「ただいま……」
「お邪魔します!」 アルマの家に泊まった翌日の朝、ユウはアルマと一緒に家へと戻ってきていた。ユウは一人で帰るといったのだが、アルマに何かあったら大変だからと説得され、二人で戻ってきたのだ。アルマの言う何かというのは言わずもがな、ユウが母親に対してティキを刺したことを責めたらということだ。 「おかえり、それといらっしゃい」 二人を迎えたのはリビングから出てきた父親だった。アレンはすでに学校へ行ったようで姿は見当たらない。まあ、いたら遅刻確実な時間なので当たり前のことだが。 「小母さんは?」 「君のお母さんの家に遊びに行ったよ。夕食も一緒に食べてくるとか言っていたね」 「そうなんだ」 「…私はちょっと絵を描きたいから仕事場にいるよ。ゆっくりしていっておくれ」 「はい」 父親が奥へ下がり、ユウとアルマは母親がいないことにほっとしながら家の中へと入った。とりあえずはユウの部屋へ行き、ティキの家へ行く準備をする。持っていくものなど微々たるものだ。 「ユウ、ちょっとキッチン見てきていい?」 「ああ、なんだ?」 「包丁、あるかなって思って」 「……見てきてくれ」 アルマの家には行ったことはあるがキッチンに入ったことはないためアルマの家にある包丁のことはわからない。ユウが頷くと、アルマはさっとユウの部屋から出て行った。 アルマがキッチンへ行っている間、詰め込んだ洋服のほかにいるものはないかとあたりを確認する。まあ、長距離の引っ越しではないのでなかったら取りに来ればいいし、大きなものだったら父親に頼めば送ってくれるだろう。 「どうだった?」 部屋のドアが開き、アルマが戻ってきた。ほんの五分足らずで戻ってきたアルマの表情は結果を聞くまでもなく明るい。 「なかった。大丈夫」 「そっか、」 なかったという言葉を聞いてユウもほっとした。母親が帰ってきてから今日までの数日の食事は母親が担当していたので、もしその料理で使われていたら……と不安だったのだ。 「包丁なんてものほかの場所に隠していた方が怪しまれるし、家にはないって思った方がいいかもね」 「……そう思っておく」 家のどこかに包丁があるかもしれないと心配しているよりはそっちの方が気が楽だ。 「そうだ、お昼はどうする?」 「父さんににぃの家に行くこと言わないといけねぇし、家で食う。お前も食って行けよ」 「うん、そのつもり。入社するまでやることないから暇なんだよね」 「飯食って父さんに家出ること話したらにぃのアパート行く。お前も来るか?」 ティキからは誰かを家に入れるなとは言われていないし、アルマならば別に許可なく家へ招待しても問題ないだろう。駄目だったら謝ればいい。 「勿論。兄ちゃんの見舞いも行くだろ?ついていくよ」 思った通り、アルマはユウの提案を嬉しそうな笑顔で受け入れ、ユウが準備した荷物を見る。 「あれ、それだけ?少ないね」 「電車使って二時間かからない距離なんだ、必要なものがあったら取りに戻れるだろ」 「それもそうだね。はぁ、昼ご飯まで何しようか、ユウの部屋ゲームとかないし」 「父さんがなんか持ってると思う」 「え、小父さん?」 「前ゲーム機買ってたぞ」 ユウが家族と距離を置いていた時期に父親が何を思ったかゲーム機と家族で遊べるようなゲームソフトを買ってきたときがあった。その時は、ユウは無視していたのでゲーム機を購入したこと自体知らなかったのだが、最近になってアレンからそんなことがあったと聞いた。今では父親とアレンの協力プレイのみに使われているらしい。 「本当?意外だなぁ、芸術にしか興味ないと思ってた。今仕事場行っても大丈夫かな?」 「平気だろ。それくらいで怒る人じゃない」 ゲームがあるならやりたいというアルマを連れて父親の仕事場へ行くと、父親は絵を描いている真っ最中だった。だが、ユウとアルマが入ってくるのが見えたようで筆をおいて二人に声をかけてきた。 「あれ、どうしたんだい?」 「ゲーム機とソフトありますか?アルマがやりたいって」 「ああ、うん。あるよ。そこの棚に入れてあるから好きなのを持って行っていいよ」 父親が部屋の隅にある棚を指差し、再び筆を手に取る。 二人で棚へ近づくと、そこにはいつの間に購入したのか沢山のゲームソフトがあった。高さは天井まで、幅は手を広げたユウが二人分の本棚の一角を圧倒的な存在感で占領している。 「あ、これやってみたかったやつだ!おじさん、これ借りていいですか?」 「うん?ああ、それならもうやり終わったからいいよ」 「ありがとうございます!」 アルマが父親に向かってソフトのパッケージを見せ、ちらっとパッケージを確認した父親が頷く。 「……どうした?」 「これ、先月末に発売したばかりのはずなんだけどね……」 もうやり終わったから、と言われてアルマが驚いたような顔をしたので尋ねてみると、アルマが不思議そうな顔をしながらぽつりと呟いた。 確かに、父親は母親のことを説得していたはずなのに、ゲームをクリアできるまでやる時間があったというのは意外ではある。やっていないことをやったと誤魔化すような人ではないので、確かに説得はしていたはずなのだが。 「そんなに難しい中身じゃなかったのかな?」 「ゲーム決めたならいいだろ。行こうぜ」 「あ、待って、これは借りるやつだから今やる用に違うの……あ、これなら二人プレイもできるからこれにしよう」 「俺はやらねぇぞ」 「いいじゃん、少しくらい付き合ってくれても。昨日だって結局ゲームやらなかったし……ユウも一回はゲームやってみなよ。はまるかもよ?」 「はまらない」 ゲームなんてくだらないと肩を竦めると、アルマはむっとしたようだったが一度やってみればわかるからとゲームソフトとゲーム機本体を持ってユウの背を押した。 リビングへ行くと、アルマが慣れた手つきでゲーム機をセットし、準備を完了させる。 「ユウはやったことないから2Pで」 「……わかった」 あくまでもアルマはユウにゲームをさせたいらしく、コントローラーを差し出したまま動こうとしない。渋々コントローラーを受け取ると、アルマが「それじゃあ早速、」と電源をつけた。 アルマが選んだゲームはA・RPGと呼ばれるジャンルゲームだった。画面上にいる敵を倒し、キャラクターをレベルアップさせ、ボスを倒せば新たに行ける場所が増えるというゲームをやることがないユウでもシステムを理解しやすい単純なものだ。キャラクターはアルマ、ユウがそれぞれ一体自由に動かすことができ、しいて面倒があるとすれば、呪文の効果を覚えるくらいだろう。 「あ、ユウ、回復魔法使ってくれる?」 「わかった」 アルマの使っているキャラクターは戦士と呼ばれる職業のもので、魔法は一切使えないキャラクターらしい。対するユウのキャラクターは魔法使いで、魔法を使うことができるが直接攻撃は弱いキャラクターなのだそうだ。 最初はアルマの使っているキャラクターの方が単純そうで羨ましかったが、やり方を覚えてしまえば魔法で広範囲の敵を倒すことができる魔法使いはなかなか面白かった。 「……そろそろ飯作る」 「あ、もうそんな時間?」 しばらく黙々とゲームを続けていると目が疲れてきた。ユウが時計を見ればゲームをやり始めてから一時間半程経過しており、そんなにも長い時間文句の一つも言わずにゲームを楽しんでいたことに少し恥ずかしさを覚える。 昼食の準備を始めるにはちょうど良い時間だったのでアルマに声をかけ、街へ行ってセーブさせる。 リビングから出る際にふと振り返ると、アルマがゲームを入れ替えているのが目に入った。ユウが食事を作っている間フロワが貸してくれたゲームをやる気らしい。 「……まあいいか」 休憩をはさまずゲームを続けるのはどうなのかと思ったが、自分よりも年上であるアルマにそのことを注意する気にもなれず、ユウはキッチンへと向かった。 |