my... 6


「すみません、待たせてしまって。ちょっと、弟とゴタゴタしてて……」
「いや、いいよ。それに、遅刻って言っても五分くらいじゃないか」

時間を割いてほしいというメールを受け取ったティキは、次の日、早速ユウの為に時間を割いて前に待ち合わせした駅までやってきていた。
ユウは五分ほど遅れて到着し、申し訳なさそうにティキに謝ってきたが、ティキにしてみればもう一度会えるだけで嬉しいのだ。五分くらいの遅刻なんて気にする必要はない。

「それで、渡したいものって?」
「あの、前に会った時、借りた分の金渡せなかったから……」

そう言ってユウが鞄から箱を取り出し、ティキに渡す。今すぐに中身を見たいのだが、綺麗にラッピングされているので開けるのが勿体無い。それでも、我慢できなかったティキがラッピングのリボンに手をかけようとしたところで、ユウが家に帰ってから開けてほしいとお願いしてきた。

「あまり、こういったもの買わないので、その…気に入らなかったら、捨ててもらって構わないので、」
「折角買ってくれたのに捨てるわけがない。ありがとう」

鞄を持ってきていなかったのでポケットにしまい、そんなティキの様子をじっと動かずに見守っていたユウに笑いかける。

「用は、これで終わり?」
「えっと………よかったら、その、もし、暇だったら、何処かで食事しませんか…?」
「…いいけど、家族が心配しないか?」
「友達と遊ぶって言ってます。遅くならなければ平気です」
「…じゃあ、何か食おうか。車乗って」

渡されたものがユウの用事だと思っていたので、ユウがまさか食事をしたいと言ってくるとは思わなかった。何かあったのか、もしかして、自分が兄だとバレたのか、等と色々と考えてみたが、結局答えは見つからず、断るのは嫌だしとユウの誘いを受け入れた。
ユウが車に乗り、シートベルトを着けたのを確認すると、車を発車させる。助手席に座るユウの顔が若干強張っているようなのがわかったが、どう言えばその緊張がほぐれるのか分からず、黙って車の運転を続けた。

「…何か食べたいものは?」
「どこでもいいです」
「…えっと、じゃあ、蕎麦でいいか?」
「え……あ、はい」

ユウが少し驚いたような声を出したが、追求せずに車のカーナビを偶に行く蕎麦屋にセットする。
蕎麦屋に行くと決めて10分程したところで、ユウが口を開いた。

「日本食、好きなんですか?」
「ん?ああ、好きだよ。どうした?」
「…外国の人って、あまり蕎麦とか食わないと思ってました。今の父が、蕎麦が少し苦手なので」
「へぇ…再婚相手は、どこの国出身なんだ?」
「フランスです」

写真で見た弟が明らかに外国人顔だったので、また外国人男性と結婚したのかと思っていたが、案の定だ。離婚する直前、国際結婚なんてするんじゃなかったと散々言っていたくせに、その直後に国際結婚する母親の気持ちは図れないが、それほどその男性に惹かれるものがあったのだろう。

「外国の人には、馴染みのない味ですか?」
「どうだろうな、俺はハーフだから、日本人の味覚も持っているのかもしれないし、」
「ハーフ?」

ユウの反応した場所で、どうしてティキが蕎麦と言って驚いたのかわかった。苦笑してユウの反応に対して口を開く。

「ハーフだよ。完全な外国人だって思ってた?」
「……のわりには、日本語上手いなって」
「外国に住んでいたのは本当にガキの頃だけで、小学校入学に合わせて日本に来たんだ。もうひとつの母国はポルトガル」
「ポルトガル……」
「あまり印象ないだろ」
「すみません、全く」

日本で習う世界史にはポルトガルのことはあまり書かれていないし、当然と言えば当然だ。ポルトガルが母国だと言ったティキも、本当に小さい頃の記憶だけなので、はっきりとした印象がない。

「俺も似たようなものだし、気にしなくていい」

ティキと同じ血を受け継いでいるユウも、日本人とポルトガル人のハーフだが、様子を見る限り、母親はユウに離婚した父親のことを詳しく教えていないらしい。ユウにはあまり外国人らしい要素がないので、自分が純粋な日本人だと思っている可能性もある。

「正直、ポルトガル語もあまり喋れない。覚えてないもんでね」
「…やっぱり、小さい頃のことって、忘れるものですか?」
「忘れるよ。何かの拍子に思い出すこともあるかもしれないが、小さすぎれば絶対に覚えていない」
「どんなに覚えていたいことでも?」
「ああ」

あまりにもきっぱりと言った所為で、ユウの表情が少し強張ってしまった。口調が強くなってしまったようで、ユウの言葉の何かがティキを怒らせたと思わせてしまったようだ。慌てて不安にさせてしまったことを謝る。

「弟が、小さい頃のことを全く覚えていなくてね。俺にはとても大切な時間だから思い出してほしいけど、無理みたいだ」
「弟さんって、俺と同じことしてた?」
「…そうだよ」
「…あまり、深くきいちゃいけないですね、すみません」
「別に、隠すほどのことじゃない。弟が小さい頃、両親がちょっと問題を起こして、それ以降一緒にいられる時間が大幅に減ったんだ。だから、俺にとっては、弟の忘れてる頃がとても大切な時間なだけ」

ユウは弟を自分と別の人物だと見做しているので、理由を言っても問題ない。だが、両親の起こした問題の意味は分かったらしく、「俺と同じ…」と呟いた。

「だけど、弟さんとは会えてるんですよね?」
「ああ。だから、売春も辞めさせられたんだ」
「そうですよね、すみません」

変なことを聞いたとユウが俯き、ティキも溜め息を吐く。

「何だか、前回会った時よりも他人行儀だな」
「…いえ、あの……実は、メールアドレスを変えた時、本当はティキさんに連絡しようか迷ったんです」
「それはそうだろ」
「それで、連絡してからも、これからどうしようか、決められなくて」
「これで会うのを最後にしたい?」

ユウが無言になり、ティキは心の中で肩を落として落胆した。車を端に寄せて止め、携帯を取り出す。

「わかった。じゃあ、登録しておいた君のメモリーを消去する。それでいいか?」
「……すみません」

プレゼント後に帰らず食事をしようと言ってきたのは、ティキにもう会わないと言う機会を窺っていたわけだ。名残惜しいが携帯の電話帳からユウの名前を消し、メールも全て削除した。

「確認していいよ」

ユウの情報が一切なくなった携帯をユウに渡し、完全にメモリーを消したことを確認させる。また会おうなんてしつこく繰り返すなんて見っとも無い真似はしない。それでは、ユウを買っていた男たちと同じになってしまう。
メールアドレスを変えても教えてくれた、なんて喜んでいたが、それは、どうしようか迷っていたからに過ぎなかったわけだ。

「もし心配だったら、もう一度アドレスを変えてくれ」
「…はい」

行き先を蕎麦屋から変更して一番近くにあった駅で車を止める。ユウが下りると、ティキはなるべく感情を出さないように笑い、手を振った。

「プレゼント、ありがとう。気、遣わせてごめんな」
「いえ、本当にすみません、ありがとうございました」

ユウが車から遠ざかり、駅の階段を上って行き見えなくなった。

「……はぁ…情けねぇ、俺」

母親の言い付けを律儀に守って、ユウに本当のことを言えないなんて。言ったところでなかなか信じられないだろうが、ユウにティキという存在を兄として意識させる機会を自ら逃したのだ。一言、俺が兄なんだと言えば、ユウは母親や祖母に自分の知らない兄のことについて聞いていただろうに。