「兄ちゃん、余計なこと言ったんじゃない?」
「余計なこと?何が」 「ユウのこと信じてやってーとか。ユウと兄ちゃん出会ってからまだそんなに経ってないのにさ」 通話を終えた後、アルマは携帯をテーブルに置き、呆れたような声でティキに話しかけてきた。 「ユウのこと心配なのはわかるけど」 「……不味かったか」 よくよく考えてみれば、アレンにティキの存在が妙だと思わせるに十分なことをしてしまったと思う。知っているんですか?という質問に応えずはぐらかしてしまったのは失敗したかもしれない。 質問を受けた時、ユウの援助交際についてのことだと思ったが、アレンが本当にそのことを指して聞いていたのかわからなかったし、そうであったとしてもこの場で答えていいような質問ではないと思って誤魔化したが、もう一度聞き返すべきだった。 「あまり親しくないから聞き返さなかったと思ってもらうしかないな…」 「何が?」 「いや、別に」 「何だよ、教えてくれたっていいじゃん」 「兄弟の秘密ってやつだ」 「ふーん……あーあ、泊まりで一気に仲良くなったね、二人とも。俺も行けば良かった」 不貞腐れたような顔でアルマがベッドに横になる。 アルマには二人で祖父母の家へ泊まりに行くと教えていたが、絶対に来るなと予め言っておいたのだ。最初から言わなければよかったのかもしれないが、ティキとユウが兄弟として会うことが出来たのはアルマの存在があったからこそだと思うと、何かあった時には報告しておかなければと思ってしまう。 ベッドの上でゴロゴロとしているアルマを見て息を吐き、テーブルの上に置かれた携帯を見る。無音でチカチカとランプが点いているが、アルマは気付いていないようだ。 「ユウが、昔のこと少しだけ思いだしてくれたんだよ」 「へぇ!よく思い出せたね!!」 「おい、携帯」 「あ、メールだ」 ティキの言葉を聞いてアルマはばっと起き上ったが、まだ携帯には気づいていないらしい。テーブルを叩いて指摘してやるとようやく気付き、ベッドの上から手を伸ばして携帯を取った。 「お、アレンから」 カチカチと携帯を弄る音を聞き、暫くは暇になるかと勝手にキッチンへ行ってコーヒーの粉が入った缶を手に取る。アルマの家に遊びに来た時はティキが飲み物を用意するのが当たり前になっている。ティキが淹れたコーヒーの方が美味いとアルマは言うが、実際のところはキッチンに立つのが面倒なだけだろう。いつ来ても、アルマのアパートのキッチンは綺麗な状態を保っている。 コーヒーを淹れて部屋に戻ると、アルマが困ったような顔をして携帯の画面を見ていた。 「どうした?」 「兄ちゃんさぁ、アレンに会いたい?」 「…会ってみたいとは思う。けど、まだ先の話だな」 「アレンが二人きりで会わせろっていうんだけど。話したいことがあるんだって」 「話したいこと、ね……」 やはり余計なことを言ってしまったようだと少し前の自分に苛立ちを感じつつコーヒーを飲む。 「アレン、一度言いだすと五月蠅いからさぁ……どうする?」 「仕事で忙しいとでも言って断れないか?」 「微妙。ユウも余計なこと言っちゃってるからさ、アレンに」 「何言ったんだ?」 「ユウの誕生祝いに飯食いに行っただろ?その時、ユウ、アレンに俺と、ティキって人と一緒に飯食ってくるって言っちゃったんだって。いや、まあ、それはいいんだけど、ティキって人のことは親に聞くなって言ったらしいんだよ」 「あー……」 それは確かに言わない方が良かっただろう。 「兄弟そろって考えなしだよねぇ……代わりに、アレンは勘が鋭い」 「五月蠅い」 「アレンのメールに、会えないんだったらお母さんに聞いてみますって書いてあるんだよ」 「……はぁ、」 アレンに会ってみたいとは思うが、それはもっと先の話だと考えていた。ユウは自分で今の父親とは血の繋がりがないことに気付いたが、アレンは何も知らないのだ。 ユウと予め相談して何かしらの設定を作ることもできるが、母親に話すなというユウの言葉まで含めた設定を作り上げる自信がない。 「…時間がないって返信していい」 「そしたら、小母さんに聞くと思うよ」 「それでいい」 母親に聞く、というのは脅しなのかもしれない。もしそうだとしたら、会って話を拗れさせるのは宜しくない。 「ユウが母さんには言うなって言ったんだろ。結構ユウに懐いてるみたいだしな。ユウが嫌がれば、聞かねぇよ」 「そうかなぁ……」 「第一、俺が話していいことじゃない」 「…まあ、うん……」 母親は今の家族を大切にしたいからティキのことを話していなかった。ユウとは父親が違うと知ったアレンが、そのことを聞かなかった演技を母親の前で出来るとは限らないし、大体、そのことを教えるのはティキではなく今の家族の口からでなければ。 「じゃあ、送るよ?忙しくて無理みたいだって」 「ああ」 アルマがアレンにティキとは会わせられないことをメールしている間、ティキはこれからどうしたものかと考えていた。 会ってみたいと言ってきたということは、かなりティキに関心を抱いているようだ。ただ、その関心がどれほど強いものなのかがわからない。ユウと会うときに無理矢理付いてくる可能性も捨てきれない。 「…はぁ、面倒なことになりそうだ」 「もうなってるよ」 ぼそっと呟いた言葉にアルマが反応し、ずばっと指摘される。 「俺もう間に立つの嫌なんだけど」 「悪いな」 「悪いって思うなら、変なこと言わないでほしいよ。兄ちゃん達のことで、俺には何の関係もないんだからさ」 二人とも余計な事ばかりして嫌になると言われ、確かにその通りだと謝ったティキだったが、ふとユウと再会するきっかけになったことを思い出し眉を顰めた。 「俺とユウが会うきっかけ作ったのは、お前じゃないのか?」 「……そう言えばそうだね。俺が、兄ちゃんが会いたがってるって言っちゃったからだ……いや、でも、あの時ユウホント怖くて!何て名前で、どこにいるんだ!って、すっごい顔してて」 「怖いっつっても、高校三年だろ。お前幾つだ」 「とっくに成人してるけど……あーあ…元は俺の一言かぁ……」 ユウに問い詰められた時に誤魔化していれば、ティキとユウは再会することなく終わっていたかもしれない。 「巻き込まれるのは仕方ねぇな」 「はぁー……」 落ち込むアルマを見て笑いそうになったが、その前に本当の原因に気付いてティキは溜息を吐いた。 全ての原因は母親だ。ユウの援助交際を不安に思い、ティキに助けを求めた。母親のその行動さえなければ、ユウはティキと言う名前をアルマから聞いても誰だかわからず終わっていたはずだ。 「一番、今の家族に拘ってるのにな」 「え?」 「隠そうとしても、必ずどっかでバレるってこと」 「…うん、そうだね、」 いまいちティキの言葉の意図がわからなかったのだろう。アルマの口からは曖昧な反応しかなかった。 「全部、話そうと思う」 「誰に?何を?」 「母親に、ユウと会ったこと」 「いいの?」 「さあな。けど、もうこうなっちまったんだ。仕方ねぇだろ。ユウに会うなって言われたって、俺を実際に止める手段はねぇし、ユウだって一人でどこもいけない子供じゃない。何も知らないはずの息子に俺のこと問い詰められる前に、心構えさせといてやったほうがいいだろ。俺とユウはもう兄弟として会ってて、何も知らないはずの息子は、俺のことを知ってるってさ」 |