my... 34


「ん……もう朝か、」

ユウにベッドを譲って己はソファで眠ったティキは、次の日、カーテンの隙間から射し込んできた朝日で目を覚ました。
時計を見ればもう少し眠っても構わない時間ではあったが、テーブルの上の空き缶を片づける為に体を起こす。昨日の夜、すぐに眠るつもりだったがなかなか眠れず、つい酒に手を出してしまった。
缶を濯いで水気を切る為に逆さにし、大きく欠伸をする。
着替えは寝室にある為ユウはもう起きただろうかと音を立てないよう気を付けながら部屋へ行くと、ユウはまだぐっすりと眠っていた。寝像なのかは分からないが、枕をしっかりと抱きしめて眠っている。

「……もう少し寝かせとくか」

頭を撫でようと手を伸ばしたが、朝食の準備も出来ていないし、まだ起こさなくても大丈夫だろうと手を引っ込め部屋を出る。頭を撫でたら起きてしまうかもしれないと思ったのだ。まだパジャマ代わりにしている服から着替えていないが、それもユウが起きてしまうかもしれない可能性を考えて諦めた。
キッチンに立ち、冷蔵庫を開いて何を作ろうかと考える。ティキは何でも構わないが、ユウは和食の方が好きだろう。
結局、ご飯を炊いている間に大根の味噌汁に焼き魚、ホウレン草の胡麻和えを作ることにした。
昨日のうちに炊飯器をセットしておけばよかったと眉を顰めつつ米を研いで炊飯器のボタンを押す。
ホウレン草を茹で、その間に大根を切っていると奥から足音が近づいてきてユウがまだ眠そうな目をしつつキッチンに入ってきた。

「おはよう」
「…おはよう……ティキにぃ、朝早いんだな…まだ…六時なのに」

ユウがキッチンの壁に付けられた時計を見て肩を竦める。

「今日はな。何か早く起きちまって」
「ふーん……」
「飯まだ出来ねぇから、ゆっくりしてろ」
「…俺も手伝う……」
「まだ寝ててもいいんだぞ?」
「起きる。…顔洗ってくる」

ベッドに横になればすぐに眠ってしまいそうなユウだが、ユウはもう眠るつもりはないらしい。一度奥へと引っ込んだが、暫くすると服も着替え、さっぱりした顔で戻ってきた。

「ティキにぃも着替えてこいよ。俺、続きやっとく」
「そうか?じゃあ、すぐ戻る」

ユウの頭にポンと手を乗せて奥へと向かう。寝室に行くと、ベッドは綺麗に整えられており、ユウが眠っていた形跡は完全に消えていた。あれだけ力を込めて抱きしめていた枕もふっくらとしている。
外に出ることを考えて洋服を選び、パジャマにしている服を脱ぐ。急いで着替えてキッチンに戻ると、ユウが大根の入った鍋に味噌を入れているところだった。

「これ、味噌汁にするんだよな?」
「ああ」
「あと、胡麻和えと、焼き魚?」
「そ」

着替えに行く前に何を作ると言った記憶はないのだが、材料を見てわかったらしい。ティキが頷くとユウは得意げな顔で「ティキにぃの考えてること位すぐわかるぞ」と言った。

「成程ね。ほら、交代。あと俺がやるよ」
「いい。俺がやる。ティキにぃは休んでろよ」
「俺がやり始めたのに?」
「交代して作ってるのは俺だぞ」
「……じゃあ、頼んだ」

どうあってもお玉を手放しそうになかったので、肩を竦めてキッチンから出る。やることもなかったのでエントランスへ行って昨日取り忘れていた郵便物と、今日来た新聞紙を取る手に取る。

「…母さん?」

いつもの様にダイニングテーブルに郵便物を置いて一つ一つ見ていくと、母親からの手紙があった。
キッチンの様子を窺うとまだユウは作業をしているようだったので、寝室へ行って封筒を見つめる。母親にユウと会っていたことを告白してからきた初めての手紙だ。
どうせ文句だろうと思いながらも封筒を開けると、まあ予想していた通り、写真は入っておらず手紙のみだった。

「……はぁ、」

読んでいて頭が痛くなる。枚数にして十枚となかなかの量の手紙だが、全て私からユウを取るな、お前は悪魔の子だといった意味の文章を、言葉を変えて綴っているだけだ。

「俺が悪魔の子ならあんたは悪魔だろ…」

呆れてしまう。
フロワは説得を続けていることはユウから聞いているが、この調子ではまだまだ納得しそうにない。

「…イテ、」

二日酔いか、突然頭を襲った鈍痛に顔を歪め、母親の手紙を落としてしまう。暫く壁に寄りかかって大人しくしていると頭痛は治まり、ティキは息を吐いてそろそろ朝食が出来た頃だろうと部屋から出た。









「どれがいい?」
「えっと……」

沢山のベッドを前に、ユウの眉間に皺が寄る。
朝食後、今日はどうしようかと相談していたところでフロワから連絡があった。家ではユウの引っ越しに必要な家具を買う余裕が無いので、ユウを家具屋へ連れて行ってくれないかと言うのだ。余裕がないと言うのは勿論、金ではなく時間のことだ。金はあっても、母親が家具を買うことを反対しているのでなかなか買い物に行くチャンスを作れない。
真剣に考えているユウの隣で、ティキは電話での会話を思い出していた。
フロワの声の後ろで母親が何やら五月蠅く叫んでいた。ユウはアルマの家に泊まっていることになっているし、フロワは言葉を選んでいたのでティキがユウと一緒にいることは母親は知らないだろう。それでも、母親はティキとユウを一緒に住ませたくないだの、ティキが家具を選ぶのはおかしいだのと叫んでいた。

「にぃ、」
「…ん?」
「これがいい」
「こんなんでいいのか?ずっと使うのに」

ユウに声をかけられ現実に引き戻される。ユウが選んだベッドを見ると、専用のマットレスを乗せるだけの四角い箱のようなベッドだった。

「ヘッドボードあるやつにしたらどうだ?ほら、似たような形のキャビネットタイプ有るぞ」
「似てるのは色だけだろ。ヘッドボードついた時点で似たような形じゃない」
「何、何も着いてないやつがいいのか?」
「うん。ティキにぃのベッドみたいなやつでいい」
「俺のって、あれホントに……あー……」

確かに、ティキのベッドはユウがこれがいいと言ったものと似ているものだ。違うところがあるとすれば、ユウが指差したベッドの角は少し丸く加工されているという点だけだろう。

「けど、ユウの部屋は収納スペースないんだぞ。ベッド下に引き出しでもあった方がいいんじゃねぇか?」
「…そっか、忘れてた」

それでもユウはティキと同じようなベッドがいいと思っているようだったが、最終的には最初に指定したものと似たような形で、引き出しのあるベッドを選んだ。あくまでも、ティキのベッドに似た形と言う拘りはあるらしい。

「じゃあ、ついでにナイトテーブルも見ちまうか」
「ナイトテーブル何ているのか?」
「夜ベッドで本読んだりゲームするなら、ライト置く場所があってもいいだろ」
「俺、ベッドはいったら結構すぐ寝る。いらない」
「そうか?まあ、必要になったら言ってくれれば買うし。それじゃ、次は何見る?」
「机見たい」
「机だな」

展示されているベッドに張り付けられた番号と同じカードを取り、机のあるコーナーへ向かう。机もやはり、ユウはティキの使っている机と似たようなものを欲しがった。一瞬、子供の学習机のようなものを勧めそうになったティキだったが、ユウの年齢を思い出して言葉を喉の奥に引っ込めた。もう大学生になるユウに、子供の学習机を勧めるのはおかしいだろう。

「机下に棚いるか?」
「……いる」

ティキの机下には棚はない。ユウもそのことを少し気にしたようだったが、収納スペースのことを考えたのか首を縦に振った。
その後は思いついた家具を見て行き―ティキは部屋にテレビを置いてはどうだと言ったが、絶対にいらないと断られてしまった―、二時間程で家具屋を後にした。

「そろそろ飯だな。どうする?ここら辺で食うか?」
「それでいいと思う」
「何食いたい?」
「何って言っても……近くじゃハンバーガーがレストラン位だろ」
「…そうだな」

辺りを見回すと確かに目立つ店はファストフードや全国展開しているレストランばかりだ。

「レストランの方がいいか?」
「うん」

ハンバーガーよりはメニューも豊富だし、ユウが食べたいと思う料理もあるだろうと提案すると、ユウはティキの言葉に被さるような勢いでレストランへ行くことを了承した。

「あ、そうだ」
「何?」
「飯食ったら、電器屋行こう。ライトとか買わねぇと」
「そういえば、必要だな…勉強に」

勉強という言葉を言ってユウが顔を顰める。大学へ進学する為に頑張ったのだから、少しくらい勉強を好きになっているだろうと思ったのだが、そんなことはなかったようだ。

「ティキにぃ、大学始まったら勉強見てくれるか?」
「…まあ、わかるやつは」