「ユウー、携帯鳴ってるよ」
昼食にと冷蔵庫にあったもので適当に炒め物を作っていると、アルマがユウの携帯を持ってキッチンに入ってきた。 一体誰からだとアルマの手にある携帯を見、ユウは着信ランプの色を見て礼も言わずに携帯を奪った。ティキからの電話だ。 「もしもし?」 『もしもし。今話しても大丈夫か?』 「今?」 まだ料理の最中だし、タイミングは悪い。だが、ユウがティキからの電話をそんなことで終わらせるはずがなく、菜箸をアルマに押し付けてキッチンから出た。後ろからアルマの不満げな声が聞こえたが気にしない。 「大丈夫」 『そっか。あのな、俺の怪我のことなんだけど、あの辺の通り魔の仕業だったらしい』 「……通り魔?」 『ああ。さっき警察が来てそんなこと言って帰った。俺のほかにも何人か被害に遭ってたけど、早朝に捕まえたって』 「……そっか、通り魔か」 少し腑に落ちない点はあるが、警察が通り魔の仕業だというのならばそうなのだろう。母親はきっと、何の関係もなかったのだ。ただ、ユウがアルマの言葉を聞いて勘違いしてしまっただけで。 『ユウがこっちに来る前に捕まってよかった。下手したらユウも被害に遭ってたかもしれないからな』 「今、家にいるんだ。父さんは家にいるけど母さんが小母さんの家に行っているみたいだから、二人がそろったらもうティキにぃの家へ行くって話す」 『ああ、そうした方がいいな。あと、俺の退院時期なんだけど、安静にしてれば来週半ばには家に戻っていいって言われた』 「来週ってことは、何だかんだで二週間近く入院しないといけないんだな」 ティキから連絡を受けたのは土曜日で今日は月曜日。当初医者が言っていた二三週間よりは少し早く退院できるようだが、それでもユウ一人で一週間以上暮らさなければいけない。 『悪いな、もう少し早く退院できたらよかったんだけど』 「いい。にぃの早く退院しても怪我が悪化して再入院になるよりましだ」 『確かに。じゃあ、また退院日時が決まったら連絡する』 「その前に俺が見舞いに行く」 『はは。おっと、時間みたいだ。じゃあ、また後で』 「ん」 きっと看護師から通話をやめるよう言われたのだろう。もう少し長く話していたかったが、医者が定めた時間を守らなければティキの傷に障る。大人しく通話を終えてキッチンへ戻る。 「ちょっとー、何も言わずに箸だけ渡して出てくなんて酷いだろ」 「悪い。にぃからの電話だったから、」 謝り、菜箸を受け取って料理に戻ると、アルマはキッチンから出ずに通話の内容について聞いてきた。 「え、兄ちゃんなんだって?」 「にぃの傷、通り魔の仕業だったらしい。警察が知らせに来たって」 「あ、じゃあ……」 「母さんは関係なかった」 アルマの言いたいことなど聞かなくともわかった。母親は無関係だったことを教えれば、アルマの表情がぱっと明るくなり、大きく頷いた。 「俺は最初から信じてたけどね!」 「お前が家の包丁がなくなったなんて言わなければ俺だって母さんが刺したなんて思わなかった」 「それはごめん。…でも、これで一安心だね」 「ああ。退院も来週半ばに決まったみたいだし」 「へぇ!じゃあ、退院したらお祝いしないとね!兄ちゃんの家で俺の就職とユウの大学進学祝いも兼ねて!にぃちゃんの手料理で!」 「おい」 退院祝いはやりたいが―できれば就職祝いと進学祝いも―、退院したばかりのティキに無茶をさせるのは嫌だ。 ユウが眉間に皺を寄せてアルマを見ると、アルマはユウの反応を予想していたかのように苦笑いし、肩を竦めた。 「冗談だって。さすがに退院したばっかの兄ちゃんに無理させられないしね」 「暫くは健康を考えた食事にするつもりだ」 「うん、それがいいよ。お祝いは、兄ちゃんが完全に体調良くなってからやろう。完治祝いってことで。……で、その料理、いつになったらできる?」 「あ?……!!!」 話し込んでいたらいつの間にか炒め物が黒くなり始めていた。あわてて火を止めると、アルマが楽しそうに笑った。 「あら、いらっしゃい」 「お邪魔してます」 夕食も近づき、ユウが食事の準備をしようかと考えていたところに母親が帰ってきた。母親は特におかしな様子もなくリビングへやってくると、ゲームをやっているアルマに挨拶をしてユウを見た。 「ユウもゲームしてるなんて、珍しいわね」 「……偶には」 結局、昼食以降はユウもアルマと同じく休憩を挟むことなくゲームをやっていた。時間を気にしつつもアルマが休憩しないことを言い訳にゲームを楽しんでしまったのだ。 それが何となく悔しくて母親と目を合わさず答えると、母親は不思議そうな顔をしながらも時間を確認しユウからアルマへと視線を動かした。 「夕食はまだよね?すぐに準備するから。アルマ君も食べて行って」 「はい、ありがとうございます!」 アルマが明るい返事をし、それを聞いた母親がニコリと笑ってリビングから出ていく。 「ユウ、いつ小父さん達に話すの?」 「食事の時でいいだろ。二人そろってるし、アレンもいる」 「あ、そっか。もうちょっとでアレンも帰ってくる時間だもんね」 両親に言うのは勿論だが、アレンにも自分の口から言っておかなければいけないだろうとユウは思っていた。 自分の知らないうちにユウが出て行ったと知れば、アレンはショックを受けるだろう。アレンにはユウが家を出る件でいろいろと迷惑をかけたので、出ていくときはちゃんと自分の口から伝えたい。 「そういえば、ユウはアレンが遊びに行きたいって言ったらどうすんの?」 「にぃの家にってことか?」 「そう。だって、兄ちゃんが兄弟ってことは伝えないんだろ?」 「今のところはな。けど嘘を吐くつもりもない。アレンがにぃのこと気づいたら、正直に答える」 「まあ、それが一番いいのかもね。……どの道、アレンが知ったら小母さんは怒りそうだけどさ」 アルマの言葉に深く頷く。ユウがティキと暮らすにあたっての一番の問題点がそれだ。アレンにティキとの兄弟関係を知られることよりも、母親に“アレンがティキとの兄弟関係を知ったこと”を知られることが困る。 ユウの同居人は“父親の知人”ということになっているが、アレンがティキの部屋に遊びに行くことを希望するならば、ティキとの関係がばれてしまうのは時間の問題だろう。そうなれば、アレンはきっとティキのことを知らない人だといった母親に不信感を抱く。 味方が欲しい母親にとってアレンを失うのは大きな痛手だろう。 「ただいまー」 「あ、帰ってきた。おかえりー!」 玄関から聞こえた声にアルマが反応する。どうしてお前が「おかえり」と言うのかとユウが眉間に皺を寄せていると、アルマの声に反応したアレンがリビングに入ってきた。 「アルマ、来てたんですか!うわ、兄さんがゲームしてる」 「うわってどういうことだ」 「いえ、珍しいなーって」 「俺が一人でプレイするのもつまんないから付き合ってもらってるんだ」 珍しげにユウのことを見ていたアレンだったが、アルマの言葉を聞いて「ああ、」納得したように頷き、テレビ画面を見て「あ、」と声を出す。 「それ3人でもプレイできるやつじゃないですか。僕も混ぜてください」 「いいよ」 「すぐ着替えてきます」 慌ただしくアレンが出ていき、アルマがユウを見て笑う。 「何だよ」 「いやぁ、ユウがアレンとゲームする日が来るなんて思わなかったなーって」 「俺だって思ってなかった」 ティキと再会するまでは家族と関わりたいと思えなかった。今の父親と自分は血の繋がりがないのだと知ってからは両親の血を引いているアレンとの間に壁を感じ、距離を置いていた。 「にぃが、俺のこと助けてくれたんだ」 「……そうかもね。兄ちゃんにはそんなつもりなかっただろうけど」 アルマはユウが援助交際していたことを知らない為に、ユウの言葉は大げさではないかと感じたのだろう。戸惑い気味の表情がそうユウに伝えている。 「お待たせしました!……どうかしましたか?」 「んーん、何でもない!ほら、もう少しでご飯できちゃうから早くゲームしよう!」 「はい!」 |