勝手だろ、放っておけ」 ティキの反応の変化を確認しないことには無駄かどうかはわからない。 あくまでもやめる気はないと言うと、ティキは「ご勝手に」と言って再び歩き始めた。 |