my... 30


「兄ちゃん、もうちょっと顔引き締めたら?良い男が台無しだよ」
「あ?」
「にやにやしちゃってさぁ、ユウと暮らせるのが嬉しいのはわかるけど」

ユウから第一志望に合格したと言う連絡を貰った直後、通話を終えるなりアルマにそんなことを指摘された。
むっとしながらも、確かに緩んでいた顔を引き締めて、テーブルに置いていたビールを手に取る。テーブルの上には缶ビールの箱が置かれており、箱にはまだまだ沢山の缶ビールがある。ティキが買ったものではなく、アルマが持ってきたものだ。何でも、今住んでいるところの管理人に内定祝いにどうぞと貰ったらしい。

「ユウ来る時俺も泊まらせてよ。リビングでいいからさ」
「何で」
「三人で飲んだりしたいじゃん」
「ユウは未成年だぞ」
「んーそっか、ユウはそういうとこちゃんと守るもんなぁ…。まあ、ユウはジュースでもいいよ。俺と兄ちゃん飲んで」
「俺とお前の後始末をユウにさせるのか?」

ユウが受験勉強をしている間、アルマは何だかんだと理由を付けて―主に、また面接に落ちたというものだが―ティキの部屋にやって来て、二人で酔いつぶれるまで飲み明かした。朝、二日酔いではないのだが、テーブルに中途半端につまみの残った皿が多数置かれ、無数の缶が散乱している様を見ると頭痛がする。
ユウはきっと、そんな部屋を見たら激怒して掃除を始めるだろう。

「あ、それいいね。ユウなら凄い奇麗に片付けてくれるだろうし」
「おい」

冗談か本気かわからないようなアルマの言葉に声を出すと、アルマはけたけたと笑って「冗談」と言った。

「酒飲んでないユウの前で、そんな沢山飲めないよ。流石にね。けど、ユウの合格祝いはやりたい」
「…そうだな、それは、まあ。お前の内定祝いも兼ねて、やるか」
「やった!場所はここね。料理は、兄ちゃん作ってくれればいいから」
「あぁ?」

合格や内定の祝いに食べるような料理、作ったことがない。買ったり、出前を取ったりしては駄目なのかと聞いたが、アルマはあくまで「兄ちゃんの手料理がいい」と主張した。

「だって、主役は俺とユウだよ?兄ちゃん祝う側だよ?」
「ユウは和食が良いって言ってたぞ。美味い料理屋探すって俺が言ったの聞いてただろ」
「聞いてたけど?え?それはそれ、これはこれでいいじゃん。お祝いなんて、何回やってもいいんだよ。合格祝いが駄目なら、ユウの引っ越し祝いと俺の内定祝いでいいし」
「…ったく、わかった。何か練習しておいてやる」

料理自体は常にやっていることなのでできないわけではない。手料理を食べたいと言うのなら作ってやるかとアルマの頼みを受け入れると、アルマが嬉しそうに笑う。

「兄ちゃん、あんまし料理作ってくれないから、一回がっつり食ってみたかったんだよね」
「人に食わせるほどの料理は作れないからな」
「大丈夫。会社の人に美味いもの食べさせてもらってる兄ちゃんの舌なら大丈夫!」
「…変な自信持つなよ……」

アルマの言う通り、会社の上司からなかなか良い店に連れて行ってもらったりすることはある。だが、だからと言ってティキがその味を作れるかと言えばそうではないのだ。大体、美味い物を食べる時は「ああ、美味いな」だけで完結してこれをどうやって作るのかなどと考えたことはない。

「んー、今日はもう帰ろうかな。ユウ、ヤキモキしてるだろうし」
「ヤキモキ?」
「ユウ、自分がいない時に俺が兄ちゃんと会うの嫌みたいでさ。嫉妬だよ、嫉妬」
「そんな感じはしなかったけどな」

嫉妬とは言うが、電話越しのユウの声はそんなに苛立ったような声ではなかった。思いこみではないかと尋ねると、アルマは自信たっぷりに「嫉妬してる」と言い放った。

「ユウが兄ちゃん大好きって言うのもあるし、俺と兄ちゃんだけ楽しく遊んでるのも嫌っていうのもあるし」
「そういうものか?」
「兄ちゃんだって、俺が兄ちゃん抜きでユウと遊んでたら嫌だろ?」
「……わからない」
「そう?」

アルマに言われてそんな状況を考えてみたが、いまいち自分の感情が分からなかった。ユウとアルマは、ティキよりも長い付き合いだ。ティキが文句を言っても仕方がない気がする。

「余ったビール、その飲み会の時まで取っといてよ」
「ああ」









「こんばんは」
『やあ、久しぶりだねぇ』

アルマが帰り、空き缶を捨てた後、ティキはソファに座ってフロワに電話をかけた。引っ越し前にユウがティキの家に泊まる許可をもらうためだ。
ティキが挨拶をすると、フロワは明るい声で挨拶をし、ティキの電話を歓迎してくれた。

『この時期に電話と言うことは、ユー君から連絡が行ったのかな?』
「はい。無事合格できたみたいで、」
『本当に良かったよ。ユー君、一生懸命勉強したんだ。それこそ、残れるぎりぎりの時間まで高校に残って先生に聞いたり、夜も眠る時間を遅らせてまで勉強していたみたいだよ』
「そんなに、」

今までユウの勉強の様子については少しも情報がなかったため、初めてユウが第一志望校に合格するために―ティキと一緒に暮らす為に―どれだけ頑張っていたのか知り、素直に嬉しいと思う。

『卒業式が三月の上旬にあるから、それが終わったらすぐ引っ越しをさせるつもりだ。君の予定は大丈夫かい?』
「あらかじめ言っていただければ、その前後は休みを取ります」
『おや、それは助かるね。ああ、そうだ。ユー君が引っ越し前に泊まりに行きたいと言っていたんだけど、』
「ああ、はい。今日はそのことで連絡しました。引っ越し前に部屋の間取りを確認したりする必要があると思ったので、その時に、よければ一日程こちらにユウを預けてもらえないかと。早いうちに合格祝いもしてやりたいので」

間取り確認ならば日帰りでもできる。合格祝いも、引っ越し後にやっても遅いわけではない。
だが、ティエドールにとっては特に理由など重要ではなかったらしく、ティキがユウを預けてもらえないかと言った途端、二つ返事で頷いた。

『えっと、土日になるのかな?君の都合がよければ、金曜日の夕方、ユー君の授業後にそっちへ、でもいいけど。土曜日一日ゆっくりしてもらって、日曜日の夕食後に送ってもらえれば』
「いいんですか?その、母は、」
『うーん……まあ、そこは何とかなるよ』

ユウの受験が終了した今、ユウの外泊で最も問題になるのは母親の存在だ。祖父母の家ならば何日泊まろうが問題なかったが、ティキの家に二泊もすることを知ったら、どんな反応をするのか。

「まだ、俺と住むことは反対しているんですよね?」
『説得できなくて申し訳ないね…ユー君の受験も終わったし、これから本腰入れて説得するよ』
「俺も話し合いに参加したほうがいいですか?」
『そうだなぁ……ひとまず、彼女が話を聞いてくれるような状態にしなければいけないから、そこまでこぎ着けたら連絡するよ。まあ、彼女が何と言っても、ユー君と君の同居は変わらないんだけれどね』

話をできる状態でもない。母親の頑なさに呆れ、フロワに申し訳ないと思う。二人と血の繋がりのないフロワのほうが、よほど、母親よりも二人のことを考えてくれている。
母親が二人の同居に反対するのは、ユウがティキのもとへ行くことで自分の傍からいなくなってしまうという不安の為であり、ユウのことを考えての反対ではない。

『ユー君はしっかりした子だけど、一人暮らしをさせるのはやはり不安だからね。君と一緒に住んでくれれば本当に安心できる。…と、帰ってきたみたいだ。すまないね、またあとで連絡するよ』
「いえ、すみません」

母親が帰って来たのか、電話の向こうが騒がしくなる。

『私の知り合いだよ。――――!!大丈夫だから』

フロワの声の合間に怒った女性の声がして、フロワがその声の主を宥める。『悪いね、切るよ』という声がして電話が切れる。
たしかに、あの状態では話し合いは難しそうだ。
いつから母親はこんな風になってしまったのだろうか?昔は、もっと優しく、温和だったはずだが。

「…変わったのは俺も一緒か。俺もガキの頃より物分かりが悪くなった」

もう、母親一人にユウを独占させるつもりはない。