my... 29


「はぁ……」

センター試験帰りの電車の中、ユウはがっくりと肩を落とし溜息を吐いた。
電車にはユウの他にも試験帰りらしい学生が沢山いるが、殆どの学生の顔が暗い。ニコニコと笑っているのはごく少数だ。
まだ結果は出ていないが、ユウが実際に試験を受けた感覚としては、五割取れていれば良い方だろうというものだった。答えを確認する時間もないくらいギリギリにマークし終わり、自己採点するために問題冊子に答えをチェックするのも忘れていた。二日間全教科そのような状態で終わり、散々だ。
ユウの第一志望の大学は私立大学で、センターと直接の試験で判定するA方式、直接の試験のみで判定するB方式、センター試験の結果のみで判定するC方式がある。父親に頼みこんで全ての方式で受験届を提出したが、これではA方式C方式共に危ない。
勿論、滑り止めとしてユウでも行けるだろう大学にも受験届を出してはいるが、そこへ合格してもティキと暮らすことはできない。ユウにとって、大学生になれるかどうかではなく、ティキと一緒に暮せるかどうかの方が大切なのだ。

(帰ったら、すぐに筆記試験も勉強だな…)

さまざまなサイトでセンター試験の解答速報を見ることができるし、新聞でも確認することができる。だが、問題冊子に答えを書き忘れたユウにとっては解答を見たところで答え合わせのしようがない。
今やるべきことは、少しでも多くの問題を見直して、来月中旬に待っている試験に備えることだ。

「あれ、ユウ?」

乗り換えの為に電車を降りたところで、聞き覚えのある声に呼びとめられた。そちらを見れば、スーツを着たアルマがおり、ユウの方へ歩いてきているところだった。

「どうしたの?こんなとこで」
「…センター試験受けてきた」
「あー…そっか、昨日今日だったんだっけ。お疲れ様。どうだった?」
「顔見りゃわかるだろ」

何でそんなことを聞くのかと眉間に皺を寄せてアルマを見ると、アルマは苦笑いをしつつユウの肩を叩いた。

「俺もね、面接帰りなんだ。会社の二次試験」
「………」

どうだったのかと聞こうとしたが、その聞くという行為がアルマがついさっきやったことと全く同じことであることに気づき、ユウは開きかけた口を閉じた。

「まあ、面接官の人がいい人でさ、話しやすかったよ」
「…そうか」

ユウは何も聞かなかったが、アルマはそれを気にせず面接を受けた感想を話し始めた。話を聞いている限りでは、なかなか良い反応をしてくれたらしい。

「…ほんとのこと言うと、今まで落ちたどの会社もそんな感じだったんだけどね。だから、もうわかんないや」
「大変だな、お前も」
「真剣に、顔の傷消す方法探そうかと思うくらいだよ。平気だと思ってたんだけどなぁ、これ。どの会社でも聞かれてさ、やっぱ目立つんだね」
「そりゃあ、それだけでかければ目立つだろ」

アルマの顔には、真横一線の傷跡がある。幼い頃に付いた傷で、アルマもどうしてこんな傷があるのか覚えていないらしいのだが、よほど深い傷なのか今でもくっきりと顔に残っているのだ。昔の写真を見ると、少しは薄れてはいるのだが。

「ユウは顔に傷つけないようにしなよ。折角そんな良い顔持ってるんだから」
「普通に暮らしてりゃ傷つくようなことないだろ」
「それもそうだね」

もう昔のように公園内を駆け回るようなことなどないし、危ない場所にわざと近づこうとすることもなくなった。

「今日はもう帰るの?」
「ああ。勉強する」
「そっか。頑張れ、ユウ」
「お前はどうするんだ?帰るのか?」
「そうだなー、ちょっと寄り道してから帰るかな」

ふと、アルマの言い方に何か含みを感じ、ユウはじっとアルマの目を見て口を開いた。

「どこに?」
「うん?」
「どこに?」
「や、友達の家だけど」
「誰だ?」
「友達……」
「だ、れ、だ?」
「……兄ちゃん、とか」

やっぱりそうだ。アルマの口から出てきた答えにユウはむっとしてアルマを睨みつけた。
アドレスを消されたと言っていたが、ティキがそのままにしておくはずがないと思っていたのだ。どうせ、もうアルマの携帯にはティキのメールアドレスも電話番号も入っているのだろう。

「ティキにぃに会いに行くのか」
「…一緒に酒飲もうかなーって、」
「会いに行くのか。俺は会えないのに?」
「……いや、だってさ!ユウは合格できればずっと兄ちゃんと一緒にいられるけど、俺はそうじゃないだろ?」
「そうだけど、今会いに行くのか?今?」

ユウが知らない時に会ったりはしているのだろうが、これから二人が会うと知っていて、さらにユウがその場にいられないというのは嫌だ。
我儘なのはわかっているが、ユウがいない時に二人が何を話しているのか気になって勉強に集中できない。

「ユウは、試験終わったら思う存分兄ちゃんと遊べよ。俺邪魔しないから」
「………」
「じゃ!頑張って!」
「あっ、おい!」

逃げるようにアルマがホーム向かいの電車に乗り込んだ。電車はすぐに出発し、ユウ一人ホームに残される。

「…ずるい」









「ユウ君、郵便だよ」
「はい」

二月に入り、試験の為に大学へ行く日が近づいた。高校から帰ったユウを出迎えたのは、父親のフロワと、B5サイズの封筒だった。受け取って封筒を見れば、ユウの第一志望の大学の名前と、住所が印刷された封筒だった。

「これ、」
「センター利用の結果みたいだね」
「………」

あの、散々だったセンター利用の結果がこれでわかる。
後数日でその大学へ試験を受けに行かなければならないのに、今封筒を開けて不合格をしり、やる気を下げるのは良いことではない。
「開けないのかい?」
「落ちてると思うので、」
「そんなことわからないじゃないか。見てごらんよ」

ユウの不安を知ってか知らずか、フロワはユウに封筒を開けるよう勧めてくる。
何でこの不安をわかってくれないのかと恨みがましい目つきでフロワを見るが、フロワはニコニコとしているだけでユウの目をものともしない。

「…鞄、置いてきたら……」
「うん、リビングにいるよ」

一旦フロワに封筒を預け、部屋に戻って鞄を置く。一瞬、このままリビングに行かずに勉強を始めようかという考えが頭を過ったが、それはそれで気分が悪かった。
深呼吸をして部屋を出て、リビングへ行くと、フロワはリビングのソファに座ってコーヒーを飲んでいた。大学の封筒はテーブルに置かれている。

「ああ、来たかい」
「はい」
「滑り止めよりも、本命の方が先に来ちゃったね」
「合否判定が分かるのは、こっちの方が先って書類に書いてあったので」
「そうか。お母さんとアー君は今買い物に出かけてるんだ。私たちで先に見てしまおう」

改めてフロワがユウに封筒を渡し、ユウもしっかりと封筒を受け取る。封筒と一緒にフロワが渡してきたペーパーナイフで封を開けると、中には何枚か紙が入っていた。
一度に全部出してしまうと、小さな紙がひらりとテーブルの上に落ちた。郵便局の振込用紙だ。

「おや、」

フロワが振込用紙を拾い上げ、ユウが手に持っている用紙の方に目を向ける。ユウもそちらへ目を向けると、ユウが想像していた結果とは違う言葉が用紙に書いてあった。

「…合格通知」

合格通知と書かれた紙には、合格したことに対しての祝いの言葉と、その後の予定について書いてあった。何度見なおしても、用紙に書かれた合格通知は変わらない。

「良かったじゃないか!」
「……夢?」
「夢じゃないよ。ちゃんと、書いてある」
「…受かった」
「明日、郵便局に行って振込してこよう」
「…は、い」

フロワがニコニコとしながら振込用紙に書かれた金額を確認し、他に自分が関係している用紙はないかとユウに尋ねる。ユウが慌てて他の用紙も確認すると、一枚だけ関係したものがあったのでフロワに渡した。

「お兄さんに連絡したらどうかな?」
「…でも、本当に合格…?」
「したんだよ。大丈夫だから」

合格通知書類にもちゃんとユウの名前が書いてあるのだから、夢ではない。もっと自信を持てとフロワに言われ、ユウはフロワに言われるままにティキに連絡するために部屋に戻った。
鞄から携帯を出し、ぼんやりとしたままティキの携帯に電話をかける。

『ユウ?』
「…受かった」
『え?悪い、よく聞こえなかった』

呟くように言いすぎたせいか、ティキが困ったような声でもう一度言ってほしいとユウに言う。

「大学、受かった。第一志望の大学…」
『本当に?!良かったな、ユウ!』

ティキの嬉しそうな声で少しずつ受かったということに自信を持て始め、ユウの顔にも喜びが浮かび始める。

『ユウ、おめでとー!』
「アルマ?」

電話の向こうから聞こえてきた声に反応すると、ティキが聞こえたかと苦笑して理由を話した。

『アルマが来てるんだ。ユウは今日結果わかったのか?』
「書類が送られてきて、」
『じゃあ、これから入学準備と引っ越しで忙しくなるな』
「…うん、その、ティキにぃ」
『ん?』

ティキがやけに他人事のように引っ越しと言うので、少し不安になってティキを呼ぶ。

「…俺の引っ越し、」
『ユウの部屋は空けてあるから、引っ越しの日が決まったら教えてくれ。休み取る。俺に手伝えることあるか?』
「…引っ越しは、また電話する。まだ、何用意するかとか親と相談してないから」

ちゃんと、ティキと一緒に住むと言うことは覚えていたらしい。ほっとして、「ティキにぃの部屋に行っていいのか?」という言葉は呑み込んだ。

『今度何か飯奢る。入学祝にさ、何食いたい?』
「和食がいい」
『わかった。上手い料理屋探しておく。…あ?』

ティキの後ろから執拗にアルマが携帯を貸すようにと言ってくる。ティキがアルマに代わると断りを入れ、アルマの声が大きくなった。

『もしもし?ユウ?』
「またティキにぃのとこ行ってんのかよ」
『ごめんごめん、実はさ、ユウがセンター試験の時受けてた会社から採用通知受け取ったんだ。ユウはまだ大学決まってないから、先に兄ちゃんに連絡しとこうかなと思って』
「採用?」
『うん。あはは、ほっとしたよ。これで後は大学卒業するだけ』

ケタケタと笑うアルマは確かに嬉しそうだ。

『俺も、今度なんかお祝いするよ。兄ちゃんが飯なら、俺はどうしようかな〜…考えておく』
「俺も、何かしてやる」
『あ、マジで?悪いねー楽しみにしてる。じゃ、兄ちゃんに代わるね』

再びアルマの声が遠のき、ティキの声が近くなる。

『兎に角、おめでとう。俺もやっと落ち着いた』
「今度、ティキにぃのうち行っていいか?」
『ああ。ユウの部屋確認してもらうのも良いしな。何なら泊りに来るか?受験終わったなら、時間あるだろ?引っ越し前に一回くらい』
「ある!いつ行っていい?」

以前、ティキの家に泊まりたいと言った時は祖父母の家に泊まることになったし、その後は受験が終わったらと言われていた。

『じゃあ、ティエドールさんにも聞いてみるか。泊まらせる側として、保護者に了解取らないといけないしな』

ティキの声を聞いていると、ユウの合格をとても喜んでくれているのがよくわかる。

「早く、ティキにぃのうち行きたい」
「ああ、俺も楽しみにしてる」