Eu fiquei serio 1


ユウ(16)…高校一年生
ティキ(24)…歌手

※E ainda interesseの続き。“”は英語です。









「じゃあ、明日の十一時に南口の時計台の前ね!遅れちゃだめっちょ!」
「お前がな」

まさかこの週末もサチコと会うことになるとは……ユウは携帯の切断中と書かれた画面を見た後眉を顰めた。別に一緒に遊ぶのは構わないのだが、遊ぶなら遊ぶでもっと早くに言ってほしいと思う。明日遊ぶと言うのに、連絡が来た今現在の時間は夜十一時。ユウは眠る為に布団に入っていた。

「やけにテンション高かったな…」

夜も朝も苦手なサチコが、この時間にあれだけはきはきと喋るのは珍しいことだ。偶に明日の授業について電話が来ることがあるが、その時はとても眠そうな声をしている。
明日は一体何に付き合わされるのか…サチコは遊んでいる最中は常にテンションが高いので、一日中一緒にいるのはなかなか疲れる。まあ、そんなことを言っても幼馴染である彼女と会うのは嫌いではないのだが。高校で知り合ったばかりのクラスメイトよりはお互いに気心が知れているので、嫌なこともはっきりと言える。
携帯を充電器にセットし、欠伸をして再び布団の中に入る。ユウの体温で暖かくなっていた布団は、サチコからの電話を受けている間にひんやりと冷たくなっていた。
目を閉じるが一度冴えた頭が直ぐに眠ることはなく、仕方なく目を閉じたまま明日のことを考える。
こんな時間に遊びの約束をしてきたということは、それなりに理由があるはずだが、サチコは一体何をする気なのだろうか?まさか、洋服の買い物に行くために電話してきたわけではないだろう。それに、洋服の買い物ならばクラスの女子と行く方が楽しいはずだ。

(まあ、コンサートじゃなけりゃ、何でもいい…)

コンサートは本当に疲れた。奢ってもらった蕎麦は相変わらず美味かったが、コンサートによる精神疲労は相当なものだ。コンサートの間はなかなか楽しめたが、行き帰り、始まる前後に周りが女性だけの環境は相当ストレスが溜まる。

「…ん……」

漸く閉じた瞼を開けにくくなるのを感じ、ユウはそのまま意識を眠りへと沈めた。









時計台が約束の時間を指す十分前、ユウはいつも通り遅れることなく時計台の下に到着した。サチコはまだ来ていないようだ。
ユウの他にも何人か待ち合わせらしき人はおり、しきりに携帯を取り出したりしているが、ユウは特に何もせずぼんやりとその場に立っていた。待ち合わせをしてサチコがユウよりも早くに来たことは一度もない。時計を見て待ち合わせ時間まであと何分と気にするだけ無駄だということもわかっている。
暫く待つと、ユウの他に誰かを待っていた人のところへは待ち人らしき人がぽつぽつと訪れ始めた。時計台の真下にいるので時間はわからないが、もうそろそろ十一時になるのだろう。遅刻するなら、そろそろサチコから何かしらのアクションがあるはずだ。

「キャー!!」

突然、少し離れた所から女性の叫び声が聞こえ、ユウは事件かとはっとしてそちらを向いた。すでに声がした場所らしきところには人だかりができている。いまいち状況が把握できないが、どうやら、タクシーから降りた人を見て女性が声を出したようだ。
人だかりの中心にいたのは、背の高い男性だった。離れているのでよくわからないが、日本人ではなさそうだ。女性が悲鳴を上げたり、何やら紙やノートを渡そうとしているのを見ると、有名人なのかもしれない。紙やノートはサインをしてもらうつもりなのだろう。
サチコは来ず、退屈凌ぎに丁寧にも差し出されたものにサインをしてやっている男性を見ていると、時計台のチャイムが鳴った。
時計台のチャイムを聞いた男性がぱっと顔を上げて時計台を見、自分の周りを囲む人々に何か言いつつ―恐らくサインできなかった人への謝罪だろう―時計台へ駆け寄ってきた。主役を失った人だかりは主役の後を追うように時計台の方へ移動したが、男性が振り向いて「ごめんなさい、プライベートなので」と拙い日本語で言うと、渋々ながらも自分たちの目的地へとバラバラに移動しだした。

「“怖かった…”」

時計台に辿り着いた男性が少し乱れた服を直しつつ何か呟く。すぐ近くにいるのにジロジロと見るのは悪いとユウが男性から目を逸らして俯いていると、「こんにちは」と拙い日本語が聞こえてきた。顔を上げれば、あの男性がユウを見てニコニコとしている。

「…こんにちは」

いきなり話しかけられどう対応すればいいのか分からず、とりあえず挨拶を返す。

「来てくれて、ありがとう」
「は?」

ユウはサチコとの待ち合わせでこの場にいるのであって、この男性と会う為にここにいるのではない。勘違いをしているのではないかと言おうとしたが、ふと、ユウは自分がこの男性を知っていることに気づいた。ティキ・ミックだ。

「お友達、来てない?」
「…まだです」

さらに、サチコと思われる友達のことを聞かれ、ユウはティキ・ミックが今ここにいることが、昨日サチコがテンションの高かった理由なのだと理解した。

「…あの馬鹿、一言言え」
「?何?」
「いえ、」

ユウの言葉が聞こえなかったのか、将わからない日本語だったのか、ティキが首を傾げる。ユウは言葉を濁した後、すみませんと一言ティキに断って携帯を取り出し、サチコに電話をかけた。いつもならば少しくらいの遅刻は許してやるが、今日は別だ。

『もしもし!』
「もしもしじゃねぇ、今どこだ」
『今、ホテルにいるんだけど、ちょっと、あの、いなくて!』
「誰が」
『…ユウには言わなかったんだけど、今日オイラ達に案内をしてほしいって人がいて…いや、悪気があったわけじゃないんだっちょ!ただ、ユウをびっくりさせようと思って、』
「もう驚いた。俺の隣にいるからさっさと来い」
『えっ?!あ、ユ――』

何か言おうとしていたサチコの言葉を遮って電話を切り、ティキを見上げる。

「もう少しで来ると思います」
「…あー……えっと、」
「友達はもう少し待ったら来ます」
「わかった」

最初の言い方では理解できなかったらしい。少し付けたして言いなおすと、困り顔をしていたティキの眉間から皺が消えた。

「ちょっと、待って」

やはり、言葉の通じ方に不安を感じたのか、今度はティキがどこかへ電話をかけ始めた。通じた瞬間、ティキは日本語の時とは打って変わってぺらぺらと電話の相手に向かって話しだした。
ユウはぽかんとしながらティキの様子を窺っていたが、「はい」とティキから携帯を渡されたので、恐る恐る手に取って耳に当ててみた。

『もしもし?』

声を出すと、携帯から男性の声が聞こえてきた。どこかで聞いたことのある声だ。

「…もしもし」
『ユウ君?えっと、月曜日に蕎麦屋であったリーバーだけど、覚えてるかな』
「はい」
『すぐにサチコを連れてそっちへ向かうから、近くのカフェにでも入って待っていてくれるかな?そいつ一緒で時計台じゃ待ちにくいだろ?』
「…わかりました」
『悪かったな。サチコ、何も話してなかったみたいで……』
「いえ、」
『急いで向かうが、三十分くらいかかると思う。本当に申し訳ないんだが、その間そいつのことを頼むよ』
「…はい。…あの、サチコに、いつものカフェにいると言ってください」
『いつものカフェ、だな。わかったよ』

ティキに携帯を返すと、ユウは少し緊張しながらもティキにカフェへ移動しようと提案した。最初は何と言ったのかわからないようだったが、喋るスピードを下げると、ニコリと笑って頷いた。わかる言葉でも、普通の会話のスピードで話されるとわからないことがあるらしい。
ちゃんとティキが付いて来ていることを確認しつつユウが偶に行くカフェテリアへ行く。そのカフェよりも時計台に近いカフェはあるのだが、そこの店ならば英語表記もきちんとしてあるので、ティキもわかりやすいだろうと思ったのだ。
店に入って注文をしようとすると、ティキがユウの肩を叩き、「払うよ」と言って先に注文してしまった。そして、ユウに「君は?」と聞いてくる。

「…アイスカフェオフェで」
「アイスコーヒーとアイスカフェですね。会計は一緒で宜しいですか?」

ティキは店員の言った言葉の意味がわからなかったのか首をかしげている。

「……一緒でお願いします」

払ってもらう立場なのに、と渋々会計を一緒にしてほしいことを告げると、店員が二人が注文した飲み物をレジに打った。表示された金額を見てティキが財布を取り出して金を払う。

「ありがとうございます」
「どういたしまして」

トレーを持って外からあまり見えない席に座ると、ティキがほ、と落ち着いたような息を吐いた。

「あー…名前、教えて」
「神田ユウです」
「きゃ……かん、だ?」
「…ユウでいいです」
「ユウ。…そっち、ファーストネーム?」
「はい」
「そっか」

苗字は言い辛かったらしく、不満はあるが名前で呼ぶことを許す。キャンダと呼ばれるよりはいい。

「俺のコンサート、楽しかった?」
「あ、はい」

何の曲が好きかと聞かれたらどうしようかと思ったが、ティキはそれ以上自分のコンサートや歌については聞いてこなかった。

「恋人、いる?」
「…は?」
「恋人。…通じる?」
「質問は、わかりますけど……え、」

暇つぶしなのかもしれないが、何故会って三十分も経っていない相手に恋人がいるかどうか聞かれなければいけないのかと納得ができない。
海外ではこういったことも初対面で話すことなのかとユウが悩んでいると、ティキは「いるの?」と少し残念そうな顔をした。

「いないですけど、でも、その、」

誤解されるのも嫌なので、戸惑いつつも恋人がいるというティキの答えを否定する。

「いないんだ」
「…はい」

俯き、ポケットに入れた携帯をティキに気づかれないように取りだして時間を確認する。リーバーは三十分くらいかかると言っていた。あと十分は二人きりだ。

「俺も、恋人いないんだ」
「……はあ、」

だから何?と聞きたいが、この話題で会話を続けるのも嫌だ。曖昧な返事をして頷くと、ティキがむっとして眉を顰めた。

「話、嫌い?」
「…そう言うわけじゃないですけど、…申し訳ないんですが、人見知りするので、」
「ひと…?」
「ユウ、遅れてごめんっちょ!!」

ティキがユウが使った言葉について訪ねようとしたが、その前にサチコとリーバーがカフェに到着した。

「ちょっとだけ、言った時間より早かったかな。二人きりにさせて悪かったな、ユウ君」
「いえ、」

小走り気味でサチコがユウとティキの座る席まで走り、さっとユウの隣に座ってティキに挨拶をする。遅れてテーブルまでやってくると、ユウに謝った後ティキの隣に座った。
サチコがやってきたことで、少しだけユウの心が落ち着く。

「ちょっとごめんな。“ティキ、お前あれだけホテルで待ってろって言っただろ!”」
「“あぁ?ちゃんと時計台まで来たのに何で怒られねぇといけないんだよ”」
「“こっちはお前がホテルにいると思って迎えに行ったんだぞ!”」

リーバーとティキが早口でいい争い始めた。何と言っているのかはわからないが、リーバーがティキの行動について怒っているようなことは感じ取れる。
「ね、ユウ。二人で何話してたん?」
「…とくに話してねぇ」
「えぇー、三十分近くあったんだから、何か話したはずっちょ?」
「知らねぇ」
「…まあ、初対面で喋られるような性格じゃないかなー、とは思うけど……」
「お前、昨日のうちに言えよ」
「だって、言ったらユウ来ないと思って」

その通りだが。だが、だからこそ、ティキ一人で待ち合わせ場所に来るようなことをさせないでほしかった。リーバーとサチコがホテルに行ったことを考えると、ティキとはホテルで待ち合わせだと決めていたのだろう。それならば、ティキにユウとは十一時に時計台で待ち合わせだと教えなければ良かったのだ。そうすれば、ティキは大人しくホテルで待っていたはずだ。

「帰る」
「あ、ちょっ!」

ユウが立ち上がり、サチコが慌てた声を出すと、リーバーとティキの口論がぴたりと止まり、二人の目がユウを見た。

「すみません、用事を思い出したので帰ります」

リーバーは完璧に日本語を理解しているようなので、今のユウの言葉が嘘だとわかっているだろう。

「ユウ君、今日は本当にすまなかった」
「いえ」
「“何だよ、ユウ、どうしたって?”」
「“帰るって言ってんだよ”」
「“帰る?!何で!”」
「“お前が勝手な真似したからだ”」

ユウとリーバーの会話を理解できなかったティキがきょとんとしてリーバーに尋ねる。リーバーが理由を話したのか、ティキは慌ててユウを見て、拙い日本語で「もっと話そう」と言ってきた。

「俺と貴方の間には共通言語がないので、無理です。リーバーさんに通訳をさせるのはリーバーさんの負担になりますから駄目です。失礼します」

わざとティキには理解し辛いだろう言葉を早口で言い、リーバーに何と言ったのか聞くように仕向ける。ティキがリーバーからユウの言った言葉を訳してもらっている間に通路に立ち、逃げるようにカフェテリアを後にした。

「何なんだよ……」

サチコは電話で案内がどうのと言っていたから、ティキの観光案内の為にユウを呼んだのだろう。だが、色々な場所へ出かけるサチコがいて、通訳としてリーバーがいて、ユウはいらないではないか。サチコ一人だけなら不安なのかとも思うが、あれだけ親しげに話しているリーバーがいるなら不安ということもないだろう。
昨日の夜、コンサートでなければ何でもいいと思ったが、コンサートより悪いではないか。律義に待ち合わせ時間を守ってサチコをくるのを待っていたのに、待ち合わせ場所に来たのは顔と名前を知っているだけの有名人。接待が苦手なユウに、三十分近くティキの面倒を見させた。
とても惨めな気分になってとぼとぼと駅へ向かって歩くと、ポケットに入れた携帯が振動してサチコからの着信を告げた。

『あっ、ユウ!ごめん!ほんと、後でなんか奢るし頼み聞くから、戻って来て』
「俺いらねぇだろ」
『あんな状況で帰っちゃったから、ティキさんがユウの嫌なこと言っちゃったって落ち込んでるっちょ…』
「………」

確かに、あのタイミングで帰ってしまったのは、ティキにショックを与えることだったかもしれない。リーバーが何と訳したのかはわからないが、なかなか怒っていたことを考えると、フォローを交えた通訳はしないだろう。

『お願いっちょ、ユウー……』
「…はぁ」