my... 8


「へぇ……祖父さん達のとこ行ったのか」

携帯電話からユウのアドレスが消えてから暫く経ったある日、ティキのもとに母親から祖父母の家へ行った時の写真が届いた。
心なしか、前回送ってもらった時の写真よりもユウの顔に笑顔がある気がする。同封の手紙には、写真の説明と、ユウがこの頃以前のユウに戻ってきた喜びが書かれていた。
手紙の一番最後の文を見て溜息を吐く。

ユウはもう大丈夫です。貴方は関わらないでください。

「俺はもう用済みかよ」

母親にはユウに会ったことも、ユウが援助交際を辞めたことも教えていない。だが、母親の勘のようなもので、もうユウは大丈夫だと判断したのだろう。
今の家庭を大事にしたい母親の気持ちはわかる。だが、ティキの気持ちも酌んでほしいものだ。小学生の頃、見た目が日本人とは違うという理由で周りから倦厭されていたティキに懐き、いつも後ろから着いてきてくれていたユウを、ティキは心から可愛がり、愛していたのだから。それなのに自分が困っている時だけ助けて、問題が解決したら関わるな、なんて酷過ぎる。

写真はいつものように大切に引き出しに入れ、腹立たしい手紙をゴミ箱に捨てると、ティキは夕飯の材料を買いにアパートを出た。炊事は面倒だが、一人で外食するよりはマシだ。一人で店に入ると、どうも他の客の視線が気になる。スーパーで買い物している時もなかなか好奇の視線を浴びるのだが、それでも、食事をしている時よりは気にならない。

スーパーに入り、適当に目についた食材をかごに入れていると、「すいません、」と声をかけられた。

「ティキ兄ちゃん、じゃない?」
「は?」

ティキに声をかけてきたのは、二十歳そこらの青年だった。鼻筋に横一線の傷があるが、その傷が痛々しく感じないほどの笑顔を顔に張り付けている。
ティキのことをティキ兄ちゃんと呼んだ青年は、訝しがるティキをよそにじろじろとティキの姿を見、やっぱりそうだと頷いた。

「誰だ、お前」
「覚えてないかなぁ、小学校の頃よく遊んでもらったんだけど……」
「………」

親しげな様子の青年は、何とかティキに自力で名前を思い出してもらいたいらしく、なかなか自分の名前を言おうとしない。

「ほら、ユウをからかってよくティキ兄ちゃんに殴られてた……」
「アルマ?」

ティキの口からぱっと出てきた名前に、青年がニカッと笑う。
アルマ。離婚する前に住んでいた家の近所に住んでいた少年の名前だ。ティキ同様に日本人と外国人のハーフで、ティキによく話しかけていた。そして、ユウをからかって泣かせてはティキに怒られていた少年だ。

「嬉しいなぁ、また会えるなんて思ってなかった」
「お前、何でこんなところにいるんだよ」
「え?だって、俺もう大学生だし。一人暮らしくらいするよ」
「……そうか」

ティキの記憶の中のアルマは小学生で止まっている。すっかり成長し、一人称も変わっているアルマを見、そしてその記憶力に感心した。

「お前、よく俺のこと覚えてたな」
「そりゃあ覚えてるよ。兄ちゃんの拳の痛みは忘れたくても忘れらんない」
「今また殴ってやろうか」
「え、いらない。今殴ったら絶対洒落にならないし。……ていうか、俺、凄く驚いたんだよ。母さんの国に帰って、また日本に戻ってくる間に兄ちゃん達の家空き家になってんだから。ユウとはバラバラになっちゃったみたいだし?」
「……お前、俺とユウが別々に引き取られたこと知ってんのか?」

寂しそうに昔を振り返っているアルマの言葉に気になることがあったので、少し突っ込んでみる。すると、アルマはキョトンとした後、まあね、と言って話し続けた。

「母さん、兄ちゃんの母さんと仲良かったじゃん。帰国後すぐに連絡とったんだ。だから、今でもたまに茶飲みとかしてるよ」
「な、」
「俺も、ユウには何度か会ったことあるし。その時、兄ちゃんがいる感じがしなかったし、兄ちゃんの母さんから兄ちゃんの話はユウにしないでって言うから、ああ、そうなのかなって」
「ユウに会ったのか?」
「まあ、最近は就職活動とかで会ってないんだけどさ。何、俺がユウに会うの、不味い?」

不味いというわけではないが、不満だ。だが、そんな大人げのないことを言えるわけもなく、ただ別に、と言葉を濁す。

「兄ちゃんだって、会ってるんじゃないの?」
「……会えない」
「へ?」
「ユウは俺のことを覚えていないし、母さんが会うことを禁止してる」
「何で!」
「今の家族が大事なんだろ」
「………イッテ!!!」

嫌なことを聞いてしまったみたいだとうつむくアルマを思い切り叩き、舌打ちをした。同情されるのは嫌いだ。

「何で打つんだよ……」
「お前が、俺が可哀相とか思うからだ」
「何でわかった……!」
「顔に出てる」
「あれ?」

自分でも表情豊かだと自覚している癖に何を言っているんだかと呆れると、わざとだよ。と、あっけらかんとした答えが返ってきた。

「兄ちゃんは相変わらず冗談が通じないなー」
「うるせぇ」

これ以上話をしていても何にもならないと、アルマから逃げるように魚介コーナーから精肉コーナーに移動すると、アルマもティキを追ってきて、ぴったりとティキの隣に立つ。

「お前うざいぞ」
「まぁまぁ!にしても、兄ちゃん、ユウと会えてないのかー。男って言うのが信じられないくらいいい感じに成長してるけど」
「写真が送られてくるから知ってる」
「あ、そう」
「もういいだろ。暇じゃねぇんだよ」
「ごめん。久々だったから懐かしくてさぁ……あー、そのブレスレットいいな。写メ撮っていい?」
「おい、」

ぱっと携帯を取り出して、ティキが制止する間もなくティキの左手にあるブレスレットの写真を撮る。大人になったと思ったが、どうやら違ったようだ。遠慮がなさすぎる。

「いいなー、どこで買ったの?」
「どこだっていいだろ……」
「そうだ。アドレス教えてよ。後でメールするからさ」

さっさとアルマを追い出したい一心でアドレスを教えると、アルマはニカッと笑っていなくなった。
アルマのことは嫌いではないし、久しぶりに会えて良かったと思うが、今は母親からの手紙の所為で気分が悪いのだ。これ以上、ユウと気軽に会うことができるアルマからユウの話を聞きたくない。
会計を終えて部屋に戻ると、ティキの口からは今日何度目になるかわからない溜息しか出てこなかった。