my... 46


「汚すなよ」

 家を出た後、ユウはアルマを連れてティキの―これからは自分の家にもなる―マンションへとやってきた。本当はティキの見舞いをしてからアパートへ来る予定だったのだが、親に話したタイミングが夕食後で面会時間がすでに終了していたのだから仕方がない。

「お邪魔しまーす」

 ユウが廊下の電気をつけるとアルマがすっと奥のリビングへと入っていった。変なことをしてはいないかとリビングへ行くと、案の定リビングにある棚のものを取り出して繁々と眺めていた。
「何見てんだ」
「ん?何があるのかなーって思って。兄ちゃん、あまり見せてくれないからさ」
「……」
「何でそんな不機嫌な顔になるの?」
「別に」

 変なものは見つからないと言うアルマにユウは複雑な顔をした後、持ってきた荷物を片づける為に奥へ続く扉を開けた。

「荷物片づけてくる」
「んー」

 アルマが棚のものを勝手に手に取って見ているのに少し腹が立った。不機嫌な顔になった理由はただそれだけだ。
 ユウは何度かこの部屋にやってきているが、リビングの棚にあるものをまだよく見ていなかった。ティキに構ってもらうことで精一杯だった為、あまりティキのものを見てみようという頭がなかった。もしかすると、まだどこかにティキに遠慮する心があったのかもしれない。
 すでに準備されたベッドに荷物を放り投げ、壁に設置したコートかけにコートをかける。部屋で特にやることもないのでリビングへ戻ると、アルマは脱いだコートを床に置いたままソファに座ってアルバムを見ていた。

「あ、お帰り」
「何だそれ」
「アルバム。兄ちゃんと、ユウの」
 アルマの隣に座ってアルバムを覗き込むと、満面の笑みでティキに抱きつく幼いユウの写真があった。何枚か連続で取られたらしく、そのページにある写真四枚はどれも似たような写真だが、最初は抱きつかれて驚いたような顔をしているティキが最後には笑顔になっている。
「今じゃ考えられないくらい笑顔だよねー、ユウ」
「うるさい」

 アルマがページを捲ると、今度は一緒に川で遊んでいる写真があった。恐らく、祖父母の実家近くにある川だ。ユウの記憶が正しければ、この夏にティキと一緒に釣りをしに行った場所だろう。

「やっぱ、改めてみると、酷い怪我だな、兄ちゃんの」
「……」

 浮き輪をつけているユウを引っ張っているティキは胸下くらいまで水に漬かっているが、その背中は他の肌とは違う色をしている。
 他にもアルマがページを捲るのに合わせて写真を見ていくと、気づけば写真の中のユウは小学生に成長していた。

「あれ、小母さん達離婚したのって、もっと前だよね?」
「二人が離婚してから、にぃの希望で月に一度くらいで写真が送られてきてたって聞いた。多分、その写真だと思う」
「あ、成程」

 小学校高学年くらいの写真になると、流石にユウの記憶にも残っている写真がちらほらと出現し始めた。今思えば、不自然なくらい母親は自身の写真を撮ろうとしていたように思う。アレンよりも撮ってきた写真の枚数は多いのではないだろうか?

「全部笑ってるね」
「……そうだな」

 母親が送った写真のユウはすべて笑っていた。まだ父親と血が繋がっていないことを知る前だからというのもあるのだろうが、恐らくは笑い顔の写真を送ることによって「ユウは貴方がいなくてもとても楽しそうです」というメッセージを伝えようとしたのだろう。深読みしすぎではないかと言われるかもしれないが、母親ならばそれくらい考えそうだと思った。

「あ、小学校卒業して終わりかぁ。他はないのかな?」
「あまり漁るな」
「わかってるよ。今度は兄ちゃんに見せてもらうことにするから」

 きっと他の写真もどこかにあるだろうが、それを見つけるためにアルマにユウよりも先に色々と見て回られるのは悔しい。もっとも、ユウの知らない間に何度かティキの部屋に行っている可能性もあるので、すでに何かしらのユウの知らないものを知っている可能性はあるが。

「ふぁあ……眠くなってきた。今日泊まっていい?」
「ああ。俺のベッド使えよ。俺、にぃの使うから」
「そう?じゃあ、ありがたく使わせてもらうよ。兄ちゃんの見舞い、明日行くんだよね?」
「ああ。とりあえず引っ越したってこと知らせる」
「そうだね。じゃ、風呂も借りるね!先使わせてもらうよ」
「おい」

 さっと風呂場へ向かうべく立ち上がったアルマの背中に呆れ顔を向け、ユウはソファに体を深く沈ませた。

「遠慮ねぇな、あいつ……」

 ただソファに座っているだけなのも退屈なのでテレビをつけて適当にチャンネルを変えてみたが、これと言って面白い番組はなかった。仕方なく他にやることを考え、アルマのコートをコートかけにかけた後、明日の朝食を作る材料はあったかとキッチンへ向かう。
 ティキが入院してから今まで冷蔵庫の中身を確認していなかったので、下手をしたら賞味期限が切れている食材がいくつかあるかもしれない。
 そうだとしたら捨てるのが面倒だと思いつつ冷蔵庫を開けると、入院直前に買い物をしていたらしくそこまで賞味期限切れのものはなかった。朝食用の材料もある。

「……あいつに食わせるか」

 賞味期限が切れているものは牛乳と卵だけだった。しかも、牛乳は昨日、卵は一昨日切れたばかり。何でも食べるアルマならそれくらい気にしないだろうと考えて捨てずに冷蔵庫の戸を閉じる。
 リビングに戻ると、やはりやることがなかったので、ユウは先程アルマが見ていた棚へ目をやった。

「アルバムが入ってたってことは……」

 他にも小さい頃のユウに繋がるものがあるのではないかと棚を端から見ていくと、いくつかDVDが見つかった。市販のDVDでタイトルは書かれていない。

「何だこれ?」

 リビングに置いてあると言うことはティキがよく見るもので、しかも人の目に触れてもいいものということだ。そう判断して適当に一枚選んでプレイヤーにセットすると、リモコンを持ってソファに座った。

「あ……」

 DVDを再生させて画面に映るのを待っていると、幼い頃のティキが映った。ユウの記憶のティキより幼く見える。

『撮らないでよ、父さん』
『いいだろ。記念だよ』
『俺を撮る必要はないじゃん』
(記念……?)

 一体何の記念だろうか?不思議に思いつつも再生していると母親が小さいユウを連れてきた。母親に抱っこされて眠るユウはまだ本当に幼い。まだ一歳にもなっていないだろう。

『主役が来たみたいだ』

 画面替えから聞こえてくる声は父親で、恐らくこの映像を取っているのだろう。画面に映っている母親はユウの方ばかり見て、少しもティキを見ようとしない。

『なあ、お義父さん達いつ頃着くって?』
『二時くらいって言っていたから、もうすぐじゃないかしら?』
『ちょっと電話してみてくれないか?』
『ええ、いいわよ。ティキ、ちょっとユウをお願い』
『うん』
『……う?』

 今まで自分を抱っこしていた腕がなくなったことでユウが目を覚ます、そして新たに自分を抱っこするティキの顔を見るとニコッと嬉しそうに笑った。

『やっぱり、ティキが近くにいると寝起きがいいな。俺だとすぐに泣くのに』
『そういうわけじゃないと思うけど、』

 自分の方へとのばされた小さな手を握り、ティキが苦笑しながら父親に言葉を返す。

『そんなに嬉しそうなのに、否定することないだろ』
『俺は嬉しいけど、ユウはそう思ってないと思うから。ユウは母さんの方が好きだよ』
『そうか?』

 そのままDVDを見ていると、父親の言う記念というのはユウと母方の祖父母が初めて顔を合わせる記念という意味のようだった。とくに記念でもないと思うのだが、父親としては記念になるのだろう。

「あれ、ユウ何見てるの?」
「棚にあった」
「へぇ、あ、ユウが小さい時の映像かぁ。ちっさいなー」

 アルマが戻ってきたので、交代で風呂に入ろうと立ち上がると、アルマがユウの座っていた隣に座った。

「風呂入ってくる。勝手に、」
「勝手に見るな、だろ。わかってるよ。あ、チャンネル変えていい?俺、この時間見てるドラマがあるんだよね」
「何見てもいいから、DVDの続きは見るな」
「はいはい」