I don't like it, but I don't dislike it※My darlingの続きです。


ユウ(18)……ティエドール(芸術家)の息子。高校三年。
ティキ(26)……シェリルの弟。ティエドールの助手歴半年。









『え?何?よく聞こえないんだけど』
「だから、仕事辞めたいって言ってんだよ!お前の秘書でも何でもいいから!」

ユウと共にティエドールの絵のモデルをし、唇に何かが触れた衝撃―本当は何が触れたのか理解しているが、だからこそ考えたくない―によって意識を失い、目を覚ました直後、ティキは自室でシェリルに電話をかけてきいた。自室へは自ら移動したわけではなく、気付いたら自室にいた。誰かが運んでくれたのだろう。ご丁寧に服も着せてくれたようだ。ティキの記憶が正しければ、ティキは一服する為に洋服を手に取ったが、着てはいない。

『僕に言われても困るよ、ティッキー。雇い主は僕じゃない』

最初は久しぶりにティキから電話がかかってきたとシェリルは喜んでいたが、ティキがティエドールの助手を辞めたいと言った途端声色が変わり、不機嫌そうな声になった。
ティキには久々にかかってきた電話が仕事を辞めたいという電話だったので機嫌が悪くなった、ということがすぐにわかったが、それで機嫌が悪くなると言うのならば、逆に普段電話シェリルに電話をしない自分が電話をするということがどういうことかわからなかったのかと問いたい。

『結構上手くやってるじゃないか。半年も続けてるのに』
「ここの息子がっ」
『ああ、ユウ君だっけ?彼美人だよねぇ、僕の養子にしたいくらい』

ティエドールの子供にしておくには勿体無いというシェリルの言葉に、ティキは携帯が壊れてしまうのではないかと言う位握りしめた。
確かに美人だ。裸にならなければ喋っても女と取れてしまうほどに美人なのだ。しかし、裸になればその体に付いているものはティキと一緒。

『彼がどうかしたのかい?』
「アイツ、俺に、………」

キスをしてきたと言おうとしたが、先の言葉が出てこない。シェリルが再びどうかしたのかと尋ねてきたが、それでもティキは言葉を続けることができなかった。

『ティッキー?…ちょっと、』

携帯からはティキの様子を不思議に思ったシェリルが何度もティキを呼ぶ声が聞こえるが、ティキは携帯を耳から離し、口に手を当てて考えた。
よくよく思えば、ユウはティキと八歳も離れているのだ。ティキの方が八歳も上。それなのに、八歳下の高校も卒業していない少年にキスをされたから仕事を辞めたいと言うのは、恥ずかしく、そして格好悪いことではないだろうか?
第一、驚いてしまったが、キスをされたことが何だと言うのだろう?別にファーストキスを奪われたわけでもなし―仮にファーストキスだとしても、それに拘る性格はしていない―、あれは突然で防げなかっただけで、気を付ければもうあんなことは起こらないはずだ。

「…悪い、シェリル。もう少しやってみる」
『えぇ?いや、それでいいけど、え、どうしていきなりそんな結論に――』

シェリルがまだ何か言っていたがそれを無視して通話を終え、携帯をベッドに投げる。

「あー情けねぇ!」

男にキスされた位で何をこんなに動揺してしまったのかと自分が恥ずかしくなり、ティキは声を出してベッドに倒れこんだ。無駄に高い天井を見てぼんやりとユウとのキスを思い出す。
正直な事を言えば、キスをするのは久しぶりだった。一つのところで長期でアルバイトをしていた時は誰かしら彼女と呼べる存在を作っていたが、日雇いの仕事をするようになってからは彼女を作る機会が全くなかった。日雇いなのでいくらでも時間は作れるが、力仕事が多かったので女性と接する機会がなかったのだ。ナンパで彼女を作ると言うのは論外だ。ティキには道で会ったばかりの女性を口説ける頭が無い。

「…にしたって、どこまで本気なんだ?」

ティエドールの仕事場でキスをされ、ティキが意識を失う直前にユウが何とも言えぬ顔でティキを見ていたが、あれはどういう表情だったのだろうか?驚き、とはまた違う気がするが、他に丁度良い言葉も思い浮かばない。
暫くは今後どうやってユウと接するかを悩んでいたティキだったが、喉の渇きに何か飲み物をと体を起こした。

「はー、さむ…」

部屋から一歩出ると、廊下は冷たく冷え切っていた。ティエドールが仕事をしている時間帯は部屋も廊下も一定の温度で保たれているので、もうティエドールは仕事を終えたらしい。思い返せば、シェリルに電話をかけた時、携帯の時計は九時を過ぎていた。

(夕飯食い損ねた…)

本来ならばあのモデルをした後、七時から夕食のはずだった。ここの家の人間達は定時に食事を取るのが習慣になっているようなので、もう食事は終わっているだろう。
飲み物を取るついでに食べ物も何かないか見てみようと見えてきたキッチンのドアを見ながら考えていたティキだったが、ふとドアの隙間から光が漏れていることに気付いて足を止めた。誰かキッチンにいるようだ。

「起きたのか」

一瞬キッチンに入ることを躊躇したティキだったが、すぐに何故躊躇しなければならないとかと思いなおしてキッチンのドアを開けた。
ドアを開けると、カウンター近くにある椅子にユウが座って本を読んでいた。ティキに気付いたユウが本を閉じ、ティキを見る。

「こんなトコで何してんの」
「見ればわかるだろ。読書だ」
「自分の部屋ですりゃいいのに」

思ったよりも普通に接することができる自分に驚きつつ、ユウの脇を通って飲み物用の冷蔵庫を開ける。中にはジュースのペットボトルが沢山入っていた。この冷蔵庫の中身はティエドールの気分によって入れ替わるのだが、今はジュースに凝っているらしい。少し前は缶チューハイだらけだった。ティエドールほどの財力ならば高価な飲み物など簡単に集められそうだが、そこはこだわりなのか、誰でも手に入るようなものしか入っていない。

「お前、腹は?」
「あ?」
「飯食ってないだろ」
「ああ、何かある?」

ティキが少し期待を込めて尋ねると、ユウは立ちあがって本をカウンターに置き、鍋に水を入れて火にかけた。保存庫から乾麺を取り出すとティキを見て口を開く。

「今日、うどんだったんだ。すぐ作る」
「え、あ、いや、俺自分でできるし」
「俺が作る。……食い損ねたの、俺の所為だろ」

椅子に座って待っていろと言われ、ティキは肩を竦めてユウが座っていた椅子に座った。
ティキが見ている中、ユウが食料用の冷蔵庫から色々と食材を取り出して何やら本格的に料理をし始めた。

「…あの、うどんだけでい……何でもない」

素うどんだけで十分、ほかの料理などいらないと言おうとしたが、ユウに睨まれその口を閉じる。
軽快な包丁の音を聞きながら、黙々と料理するユウを観察する。
モデルをしていた時とは表情が全く違う。あの時は何だか生き生きとしていたが、今はどこかしょんぼりとした表情だ。

「そんなに嫌だったのかよ」
「…へ?」
「気絶しやがって」
「……ああ、さっきのことか」

嫌と言うよりも驚いたといった方が正しいのが、嫌ではないと言うと行為がエスカレートしそうで恐ろしい。
どう答えたものかと考えていると、突然ユウの目からぽろっと涙が零れ、ティキは目を見開いた。

「おい、」
「玉ねぎが染みただけだ」
「いや、それ白菜じゃん」

どこをどう見ればそれが玉ねぎになるのかと指摘すると、ユウがもう黙ってろと言わんばかりにティキを睨みつけてくる。しかし……。

「そんな涙目で睨まれても、迫力ねぇな」
「お前がさっさと答えないからだろ!」

泣いている癖に、口調だけは生意気だ。
泣いた原因を作ったのはティキなのに、そのティキの為に包丁を動かし続けているのがおかしくてティキがく、と笑うと、ユウがむすっとした顔で洟をすすった。

「可愛いとこあんのな」
「………」
「別に嫌ってわけじゃなかったけど。驚いたけどさ」
「…嫌じゃなかったのか?」
「あ、言っとくけど、俺男同士とかナシって思ってるからな。嫌じゃなかったってだけで、そっから先は考えてないから」
「嫌じゃなかったんだな」
「…人の話聞いてる?」
「だったらいい」

急に涙を引っ込ませて上機嫌に戻ったユウを見てティキは何か不味いことでも言ったかと背に汗が伝うのを感じた。キッチンは暖房が利いているが、暑いわけではない。

「もうすぐできるからな」
「…はは、」

夕食が終わったら、モモとクラックを誘って飲みに行こう。少し愚痴を言いたい。どうせ明日は日曜日だし、朝帰りでもいい。
そんなことを考えながら、ティキは上機嫌なユウの言葉に乾いた返事をした。