Nos ficamos o amigo de e-mail


ユウ(16)…高校一年生
ティキ(24)…歌手

※E ainda interesseの続き。

バン、という大きな音に、帰り支度をしていたクラスメイトの目が音のした方を向く。音の中心にはユウと、そしてサチコがいた。
ユウの手はサチコの机の上に乗せられており、それが音を生じた原因であることが分かる。

「どういうつもりだ!サチコ!」
「いやー……だって、ほら、」
「おい!」

ユウの目から逃げるようにサチコが顔を背ける。

「答えろ」

ユウの手と机の間には数枚のプリントがあり、先程の音はユウがそのプリントを机に叩きつけたから生じた音だった。

「教えてって言われたら、教えちゃうじゃん、普通」
「普通教えねぇよ」

ユウが机に叩きつけたプリントはパソコンのメール画面を印刷したもののようだった。

ティキが日本でのコンサートを終えて国に戻ったのは一か月前のことだ。
この一ヶ月間、サチコは特に何も言ってこなかったのだが、彼女はユウに秘密で面倒な事をしてくれていた。
ユウのパソコンのメールアドレスをティキに教えていたのだ。
パソコンのメールなど滅多に見る機会が無かったので一か月も発見が遅れてしまったが、ティキからユウのアドレスに最初のメールが届いたのはティキが帰国してから三日後。そしてそれから五日に一回のペースでメールが送られてきていた。

「だって、ユウに教えていいか聞いたら絶対駄目って言うっちょ?」
「当たり前だろ!」
「だから秘密で教えるしかないじゃん!」
「断るって考えはなかったのかよ」
「だって、ティキさんのお願い断れるわけないし……」
「俺がこのままずっとメール見なかったらどうする気だったんだ、お前」
「はっ!」

今更気付いたようにサチコが顔を青くする。その顔を見て溜息をつき、ユウは自分の指の隙間から見えるメールの文章を見た。
ユウが怒っているのはサチコがティキにメールアドレスを教えたことに対してではない。それを今更怒ったところで仕方がないのはわかっている。それよりも、もう教えてしまったのならばどうしてユウにそのことを教えなかったのかと、サチコがユウにティキにメールアドレスを教えてしまったことを言わなかったことに対して怒っているのだ。
昨日メールを発見してから全て読んだが、どの文章も少し間違ってはいるが最初から最後まで日本語で書かれており、きちんと内容を理解することができた。
一ヶ月間、返信がこなくともめげずに日本語のメールを送り続けていたティキの気持ちを思うと、とても申し訳なくなる。

「今度俺に黙って何かやったら絶対に許さねぇからな。覚えておけ」
「う、うん」









「……どうすっかな、」

家に帰ってきて食事を終えたユウはパソコンの画面を睨みつけるように見ていた。画面にはメール作成の画面が表示されている。
気付いてしまったからには迷惑メール扱いすることはできない。その為、一通だけでも返してみようと思ったのだが、メールの返事が遅れたことへの謝罪文を書いてからは一向にキーボードを叩く指が動かない。
殆ど知らないような相手とメールをしたことなどなく、何を書けばいいのか分からないのだ。
ティキのメールを読み返すと、今日はボイストレーニングがあった、コンサートの打ち合わせがあったなどと、彼のその日あったことを教えてくれているようなのだが、ユウの日常など聞いたところで面白くもなんともないだろう。
今日は体育がありました。美術で油絵をしましたなんて書いたところで、ティキからしてみれば「あ、そう」で終わりだろう。
ティキの日常はユウにとって珍しいものなので少しばかり興味を持つ内容だが、もう成人したティキにとってユウの日常はすでに通ったもので、散々待ちわびていた返信として喜べるようなものではないはずだ。

「よし」

数時間考えていたのだが結局決まらず、ユウは開き直って謝罪文だけのメールを送信した。まあ、謝罪文だけでそれ以外に話題を振らなければ、ティキもメールをする気が無いのだとわかってくれるかもしれない。そうなれば万々歳ではないか。
どうせもう会う機会もないのにグダグダとメールを続けて、その先に何があると言うのだろうか?さっさとユウのことなど忘れてくれた方が有難い。

「ユウー、お風呂入って」
「はい」

部屋の外から母親に声をかけられ、立ちあがる。パソコンの電源を消そうか迷ったが、折角久々にパソコンを付けたのだし、もう少し調べものでもしようかとそのまま部屋を出た。
リビングにいた両親に風呂に入ることを伝え、下着と部屋着を持って脱衣所に入る。

「はぁ……」

服を脱いで髪を縛っていたゴムを取ると、ほっとした息が出てきた。
内容はどうであれメールを返信したことで、昨日メールを発見してしまった時から感じていた気まずさが無くなり、すっきりとした気分だ。
晴れやかな気持ちで必要以上に長く湯船に浸かり、そろそろ良いかと浴室から出た時には風呂に入ってから一時間が過ぎていた。脱衣所にいたままでは両親が風呂に入れないので棚に入っているドライヤーを持ち出し、未だリビングでテレビを見ている両親に声をかける。声をかけた時両親から「今日は長くない?」と首を傾げられたが、特に応えることなく部屋に戻った。
ベッドに腰掛け、ドライヤーで髪を乾かして欠伸をする。パソコンで調べ物をする気でいたが、別に調べなければいけないものはないし―風呂に入る前調べようと思っていたのは今日英語の授業で教師が話していた本の粗筋で、それは別に調べなくてもいい―他にパソコンですることもない。
ドライヤーを止めて髪を梳かし、パソコンの電源を切る為にベッドから立ち上がる。

「…あ、」

風呂に入る前、メール画面を表示させたままだった為、ユウの目にメールの受信箱が映った。新着メールが来ている。スパムメールではない。

「ティキさん……」

散々返信迷って何度も見ていたアドレスを間違えるはずもなく、眉間に皺を寄せてメールを開く。

返信ありがとう。嬉しいです。
今日は仕事が無いのですぐメール見れました。
昨日、また日本でコンサートを開く相談をしました。また日本に行けるかもしれないです。
そうしたら、また話しましょう。
またメールします

「…この人、はっきり言わないとわかんねぇのか?」

またメールをする、それどころかまた日本に来るかもしれないようなことを書かれて頭が痛くなる。風呂に入っている間の気持ちよさは吹っ飛んだ。

「もう無視するしか……けど、」

見て見ぬふりと言うのはやはりできない。
迷いに迷った挙句、ユウは再び当たり障りのない文章でメールを返信した。
メールを返信した後、すぐにパソコンを消してしまおうかと思ったが、どうも気になってパソコンの前から離れなれない。二十分ほど何もできずにパソコンの画面を見ていると、ユウの予想していた通りティキから返信が来た。
ティキの返信もごく普通の、質問も何もない文章だったが、ユウはそのメールにも返信してしまった。すると、また二十分くらいしてティキから返信が来る。

結局ユウがパソコンの電源を消すことができたのはユウが明日も学校があるとメールして、ティキが「おやすみ、ありがとう」という返信を送ってきてくれたからだった。
ベッドに入り、別に楽しいわけでもないのにどうして返信をしてしまうのかと頭を悩ませる。

「また明日もきてんのかな、メール……」

今までティキのメールは五日に一度だったので、今日メールがあったのだから明日はこないという考えもできるが、ユウが返信してしまったのでまた明日もメールがくるかもしれない。

「やっぱり、返信しなけりゃよかった……」

明日もメールが気になってパソコンの電源スイッチを押してしまうであろう自分が容易に想像できて、改めて返信してしまったことを後悔するユウだった。