イシキノハジマリ


ユウ(12)……小学校6年。
ティキ(20)……近所に住むお兄ちゃん。大学3年。









「ティキ兄、どこ行くの」
「面接」
「ふーん。頑張ってね」

近くのアパートに住んでるティキ・ミックっていう兄ちゃん。大学に行ってて、俺の知らないことをたくさん知ってる。
三月までは沢山遊んでくれたのに、大学が始まってからは全然遊んでくれなくなった。ずっと面接、面接で、折角の夏休みなのにつまらない。

「ティキ兄、次はいつ遊べそう?」
「んー、明後日かな……」
「じゃあ、明後日、ティキ兄の家に行ってもいい?」
「俺の家?何にもねぇけど……」
「ティキ兄の家がいい」
「わかった。じゃあ、俺の家で遊ぼう」

頭をぐしゃぐしゃにされたけど、嫌だとは思わない。ティキ兄の手はでかくて温かくて好きだから。
面接に遅れると悪いからってティキ兄は少し急ぎ気味で駅に向かって歩いて行った。
大学へ行く時とは違ってスーツを着て、しっかりした鞄を持ってるティキ兄は本当に格好いい。ティキ兄みたいな大人になるのが俺の夢だ。
母さんは勉強出来ないと立派な大人になれないって言うけど、勉強ができるのと立派な大人なのは違うと思う。ティキ兄はあまり勉強できないけど、立派だし。

「ただいま」

ティキ兄と遊ぶ約束ができたらもう外にいる理由はない。朝ご飯食べてからずっと外にいたのは、ティキ兄に俺と遊ぶ約束をさせるためだった。

「どこに行ってたの!午前中は勉強するっていう約束でしょう?!」
「……これからする」
「待ちなさい!どこに行ってたかちゃんと説明し――」

部屋に逃げ込んで、ワザと大きな音を出すようにしてドアを閉めたら、母さんの声が聞こえなくなった。音に驚いて口を閉じたのかもしれない。
母さんは、俺がティキ兄と遊んでるのをよく思ってない。ティキ兄と遊ぶから、俺がクラスの奴らと遊ばないって思いこんでるから。俺がクラスの奴と遊ばないのはティキ兄の所為じゃないのに。
クラスの友達は遊ぶって言うと家でテレビゲームばかりで嫌だ。外で遊ぶ方が何倍も楽しいのに。

「ユウ」
「何、母さん」

部屋に逃げ込んだけど、鍵がついてないからドアの前にバリケードを作っておかない限りドアは簡単に開く。棚から勉強道具を出してたところで母さんが怖い顔して部屋に入ってきた。

「また、ティキって人と遊んでたの?」
「遊んでない」
「じゃあ何をしていたの?」
「ティキ兄と話してた」
「ほら、会ってたんじゃない!」
「会ったけど遊んでない」
「口答えはやめなさい!お母さん、恥ずかしいわ!嘘を吐くなんて!!」

遊んでたのって聞かれたから遊んでないって言っただけで、嘘なんて吐いてない。それとも、遊ぶと話すって、一緒の言葉なのか?

「その人とは遊ぶなって言っているでしょう?!」
「どうして?」
「どうしてって……どうしてもよ!」
「俺はティキ兄が好きだ。色んなことして遊んでくれるし、勉強だって一緒にしてくれる。クラスの奴はテレビゲームしかしない。母さん、テレビゲームはするなって、」
「同い年の子に合わせることは悪い事じゃないわ。それに、最近は健康にいいゲームも出ているじゃない」

母さんは昨日言ったことも忘れたらしい。昨日、母さんはその健康にいいゲームのCMを見て馬鹿馬鹿しいって言ってたのに。

「俺がティキ兄と遊ばないんだったら、なんでもいいんだ」
「私は、お前の将来を考えて言ってるのよ!」
「自分のことは自分で決める。母さんに決められたくない」
「ユウ!」
「勉強するから」

これ以上は何を言っても駄目だ。俺は馬鹿だけど、一週間に五、六日のペースでこのやり取りをしてればこの先には何もないってことくらい覚える。俺も母さんも、自分の考えを曲げるつもりはないから。
暫く無言でその場に立っていたけど、結局母さんは昼ご飯になったら呼ぶと言って部屋から出て行った。昼ご飯までは、多分あと三時間くらい。次に部屋に来た時は、母さんの機嫌も元に戻ってるはずだ。そんなに長く怒っていられない人だから。

『――――』

隣の部屋から姉さんの声が聞こえてきた。多分、彼氏と電話。今年高校に入学した姉さんは入学祝いに携帯電話を買ってもらって、夏休みに入ってからは常にメールや電話をしてる。
今までは気にしてなかったけど、姉さんが携帯電話を買ってもらって、その便利性を身近に感じるようになってからは、クラスの携帯電話を持ってる奴を羨ましいと思うようになった。携帯電話があれば、家の外で通るかどうかわからないティキ兄を待たなくても、メールひとつでいつ遊べるか聞ける。ティキ兄が携帯電話弄ってるの見たことないけど、前にティキ兄の家に行った時家電がなかったから、持ってるはずだ。

「…ティキ兄と遊びたい……」

明後日遊んでくれるってことは、明日はもう予定があるから遊べないってことだから、外で待っていても構ってくれない。時間が経つのが、凄く遅く感じた。















約束の日、友達の家に遊びに行くと嘘を吐いて、ティキ兄の部屋に行った。母さんはちょっと疑ってたみたいだけど、流石にクラスの奴らの家に電話なんてしないだろ。
ちょっと古いアパートの三階、階段を上ってすぐの部屋がティキ兄の部屋だ。ドアを叩いて名前を呼ぶ。ドアベルがあるけど鳴らさないのは、前ティキ兄にドアを叩いた方がいいって言われたからだ。アパートの壁が薄くて、鳴らすと隣に迷惑になるらしい。だったらどうしてドアベルがあるんだって思うけど。

「……お、いらっしゃい」

ドアの向こうでガタガタ音がして、音がしなくなるのと同時にティキ兄が出てきた。俺の頭の上を見て首を傾げたから、シャツを引っ張ってもっと下だって教えてやる。ティキ兄は背が高いから、顔を下に動かさないと俺が見えない。

「入れよ。ちょっと汚いけど」
「お邪魔します」

中に入ったら布団が敷いたままになってた。枕も凹んでるし、ティキ兄がちょっとぼんやりしてるから、多分ついさっきまで寝てたんだろう。

「さっき変な音したけど、大丈夫?」
「あー、ちょっと慌ててたからな」
「寝てたから?」
「そ。ノックで飛び起きた。そこら辺に眼鏡ないか?さっきこけてどっか行っちまった」
「ティキ兄、眼鏡かけてたんだ」
「眼鏡ないと何も見えねぇ」
「いつもは?」
「コンタクト」

ティキ兄が目が悪いなんて知らなかった。俺に眼鏡を探させるってことは、相当悪いんだ。

「眼鏡って、この分厚いレンズのやつ?」
「ん、それだ。ありがとな」

眼鏡を渡したら、ティキ兄はそれを嬉しそうにかけて、良く見えるようになったって言って笑った。眼鏡かけるにしても、もっと他のデザインのにすればいいのに。なんか、ティキ兄がかけるには古臭い。

「今日は何して遊ぶ?外でキャッチボールでもするか?」
「ううん。外で母さんに会ったら嫌だから。今日、母さん買い物する日だから外に出るんだ」
「また、俺のことで怒られたのか?」
「別に、そういうわけじゃないけど……今日、クラスの奴のトコに行くって嘘吐いてきたから」
「そっか」

ティキ兄は、母さんが俺とティキ兄が遊ぶのをよく思ってないって知ってる。俺が言ったわけじゃなくて、母さんがティキ兄に直接「息子とは会わないでください」って言ったんだ。俺を連れて買い物に行った時に、偶然会ったティキ兄に向って、迷惑だって。ティキ兄が遊んでくれなくなったのは、就職活動だけじゃなくて、このこともあるんじゃないかって思う。母さんがこんなことを言う前は、ティキ兄からも遊ぼうって言ってくれたのに。

「母さんは、どうしてティキ兄と俺が遊ぶの嫌なのかな」
「心配なんだろ」
「心配?どうして?」
「普通、良く知らない男と自分の子供が仲良くしてたら、怪しむだろ?」
「何で?」
「そりゃぁ……ニュースとかでもやってるし。誘拐とか、性犯罪だとか」
「近所なのに誘拐?」
「そのまま家に帰さないで監禁したり」

別にそこまで家に帰りたいとは思わないし、ティキ兄の家なら怖くない。ますます母さんが心配する理由が分からない。

「あ、そう言えば昨日、夢にティキ兄が出てきたんだ」

これ以上母さんがらみで話を続けるのが嫌だったから、恥ずかしい話だけど話題を変えることにした。

「へえ、どんな夢だったんだ?」
「あんまり覚えてないけど、朝起きたら、パンツが濡れてた」

ティキ兄がえっ?て顔をして固まる。俺としても本当に情けないことだけど、でも、誰かに言いたかったんだ。けど、漏らしたなんて母さんにも姉さんにも、学校の奴らにも言えない。父さんは単身赴任で家にはいないし、言えるとしたらティキ兄だけ。

「この年で漏らすなんて思わなかった」
「………」
「ティキ兄?どうしたんだ?」
「え、いや、布団も濡れた?」
「布団は濡れてない。パンツだけ」
「……何で俺が夢に出てきてそれなんだ………いや、覚えてないだけでその後にそういう夢を……」

俺が漏らしたことがそんなに深刻なのか、ティキ兄が真剣に考え出した。漏らしただけだと思ってたのに、違うのかって不安になる。

「ティキ兄、俺、病気なのか?」
「いや、健康だと思う。親御さんに話したか?」
「母さんに言えるわけない」
「父親の方がいいな。お父さんは?」
「単身赴任で家にいない。漏らしたくらいで電話したら呆れられる」
「多分、漏らしたわけじゃないんだよな、それ……」
「じゃあ、何で濡れたんだ?」
「学校で保健の授業ってないか?」
「ない」
「なら、仕方ないな…」

ティキ兄の困った顔を見るのは初めてで、それがちょっと嬉しくて教えろよってせがんでみる。

「きっと、中学になったら授業で習う」
「授業で習うようなことなのか?」
「教科書とかに載ってんじゃねぇかな………」
「教科書に載ってるなら今教えてくれてもいいだろ」

教科書に載ってるってことは、いつかはわかることなんだから、少し早くわかってもいいはずだ。ティキ兄が知ったかぶりしてない限り、教えてくれてもいいと思う。

「わかった。言葉だけな。多分、そのパンツが濡れたって言うのは、漏らしたんじゃなくて、夢精したんだ」
「夢精って何?」
「寝てる時にパンツが濡れること」
「それって漏らすってことじゃないのか?」
「後は自分で調べてくれ……家にパソコンとかあるだろ?辞書でもいいし。…頼むから、親御さんには俺から教わったって言わないでくれな、今以上に厳しい目されると思うから」
「……やっぱり、悪いことなのか?」

ティキ兄から教わったって言っちゃ駄目ってことは、悪いことなのかもしれない。そう思ったら、慌てて否定された。

「俺が教えるってのに問題があるだけなんだ。夢精自体は悪いもんじゃない。俺も昔したことあるよ」

どうして問題があるのかわからなくて黙ってたら、ティキ兄がさっき言っただろって苦笑いした。

「夢精ってのは、性に関係するものだから」
「性?」
「……忘れてくれ、ごめん」
「何だよ、さっきから、ティキ兄変だぞ」

いつもは大人の余裕があるティキ兄らしくない。目を泳がせたり、困った感じで頭掻いたり……何かおかしい。何かを心配してるみたいだ。

「俺が考え過ぎてるだけ」
「何を?」
「性犯罪とか」

全然予想してない言葉が出てきたから、面白くなって笑った。そしたら、ティキ兄はもっと情けない顔をして、俺の頭を撫でてくれた。

「笑うなよ。こういうのをきっかけにして子供に変態行為する奴もいるんだぞ」
「ふーん?」

よくわからないから適当に返す。でも、ティキ兄の言葉を思い返したら、ちょっとムッとする言葉があったからもう一回口を開いた。

「俺、もう子供じゃない」
「小学生は子供」
「一人で買物だって行けるのに」
「そういう問題じゃねぇの」

結局この後、ティキ兄が話題を変えて話は終わった。後はティキ兄と一緒に昼ご飯作って、テレビ見て、ちょっと勉強のこと聞いて、晩ご飯の時間が近づいて終わり。漏らしたとか言わなければよかった。その所為で一日中ティキ兄がぎこちなくて、あまり喋ってくれなかった。久々に遊べたのに。















夏休みの終わりまであと一週間。俺はお泊まり道具を詰めた鞄を持ってティキ兄の部屋に来ていた。昼過ぎに来て、晩ご飯まで公園で遊んで、近くのファミレスで晩ご飯を食べて、ティキ兄の部屋に戻って、楽しい時間を過ごしたけど、俺が今回ティキ兄のところに遊びに来た理由はこれだけじゃない。

「だって、ティキ兄しかいない」
「だけどな……」

ティキ兄が教えてくれた夢精って言うのを初めて体験してから、一定の間隔でその夢精っていうのをするようになった。それで昨日、濡れたパンツを穿き替えて洗濯カゴに入れたら母さんに不潔だって叩かれた。ティキ兄は悪いことじゃないって言ったのに。
前に夢精のことを言った時、ティキ兄が変な態度になったからあまり言いたくなかったけど、母さんには言えないし、父さんは赴任先から帰ってこない。夢精のことを知ってる大人はティキ兄しかいない。

「昔したことがあるってことは、今はしてないんだろ?どうやって止めたんだ?止められるのか?」
「うーん……」
「止められるなら教えて。また母さんに叩かれる……」

母さんに怒られるのはしょっちゅうだけど、叩かれたのは初めてで、それなりにショックだった。もう叩かれたくない。

「……絶対に、誰にも言わないか?」
「言わない」

やっぱり、親に叩かれたって言うのは結構効くらしい。ティキ兄の気持ちがちょっと動いたことがわかったから、はっきり頷いて誰にも言わないって約束する。

「あと、俺が教えて、その後家で自分でやる時も、誰にも見られるなよ」
「わかった」
「よし、じゃあ、今日は遅いから今度遊びに来た時な」
「今日がいい。明日の夜まで母さんいないから」

父さんが単身赴任先から帰ってこない代わりに、母さんが月一で赴任先に行く。小学校三年までは母さんにくっついて行ってたけど、四年になってからは姉さんと一緒に家に残るようになった。父さんに会いに行っても遊んでくれるわけじゃないから、残って遊んでくれるティキ兄の家に行く方が楽しい。
朝出発して、次の日の夜に帰ってくるから、今日は本当にチャンスなんだ。

「遅くなったらお姉ちゃん心配しないか?夕飯食べてくるって言ってあったとしても、流石に遅いぞ?」
「今友達が泊まりに来てるから俺が帰ったら邪魔者扱いされる。出かける時に友達の家に行くって言ったら、邪魔じゃなければその子の家に泊めさせてもらえって言われた」
「……だから、服とか持ってきたのか」
「ティキ兄、前泊まりに来いって言ってたから。……駄目?」
「…いや、いいよ」
「ありがとう。で、教えて?」
「終わって後悔したとか言うなよ」
「言わない」
「…一つ質問あるんだけど、いいか?」
「うん」

教えてくれる気にはなったけど、まだ迷ってるみたいだ。

「家でも学校でもどこでもいいから、女子を見て興奮したときあるか?」
「ない。何で?」
「何で夢精覚えたんだよ……教えにくすぎる」

頭を抱えられた。ここまで知らないとは思わなかったとか言われても、どうしようもない。知らないんだから。

「あのな、夢精は多分、自慰すりゃ止まるんだけど、自慰する時ってエロ本見たり想像したり、まあ、そういう感じで興奮してからするんだよ」
「エロ本?」
「……ユウ、お前、自慰覚えるには何も知らな過ぎ」
「そんなこと言って、本当は教えたくないんだ」
「いや、教える教えない以前に勃つかどうか……わかった。やり方だけ教える。あのな、男ってある興奮をすると、ここが勃つんだよ。勃ったら、それを握って、こんな感じで手を動かす。で、先からなんか出て、これが普段の状態に戻ったらおしまい」
「ある興奮って?」
「性的興奮……っていっても、わかんないよな……勃つようになったら、どういう興奮かわかる」

やり方教えたんだからもういいだろって目をされたから、わからないことは多々あったけどこれ以上聞くのは諦めた。わからないことを聞いてもわからないことが増えるだけな気がするし。

「お、もうそろそろ寝た方がいいな。ユウ、風呂入れよ」
「ティキ兄、先に入って」
「上がったら寝てるんじゃないか?」
「起きてる」

確かにいつもならもう寝てる時間だけど、簡単に寝てたまるか。
ティキ兄が風呂に入ってる間、テレビのチャンネルを変えたりして暇つぶしをする。水着を着た女の人達がプールでなんかしてる番組を見つけて、プールに行きたくなった。夏休みが終わりそうなのに、今年は一回もプールに行ってない。

「ティキ兄に言ったら連れて行ってくれるかな……」

ティキ兄と一緒に泳いだりしたら楽しいかもしれない。

「………」

何か、股間がムズムズして気持ち悪くなってきた。ティキ兄と一緒にプールに行ったらって想像をしただけなのに。

「わ、」

ムズムズする部分を見たら、何か、ズボンが盛り上がってた。
ティキ兄の言ってた勃つっていうのは、きっとこのことなんだ。これで、ティキ兄に教えてもらったことをすれば、夢精がなくなる。

「あがったぞ」
「ティキ兄、勃った」
「へ?」

部屋に戻ってきたティキ兄に報告したら、ちょっと驚かれた顔をされたけど、テレビに映ってる水着の女の人達を見た後俺の頭をクシャッてした。

「ちょっと刺激が低い気もするけど、こんな感じだ。最初の頃は女の裸とか、露出の高い格好見て簡単に勃ったりするからな」
「……え?」
「風呂で、さっき俺が言ったことやってみろ。すっきりするから」
「女の人が水着着てるの見ると勃つ?」
「……?テレビ見て勃ったんだろ?」
「ふ、風呂行ってくる」

ティキ兄は男だから仕方ないって笑ったけど、笑い事じゃない。勃った原因はテレビに出てた女の人の水着姿じゃなくて、想像したティキ兄の水着姿だ。

風呂で教えてもらったことをしたらすっきりしたけど、暫くまともにティキ兄の顔を見れそうにない。