Homecoming3


ユウ(18)……ティエドール(芸術家)の息子。高校三年。将来はティエドールの秘書になる予定。卒業式間近。
ティキ(26)……シェリルの弟。ティエドールの助手歴八か月位。ユウの扱いに困ってる。









「……くそ、」

 ティキの穏やかな寝顔を見てユウは苛々と舌打ちした。
 風呂上りに話があると言うから、てっきりそういうことなのかと思ったのに、ティキはユウに期待させるだけさせておいて眠ってしまった。

「何が、『はー、安心した』だ。馬鹿」

 ティキが風呂に入っている間ユウがどんな気持ちでいたのかわかっているのだろうか?もしかして気持ちが通じたのでは―もしくは諦めがついたのでは―ないか、家に呼んだのはやはりティエドール邸では事を為しにくかったからではないかと色々な想像をしていたのだ。まさか聞かれるだけ聞かれて終わりだなんて思ってもいなかった。
 ベッドに横になったのは良かったが、やはり期待して高ぶっていた体はなかなか寝付けない。少し頭を冷やそうと惨めな気持ちになりながらもベッドから出ると、ユウはそっと廊下へと続く扉を開けてみた。廊下には誰もおらず、明かりも付いていない。

「……」

 少し躊躇ったが、少し家の中を見てみたいと廊下に出た。皆もう寝てしまったのかとても静かだ。

(こんなことなら来なけりゃよかった)

 ティキに誘われた時はティキからの嬉しくて思わず一緒に行くと言ってしまったが、泊まりに来たところで何もいいことはなさそうだ。確かに屋敷で一人きりは寂しくはあるが、それでももう何度も一人で留守番をしてきた。

「うわっ、と、ユウ君じゃないか」
「…どうも」
「どうしたんだい?眠れない?」
「はい、」

 上の階へ行ってみたり下の階へ行ってみたりと家の中を彷徨っていると、一つの部屋の扉が開いてシェリルが出てきた。手にはティーセットを持ち、これからキッチンへ行って後片付けをするところのようだ。
 最初はユウだと気付かず驚いたようだったが、ユウだとわかるとニコリと笑みを浮かべて親しげに話しかけてきた。

「じゃあ、少し僕と話をするかい?」
「…はい」

 別に話をすることなんて何もないと思ったが、暇だったのでシェリルの誘いを受ける。シェリルについてキッチンへ行くと、シェリルはやかんで湯を沸かし、ティーセットを洗い始めた。

「お茶でも飲みながら話そう。すぐに準備するから」
「ありがとうございます」

 シェリルとは泊まりに来る前に何度か会ったことはあるが、二人きりで話をするのはこれが初めてになる。ティエドールと話している時はティエドールと同類のオーラを感じるが、今はそのような変なオーラはない。

「やっぱり、自分の家の方が居心地が良いかな?」
「そう言う訳じゃ、……そうですね。うちの方が良いかもしれないです」
「もしかして、ティキが無理矢理連れてきてしまったかい?」
「いえ、ちゃんと自分の意思でここに連れて来て貰いました」
「それならいいんだけど」

 シェリルがティーセットを洗い終わり、棚から取り出した布巾で奇麗に水気を取る。その間ユウは黙ってシェリルのやっていることを見ていたが、お湯が湧いてシェリルが紅茶の準備をし始めてるとぽつりと口を開いた。

「あの、ティキさんのタイプってどんな人かわかりますか?」
「どうしたんだい急に、」

 シェリルが戸惑うのも仕方がないとユウは思った。シェリルが知っているユウはそんなことには興味を持ったことがなかったからだ。偶にシェリルが冗談半分で持ってきた見合い話には全力で拒否したし、恋人のこの字も発したことはなかったはずだ。
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「……何となく」

 少し気まずくなって目を逸らすと、シェリルは二三度瞬きした後腕を組んで考え始めた。

「ティキの好みのタイプか……あの子一度も家に恋人を連れてきたことがなかったからねー、実は僕もよくわからないんだよ」
「連れてきたことがない?」
「そう。ティッキーって見た目は素晴らしく美しいんだけど、中身が残念だからさ。言い寄ってきた女性も中身を知ったら離れてしまうってわけだ」
「……」

 確かに残念ではあるが、ユウならばそんなこと気にしない。

「それに、フリーの時は告白してくれた女性とはとりあえず付き合っちゃうみたいだから、好みがあるのかどうか……自分から告白したことなんて滅多にないんじゃないかな?高校卒業するまではかなり彼女が入れ換わってたらしいね」

 シェリルの口から出てくるあまりに酷いティキの交際事情に唖然とする。顔が良いから恋人は過去それなりにいただろうと思っていたが、流石に気があるわけでもないのに告白してくれたから付き合ってみるだなんて適当すぎる。

「ああ、でも」
「でも?」
「何年か前に一度だけ自分から真剣に恋愛してた時はあったかな。振られたみたいだけど」
「振られた?あの見た目で?」
「そう。確か、四年くらい前だよ。ティキは千年公に騙されて一度お見合いパーティに参加させられたことがあるんだ。僕は当時から家を出て暮らしていたからよくわからないんだけど、相手は主催者の知り合いの娘さんだったって聞くね。その時は軽く会話しただけで終わったらしいけど、パーティの後どうしても会いたくなったみたいでパーティの主催者経由で手紙を送ってた。返事が来なくてもめげずに何度か手紙を出してたみたいだから、相当会いたかったんじゃない?」

 決してまめに手紙を書くような性格はしていないから。シェリルがそう言って笑うが、ユウの心は複雑だった。
 ティキの好みのことは聞いてみたかったが、ティキが恋をしていた話は聞きたくなかった。ユウのことを見てくれないティキがティキを見てくれない相手に恋をしていたなど考えたくもない。

「何て名前だったかなぁ……確か……」
「あの、もういい――」
「神田」
「え?」

 名前なんて知りたくもないとシェリルに考えるのをやめさせようとしたが、その前にシェリルの口からその時の相手のものと思われる名字が出てきた。
 その名字を聞いてユウは目を見開く。

「そう、神田なんとかさんだったな。あ、思い出した一度だけ手紙が返ってきた時があったんだよ」
「か、神田さんから?」
「お目当ての彼女じゃなくて、その祖父から。当時からティキって見た目を気にしてなくて髪の毛も伸び放題でね、その髪の毛について『パーティの写真を拝見したが、貴方のようなだらしなく髪を伸ばした男とは会わせたくない』って。はい、紅茶」

 湯気の立つティーカップがユウの目の前に置かれ、礼を言ってユウはティーカップに手を添えた。まだ飲むには熱そうだ。

「……その時の写真ありますか?」

 一度ティーカップから手を離しシェリルを見てお見合い時のティキの写真を見たいと強請る。

「ん?ああ、あると思うよ。お見合いパーティだからね、リストように撮った写真が……ああ、写メで良ければ今すぐ見れるよ」
「見たいです」

 シェリルが胸ポケットから携帯を取り出し、さっと弄って携帯をユウに渡す。

「っ、」

 画面に映し出されていた長髪のティキを見てユウは思わず息を飲んだ。前髪も両サイドの髪も伸ばし、今よりも髪の毛のウェーブが緩い。眼鏡はしておらず宝石のような瞳にに惹きこまれる。

「コレはそれなりに整えた後だからなかなか美しいだろう?当日もこれで行ったんだけどね、お目当ての彼女の祖父のお気に召さなかったみたいだ」
「……ありがとうございます」

 シェリルに携帯を返すと、ユウは紅茶を一気に飲み干した。

「ありがとうございました、寝れそうです」
「それは良かった。ああ、そうだ。うちの朝は洋風と決まっているんだけど大丈夫かな?」
「はい」
「じゃあ、おやすみ」

 キッチンを出ると、ユウは興奮を抑えられず速足でティキの部屋へと向かった。

(……俺だし!気づけよ!)

 シェリルの話を聞いているうちに何となく引っかかりを感じたのだが、当時のティキの写真を見てはっきりと思い出した。
 ティキが真剣に恋愛したと言う女性は間違いなくユウのことだ。

 四年前、母方の親戚が主催するお見合いパーティにサクラとして参加してくれないかと頼まれたことがあった。女装しての参加と言うことで迷ったが、受けてくれたらお礼に新しい剣道具をプレゼントしてくれると言うので参加した。
 当時のユウは今と違って目は切れ長というよりはぱっちりとしていて、奇麗と言うよりは可愛いと言われ、性格もほんわかしていた。お見合いパーティだからとりあえず笑っておけと誰彼構わず笑いかけていた時、その笑顔に引っかかった男が数人いた。その中にティキがいたという訳だ。
 シェリルから見せてもらった写真のティキとは確かに、一番長く会話していた記憶がある。

 あの時は「ああ、この人もしかして俺に気があるのかな、申し訳ないな」などと騙している罪悪感で一杯だったが、ティキは確かにユウに恋をしたのだ。女装していたから騙されたなどという言い訳は通用しない。いくら着飾ったって見向きもされない女性などあの場に山ほどいたではないか。
 ユウもあの時罪悪感を持ってはいたが、優しい人だとティキに好感を持っていた。

 部屋に入ると、ティキは相変わらず穏やかな寝息を立てていた。そんなティキに音を立てないように気を付けながら近づき、慎重に布団をめくる。

(案外起きないな)

 温かな布団の中と部屋の空気の温度差で起きると思ったが、特に寒がる様子もなくティキは寝続けている。
「……んー……?」

 暫くして何かに違和感を覚えたのかティキが声を出し、手が何かを―恐らくは布団を―探しているように動いたが、それも動かなくなると再び一定感覚での寝息が聞こえるようになった。
 四年前には両想いになる可能性だってあったのだ。それなら、今からでも遅くはない。

「……今回はいつ起きるんだ、ティキ?」

 まるで肉食獣のように目を輝かせ、ユウはティキの股間に手を当てた。