ユウ(18)……ティエドール(芸術家)の息子。高校三年。将来はティエドールの秘書になる予定。卒業式間近。
ティキ(26)……シェリルの弟。ティエドールの助手歴八か月位。ユウの扱いに困ってる。 部屋に鞄を置いた後、ティキはユウを家族達に紹介した。 紹介したのは7人、父親である千年公、兄のシェリル、弟のジャスデロにデビット、シェリルの妻であるトリシアに娘のロードだ。ティキにはもう二人、妹と弟がいるのだが、二人はサークル活動でいなかった。 家族を順々に紹介すると、ユウはティキの兄弟の多さに驚きながらも笑顔で、そう、笑顔でティキの家族に挨拶した。そして、その笑顔に騙された家族達がユウを迎え入れ、今、ユウは食後の後片付けを手伝っている。 「悪いですねェ、お客様ニ」 「いえ、泊めてもらっている身で何もしないなんてできませんから」 ニコリと笑ってテーブルを拭くユウを見て千年公が機嫌良い声を出す。 「ティエドールの家は広いですからねェ、ゆっくりしていってくださイ。ずっといてもらってもいいんですヨ?」 「いえ、父が帰ってきたら帰ります。この家にいるのも、人が沢山いて楽しいですけど」 千年公と楽しげに話すユウは普段の生意気な口をきくユウからは想像できず、人間という生き物は環境が変わればこんなにも変わるのかと驚きを隠せない。 「女の子だったら、ティキポンのお嫁さんに良かったのニ」 「冗談でもそんなこと言わないでほしいんすけど、千年公」 確かに、女だったらティキだって妻に……と考えなくもないが、忘れてはいけない。ユウは男なのだ。そして……。 「俺も、ティキさんの嫁になら是非なりたいですね」 そして、ティキとお似合いだと言われると恐ろしいまでに上機嫌になる同性愛者。いや、同性愛者ではなくバイなのかもしれないが、ティキにはわからない。 「そう言ってくれるのはユウさんだけですヨ」 千年公はお世辞だと思っているようだが、ユウが本心でそう言っていることにティキは気づいていた。思い人の父親に息子の嫁になってほしいというようなことを言われれば喜ぶのも無理はないだろう。きっと、ユウには“女の子だったら”という言葉は聞こえていない。 テーブルを拭き終えたユウが食事中端に置いていた花瓶をテーブル中央に移動させていると、キッチンからトリシアが出てきてユウが持っているテーブル拭きを受け取った。 「ユウさん、後は私とロードでやりますから、ユウさんはゆっくりしてくださいな」 「でも、」 「後は食器を片づけるだけですから。すぐ終わってしまいますわ」 「……じゃあ、お言葉に甘えて…ティキ、部屋に行きたい」 「……!」 千年公とユウの会話に突っ込むのも面倒でテレビを見ていたティキに、思わぬ衝撃が走る。 「ふ、二人で?」 「お前の部屋だろ」 「そ、そっか、そうだよな、」 指摘されて間抜けな質問をしたことに気付いたが、ティキはそれくらい動揺していた。二人きりで同じ部屋で過ごすことに気まずさを感じていたのだ。 「学校の宿題しないといけないから」 「わかった。じゃ、千年公、部屋行くわ」 「ええ、ゆっくり休んでくださイ」 廊下に出て暫くすると、ユウがぽつりと呟く。 「宿題なんて出てないんだけどな」 「おま、」 「気づけよ。卒業間近で何の宿題が出るんだ?」 「……確かに」 言われてみれば、卒業式がすぐそこまで迫っている中で宿題が出るのはおかしい。出るところもあるのかもしれないが、ティキが通った高校はこの時期は皆受験勉強に追われ、宿題など出ていなかった。 部屋に着くと、二人の間に気まずい空気が流れる。もしかすると、気まずいと思っているのはティキだけでユウはそんなこと微塵も思っていないのかもしれないが。 「それにしても、お前の部屋何もないな」 「今の仕事が決まった時に処分したんだよ」 ユウがティキのベッドに座り―簡易ベッドは既に運び込んでいるのだが、ユウはティキのベッドの方が良いらしい―、突然枕を持ち上げる。 「エロ本隠したりしてないか?」 「してねぇよ!」 ユウから枕を取り上げて枕を元の位置に置くと、ユウはつまらないとでも言いたげな息を吐いた。 「エロ本も処分したのか?」 「……何だよ、見たいのか?」 「見たい」 きっぱりと言うユウに驚き、瞬きを繰り返す。エロ本など興味なさそうな顔をしているが、そうでもなかったようだ。 驚くと同時に、18歳の男なのだから当たり前かと隠し場所を教えようとしたティキだったが、続けてユウの口から出てきた言葉にさっと口を閉ざした。 「お前の好みがわかるからな」 エロ本を見たいのではなく、ティキが買っているエロ本の種類を確認し、ティキの趣味を確認したかったらしい。 「残念ながら、全部処分した」 「ふーん」 暫くユウは疑いの目をティキに向けていたが、そのうち興味がなくなったらしく持ってきた自分の鞄を開けた。 「風呂、先使っていいか?」 「ああ。ゆっくりどーぞ」 ユウが下着とパジャマ、ドライヤーを持って隣の風呂場へ消え、ティキの部屋は静かになる。どの部屋も防音設備が整っている為、風呂場からの音も聞こえない。 「…服と、ああ、制服もあるのか。ま、学校はあるって言ってたもんな」 普段のユウの入浴から、一時間近くユウが風呂場から出てこないであろうことをティキは知っているので、面白半分にユウの鞄の中身を確認してみた。 中には私服に制服、教科書が入っており、遊び道具は何も入っていない。 「あれ、底に何か……」 何か弱みを握れるような―ティキの身の安全を保障してくれるような―物はないのかとしつこくユウの鞄の中を探っていたティキの手に何かが当たる。一瞬教科書かと思ったが手で確認してみると、どうやら教科書ではなく箱のようだ。 一体何かと箱を掴んで鞄から手を抜いたティキだったが、箱に書かれた名称を見た瞬間、迷うことなくティキは再び手を鞄の中に入れた。箱の正体は、所謂コンドームと呼ばれるものだった。 身の安全どころか身の危険になるものを発見してしまった。それに気付き、ティキの背を嫌な汗が伝う。 偶々入っていただけなのかもしれないが、偶然だと思い込める判断材料がない。 ベッドに座って頭を抱えていると、風呂場へ続く扉が開き、体から湯気を出したユウが出てきた。 「何してる」 「別に……」 「お前も風呂入ってこいよ。すっきりするぞ」 「…風呂上がったらちょっと話あるんだけどいいか?」 「話?良いけど」 「風呂入ってくる」 下着と寝巻を手にして風呂場に入ると、ティキはしっかりと鍵をかけて真剣な面持ちで前を見た。 これは、はっきりさせるしかない。偶々持っていただけなのか、意図的に鞄の中に入れたのか。 更に、意図的だとしたらどうあってもティキとユウがその関係になることはないと教えなければ。 服を脱いで鏡を見れば、滅多に運動をしていないにも関わらず美しく筋肉の付いた体が目に入り、奇麗に割れた腹筋を見て溜息を吐く。ここにもう少し肉がついていれば、ユウやティエドールにここまで言い寄られることはなかったのではなかろうか? 「…よし、」 髪と体を洗い、適当に体を拭いて下着を穿き、寝巻を着て部屋に戻ると、ユウがさっと何かを―恐らくはあの箱だ―を鞄に戻した。 「は、早いな」 「体洗うだけならな」 「そうか」 ユウの隣に座ると、ユウが少し緊張気味に―嫌な緊張だ―自分の膝に置いた手を動かす。 「で、話って?」 「……その、さっき、鞄見たんだけど」 「見たのか!?」 「わ、悪い」 顔を真っ赤にしてショックを受けたかのような顔をするユウにとりあえず謝り、話を続ける。 「あれは、いつも持ってるものなのか?」 「………」 「違うんだな?」 ユウが確かに頷いたので、やっぱり、と溜息を吐く。 「お前ってさ、俺とそういう関係になりたいってこと?」 「…うん」 前々からそんな態度は見せていたが、改めて、しかも恥ずかしそうに頬を赤らめられて頷かれるとこちらまで恥ずかしくなってしまう。 「………」 「………」 (……あれ、俺何でこんなこと聞いてるんだっけ) 静かになると、不意にそんな疑問がティキの中に浮かんだ。 聞いて、はっきりさせて、どうしろと言うのだろうか? 暫く考え、はっとしてぱっとユウを見、きょとんとしているユウの肩を掴む。 「挿れたいのか!?」 「はぁっ!?」 「え、いや、コンドーム持ってるってことはそう言うことかと、」 「何で俺がお前に挿れなきゃいけないんだよ!?」 「…じゃあ、挿れられたい方?」 「はっきり言うな!」 「そうか、そっちか…」 「何だよ…」 勝手に納得したティキに対しユウがむっとした表情をする。だが、ティキはそれを無視して簡易ベッドの布団をめくった。 「俺こっちで寝るから、ユウは俺のベッド使えよ。じゃ、お休み」 「え、ちょ、おい、」 「はー、安心した」 「ティキ、」 ユウからしてみればティキの行動は訳のわからないものだろう。不満げにティキの肩を揺すって何とかティキを起こそうとしていたが、ティキがわざとらしい寝息を立て始めるとコレは諦めるしかないと理解したようで最後に一発重い一撃をティキの肩に食らわせるとティキが普段使っているベッドに横になった。 「期待させといて何だよ…」 ぽつりとユウの方から聞こえてきた言葉に思わず期待させるような発言をした覚えはないと反応しそうになったが、ここは反応したら負けだ。 ヤられる心配がなくなった今、安眠を妨げるものは何もない。 ティキのわざとらしい寝息が本当の寝息に変わるまでにそう時間はかからなかったが、その数時間後、その寝息は悲鳴に変わった。 |