Eu fiquei serio 2


ユウ(16)…高校一年生
ティキ(24)…歌手

※E ainda interesseの続き。“”は英語です。









「ユウ、戻ってくるって!5分くらいで着くって言ってたっちょ」

サチコが何か嬉しそうに話している。勢いよく話している所為でティキには聞きとりきれない。

「“おい、何だって?”」

サチコは、ユウが帰ってしまった為に凹んだティキを見てユウに戻って来てほしいと電話をかけてくれていた。電話が終わった途端勢いよく喋り出したので、もっとゆっくり話してほしいと言う暇もない。
「“ユウ君が帰って来てくれるってさ”」
「“マジで?!戻って来てくれんの?!”」
「“戻ってきたらちゃんと謝れよ”」
「“わかってる”」
「え、何?」

ティキがリーバーにサチコが何と言っていたか聞いていると、今度は二人の会話が分からないサチコがきょとんとした。

「ああ、ティキにユウが戻ってくるって伝えたんだよ」

今度はサチコに、リーバーがティキと話していたことを説明する。
リーバーは、ユウが「ティキとユウの間には共通言語がなく、会話はリーバーの負担になるだけだ」と言っていたと教えてくれた。最初にそれを聞いた時、ティキは自分は簡単な日本語なら理解できるし、共通言語はあると思っていたのだが、今の状況を考えると、確かにリーバーに負担を与えることは間違いない。ユウの言っていたことは正しい。

「あ、そうだ。サチコ、今のうちにサイン貰っておけ」
「うん。でも、いいの?」
「大丈夫。“ティキ、この子にサインしてやってくれ”」
「書くの、ある?」

ユウと会うことができたのは、サチコがいたお陰だ。サインをしてやってほしいと言うリーバーの頼みに快く頷き、サチコに筆記用具とサインするものがあるか尋ねる。ティキの言葉でパッと顔を輝かせたサチコが鞄からサインペンとティキのCDを取り出し、ティキの前に置いた。

「最初のCDだ」

目の前に出されたCDは、ティキがメジャーデビューしてから初めて出したCDだった。レコード会社に所属せず路上で歌っていた時は、CDなど出したことがなかったので、事実上もっとも古いティキの歌になる。確か、ハイスクールを卒業したのと同時に出したCDだ。ジャケット写真のティキは今よりもさらに若く、まだ少年に近い容姿をしている。

「そう!このCD聞いてファンになって、それからずっとコンサート行きたいって思ってたっちょ。オイラ英語苦手だから日本語の歌詞カード見ないと意味分かんないけど、でも、すっごく奇麗な歌詞だと思うし、声も好き」
「ありがとう」

ティキが早い言葉は聞き取れないとわかったのか、サチコがティキのファンになった理由をゆっくりと話してくれた。
ファンレターからファンになった経緯を知ることは何度もあるが、本人の口からファンになった理由を聞くのは初めてで、少し照れくさい。
サチコの期待の目に応えるように丁寧にサインをして、CDとサインペンを返す。

「やった!ありがとうございます!」

サチコがCDをクッション付きケースに入れ、それを鞄に大事そうに片付ける。

「えっと、あ、そろそろユウ来ると思うっちょ。…あ、来た!」

携帯で時間を確認し、サチコがカフェテリアの入口を見る。暫くするとサチコがぱっと立ち上がり、楽しそうな顔をして手を上げた。サチコの視線の先には、複雑そうな顔をしたユウがいた。

「ごめんなさい」

ユウが再び椅子に座ったのを見ると、ティキは頭を下げて先程馴れ馴れしく話しかけてしまったことを謝った。サチコが電話をしている間、リーバーから、初対面のユウに対し馴れ馴れしくし過ぎだと怒られたのだ。
ティキが謝ると、ユウは困り顔をして俯いた後、「こちらこそすみません」と謝ってきた。

「一度、帰ると言ったのに…」
「ユウ君は謝ることない。この馬鹿が悪いんだよ」
「“何だよ”」
「じゃあ、ユウ君が戻って来てくれたことだし、そろそろ店出るか。サチコとユウ君でなんか面白そうなところ相談して決めてくれ。俺はこの辺は詳しくないから」



ユウは、観光案内はリーバーとサチコがするだろうし、自分は空気のように振舞っていればいいと考えていた為、リーバーに行き先を決めてくれと言われてぎくりと肩を揺らした。

「サチコ、お前決めろ」
「え、一緒に決めようよ。オイラ、男の行くとこよくわかんないし」
「そんなに出かけねぇ……」

騒がしいところを好まないユウの性格を考えれば、人が集まるだろう観光スポットなど知らないとわかりそうなものだが…。

「でもさぁ、いっつも家にいるわけじゃないっしょ?どっか思いつかない?」
「…美術館とか」
「美術館は……」

折角、ユウが考えに考えて思いついた場所だが、サチコは眉間に皺を寄せて却下してしまった。ティキの母国のことを考えると、日本の美術館よりも良い美術館へ行ったことがあるのは明白だ。

「じゃあもう思いつかねぇよ。お前が考えろ」
「…いっそカラオケとかどう?歌手なら歌うの好きだろうし」
「それ、お前が歌聴きたいだけだろ」
「まあそうなんだけど、でも、カラオケって一応日本の文化っちょ?」
「だったら江戸博物館でも行った方が日本の紹介になるんじゃねぇのか」

我ながら良い考えだとユウは思った。日本の歴史を紹介する博物館ならば、ティキの母国やその近隣の国にはないだろうし、新鮮味も少しはあるはずだ。少なくとも、ティキにとってはカラオケで自分の歌を何曲も歌わされるよりはいいだろう。
だが、ユウの名案は再びサチコによって却下されてしまった。

「やだ、博物館なんかつまんない」
「おい」
「博物館だったら、遊園地行こう?そっちのほうが楽しいっちょ」
「楽しいとかそう言う問題じゃねぇだろ、こういう場合……いっそのこと、本人に何が見たいのか聞いたほうが早いんじゃねぇのか」
「うーん……それもそうっちょね。おじさん、ティキさんに何が見たいか聞いて」

リーバーが苦笑いしつつティキに話しかけている。サチコとユウの対極的な意見に呆れているのだろう。ユウは静かな場所を提案し、サチコは騒げる場所を提案しているので、よく付き合っていられるものだと思っているのかもしれない。

「どこでもいいってさ」
「それ、すっごい困るっちょ……」

ティキから最も困る答えを貰ってしまったとサチコが眉間に皺を寄せる。行き先が決まらないから、案内される側の望みを聞いたのだ。どこでもいいと言われては意味がない。
サチコの反応を見たリーバーがもう一度ティキに何か言っている。少し会話をした後、リーバーは再びサチコとユウを見て口を開いた。

「強いて言えば、日本の歴史や文化がわかるところだと。まあ、ユウ君が提案した江戸博物館が一番いい気はするけどな」
「えぇ、」

リーバーがユウの提案に賛成したことで、サチコが少し不満げな息を吐きつつ背凭れに寄りかかる。だが、直ぐに背凭れから体を離し、椅子を引いた。

「じゃ、仕方ないし博物館に決定っちょ。行こ!」

不満はあるが、多数決で決定した以上反対はしないということなのだろうか?サチコがゆっくりと「博物館へ行きます」とティキに話しかけ、ティキがにこりと笑って頷く。サチコに話しかけられたティキはどこか嬉しそうだ。話し合いをしている間言葉がわからないためにほぼ蚊帳の外だったので、寂しかったのかもしれない。
立ち上がり、店員の挨拶を聞きつつ店を出ると、リーバーが車を持ってくるといって一人離れた。サチコはあたりを見回して、道行く人々がティキを見て目を見開いたり、友達と興奮気味に話しているのを楽しげに見ている。
「ユウ、リーバー、何て言ってた?」
「え?あ、えっと、車を取ってくるって言ってました」

サチコのように道行く人々を観察する気にもなれずティキの隣で俯いていたユウだったが、ティキに話しかけられてはっと顔を上げた。店を出るなりどこかへ言ってしまったリーバーの言葉を理解できなかったらしい。
ユウが説明してやると、ティキは「ありがとう」と言ってリーバーが小走り気味に消えた方向を見た。

(……大人しくなった)

静かにリーバーが戻ってくるのを待っているティキは、二人きりの時わけのわからないことまで聞いてきたのが嘘のようにユウに何も聞いてこない。リーバーに怒られて反省したのかもしれないが、帰ろうとしたユウを「まだ話がしたい」と言って引きとめようとしていたのだから、少しくらい話をしようと思わないのだろうか?確かに、ユウはティキとユウの間に共通言語はないと言ったが、簡単な日本語で、さらにゆっくりと話せばキャッチボールが成立する会話はいくつかあるはずだ。ティキは初っ端から恋人がいるのかどうかなどという飛びぬけた質問をしてきたが、好きな食べ物や生年月日など、基本的で、気まずい空気にならない会話のモトはまだまだある。

「…あの」
「ん?」
「さっき、共通言語はないって言いましたけど、通じる言葉もあると思うんです」
「……話していい?」

ユウの言葉の意味を、ティキはしっかりと「話をしてもいい」と受け取ってくれたらしい。ユウが頷くと、ティキはにこっと笑って、今度は大人しかったのが嘘のようにユウを質問責めにした。









「今日はありがとな、二人とも」
「お礼を言うのはこっち!まさかティキさんのこと案内できるなんて思わなかったっちょ」

日が暮れ、帰宅ラッシュもとっくに過ぎた時間、博物館へ行った後もティキを色々な場所へ案内していたサチコとユウだったが、そろそろ帰ったほうがいいというリーバーの提案により案内を終えて家に帰ることになった。
ティキを案内してくれたことに対し礼を言うリーバーに対しサチコが興奮気味に言葉を返し、ユウに同意を求める。ティキのファンというわけではないので、ユウはサチコほどティキを案内させてもらったことにありがたみを感じていなかったが、人生経験にはなったと頷いた。結論から言って、初対面でおかしいと思った相手には優しくするべきではないということがよくわかった。
ユウが質問してもいいと言った後、ティキは次から次へとユウに質問し、その態度も徐々に馴れ馴れしくなっていった。最初は隣を歩いていただけだったが、ユウの手を握ってみたり、博物館の展示品鑑賞中に肩を抱いてみたりとボディタッチが増えていったのだ。何とか堪えたが、ボディタッチに耐性のないユウは案内中に何度ティキを殴ってやろうかと握りこぶしを作ったか知れない。

「サチコ、ありがとう」
「こっちこそ、サインありがとうございました!宝物にします!」

ティキから握手をしてもらったサチコが一歩下がる。ユウの目の前にはティキの右手が差し出されており、ティキが握手を望んでいることがわかる。
暫くその手を見ていたユウだったが、見知らぬ人間の観光案内など二度とするものかと心に決め、これで最後だとティキの手を力強く握った。そして、顔を上げてティキの顔を見る。

「ありがとう、ユウ」

やけに近くにティキの顔があると思った瞬間、ユウの頬に何かが当たった。サチコが驚いたような声を出し、リーバーが頭を抱える。
ちゅ、という音がしてその何かが離れた頃には、ユウの意識はどこかへ飛んでいってしまっていた。