my... 9


祖父母の家から帰宅し、ユウの誕生日が徐々に近づいてきた日曜日、ユウのもとに思いがけない客が訪れた。

「ユウ!アルマ君が来たわよ」
「……アルマ?」

部屋で勉強していたところ、母親から声をかけられ、その中で出てきた名前に反応する。
アルマはユウとアレンの幼い頃からの友達だ。大学生のアルマはレポートや就職活動で忙しいらしく、最近は会う機会がなかった。
ユウが部屋を出て玄関に向かうと、すでにアレンがおり、鼻に横一線の傷のある青年と話をしていた。ふとユウのことに気づいたらしく、アレンから視線を離してユウを見て笑う。

「久しぶり」
「ああ……久しぶり」

暫く見ていなかったアルマは、スーツを着ている所為か、ユウの知っている彼よりもなんだか大人びて見える。前に私服で遊んだ時、ユウが物静かで大人びて見え、アルマが表情豊かで幼く見えた為、同い年に見られたことがあったが、こうしてみると確かにアルマは年上なのだ。

「就活セミナーの帰りらしいです」

ユウの疑問に気付いたのか、アレンがさらっと説明してくれた。

「なかなか就職先決まらなくてさ、大変だよ」
「へぇ……」
「二人とも、せっかくアルマ君が来てくれたんだから、あがってもらいなさいよ。玄関で立ち話なんて、疲れるでしょう?」
「あ、じゃあ僕の部屋来てください。お菓子とか沢山あるから」
「やった、お邪魔します」

お菓子につられたわけではないだろうが、アルマがぱっと顔を輝かせてアレンの後をついていく。途中、振り返ったアレンにユウも早く来るように促され、ユウははっとして玄関を離れた。アルマのことを考えていたら、いつの間にかぼんやりしていたようだ。

祖父母の家へ行ってから、自分と一緒に写っていた子供の写真が気になって仕方がなかった。家族の目を気にしつつ祖父の部屋と自分の部屋を行ったり来たりしてアルバムを見ていったのだが、殆どの写真でユウはその子供にべったりとくっついており、ユウが忘れているだけで余程その子供のことが好きだったのだろうと思う。もしかして兄なのではという仮定を立ててみたが、その仮定はまだ証明されていない。
この子供の正体を知りたい。その思いは日に日に強くなっていったが、誰にもきくことができず、困っていた。そこに、アルマがやってきた。
アルマは、ユウが覚えていない頃から友達で、一緒にいた時間も長い。アルマがあの少年のことを知っている可能性は十分にある。

「へぇ、最近の委員会って結構大変なんだ」
「アルマが委員会サボってただけなんじゃないですか?」

アレンの部屋では、すでにアルマとアレンで話が弾んでおり、ユウが入る隙がない。だが、それはそれで助かったとユウは思う。今、アルマにユウは最近どう?なんて聞かれたら、写真の子供のことを聞きかねない。ただの友達だったら構わない。だが、もし兄という存在だったなら、アレンのいるこの場では話題にしてはいけないはずだ。

「そんなことない。俺はちゃんと仕事してたよ。これでも副会長とかやってたし」
「副会長?アルマが?」
「凄いだろ」

しかし、聞いたところで、アルマは本当に答えてくれるのか?とも思う。ユウの母親が離婚する前の話は、母親が意図的にユウの周りの人間に言わないようにと言い聞かせている。昔から遊んでいるアルマも、一度も、写真の子供の話をしたことはない。

「ユウも座りなよ]
「あ?…ああ、」
「何か今日落ち着かないね?大丈夫?」
「兄さんが落ち着かないのはいつものことですよ。受験がヤバいから」
「おい、」
「受験、面倒だよなぁー……俺も、この時期は嫌だったよ。毎週模試あったし、成績下がると親が怖いし」

それから暫くは、何だかんだで有名大学に進学したアルマから勉強のコツを教わっていたのだが、ちっとも話が入ってこなかった。








「お邪魔しました」
「またいつでも来てくださいね」
「ん。次来るときは、就職内定貰ってるといいんだけどな」

けらけらと笑い、アルマがばいばい、と二人に手を振る。そして、歩きだしたところで、我慢できなくなったユウもとうとう動いた。

「兄さん?」
「駅までアルマ送ってくる。母さんに言っとけ」
「はい。けど、夕飯すぐだから、遅くならないでくださいよ」

急ぎ足でアルマの後を追い、アルマの袖を掴む。びっくりして振り向いたアルマに駅まで送っていくと言うと、変なこともあるものだと笑われた。

「いつもは玄関でさよなら、で、終わりなのに」
「お前に、聞きたいことがある」
「何?勉強のことなら、」
「俺の、ガキの頃の話だ」
「………」

アルマが口を閉じ、ユウが何を考えているのか探ろうとするかのように目が動く。

「お前、俺が四つより前に俺と知り合ってたな?」
「…そうだったかな、あまり覚えてない」
「嘘吐くな。知ってるんだ。母さんが俺やアレンに秘密にしてること」
「え、」
「俺とアレンは、半分しか血が繋がってない」
「………」
「母さんが離婚して、親父と結婚したこと、知ってるんだ」
「……えっと……」
「この前、祖父さん達の家に行って、祖父さんの部屋でアルバムを見つけた。殆どの写真で、俺の知らない子供と一緒に写ってた。生まれてすぐのときからな」
「ユウ、この話はさ、俺には、」
「お前、俺といつも一緒にいた子供のこと知ってるんだろ?あれは誰だ?俺の……兄なのか?」

正解だ。アルマの反応を見て、ユウの頭の中の仮定は真実だと証明された。

「知ってるなら教えてくれ!兄は、何て名前で、今どこにいるんだ?」
「あー……勘弁してよー……俺、小母さんから言わないでって言われてるのに……」

やはり母親が口止めしていたかと母親に苛立ちを感じたが、今は母親に気をやっている場合ではない。逃げだしそうなアルマを押さえて情報を少しでも引き出す方が先だ。

「言わなきゃバレない。教えろ」
「教えろって、あー……うー……」
「何でそんなに渋るんだよ……もしかして、兄が俺のことを忘れてるから……」
「いやっ、それはない!すっごい会いたそうにしてたし!……はっ!」

嵌められたことに気付いたアルマが、思わず笑いそうになるくらいぽかんとした表情になる。

「会いたがってるんだな?」
「……もういいよ。だけど、小母さんから会わないようにって言われてるみたいだから、俺が、ユウが会いたがってるって言って会うかどうか……」
「連絡先知ってるのか?」
「アドレスは貰ってるよ」
「じゃあ、俺のことは言わずにお前が会って話がしたいって言え。その待ち合わせ場所に、お前じゃなくて俺が行く」
「…本当に、小母さんには内緒にしといて」
「わかってる」
「向こうの都合はわからないけど、とりあえず後で連絡してみるよ」
「後でじゃない。今」
「今?!……でも、ユウが行ったところで誰がそうなのか分からないんじゃないかな?」
「適当に目印になりそうなもの付けとくように言えよ」
「えぇー……あ、じゃあ、あの時のブレスレット付けとくように……っていっても、ブレスレット程度じゃ目印にならないか」

ぶつぶつと言いながら携帯を操作しているアルマの手元を覗き込み、質問する。

「このブレスレットってなんだ?」

宛先に『兄ちゃん』と書かれたメールには、この前スーパーで会ったときにつけていたブレスレットをつけていてほしいと書かれていた。そんなに特徴的なブレスレットなのだろうか?
不思議がるユウに、アルマは何てことはないただのブレスレットだと苦笑した。

「蝶のブレスレットでさ、いいなーって思っただけ。そういや、写真撮ったから見せようか?今、送信するから……」

メール送信を終えたアルマがデータボックスを開き、その中から一つの画像を見せる。

「……このブレスレット…」

アルマから見せられた画像に写っていたブレスレットに、ユウは嫌というほど見覚えがあった。

「なかなかいいデザインだろ?」
「……ああ。…なあ、アルマ」
「何?」
「兄は、何て名前なんだ?会った時に知らないって言うのは失礼だろ」

動揺を隠しつつ尋ねると、アルマはそれもそうかとユウの兄の名前を教えてくれた。

「ティキだよ。苗字は何だったかな……」
「…ミック」
「あ、そうそう!……あれ?」

どうして、ユウが苗字を知っている?そんな目が向けられる中、ユウは携帯の画面に釘付けになったまま、動くことも、離すこともできなかった。

ティキ・ミック

援助交際を辞めさせ、親身になって相談に乗ってくれ、ユウの心を救ってくれた。彼が、兄だったのだ。