my... 27


「本当に何でも食っていいんだね?俺遠慮しないよ」
「ああ、好きなもの頼め」

ユウとアルマの携帯からアドレスを削除した次の日。日曜日ということもあり、ティキは再びアルマのアパートを訪ねた。
夕食を食べるくらいの時間に尋ねたにもかかわらずインターフォン越しに寝ぼけた声でティキを迎えたアルマだったが、「誰?」と尋ねてティキが名前を言うなりぱっと覚醒し、逃がしてなるものかとでもいうような速さでドアを開けてティキを中に入れた。
数分ほどアドレスを消したことについて責められたが、ティキがもう一度アドレスを教えるとニカッと笑ってティキを許してくれた。
アルマは許してくれたが、ティキの自分勝手でアルマに迷惑をかけたことは事実。埋め合わせに夕食を奢らせてくれと提案し、今に至る。

「けど、まさか居酒屋指定されるとは思ってなかった」
「何で」
「お前にこういうとこで飲むイメージなかったから」

好きな場所へ連れて行くと言ったティキに対しアルマが指定したのは居酒屋だった。レストランか以前行ったような料亭、もしかしたらデリバリーかもしれないと色々と考えてはいたが、まさか居酒屋とは。

「俺もう大人だよ?外で酒くらい飲むよ」
「まあな」
「それに、居酒屋って何でもポンポン頼めるからいいよね。レストランとかだと一回頼んだらメニュー下げるとこあるじゃん?下げられるとさぁ、もう一回メニュー下さいって言えなくて」
「お前でも遠慮するのか」
「使い分けはするかな。仲良ければそんなに遠慮しないし、流石に初対面の人には遠慮する」

ぱらぱらとメニューを捲りつつアルマが答え、ティキはそんなアルマの様子を見守る。暫くすると注文が決まったのかアルマの手がテーブルに備え付けられたボタンに伸びた。

「兄ちゃん何飲む?」
「ビール」
「へー」
「何だよ」
「いや、普通だなーって。兄ちゃんってさ、何か金持ってそうな顔じゃん。一発目から高そうな飲み物頼みそうなイメージ」
「は?」

ちょうど店員がやってきて、アルマがメニューを指差しつつ注文していく。遠慮しないと言っただけあってかなりの量を頼んでいるが、どうせ一度頼んだだけで満足する気はないだろう。
店員がいなくなると、アルマが身を乗りだして「で?」と声を出した。

「どうだったのさ。話し合い」
「昨日の俺の行動で何となくわからなかったか?」
「失敗したなとは思ったけどさ、何で俺のアドレス消したかも分かんないし」

やはり昨日の行動の段階でアルマはアレンに話さないことになったのだろうとわかったようだ。だが、ティキの行動にわからないことがありすぎてしっかりと本人の口から聞きたいらしい。

「何でアドレス消したの?」
「ユウの携帯のアドレス消したから」
「それは知ってる。昨日ユウがメールくれたから。アドレス消されて分かんないって」
「ユウが知らなくてお前だけ知ってたらユウが可哀想だろ」
「………」
「………」
「それだけ?」
「それ以外に何がある。ああ、イラついてたってのもあるか」

もっとまともな理由があるとでも思っていたのだろう。ティキの大人げない理由にアルマの肩ががくっと落ちる。

「俺、ほんと冷や冷やしたんだよ!俺と兄ちゃんが再会できたのって、ホント偶然だし。いつ切れてもおかしくないし」
「悪かった」
「まあ、もう一回教えてくれたから良かったけど……」
「言っておくが、ユウには教えるなよ。受験が終わるまで連絡を取らないと決めたから。代わりに、第一志望に合格したら四月から一緒に暮らすことになってる」
「へぇ?!アレンに話さないことになった割に、随分話進んだね!……でも、連絡しないなんて我慢できるの?」

受験が終わるまでと言うと、早くて二月の半ば、遅くて三月だ。頻繁に連絡を取り合っていたのに我慢できるわけがないと思っているのだろう。

「平気だろ。ユウはやらなきゃいけないことが沢山あるしな」
「……俺さぁ、ユウより兄ちゃんのこと心配してるんだけど」

てっきり、年下のユウの心配をしていると思っていたのだが。
自分のことを心配していると言われ、ティキはきょとんとしてアルマを見た。心配されるようなことは何もないはずだ。

「何でだ?」
「兄ちゃん、ユウのこと大好きだろ?」
「勿論」
「結婚する気にもなれないとか言ってたしね。まあ、一生ブラコンしてればいいと思うんだけど、ユウはさ、案外受験で不安定になってるから兄ちゃんにすがってるんじゃないかって思うんだよ、俺」
「………」
「考えてみてよ。兄ちゃんはユウとの思い出沢山あるけどさ、ユウはちょっとしかないんだよ?思い出したって言っても全部じゃないだろ?ユウが生きてきた殆どの時間には、兄ちゃんいないんだよ?それが、急にあんなに懐く?受験が終わって気分が楽になったら、今ほど兄ちゃんのこと意識しないんじゃないかなぁ」

特に気にしたこともなかった。
言われてみれば、アルマの言うことも一理ある。ティキが初めにユウに近づいたのはユウが援助交際をしていてとても不安定だった時だ。それから兄の存在を知り、兄弟として連絡を取るようになったが、そのメールの半分近くは受験への不安が書かれていた。

「俺思うんだけどね、兄ちゃんの中のユウはまだ小さいんだよ」
「んなことねぇよ」
「そんなことあるよ。兄ちゃんは、ユウのほんと小さい頃のことしかわからないだろ?にぃって言いながら兄ちゃんの後くっついてたユウしかイメージが無いんだ。だから、今でもそうやって自分の後を付いてきてくれてるって思いこんでると思う。ユウはさ、もう高校卒業する年齢なんだよ?あと二年経たないうちに酒を飲める年にもなる。余程のことが無い限り、すぐに兄ちゃんから離れる」
「………」
「兄ちゃん、耐えられる?ユウがいなくなること」
「…一度は諦めた。またそうなっても、諦められる」
「そうかなぁ………」

店員が飲み物と一品料理数点を運んで来ていなくなる。

「俺だったら不安だよ。連絡して少しでも自分のこと意識させようって思う」
「俺はお前じゃないだろ」
「そっか。まあ、俺の気にしすぎかもね。ユウ、今のとこ兄ちゃんのことばっか考えてるし。じゃ、いただきまーす」

料理をリズムよく口に運んでいくアルマを見て溜息を吐き、運ばれてきたビールに口を付ける。

「ん!ここの料理美味い!兄ちゃん、ここよく来るんだ?」
「それなりにな」

埋め合わせをする為の食事で不味いところへ連れて行く者はいないだろう。だが……

(不味い)

いつもは美味いと思うビールも料理も、味がしない。アルマはとても美味しそうに同じ皿のものを食べているので、ティキの食べているものだけが不味いなんてことはあり得ない。

「兄ちゃん、箸止まってるけど」
「自分のペースで食うから気にするな。無くなったらまた適当に頼め」
「うん」

なくなっちゃうよ?と一応ティキが食べる分を心配してくれたアルマに気にせず食べるよう言う。再び食べ物を口の中に入れていくアルマを見て、ティキはビールのグラスで口元を隠し小さく舌打ちした。

(余計な事言いやがって)

アルマが不安に思う様な事を言った所為で食べる気がしなくなってしまった。

(大丈夫だ。ユウは俺と暮らす為に大学受験を頑張るみたいだとティエドールさんも言っていたし)

自分に言い聞かせるように何度もティエドールの言葉と、電話越しに聞いたユウの涙声の訴えを思い出す。ユウは今もあれだけ自分に懐いてくれている。アルマが考えていることは杞憂にすぎない。

(仮に、俺と暮らすのが嫌になったと言われても、その時はその時だ)

あの頃のような子供ではない。駄々をこねるのが無駄だと言うことも、その後には虚しさしかないことも知っている。
それから二時間近く二人は居酒屋で食事をし、居酒屋近くの駅からそれぞれ帰った。








この人たちは何を言っているんだろう?
ティキはぼんやりと目の前に座る父親と母親を見ていた。

「ティキ、聞いてる?」
「…離婚って何」

ティキがリビングのソファに座り、隣で眠ってしまったユウの頭を撫でつつテレビでサッカーの試合を見ていたところに両親が深刻な顔をしてやってきた。大事な話があるからとテレビを消され消され、ティキをダイニングの椅子に座らせた両親から出てきたのは、離婚という言葉。

「俺達な、別々に暮らすことになった。ずっと」

父親がティキにもわかりやすいようにと言葉を簡単にして話してくれたが、ティキはまだその意味を理解できなかった。否、離婚という言葉の意味は知っている。その言葉が、両親の口から出てきたことが理解できなかったのだ。

「俺と、ユウは?」
「ユウは私が引き取って、貴方はこの人と一緒に暮らすことになるわ。私は働いていないから二人も引き取れないの。出来ることなら引き取りたかったけど……。ユウにはまだ母親が必要だけど、ティキは平気よね?」
「何が働いていないから、だ。金の心配なんてする必要ないくせに。ティキは俺と顔が似て――」
「っ、貴方は黙っていて!…わかってくれるわよね、ティキ」

何か言おうとしていた父親を制止し、母親がにこ、と歪んだ笑みをティキに見せる。

「無理なのよ。おじいちゃんとおばあちゃんも反対しているし。ね?」
「別々に暮らしても、俺、ユウとは会っていいんだよね?」
「ごめんなさいティキ。残念だけれど、それは無理だわ。離れ離れになってしまうし、会える時間もなくなるでしょうね」

縋るような目をしてユウには会いたいと言うティキに、もう会えないという非情な言葉を言い放つ母親に対し、先程口を閉ざした父親が反論した。

「子供たちは会ってもいいはずだ。時間くらいなんとでもなるし、あちらも二人息子がいることは知っているんだろ?毎日あんなに仲良くしているところを見て、よくもう会えないなんて言えるな」
「変な事言わないでっ!離婚する原因を作ったのは貴方じゃない!」

子供たちは会わせるべきだという父親に対し、それでは二人とも新しい環境に慣れることができないと母親が叫ぶように訴える。
ティキは頭が痛くなってきたのを感じ、「わかったから」と両親の口喧嘩を止めた。

「ユウとは、会わなくていい」
「ティキ、」
「よかった、わかってくれて」
「写真を送ってほしい。偶にでいいから。……ユウが起きると悪いから戻る」

これ以上頭痛を酷くしたくないと判断したティキは、逃げるようにダイニングから出てリビングへ行った。
リビングへ行くと、ユウはまだ寝ており、ほっとしてその隣に座る。だが、ティキが座ったことでソファが揺れたのか、ユウが起きてしまった。

「ぅー……」
「ごめん、起こしちゃったね。水飲みに行ってたんだ」

そう言って誤魔化したティキだったが、ぴったりと閉められたドアの向こうから聞こえてきた喧嘩声に眉を顰める。

「おとーさんとおかーさん、怒ってるの?」
「……公園行こうか。アルマがいるかもしれない」
「行く!」

少し寝癖のあるユウに帽子をかぶらせ、ドア越しに大声で公園に行くことを告げると、ティキはすぐにユウを連れて家を出た。
ドアの向こうから聞こえてきた声は、写真を送ってやれだの、送る暇がないだのと言っていた。どうやら、ティキの発言が原因でまた喧嘩してしまったらしい。
「にぃ、おてていたいよ」
「あ、ごめん」

ユウと繋いだ手に力を込め過ぎていたらしく、慌てて力を緩める。緩めすぎて手が離れてしまったが、すぐにユウがティキの手を掴んだ。

「おとーさんとおかーさん何で怒ってるの?」
「…何でだろうね」

まだ幼いユウに離婚と言ったってわからないだろうし、詳しく説明する気にもなれない。

「あるまだ!」
「あ、兄ちゃん、ユウ!」

公園へ行くと予想していた通りアルマがおり、アルマの姿を見つけたユウが早く行こうとティキを急かす。
アルマとユウがブランコで遊ぶのを見守りつつ、ティキは唇を噛み締めてうちからこみ上がってくる何かを押さえつけた。