ユウ(18)……ティエドール(芸術家)の息子。高校三年。将来はティエドールの秘書になる予定。卒業式間近。
ティキ(26)……シェリルの弟。ティエドールの助手歴八か月位。ユウの扱いに困ってる。 「どこ行くんだ?」 「……ついてこなくていいんだけど」 「こんな夜に一人で出かけるなんて、怪しい……」 色々なミスが重なってお互いに不本意なプレイを行ってから数日経った土曜日の夜。ティキはこっそりと家を抜け出した。モモ、そしてクラックと飲む約束をしていた為だ。 家族には気づかれず外に出ることができたのだが、やはりと言うべきか一緒の部屋で寝ているユウには気づかれてしまった。 「何も変なとこ行くわけじゃねぇよ、ただの居酒屋だ。ダチと飲むの」 「……それでも行く」 居酒屋と聞いて一瞬だけ「ああ、そうなのか」という納得の表情がユウの顔に浮かんだが、すぐに眉間に皺を寄せて一緒に行くことを強調した。居酒屋だとしてもそこで待っている友達が男とは限らないと言いたいのだろう。 「あのな、確かに一回シたけど、恋人じゃねぇの!俺がどこ行こうが自由だろうが」 「お前の為にあそこまでしたのに、」 「あれは、……いや、そうだけど」 決してティキの趣味で行ったことではなかったが、誤解されるようなきっかけを作ったのはティキであり、本当のことを言えば土下座したとしてもユウに殴られるのは目に見えていた。殴られるよりは事実を黙ってでも身の安全を優先しておきたい。 「……奢れるほど手持ちねぇからな」 「金なら自分で払う」 「わかった。けど、酒は飲むなよ」 別にやましいことをしに行くわけではない。ユウがついて来ることを了承するとユウが当たり前だと言わんばかりの顔で頷いた。 ユウが少し早歩きでティキの隣まで来てティキのペースに合わせて歩き始める。大分近い気がするが、手を繋いでほしいと言われないだけマシだろう。まあ、ユウほどの中性的な、むしろ女性と勘違いされがちの容姿ならば例え親しげに隣を歩いてもそう言う趣味だと誤解されることはないはずが。 「どこの居酒屋だ?」 「ああ、ダチが予約した店だ。カクテルが美味いとか言ってたな」 「へー」 偶に触れてくる手をなるべく自然な動作でかわし―ユウの眉間に皺が寄りはしたが―、モモが予約した居酒屋の場所を携帯で確認する。駅の近くにある店のようだ。 「なあ、」 「あ?」 「予約って、人数増えても大丈夫なのか?」 「ああ、そっか。連絡してみる」 言われてみれば、とモモに電話をかけて人数が一人増えることを伝える。 『おう、どうした?クラックはもう来てるぜ』 「そっち向かってるところなんだけどさ、一人増えても平気か?」 『一人?誰だ?』 「俺が世話になってるとこの子供。前話しただろ」 『ああ!あのこか!オーケー、あの美人なら大歓迎だ』 「?」 『店には俺から言っておく。じゃ、待ってるぜ』 「ああ」 通話を終えると、むっとした表情のユウがティキを見ていた。 「“子供”?」 「事実だろ。俺の雇い主の子供ってのは」 「……そうだけど、子供って言い方は嫌だ」 恋人じゃないにしてももっと適切な言い方をしろといわれ、軽く謝って通話した時のモモの様子を伝える。 「あのさ、あいつユウのこと知ってるみたいだったんだけど何で?」 「あいつって誰だよ」 「……もしかして、待ち合わせしてる相手って悪人面の二人組か?」 「そう」 モモとクラックの人相が悪いのは否定しない。当人を前に言わないでほしいが、忠告せずともユウはそんな事は言わないだろう。外面だけはいい。 ユウの言葉に正直に頷くと、ユウはあの二人かと一人呟いた。 「何、知ってんの?」 「前に酔い潰れたお前を家まで連れて来たぞ」 「そんなことあったか?」 「お前が失神した日」 「……?」 そう言われても思い出せず、首を傾げる。するとユウはいらいらしながらも再び口を開いた。 「俺が夜這いしてお前が悲鳴上げて飛び起きた日の前日だ」 「あー、あの日」 言われてみれば確かにそんなこともあった。その日のことを思い出して確かにあの時は完全に酔い潰れていたと苦笑いしていると、更にユウが言葉を続ける。 「家の前でお前受け取って部屋まで運んだのは俺だからな。お前が一人で部屋に戻ったんじゃねぇぞ。礼の言葉も言われなかったけどな」 「え?」 「別にもういい」 ユウに運ばれたことは全く記憶にない。まあ、あの日いつ帰ってきたかもわからないようなティキの部屋にユウがいたことを考えればわからなくもないが。 「あー……その、悪かったな。ありがと」 「ふん」 あの日のことは飲んで酔い潰れてから朝ベッドで目覚めるまで全く記憶が無いので、いじける位ならもっと早く言って欲しかった。 「……まあ、飲み物一杯と食い物一品位なら奢るよ。礼に」 「……別に良いって言ってるだろ」 別に良いとは言っているが、明らかにユウの雰囲気が柔らかくなった。さらに手でも繋いでやれば、もしくは頬にキスでもすればよりユウの纏う空気が優しくなるのだろうが、流石にそこまでする勇気はない。 十分ほど歩くとモモがメールで指定した居酒屋に到着した。中に入ると、モモが手を上げてティキ達を迎えた。すでに飲み始めていたようで、テーブルには一品料理や盛合せの皿、空になったグラスがある。 「よ、元気にしてたか?」 「まあな。っと、」 何も言わずに椅子に座ろうとしたところでユウに脇腹をつつかれた。そちらを見ればユウの視線が二人の方へ移動し、顎がクイッと小さく動いた。紹介しろと言うことらしい。 「こいつ、さっき電話で言った雇い主のこ……息子」 子供と言おうとしたが、隣から感じた苛立ちのオーラに気付いて訂正する。すると、ユウからは苛立ちのオーラがさっと消えて顔にはにこやかな笑顔が浮かんだ。 「こんばんは」 普段接するユウからは考えられない笑顔にどうして他人の前ではこうなのかと頭を抱えたくなるが、今この場でそれを指摘するのは後が怖い。 「すみません、お邪魔してしまって」 「いやいや、アンタ見たいな花が来てくれりゃあ酒も余計上手くなるってもんだぜ!」 「男ですけどね」 「それでも、美人ってことには変わりねぇからな」 モモとクラックがユウの外見を嫌と言うほど褒め、ユウも―二人がユウのことを男と知った上で発言している為―嫌ではないのか、機嫌良く返事をしている。 「ティキさんが部屋を出て行くのがわかったので、迷ったんですけどついてきてしまったんです。今、ティキさんの家に泊まりに来ていて、やっぱり一人は不安で…」 「………」 ティキが黙ってメニューを見ている中、モモとクラック、そしてユウの会話は続く。だが、あまりのユウの嘘に耐えられず目を丸くしてユウを見ると、思いきり足を踏みつけられた。 「ッテ、」 「どうした、ティキ?」 「なんでもねぇよ……ユウ、飲み物どうする」 「緑茶」 「ん」 来る時に約束した通りユウがちゃんとソフトドリンクを頼んだことにほっとし、店員を呼ぶ。 「あれ、酒飲めばいいのに」 「未成年ですから」 「未成年って言ってもさ、黙っていればバレないって。このメンツで未成年がいるとは思わねぇよ」 「クラック、余計なこと言うな」 酔わせたいのかと尋ねればクラックがそれなりとケタケタ笑う。 「こんな美人と飲むこと何て滅多にないからな、酔ったとこ見たいだろ」 「お前な、」 「本人が嫌って言ってんなら無理強いはしねぇけどさ」 「お待たせしました」 クラックへ文句を言っている間に店員が来てしまい、文句を中断して店員に飲み物とつまみ一品を頼む。テーブルには、モモとクラックが頼んだ料理がまだ新しい料理を頼む必要もない程度にあったが、飲み物一杯と食べ物一品を奢るとユウに約束していた。 店員が空になっていたグラスを持って下がったところで、ユウがトイレに行ってくると言って席を立った。それを見送っていると、モモがテーブルを叩いてティキの注意を自身へと向ける。 「おい、泊まりに来させてるって、どういうことだよ?」 「随分仲いいじゃねぇか」 「お前らな……」 ニヤニヤと質問してくる二人に呆れながらも二人が思っているようなことにはなっていないと二人の考えを否定していやる。正直なところ、二人が想像もしないような斜め上の行為は行ってしまったが。 「何だよ、てっきりそう言うことかと思ったのに」 「だったら、何で家に誘ったんだ?拒否してぇなら誘うなよ。受け入れたかと思ったのによ、馬鹿じゃねぇの」 「そういう行動が勘違いさせてんだよ、馬鹿」 「あんないい子を誑かして楽しいか、馬鹿」 「さっきから馬鹿馬鹿ウルセェな!雇い主が旅行行って、けどアイツは残るって言うから、仕方ねぇだろ…あの家、一人でいるには広いし……」 「はいはい」 「わかったわかった」 「………」 きっと、二人の頭の中のユウは恥じらい、頬を赤らめながらティキに告白しているのだろうが、実際のところは告白をすっ飛ばしてモノを押しつけられたりキスされた。よくよく思い返せば、告白らしい告白をされていない気もする。しかし、その事実を話せばさらに二人に馬鹿にされることが目に見えている為話せない。 悔しく思いながらも二人の言葉に耐えていると、ユウが帰ってきた。 「どうかしましたか?」 「いや、別に」 |