ヒトメボレ


ティキ……どっかの国の凄い家の道楽息子
ユウ……男娼









「何で俺なんだ?」
「……何でって言われても、」

唐突な質問に戸惑う。
押し倒して、さあ服を脱がせようってところでこの質問はないだろう、少年……。

「買われて何ぼの商売やってんのに、そんなこと聞く?」
「いや、参考までに」
「参考って……まあ、顔とか?」
「俺くらいの奴なら山ほどいる。他に」

何この子、抱かれる気、本当にあんのか?道に突っ立ってる相手を捕まえて「君にしよう」って選ぶんだから、顔以外に何があるんだ。

「性別」
「俺の隣にいた奴も男だ。向かいの街頭辺りに立ってた奴も男だぞ」
「男で少年ほどの容姿ってのはあまりいないだろ」
「いる」

……もう嫌だ。何でこんな面倒な子捕まえたんだろう。いつもの通りでいつもの男娼にすれば良かった。今日は気分を変えて隣の通りに行ってみようなんて思わなけりゃ良かった。

「…兎に角、俺は少年を選んだんだからさ、ヤらせてよ」
「アンタが俺の満足できる答えを出したらな。面倒なら俺を置いてどっか行け。ここの宿代を気にしているなら問題ない。一泊分くらいなら蓄えはある」
「……あっそう、じゃあ、お言葉に甘えて失礼するよ。いくら考えても少年が望む答えは出そうにない」
「それは残念だ。サービスしてやろうと思ったのに」

客を逃しそうってのに何だその態度。めさくさ気分が悪い。
体を起こしても少年はベッドに寝たままだった。客じゃないから別れ際に「御贔屓に」って媚売る必要もないんだろう。

「本当にどっか行くけど」
「ん」

横になったままの少年の右手がひらひら動く。ひょっとして、別れの挨拶のつもりなんだろうか。

「今日はハズレ引いちまったな」

俺は貴族で相手は男娼。身分じゃ俺が確実に上なのに、どうしてこんなに惨めな気持ちになるんだ。今言った言葉も、何だか負け犬の遠吠えみたいじゃないか?

「じゃあな、道楽者」

親が毎日のように俺を罵るときに使う言葉を使われて、さらに惨めな気持ちになって部屋を出た。
もう当分は、あの子だけにして、男娼漁りなんてしねぇ。















「ねえ、昨日どうだったの?」
「何が」
「とぼけちゃって!貴族様に連れて行かれるの見たわよ」
「ああ……」

名残惜しいが二日も泊まれる金がないので、恐ろしくなるくらい寝心地の良かったベッドに別れを告げてホテルを出た。
いつもの場所に立って客を待っていると、元同業者のリナリーがやってきてニコニコ笑いながら、昨日俺を捕まえた客のことを聞いてきた。

「俺がここに突っ立ってんのが答えだ」
「あら、」

大げさに肩を竦めてやる。
リナリーの「どうだった?」は抱かれたとかそういうレベルの話じゃなくて、気に入られたかどうかって意味だ。リナリーは俺と同じように道に立ってた時に貴族の息子に気に入られて養女になった。リナリーの他にも何人か体を売るのをやめるのに成功した奴を知ってるが、こいつみたいに貴族に気に入られてっていうパターンは滅多にいない。俺の知ってる限り、リナリーだけだ。他の奴らは、体を売るだけじゃ食っていけなくなって、盗みを働くようになって刑務所に入ったり、運よく住み込みで働かせてくれるところを見つけて、そこに厄介になったり……少なくとも、食事や衣服が全て用意されているような生活はしていない。

「貴方、ずっと男娼続ける気?どこかで働くつもりもないんでしょう?午前中からこんなところに立って……」
「ここに立ってりゃ誰かしら飯奢ってくれるからな」
「知ってる。私の行ってる学校で噂になってるもの、貴方。昼にこの通りを歩くと綺麗なお兄さんがいて、ご飯奢ればお喋りしてくれるって」
「その学校はどうした」
「今日は休日です!少しくらいプライド持ちなさいよ」
「ケツに突っ込まれてる時点でプライドもクソもねぇよ」
「昔はこんなじゃなかったと思ったけど?」
「孤児院にいたころは遊んでても飯が食えたからな」

俺もリナリーも、十五になるまで孤児院にいた。十五になると、働ける年齢ってことで孤児院を追い出される。体を売るのは、孤児院を出た殆どの奴らが必ず通る道だ。
今のご時世、コネがなけりゃ職に就けないから、自分の体を売ってコネを作るしかない。盗みを働く奴らはコネを作れなかった負け組、住み込みで働くことができるようになった奴らは勝ち組って言われてる。俺はどっちでもないが。
昼飯を食えないことは滅多にないし、夜にはオッサンから沢山声がかかる。偶に、真面目に働いている奴らが馬鹿だと思えるくらい金をはずんでくれる奴もいる。
何だかんだで今の生活が一番楽だというのが俺の考えだ。

「貴方、いつか絶対に後悔するわよ。今のままじゃ、貴方、どんなに具合が悪くても医者に診てもらえないんだから」
「ああ、そりゃ大変だ」

医者に診てもらうには、診察証とかいうカードを持ってないといけないらしい。医者が必要になるほど具合が悪くなったことがないから本当かはわからないが、それがないと病院にはいることもできないんだとか。同業者が血眼になってコネを作ろうとしてるのは、診察証が欲しいからって言うのもある。診察証は住所がないと貰えない。

「人が心配してあげてるのに!勝手に死ねば!!」

死ねば、なんて、今や貴族の愛娘であるリナリーの口から出るには物騒な言葉だと思ったが、貴族になったからといって元が良くなるわけじゃないから仕方がないのかもしれない。
勝手に怒って歩いていくリナリーの後ろ姿を暫く見た後、昔はこんなじゃなかったのはお前もだと呟いた。リナリーだって、孤児院にいた頃はあんな必死な眼をしていなかった。















「何でいんの」

俺がいつも相手してもらってる男娼がいるはずの場所にいたのは、俺を嫌な気分にさせたあの男娼だった。

「こっちの方が客が多いって聞いたから」
「いつもここにいた栗色の髪の子は?」
「アイツなら今日の昼間、人を殺しかけて捕まった」

さらっと言ってくれたけど、その子を贔屓してた俺にとってはなかなかショックな話だ。人を殺しかけた?大人しそうな子だったのに。

「どうしてそんなことになったのか、知ってる?」
「客を取られて腹が立ったんだとさ」
「客を取られたって……」
「知ってる?ここら辺で客を待ってる奴らの中には、自分に絶対の自信を持ってて、客が他の男娼選ぶとブチ切れる奴らもいるって」
「そうなのか……」
「だから俺、アンタの相手しなかったのに」
「……あれ?」

少年の言葉が引っ掛かる。何で、そこで俺が出てくんの?

「貴族だか何だか知らねぇけど、そこら辺に立ってる男娼捕まえるならその変気をつけろよ。被害に遭うのは客のアンタじゃなくて、客を取った同業者なんだからさ。俺らには客を断る権利ねぇのに」
「もしかして、殺されかけたのって少年?」
「そ。最後の方にはアンタが金払わないで俺と別れたってわかったみたいだけど、警察が来ちまったし、俺の首絞めてんのを大勢が見てたからな」

まさか、俺の気まぐれの所為であの子が捕まっていたなんて。少年を置いてホテルを出た後、すぐにいつもの通りであの子を捕まえれば良かったのか?いや、でも、俺が馬車で通りがかった時には、誰もいなかったはずだ。

「ちなみに、アイツは昨日は他の客の相手をしたって言ってた」
「ってことは、客に拘りがないってことだろ?何で少年を殺そうとする?」
「だから、自分に自信を持ってるって言っただろ。自分の顧客が他の男娼抱いてんのが嫌だったんだよ。昨日、アンタがとるべきだった行動は、馬車を降りずに家に帰るか、アイツを抱くか、二つに一つだったんだ。俺を選んだのはアンタが一番最後にとっていい行動」

一番最後にってことは、絶対に取るなってこと。それくらい、俺がやったことはいけないことだったらしい。

「普段贔屓にしてるってことは、相性良かったんだろ?どうしてよりによって俺を選んだ?」
「……昨日、だから俺にあんな質問をしたわけか」
「当たり前だ。ちゃんと相手するつもりだったらあんな態度とらねぇし」

つまり、少年はすでに俺が贔屓にしている男娼がいるって知っていて、しかもその男娼がプライド高くて客を取ると大変なことになるって知ってたから、保身の為にあんな態度を取ったと言うわけか。

「皆が皆プライド高いってわけじゃねぇけど、アンタみたいに世間知らずな坊ちゃんは一人を選んでおいた方がいいと思うぜ。そのうち、被害を受けた奴から恨みを買って殺される、何てことがあるかもしれないからな」
「……肝に銘じておくよ」

この少年はそんなことはなさそうだが、恨みを買うのは嫌だ。何事にも穏便でありたい。

「贔屓の奴は刑務所から出たらここから追い出されるだろうし、今度はいい奴見つけろよ、物好き」

道楽者に坊ちゃんに物好き。国内でも結構な立場の家の息子に対してよく言える。

「じゃあ、少年にしようかな。これで違う相手を選んだら、それこそ少年から恨みを買いそうだ」
「俺は客が誰を選ぼうが気にしないぞ」
「少年には何か惹かれる」
「は?」
「昨日、どうして俺なんだって言ってただろ?少年には、何か魅力がある。馬車から少年の姿を見た時、何かピンと来たんだ」

栗毛のあの子を選んだ時は、かなり吟味して決めたのに、初めて通った通りで初めて少年の姿を見た時、心がグッと動いた気がしたんだ。少年に話しかけようとしてた男を無理矢理退けて話しかけたくらいだから、俺はあの時かなり必死だったはずだ。

「何か何か何かって、適当だなアンタ」
「少年の生き方も十分適当だと思うけど」
「少年じゃない。ユウだ」
「ユウ。いい名前だな」
「アンタの名前は?」
「ティキ」
「変な名前だな。ま、いい。これからよろしく、お客さん」