my... 25


ユウに会う時は私服で行ってしまったが、今回は流石にスーツでいった方がいいだろう。
大晦日近くの土曜日、会社に頼んで休みをもらったティキは母親達と話をする為にスーツを着ていた。電話をした後、折り返し母親の方から会って話がしたいと言う電話がきたのだ。具体的にいつ話したらいいのかよくわからない為、そのことについて相談したいと。
話をしたいと言ってきたのは八月で、ティキはいつでも休みをもらえるようにと用意していたのだが、むこうの予定が決まらず今日まで日が経ってしまった。本当に弟達の予定が合わなかったり、父親が仕事で忙しかったりしたのだろうが、主な理由は母親の心の準備に時間がかかったからではないかとティキは思っている。
母親と連絡をとってからすぐ、ユウに何故もうアレンに言うのかと責められたりはしたが、それから何度か会って今すぐに話すわけではないと納得してもらった。それに、母親に黙って会うよりはしっかり二人で会っていると言ってしてしまった方が気が楽だったということも話した。

「よし」

部屋を出て外に出る途中、同僚の奥さんに「お仕事ですか?」と尋ねられたが、曖昧に返事をして車に乗った。

車を走らせていると、助手席に置いた携帯が着信を知らせ、バイブレーションのパターンからユウからであるとわかったが、運転中に出てはいけないと一瞬動きそうになった手でハンドルを思い切り握る。
どうせすぐに会うのだし、そのまま家へ着くまで無視をするという選択肢もあるのだろうが、ティキにはその選択肢を考える頭が無く、ウィンカーを出して近くにあったコンビニの駐車場に入った。

「もしもし?」

すでに電話は切れていたので折り返しかけ直すと一度コールしただけですぐにユウが出た。

『やっと出た』
「悪い、運転してたんだ。どうした?」
『母さんが、家じゃなくて外で話しましょうって』
「外?どこだ?」
『俺が案内するから途中で拾え。ティキにぃ、車だろ?』
「……わかった」

今日は全国テストでいないと言うアレンが帰って来た時にティキと会うことが無いようにと言う配慮だろう。やはり、話あったその日のうちにアレンにティキのことを紹介するつもりはないらしい。

「どこで待ってる?家か?」
『家の近くの駅にいる。北口な』
「わかった。あと…十分くらいかかるから、ちょっと待っててくれ」
『ん。待ってる』

電話を切り、再び車を走らせる。電話越しのユウの声は怒っているわけでもなく、いつもティキに電話してくる時のユウの声だった。ユウに連絡させる辺り―ユウが連絡したいと言ったのかもしれないが、それを許している辺り―、今日の母親はそこまで思いつめていないのかもしれない。
とにかく、早く駅へ行かなければ。すでに駅で待っていると言うユウと早く合流したいが、スピードを上げるわけにもいかず、苛立ち気味に指先でトントンとハンドルを叩いた。








「ティキにぃ」
「ごめんな、待たせて」
「五分遅れただけだろ」

十分ほどかかると電話でユウに告げたティキだったが、道路が混んでいた所為で実際のところはユウを十五分待たせて駅に到着した。
道路橋の駐車場に車を停車し、駅の柱に寄りかかり、携帯を弄るわけでもなく暇そうにしているユウに駆け寄ると、ユウはほっと表情を和らげてティキの方へ一歩足を動かした。

「事故ったのかってちょっと心配したけどな」
「悪かった。連絡すりゃよかったな」
「いい。そしたら余計遅れてるだろ」

すぐに車に乗り、ユウの案内で母親が指定した場所へ向かう。

「偶に食いに行く場所なんだ。個室あるからって」
「ああ、個室あるとこなのか。適当なカフェ辺りだろうと思ってた」

人に聞かれて不味い話をしているわけではない。アレンと鉢合わせになるのを避けるためならその辺のカフェでいいだろうにと言うと、ユウは眉を顰めて首を横に振った。

「近所のカフェだと知り合いがいるかもしれないからって。母さん、結構悩んでるぞ」
「悩んでる?何を?心の整理が出来たから、俺と連絡とったんだろ?」
「ティキにぃと話をするまでは、納得したんだ。弟に……アレンに話すかどうかで迷ってるんだよ」
「ああ、まあ、別に話しても話さなくてもいい立場だしな」
「ティキにぃが、アレンにティキにぃのこと話してほしいって言ったからだぞ。俺はまだ話したくなかったのに」
「そんなこと言われたって、彼だって一応俺の弟だぞ。俺のこと怪しんでるみたいだし、答えにたどり着くまでそう時間はかからないだろ。けど、自分で知るか、親が教えるかでかなり変わる。ユウは自分で今の父親と血の繋がりが無いって知って、誰にも相談できなくて荒れただろ?」
「……そうだけど、もう少し位二人きりが良かった」

兄弟二人水入らずで会いたかったのだとむすっとするユウの頭を心配することはないと撫でてやる。

「いつだって二人出会える。俺のことを兄だと教えられても、あっちは簡単には兄だと思えないだろうしな。もしかすると、ずっと血が少し繋がった他人程度の感覚かもしれない。そしたら、俺とユウが会うって時についてこようとしないだろ」
「…俺とも、半分血が繋がってないってわかるしな」
「まあ、そこら辺はしっかり話して、サポートしてやれ。兄ちゃんだろ?」
「わかった。努力はする」
「良い子だな」
「……けど、俺どうやればいいのかわからないぞ。一応、あいつとは生まれてから今日まで一緒に暮らしてきたんだ」
「ん。だから、何も変わらないって言ってやればいい。血の繋がりが全くないわけじゃねぇし、仮に血が繋がってなかったとしても、今まで一緒に暮らしてきた時間は変わらない。そうだろ?」

その点に関してはユウだってよくわかっているはずだと聞くと、ユウは少し戸惑った後くっと笑って頷いた。








「こっちよ」

ユウに案内された料亭にはいると、入り口から見える部屋から母親が顔を出していた。

「いらっしゃいませ」

すれ違いざまに店員の挨拶を聞きつつ、まっすぐ母親のいる部屋へ向かう。ユウが先に中に入り、ティキも続いて中に入る。母親が座り、彼女の隣にユウの今の父親がいた為、そっと頭を下げた。

「こんにちは」
「やあ、実際に会うのは、初めてだね」

ユウの隣に座ると、ユウの父親はニコニコと笑って握手を求めてきた。それに応えると、ティキの手を温かい手が包んだ。

「まあ、いったん注文を決めてしまおうか。途中でこられてもね、」
「ええ」

メニューを見て適当な料理を注文し、暫くは父親を中心とした他愛のない会話が続いた。父親の自己紹介―フロワ・ティエドールと言うらしい―や、彼の仕事、ティキの仕事やユウの勉強についてなど、本当に話しの核心に触れるようなことは一切話さなかった。

「ごゆっくりどうぞ」

店員が料理を運び終え、漸く静かになる。

「じゃあ、…始めようか。えっと、君の要望は私達に、アー君のことを話してほしいと言うことだったかな?」
「はい。俺とユウが彼に対していくつか襤褸を出してしまっていたようで、俺が誰なのかと言うことに疑問を持ち始めたみたいで…今はアルマの紹介で知り合った友人と言うことになっていますが、どうも本人は信じていないようです」
「ふむ、アー君鋭いからねぇ……一応ね、私達の結論としては話してもいいと言うことになったんだけど…いつ話すかは、」

父親、ティエドールが母親を見て意見を求める。すると、母親はきっぱりと「話したくない」と答えた。

「あれ、」

決めたことと違うとティエドールがキョトンとした目で母親を見る。

「あれからよく考えたのよ。やっぱり私は嫌。アレンは私の再婚後の子です。ユウは、小さい頃にティキと過ごしたことがあったけれど、あの子はティキのことを何も知らないで育ったのよ。話さなければいけないと言うことはないわ」
「…確かに、俺は彼にとって、知らなくてもいい存在だ。けど、そうだったら、絶対に彼が俺を知ることのないようにしてほしい。ユウはアルマの仲介があって俺と再会したけど、兄がいると知ったのは祖父さんの家でアルバムを見たからだ。だから、そんなことが無いように可能性のあるものをすべて処分してもらいたい」

会って話をしたいという電話が来た時は、アレンに話すタイミングを相談したいと言っていたが、これだけ時間が開いていたし、何となく予想はしていた為ショックはない。残念だとは思うが、母親のいうことは一理あるし、それに、会うことになっても何を話せばいいのか分からない。

「祖父さんの家の写真は、婆さんにでも言って処分してもらってくれ。母さん、俺の住所控えてるだろ。それも、処分してくれていい」

とにかく、ティキを知るようなもの全て処分してほしいと頼むと、今度はまだアレンには知らせたくなかったと言っていたユウが反対しだした。

「処分なんて嫌だ。あの家にある写真は、俺とティキにぃの写真だ」
「…処分しましょう」
「母さん!」

絶対に嫌だと怒るユウを父親と母親が必死で宥める。

「俺の部屋に置いておく。アレンは入れないようにすればいいだろ、」
「何言ってるのよ、あなたの部屋に置いておけるわけがないでしょう?よく勉強を聞きに来るのに入るな、何て言ったら怪しいと思うじゃない」
「じゃあ、ティキにぃのうちに置けばいい」
「それでもいいけど、俺の家における数も限度があるぞ。写真、婆さんの家の至るところにあるからな。ユウが見つけたやつが全部じゃないと思う。そうなったら、全部は持ち出せない」
「嫌だ。全部処分しない」

完全に昔を思い出したわけではないユウにとっては、祖父母の家にある写真は大切なものなのだろう。ユウと過ごした時のことは全て覚えているティキにとって、写真はあった方がいいがなくても困らない存在だ。

「あと、ユウ。携帯の俺のメモリ、名前変えておいてくれ」
「…メモリ自体消してくれてもかまわないんだけど」

名前を変えておくようにと言うティキの言葉を受けて、ぼそっと母親が呟く。すると、ユウはその言葉に過剰に反応し、乗った料理をひっくり返えさんばかりの勢いでテーブルを叩いた。
「っ、そうやって、またティキにぃのこと消すのか?!」
「またって、」
「今皆がやろうとしてるのは、昔俺にやったことと一緒だ。絶対に嫌だ」

昔やったこと、と言われて母親の顔がこわばる。

「一度上手くいったからまた出来ると思ってるのか?ガキにやった同じ手が通用すると思うのか?アイツはもうガキなんて年齢じゃない。俺だったら、はぐらかされて嫌な気持ちになる」
「あ、あのね、ユウ、別に、ティキのこと消そうっていうんじゃないのよ…ただ、私はあの子には知らせなくていいと思っているだけで、そんな、」

流石に、一度ユウに同じことをしてティキの記憶を封じ込めてしまったことには罪悪感を感じているのかもしれない。ティキは存在しているのだから、消そうとしているわけではないと反論するが、その声はとても弱い。

「俺は、あいつにいつか教えると約束した。今話さないとしても、いつか話したい。だから、ティキにぃのことを忘れられるのは困る」
「ユウ…」

母親が困りきった顔でユウを見、ティエドールを見た。

「一度話すと決めたんだ。話すべきじゃないかな」
「…私の味方してくれないのね」

貴方なら味方をしてくれると思ったのにと肩を落とす母親をティエドールが宥め、ユウはそれを見て頬杖を突く。

「話し合いするなら、二人の意見統一してからやればよかったんだ」
「いや、統一しているつもりだったんだけど…」
「だって、また家族がバラバラになるかもしれないじゃないっ、そんなの、」
「耐えられない?」

暫く黙っていたティキが口を開いた。母親はティキの質問を肯定し、だから話したくないと再度自分の意思を言葉にした。

「…そうか、じゃあ、仕方がない。ユウ、携帯貸せ」
「…何するんだ?」
「良いから」

ユウから携帯を受け取ると、ティキは勝手だとは知っていたが、不安がるユウから見えないようにアドレス帳から自分のメモリと全ての履歴を削除した。

「話し合いをしても無駄みたいだし、帰るよ。どうするかは任せる」

挨拶もそこそこに部屋から出て出口へ向かうと、ユウが追いかけてきた。

「ティキにぃ!」
「どうした?」
「…その、何か、怒ってないか?」
「怒る?怒る理由がない」
「けど、」

会計で四人分の食事代を払い、外に出る。

「じゃあな、ユウ」
「…受験終わったら、遊びに行くからな!」
「ああ、おいで」

車を動かし、そのままアルマのもとへ行くと、アルマから携帯を借り、また自分のメモリーを削除した。

「返す」
「え、ちょ、携帯忘れたって言ったから貸したんじゃん!何もしないで何で借りたんだよ」
「電話する用事忘れた。悪かったな」
「いいけど、」

車に乗りエンジンをかけたところで、叫び声とともにアルマの姿がバックミラーに映った。ティキがメモリーを消したことに気付いたらしい。

「兄ちゃん!ちょっとー!!」

アルマが車にたどり着く前に逃げるように車を発進させる。

「家族がバラバラになるのが嫌だ、ね。自分が壊したくせにな」