my... 7


「お婆ちゃんのうちに行くの、いつ以来ですか?」
「そうだなぁ…去年の夏以来かな?」

父親とアレンの会話を聞きながら、ユウは車の外に見える田園を眺めていた。
月曜日が学校の創立記念日で休みになり、土曜日、日曜日、月曜日の連休になったため、家族で祖父母を訪ねることにしたのだ。

「お父さん、あとどれくらいで着きますか?」
「うん?えっと……どれくらいかな、」
「30分位よ」

父親が困ったところで、すかさず母親がフォローする。運転しているのは父親だが、細かく道案内をしているのは助手席に座る母親の役目だ。母親の実家なので、母親の方が詳しいのは当然だろう。

「じゃあ、何処かで飲み物買いたいです」
「そんなことしてたら、着くの遅くなっちゃうわよ。第一、もうこの辺にはコンビニとかスーパーはないわ。買うなら戻らないと」
「そっか…我慢します」
「きっと、二人が沢山用意していてくれるわよ」

家を出発した時に積んだ2Lのペットボトル6本は空になり、大幅に場所を取っていた菓子も今は一つのごみ袋にまとめられている。
アレンの食欲に溜め息を吐いたが、ユウは自分の鞄からまだ一口も飲んでいないミネラルウォーターのボトルを取り出すと、アレンに渡してやった。

「水で良けりゃ飲め」
「兄さん……!!」

目を輝かせたアレンが水を受け取り、素早くキャップを取ったかと思うと、あっという間にボトルは空になった。

「お前、もっと大事に飲めよ」
「大丈夫です!あと30分なら耐えられますから」
「ペットボトル6本空にしたのは10分前だけどな」

10分で乾いた喉が、30分も持つものかと鼻で笑うと、アレンはむっとして「耐えますよ」と答えた。耐えられる、とは、耐えることができる、というよりも、耐えてみせる、ということらしい。

「そう言えば兄さん、あの時買ったブレスレット、どうしたんですか?折角買ったのに」
「……合わせる服がない」
「そんな、気にすることないのに。今の服装でもアクセントになっていいと思います」

まさか人にプレゼントしたとは言えず、適当に誤魔化す。

「なぁに、ユウ、ブレスレットなんて買ったの?」
「お父さんとお母さんの結婚記念日のプレゼントを買った日に一緒に買ったんです。蝶のブレスレットですよ」
「へぇ……ユー君が…?今度、私が何か作ってあげようか」
「いらねぇ」

父親がしゅん、とし、それを見て母親とアレンが笑う。器用な父親ならアクセサリーの一つや二つ作れるだろうが、きっと凝り過ぎたものになる。貰ったら絶対に付けなければならないだろうが、そんな凝ったデザインのアクセサリーなんて身につけたくない。元々、アクセサリーを好んでつける性格ではないのだ。

「それなら、ユー君の誕生日には私の手作りのブレスレットをプレゼントしよう」
「はっ!?」
「何もない時にプレゼントを貰うのが嫌なんだろう?大丈夫、ちゃんと分かっているよ」
「わかってねぇ!!」

落ち込んだように見えたのは演技かというくらいけろりとしている父親が少し憎らしい。一瞬でも優越感を感じたのが恥ずかしいくらいだ。
こんなことでめげるような父親ではなかったと、ユウは遊び心の大きい父親に頭を抱えた。








「いらっしゃい」
「お邪魔します!」
「まあ、アー君は相変わらず元気がいいこと。ちゃんと、食べ物も飲み物も用意してるからね」
「やった、ありがとうございます!」

アレンが元気に挨拶をし、それに続いて母親が軽く挨拶をして中に入る。

「ユウも久しぶりだねぇ。元気にしてたかい?」
「…はい」
「今年、受験生だったね?頑張るんだよ」
「…はい」

逃げるように中に入ると、後ろで父親が苦笑した。祖母と父親の挨拶を聞きながら、すでにアレンと母親がいるであろう居間へ向かう。
廊下を通り、居間の障子を開けると、アレンと母親、そして祖父が座布団に座って話をしている最中だった。

「……お久しぶりです」
「おお、ユウか。大きくなったな」

最初は顔をしかめていた祖父だったが、ユウが挨拶をするとパッと顔を輝かせ、ユウに手招きした。

「ほら、小遣いをやろう。大事に使うんだぞ」
「あ、ありがとうございます」

戸惑いつつも礼を言って封筒を受け取る。去年も、その前も、小遣いは貰っていたが、いつも家族が揃ってから渡していたはずだ。何だかおかしいと眉を顰めると、母親がこっそりと「ボケ始めたみたい」と耳打ちしてくれた。

「お父さん、フロワさんよ」
「……おお!よう来てくださった」
「こんにちは、お元気そうで何よりです」

父親と祖母が座り、漸く居間に家族が揃う。

「お父さん、子供たちにお小遣いあげた?」

ボケ始めたという祖父は小遣いをやったことを忘れてしまったらしく、祖母の質問で慌てて封筒を探し始める。
「そうだ、そうだ。ん……?どこに……」
「やだ、父さん。さっきあげたわよ」

母親が苦笑しつつ指摘すると、祖父は不思議そうな顔をしてもう一つ、全く同じ袋を取り出した。

「いや、まだあの子に渡しとらんぞ。今日は、来とらんのか?ティ、」
「お父さん!嫌だよ、この人ったら、近所の子供のことを……」

祖母が慌ててフォローするが、ユウはその行動が妙だということに気付いた。祖父は、誰かの名前を言おうとしたはずだ。祖母は、それを遮ってフォローした。近所の子供なら、どうして名前を遮るようにフォローしなければいけない?
ちらっと母親を見ると、表情こそ笑ってはいるが、口角が強張っていた。父親は普段通りだし、アレンも気にせず卓袱台の上にある菓子を食べている。

「…母さん、」
「さて、ユウとアー君には倉庫から野菜を取ってきてもらおうかね。夕飯の材料にするから、食べられる分だけ取ってきといで」
「わかりました!兄さん、行きましょう」

何を誤魔化したのか確かめてやろうと母親に話しかけたが、祖母とアレンによって邪魔されてしまった。アレンに手を引かれるままに居間を出て、溜め息を吐きつつ倉庫へ向かう。

「…あのねぇ、お父さん。変なこと言わないでちょうだい」
「変なこととはなんだ」

ユウとアレンがいなくなった部屋では、祖父が祖母と母親に責められていた。父親は困ったように頬を掻くが、女二人を止めるような気配はない。
テーブルの上に置かれた封筒には、今この場にいない彼の孫の名前が書かれている。

「皆で決めたじゃない、子供たちには秘密にするって……」
「ボケたからって、許されないわよ」
「ボケてないぞ」
「もう……いい?ユウとアレンは、私が再婚だって知らないの。あの子のことも、教えてない。だから、私の子はユウとアレンだけ」
「何?お前、いつ再婚した?」

その言葉に母親と祖母は呆れ、何も言えなくなる。

「……とにかく、二人の前でティキの話は絶対にしないで」








「酒、持ってきました……寝てんじゃねぇか」

夜、祖母に頼まれて祖父の部屋へ行くと、祖父は徳利一本を手にしたまま敷布団の上で鼾をかいて寝ていた。お猪口はどこかへ転がってしまったのか、見当たらない。
徳利の乗った盆を置き、部屋の隅に畳まれたままの布団を祖父にかける。祖父の握った徳利は、取り上げようとしたのだが、祖父の信じられない握力によって阻まれてしまった。

「猪口どこだ……」

とりあえずお猪口だけでも探して盆に乗せておこうと部屋を見回すが、家具の陰に転がってしまったのか見当たらない。箪笥の裏や机の下を探して首を傾げたユウだったが、微妙に開いた押入れを覗いたところで息を吐いた。
押入れを半分ほど開き、まっ白なお猪口を手に取る。

「いい年なんだから、寝酒止めろよ……ったく…」

毎晩この調子だと、祖母はきっと苦労しているだろう。
もう寝ているのなら、酒を持ってさっさと部屋を出よう。そう思って半開きの押入れを閉めようとしたところで、奥にアルバムがあることに気付いた。何となく引っ張り出してみると、アルバムの表には『ユウ0歳〜』と書かれていた。

「……ってことは、」

自分が生まれたばかりの頃が意味していることに気付き、そのアルバムを引っ張り出して押入れを閉め、盆を持って祖父を起こさないように急いで部屋を出る。台所に盆を置いた後、居間にいる祖母と両親に声をかけて自分にあてがわれた部屋に滑り込んだ。

0歳〜ということは、母親がまだ離婚していない時だ。
一ページ目は、若い母親に抱かれた写真だけだった。その次は、ベッドで眠っている写真ばかり。何もないのかと少し焦りを感じつつページをめくっていくと、外国人男性に抱っこされている写真を見つけた。

「誰だ?」

それから暫くはその男性とユウの2ショットや、母親を交えての写真が続いている。祖父母の家の写真でもその男性は写っており、一つの可能性がユウの頭に浮かびあがる。

「…父さん?」

自分の顔が母親似すぎて母親の初婚相手は日本人男性だとばかり思っていたが、まだ離婚していないはずの時期にここまで沢山の写真に写っているということは、信じがたいがそういうことなのだろう。
写真に写っている男性の名前はわからないが、本当に父親ならばよく遺伝しなかったというくらい強いウェーブのかかった髪の毛をしている。
さらにアルバムをめくっていくと、ベビーベッドで眠っているユウと、その姿を覗きこんでいる外国人の子供の写真を見つけた。短めだが、この子供もまたウェーブのかかった髪をしている。顔つきもどことなくユウを抱っこしていた男性にいているし、彼の子供なのだろう。
アルバムは、ユウが掴まり立ちを始めたところで終わったが、写真を見た限りでは生まれたばかりのユウは外国人の子供に懐いていたらしいことが分かった。首が座るようになってからアルバムの終わりまで、ユウの笑顔の隣にはいつもその子供の姿があった。
アルバムの中から子供の顔がよく分かる写真を一枚抜き取り、その写真を持ってきた鞄に仕舞う。外の様子を窺うと、すでに今の電気は消えており、それぞれの部屋に戻ったようだ。祖母は祖父と一緒に寝ているので、今もう一度あの部屋に入るのは難しいだろう。
仕方がないので、アルバムは明日返そうと決めて横になる。
電気を消してよくよく考えてみると、あの子供の存在が気になって仕方がない。写真に写っていた男性の子供だというのはほぼ間違いない。では、男性がもし本当にユウの父親だったら?あの子供はユウの兄と言うことになるのではないか?
父親の連れ子だったらそれまでだが、母親と結婚してから生まれた子供なら、ユウと同じ両親の血を持つ存在がいるということだ。
明日、もう一度押入れの中を見てみよう。そう決めて、騒ぐ心を無理矢理静めて目を閉じた。