Homecoming 1


ユウ(18)……ティエドール(芸術家)の息子。高校三年。将来はティエドールの秘書になる予定。卒業式間近。
ティキ(26)……シェリルの弟。ティエドールの助手歴八か月位。ユウの扱いに困ってる。









鞄に荷物を詰め込み、ティキは壁掛け時計を確認した。

「そろそろか」

荷物をベッドの上に置いたまま部屋を出て玄関へ向かうと、コートを着、鞄を持ったティエドールとマリの姿があった。

「ん?」

ティキの予想と玄関にいた人数が違い、首を傾げる。

「おや、見送りに来てくれたのかい?」
「一応。あの、ユウは?」
「留守番するんだってさ。まあ、卒業式も近いからねぇ、学校には行かないといけないし…」
「成程」
「じゃあ、十日に戻るから、その日には屋敷にいるようにね」
「はい」

ティエドールとマリがいなくなると、ティキは少しその場で考え事をした後、自分の部屋には戻らずユウの部屋に向かった。

一週間前、モデルをし、服を着ているティキにティエドールから二週間ほどの暇を出された。ティエドールがスケッチの為に屋敷を空けるかららしい。
一緒に来るかとも、来る場合は旅行費を負担するとも言ってくれたが、ティキはそれを断り二週間自由に過ごすことを選んだ。
ティエドール邸でバイトを始めてからは、自由な日はあってもこれほど連続した休みはなかった。暫くぶりに家で過ごそうと思ったのだ。海外旅行は行こうと思えばいつでも行ける。それこそ、旅行費だけならティエドール邸でのバイトでかなり溜まっているのだ。

「もう少し早くいってくれりゃ、それこそ家に帰らねぇであいつらと旅行したってのに」

一週間前に言われた為に、モモとクラックの予定はバイトで埋まっている。
次にこういうことがあるなら、その時は早めに―少なくとも半年前には―言ってもらおうと考えていると、目的であったユウの部屋の前に到着した。

「おい、入るぞ」

部屋の中に入ると、ベッドに寝転んで本を読んでいたユウが面倒臭そうに体を起こした。

「何だよ」
「何であの人と一緒にいかねぇの?」
「一緒に行ってもつまんねぇから」
「けどさ、それこそ二週間屋敷で一人ってのはつまんねぇだろ。俺、家に帰るって聞いてなかったか?」
「聞いてる。それに、つまらないわけじゃない。やることはある。学校あるから」

学校に行くからつまらないことはない。ユウはそう言っているが、ティキから見えるユウの表情はどことなく寂しそうだ。
ティエドールはティキだけでなくメイド達にも暇を出したと言っていたし、ユウは屋敷に一人ということになる。

「それに、親父がスケッチしに外国に行くのは珍しいことじゃない。前にも何度か一人で残ったことはある」
「………」

そうは言うが……。
こんな広い屋敷にたった一人と言うのは寂しすぎる。

「何だよ」

ティキが何も言わずに出入り口に佇んでいるのが気になるのか、ユウがベッドから降りてティキの前までやって来てキッとティキを睨む。

「一緒に俺の家来るか?」
「は?」
「ここより狭いから窮屈かもしれねぇけど」

普段色々と迷惑なことをしてくるユウのことなど放っておけばいいとも思うが、放っておくのもティエドールが帰って来てからの関係を微妙なものにしてしまいそうだ。

「どうだ?」
「…お前の家?」
「俺のって言っても、親父の家だけどさ。だから、俺以外の兄弟もいるんだけど」

二人きりだと誤解されては堪らないと父親に、他の兄弟もいることをしっかり告げると、ユウは少し眉間に皺を寄せたが、暫くすると眉間に皺を寄せたままほんの少し頬を染めて「行く」と呟いた。

「じゃ、一時間くらいしたら出るから、準備しとけよ」
「わかった」

ユウが頷いたことを確認してユウの部屋を後にする。扉を閉めた後、そっと耳を近づけて中の様子を窺うと、中から鼻歌が聞こえてきた。

「……は、」

親も兄弟もいると言ったはずなのに、やけに上機嫌だ。
やっぱり余計なことをしてしまったようだと思ったが、今更遅い。ティキはとりあえず部屋に戻ろうと足を動かした。









「ただいま」
「おかえりー!ティッ……」

久々に家に帰ってきたティキを迎えたのは、ここにいないはずのロードだった。
機嫌良くティキを迎えたロードだったが、ティキの隣にいるユウを視界に入れると目をぱちぱちと瞬かせ、くるっと踵を返して家の中へ走って行ってしまった。

「何だ?……ま、いいや、ユウ入れよ」
「ああ、お邪魔しま――」
「ティッキー!!君一体どこの馬の骨を……って、あれ」

ユウが中に入ろうとしたところで、今度はロードが消えた方向からシェリルが走ってきた。恐ろしい形相をしている。
ティキの両肩を掴み、カッと威嚇するようにユウを見たシェリルだが、そこにいるのがユウだと言うことに気づくと、コレはどういうことかとティキに聞いてきた。

「どうって、ティエドールのおっさんが旅行に出かけちまったから、ユウ連れて帰ってきたんだろ」
「え……ああ、偶に出かけてるあれか…失礼したね、いらっしゃい、ユウ君」
「お世話になります」
「君みたいな美しい子なら大歓迎だよ!いや、ロードがティッキーが女を連れてきたと言うからてっきり……」
「さっきのあれはそう言うことか」

ロードはティキが彼女を連れてきたと勘違いしたようだ。まあ、ユウほど美しい顔をした男ならば、誤解するのも無理はないだろう。

「あ、待てよ、シェリルがいるってことは、客室いっぱいか?お前と、ロードと、トリシアも来てるだろ」

ティキの家の客室は以前は五部屋あったが、今はそのうち二部屋は物置と化し、三部屋しかまともに使える部屋がない。

「簡易ベッドならあるから、君の部屋に入れればいいんじゃないかな」
「俺の部屋!?いや、俺の部屋狭いし、それこそトリシアの部屋に簡易ベッド入れてロードが――」
「何を言ってるんだい、ティッキー?ベッド入れても余裕あるはずだろう?」

シェリルが提案する通り、簡易ベッドを入れるスペースはあるし、ベッドを入れてもそれなりに動ける余裕はある。
だが、ティキの体を狙っているユウと同じ部屋にいては体を休める余裕がない。
慌てて何か別の方法を探そうとしたが、その前に隣にいるユウが先手を打ってきた。

「ティキさんの部屋でいいです」
「へっ!?」

ティキ“さん”と言われたことに驚いてユウを見れば、普段見せることのない満面の笑みがそこにはあった。

「ほら、ユウ君もそれでいいって言っているし、すぐに使用人に簡易ベッドを運ばせよう。ほら、部屋に行って」
「お邪魔します」
「ごゆっくり」

シェリルがいなくなり、ティキとユウだけが玄関に残る。奥からはシェリルとロード、そしてそれ以外にも何人かの話声が聞こえるが、玄関に来るような気配はない。

「一緒の部屋だな」
「っ!そ、そうだな……」

ユウの声に思わず息を飲んでしまうティキだったが、ここは自分のホームであり、ユウにとってはアウェーで好き放題できる場所ではないのだと己に言い聞かせて心を落ち着かせる。

「じゃ、部屋に案内するから」
「ん」

ティキが先を行き、ユウがティキの後ろを歩く。

「やっぱり広いんだな、お前の家も」
「ユウの家ほどじゃねぇだろ」
「俺のとこは親父が無駄にこだわるからな」
「はは。っと、ここが俺の部屋。どうぞ」
「何だよ、かなり広いじゃねぇか。コレ、ベッド入れても余裕あるだろ」
「ある、けど、」

ベッドを入れても余裕があるのに簡易ベッドを入れることを拒否したのかと睨むユウから顔を逸らし、鞄を机の脇に置く。
ユウは暫くティキの様子を見ていたが、ティキが何も反応しないでいると諦めたのか中に入ってベッドに座った。

「……まあいいか。あ、おい、この扉、どこに繋がってるんだ?」
「バスルーム。うちは、ユウの家と違って各部屋に一つバスルームがついてるんだ。代わりに、大浴場なんてのはねぇけど」
「へぇ……」

バスルームへ続く扉を見たユウの唇が少しだけつり上がる。

「よ、よし!リビング行こうぜ、皆いるはずだから!」
「わかった。……ティキ」
「あ?」

逃げるように扉を開け、早く部屋から出るようユウを急かすと、ユウはゆっくりとベッドから立ち上がり入口のすぐそばまでやってきた。だが、そこで足を止め、廊下に出ずにティキを見てきた。

「どうした?」
「楽しい夜にしような」
「!!!」