my... 24


「ご飯並べるの手伝って!」

そろそろ夕食の時間かと勉強していた手を休めて携帯を弄っていたユウだったが、母親の声にふ、と息を吐いて部屋を出た。
ユウが廊下に出るのとほぼ同時にアレンが顔を出し、ユウが廊下にいるのを見て自分も部屋から出てくる。

「お前まだ部屋にいろよ。呼ばれてねぇだろ」
「ご飯並べるってことはもう食べるじゃないですか」
「食うなよ」
「食べませんって」

久々の家族そろっての夕食なのに先におかずを食べ切られては困ると釘をさし、二人でキッチンへ向かう。祖父母の家に泊っている途中から徐々にアレンの食欲が増してきており、食事をテーブルに運んでいる間におかずがなくなることが多々あった。 アレンは秋が近づいてきたからだと言うが、ユウはひょっとするとアレンに成長期がやってきたのではないかと不安を感じている。これ以上アレンの身長が伸びては困る。ユウの身長は、もう殆ど止まっているのだ。

「あら、二人とも来てくれたのね」

母親が料理を皿に盛り、その皿を二人で交互に運んでいく。家族そろっての食事が久々であることを意識してか、料理が普段よりも豪華な気がする。
料理を運び終え、アレンが父親を呼びに行って椅子に座る。食事中、母親はアレンが美味しそうに料理を食べるのを楽しそうに見ていた。

「ユウ、美味しい?」
「…美味しい」

アレンを見ていたはずの母親に突然話を振られ、驚きつつも食事を続ける。母親が食事中に料理が美味いかどうかを尋ねてくることなど滅多にない。

「今日の料理、結構頑張ったのよ。ほら、向こうに行っている間はお父さんのお友達の家に厄介になっていたから、自由にキッチン使えなかったでしょ?私はイタリア語なんて話せないから、手伝わせてって何て言ったらいいのかわからないし…」
「あれ、その割には必ず奥さんと一緒にキッチンに立ってた気がしたけど」
「お世話になりっぱなしのわけにはいかないでしょう?だから、身振り手振りで何とかしたの」

母親は今までにも何度か父親にくっついて海外に行ったことがあり、その度にこうやってユウ達に海外であったことを話してくれる。日本以外のことをよく知らないユウ達に海外のことを教えてくれているのか、それともただ話したいだけなのかは分からないが、どちらにせよ一度話しだすと満足するまで席を立たせてくれないのが難点だ。

アレンは目の前の大量の料理を口の中に詰め込みながら話を興味深げに聞いているが、ユウはだるくて仕方がなかった。日本語しか出来ないユウにとって、海外というのはいくら良い話を聞こうが言葉の通じない人々が暮らす未知の世界であり、行ってみたいという気にはならないのだ。
母親は日本人だが父親は前も今も外国人。弟や兄は明らかに父親の血を強く継いだ見た眼で友人のアルマもハーフ。周りから何故こんな環境で日本語しか話せないのかと聞かれたことがあるが、話せないものは何を言われても話せないとしか言いようがない。日本に住んでいるのに外国語を使わなければいけない意味もわからない。それに、ユウの知る限り回りの外国人顔をしている人は誰一人外国語を話していない。

「やっぱり偶に海外へ行くのも良いわよね。春休みにまた個展あるみたいだから、今度は皆でいきましょうか。あ、そうそう、あと―――あら、電話?」
「私が出るよ」

話を続けようとした母親の腰を折るように電話が鳴り、父親が席を立つ。自分が出ようと立ち上がりかけたユウはがくりと再び席に着いた。逃げるタイミングを失ってしまった。

暫く母親が一人話をしていたが、途中で父親が「電話だよ」と話を遮った。

「私に?」
「うん」
「誰から?」
「うーん、」

父親が母親から聞かれたことに答えないのも珍しいとユウは首を傾げたが、母親は気にする様子もなく席を立つ。

「誰だったんですか?」
「お母さんの、古い知り合いかな」
「お父さんの知らない人、ってことですか」
「一度、あったことがあるようなないような……でも、話は聞いたことがあるよ」

それから暫く、遠くから聞こえる母親の声を聞きつつ静かな食事をしていたが、どうもおかしいとユウは思った。聞こえてくる母親の声のトーンが低い。
もしかすると母親にとって嫌な相手なのかと思ったが、それならば話を聞いたことがある父親は断っているはずだ。

「母さん、誰から…?」

ユウが戻ってきた母親に誰からの電話だったのかと尋ねると、母親はじっとユウを見た後、にこっと取り繕うように笑って箸を持った。

「暫く会ってない知り合いからよ。さ、ご飯食べちゃいましょ。あ、そうそう、あなた、後で手伝った個展のことで話したいことがあるんだけど良いかしら」
「うん、構わないよ」

再び箸やフォークの音で五月蠅くなったが、電話があった前と比べて母親の声がなくなった。








「何か、お母さん変じゃなかったですか?」
「…まあな、」
「あれだけ楽しそうに喋ってたのに、いきなり静かになって」

食後、部屋に戻りゆっくりしようと思っていたユウだったが、すぐにアレンがやってきてユウの部屋は五月蠅くなった。
アレンもやはり母親の変化に気付いていたらしく、同意を求めるようにユウに話しかけてくる。

「誰からの電話だったんでしょうね」
「知るか。古い知り合いの誰かだろ」
「だって、その割には嬉しくなさそうだし……普通、古い知り合いが電話してきたら、嬉しいものじゃないですか?」
「何かの勧誘の為だったら、違うだろ」
「ああ……じゃあ、そういう電話だったんですかね、」

アレンは納得しそうになっているが、ユウはそうは言ったが母親が電話の相手と話していたのはそんな内容ではないと思っていた。母親はなかなかはっきりとものを言う性格をしているので、何かの勧誘ならきっぱり断っているはずだ。

「そこまで気にすることねぇよ」
「そうですか?」
「むしろ、お前は何が気になるんだ?」
「そう言われると、特に気になることはないですけど……」
「だったら部屋に戻れ。俺は勉強する」

アレンは暫く何か言いたそうにしていたが、ユウが机に向かうと静かに部屋から出て行った。

「…ユウ?」

だが、参考書を開いて間もなく、再びドアが開き、今度は母親が部屋の中に入ってきた。

「…何」
「ちょっと、お父さんの部屋来てくれる?」

母親は真剣な顔をしており、勉強しているからと断れる雰囲気ではない。
渋々立ち上がり母親の後を付いていくと、父親の仕事部屋に着いた。
中に入ると、父親は母親とは対照的に笑顔でユウを迎え、そんな父親をそんな場合ではないと母親が窘めた。

「ユウ、座って」

父親がユウの座る場所を作ってくれたので、そこに座り腕を組んでしかめっ面をしている母親を見上げる。

「ユウ、貴方、ティキと会ったの?」
「………」
「いつから会っていたの?」

思いがけない母親の言葉に声が出ない。一瞬、アレンが言ったのかと思ったが、その割にはタイミングがおかしいし、それならばアレンがいるはずだ。
ユウが母親を見て怖がっていると思ったのか、父親がユウの肩に優しく手を置いて困ったように眉を顰めた。

「そんな顔をしていたら、ユウ君も緊張して何も話せないよ」
「だって、私に黙っていたのよ?!」
「さっきねぇ、君のお兄さんから電話があったんだ。アー君に自分のことを話してもらえないかって」
「ティキにぃが?」
「お兄さんのこと、そう呼んでいるのかい?」

アレンにはいつか話してやろうと思っていたが、両親には話す予定はなかった。どうしてティキは母親に話してしまったのかと、話すにしても、何故予め連絡しておいてくれなかったのかと少し苛立ちを感じる。

「ユウ、お母さんの質問に答えなさい。いつから会ってたの?」
「…兄弟なのに、何で会って怒られなきゃいけないんだよ」
「それは、」
「母さんは俺にティキにぃと会うな、なんて言ってない」
「あ、会うなとは言っていないけど、」

ユウに反撃され、母親が口籠る。父親が喋れなくなった母親を自分の座っていたお気に入りの椅子に座らせ、自分は代わりに近場にあったガタつく椅子に座った。

「ユー君、お兄さんのことを知ってるってことは、私のことも知ってるのかな」
「……本当の、父親じゃない」
「ああ、やっぱり知ってるんだね。知ったのは、私達とちょっと距離を置くようになった時かな?」
「…はい」

母親は静かになったが、代わりに父親が質問を始めた。穏やかな顔をしているが、父親の心境は母親のものよりも複雑なのかもしれない。

「最近は、私たちに対して前のように接してくれるようになっていたね?」
「ティキにぃが、」
「助言してくれたのかな?」

無言で頷くと、父親はニコニコと笑ってユウの頭を撫でた。

「私は君のお兄さんとは面と向かって話したことはないけれど、とても良い人だね。…そうだなぁ、私がお母さんと結婚して唯一後悔したことは、君とお兄さんを引き離してしまったことだった。お兄さんがいないと泣いてばかりいたユー君がいつの間にかお兄さんのことを言わなくなって、私をお父さんと呼ぶようになった時は、しまったと思ったよ」
「………」
「…私が、会わせないようにしようって言ったのよ」

黙っていた母親がポツリと呟く。父親の提案だとは思われたくなかったのだろう。
「うん、だけど、私はそれに賛成した。当時は、早く私を受け入れてもらうのに必死で、君がお兄さんと離れ離れになることがどういう意味になるのか、考えていなかったからね。…すまなかったね」
「いえ、」

別に、謝ってほしいわけではない。
だんだんと何故ここに呼ばれたのかわからなくなり眉をひそめ始めたユウを見て、父親が苦笑いをする。

「ユー君を呼ぶ前にお母さんと話をしてね、アー君に話をするまでは決めたんだが、君が私との関係を知っているのか確かめておきたかったんだ。アー君に話すということは、私がユー君と血の繋がりがないことを話すことになるだろう?お兄さんはユー君は全部知っていると言っていたけど、どうしても、ユー君の口から聞いておきたくてね」
「…そう、ですね」

アレンに話をするということを聞き、母親が何故最初に責めるように質問してきた理由が何となくわかった。
家族が壊れるのを恐れているのだ。知らない兄がいると知って、アレンがどのような反応をするのか不安で仕方がないのだろう。だから、ティキと会ってアレンに話すことになったきっかけを作ったユウを責めているのだ。元々の原因を作ったのが自分だと言うことを忘れて。

「アー君に話すのは、お母さんの気持ちの整理がもう少し出来てからになるけど、話をする時は受験勉強なのに悪いけど、ユー君も一緒にいてくれるかな」
「はい」
「ありがとう」