my... 22


「アルマ、僕のお婆ちゃん知ってますよね?」
『うん、知ってるけど。どうかした?』

ユウが風呂に入っている間、アレンは自分が滞在することになった部屋でアルマに電話をしていた。

「つい最近、お婆ちゃんの家に泊まりに来ました?」
『ううん。知ってるって言っても、ほぼ他人だし?一人で泊まりに行けるわけないって』
「ですよねぇ……」
『何、何か気になることでもあった?』
「気になるって程じゃ……僕の部屋に、空き缶があって…」
『空き缶?』
「お酒の」

祖母にもアレンの知らない付き合いがあるだろうし、アルマが知っているはずがない。棚を作るということは、それなりに体力のある人物だろうからもしかしてと思ってアルマに電話をしたのだが、アルマが知らないというのならばアレンの知らない祖母と交友関係のある人物なのだろう。

「普段、僕が泊まる部屋を誰かに使わせることないから、ほんの少しだけ、誰かなって思っただけです」
『…ふーん……アレンの部屋の隣って、ユウの部屋だっけ?』
「そうですよ。そう言えば、兄さんの部屋も使ったって言ってたな……」
『……何やってんだか』
「アルマ?」

ぼそっと聞こえた声が気になって声をかけると、何でもないという少し慌てたようなアルマの声がアレンの耳に入ってきた。

『ほら、アレンの婆ちゃんって確か、孫のこと大好きだろ?それなのにそんなの片づけないで残しとくなんて何やってんだかって思っただけ』

アレンが嫌な気分になることが分かっているのに、と言われて思わず苦笑する。祖父母の家で、祖母の許しを得て使わせてもらっている部屋だったが、心の中で自分だけが使う部屋だと思っていたことに気付かされたのだ。

「仕方ないですよ。お婆ちゃん一人でこの家を掃除するのは大変だし」
『滞在中、掃除手伝ってあげれば?』
「うーん…僕……うん、そうですね…」

今日の棚作りは楽だったが、掃除となると自らやろうという気にはなれない。勿論、祖母に手伝ってほしいと言われれば手伝うつもりではいるが。
アレンが提案に乗り気でないことが十分伝わったらしく、アルマがケタケタと笑う。

『まあ、何もしなくても怒んないよ。アレンの婆ちゃんならさ。……あ、誰か来たっぽい』
「あ、じゃあ。兄さんもそろそろ部屋に戻ってくる頃だと思うので」

ピンポンと遠くでドアベルの鳴った音がし、これ以上話し相手になってもらうわけにはいかないと軽く挨拶をして通話を終える。携帯の画面を見ると、九時を過ぎていた。

「こんな時間に……へぇ、」

アルマに誰かと聞いたわけではないが、こんな時間に誰か、と予定にない訪問をしてくるということは、相当親しい人物に違いない。

「…彼女かな?」

最近は就活だ論文だと真面目な言葉しか発していないアルマの口だが、彼女くらいいてもいいはずだ。
今度紹介してもらおうかと口の端を釣り上げ、耳に入ってきた隣の部屋の物音に部屋を出た。








「アルマに彼女?」
「そうなんですよ。今、アルマと話してたんですけど、途中でピンポーンって誰か来て」
「直接誰か聞いたわけじゃねぇんだろ。アイツに彼女なんて出来るのか?女友達も出来たことねェのに」
「それは、僕たちが知ってる時期の話じゃないですか。大学行ってからの話はあまり聞いてないし、その間に女友達も彼女も出来たのかも」

アルマに彼女が出来たというのなら友達として祝福するべきだ。ユウの態度にアレンはむっとして口を尖らせた。
菓子や飲み物を持ってユウの部屋を訪れたアレンは先ず先程のアルマとの通話の事を話した。酒の空き缶の件はキョトンとして聞いていたユウだったが、アルマの彼女の話になるとふんと鼻で笑い、信じられないとアレンの考えを真っ向から否定した。

「……あ、そっか。兄さん、ずっと彼女いませんもんね」
「は?」
「悔しいんでしょ。アルマに彼女が出来て」

ニヤッと笑うと、ユウは少し動きを止め、眉間にしわを寄せて自分の携帯を手に取った。

「だったら、本人に聞いてみるか?今だったらまだそいついるだろ」
「え、ちょ、それは悪いでしょ!折角二人っきりなのに!」
「どうせ彼女じゃない」

二人きりの時間を邪魔するのかと注意したが、口で言うだけでユウが止めるはずがない。電話帳からアルマの名前を探すと、何のためらいもなく通話ボタンを押して携帯を耳に当てた。
きっと彼女と二人きりの時間を過ごしているだろうアルマは電話に出ないだろうと思ったのだが、ユウが耳に携帯を当ててからそこまで時間が経たないうちにユウが口を開いた。

「客来たんだろ。誰だ?」
「ああ……」

ユウの気遣いのない直球の問いに頭を抱える。もう少しそれとなく聞くと言うことが出来ないのだろうか?
だが、この兄ならばアルマと彼女がいつ出会ったか等のアレンが気になっている情報も聞きだしてくれるだろう。
ユウの一直線な正確に溜息を吐きつつも期待したアレンだったが、アレンの期待とは対照的にユウは眉間にしわを寄せて黙ってしまった。

「兄さん?」
「……彼女じゃねぇ」
「え?じゃあ、誰ですか?」
「……ティキ、さん」

ユウの口から出てきた人物の名前に目を見開く。
ティキという人物の名前を聞くのはこれが初めてではないが、その存在を近くに感じたのはこれが初めてだった。ユウの携帯は未だ通話中になっており、通話相手のアルマの傍には、ティキがいる。

「兄さん、僕、ティキって人と話してみたいです」
「は?!」
「だって、実在するのかわからないじゃないですか。メールの名前なんて、いくらでも誤魔化せるし、もしかして本当は彼女……」
「違ぇよ馬鹿」

携帯電話を耳に当てたまま話していたせいで、アルマにどうしたのか聞かれたのだろう。ユウは困ったような顔をしつつ「アレンがティキ、さんと話がしたいらしい」と言った。
ユウの“ティキ”と“さん”の少しの間に違和感を感じつつじっとユウの目を見て携帯を貸すように手を出すと、ユウは渋々ながら携帯をアレンの手に預けてくれた。

「もしもし」
『……もしもし?』
「あ、」
名前の通り、本当に男性だった。電話から聞こえてきた声に焦りつつも会話を続ける。

「ティキさんですか?」
『そうだよ。君は、ユウの弟?』
「はい」

弟がいることは話していたのかとちらっと不貞腐れているユウを見、ティキに正直に代わってもらった理由を話し、謝罪する。

「すみません、アルマに彼女ができたんじゃないかと思って兄さんから代わってもらいました。貴方の名前は聞いたことがあったんですけど、どうも信じられなくて……」
『どうして?』
「えっと……」

何となく、と言う言葉では納得してくれなさそうな相手にどう返事をしたらいいのかと迷っていると、ティキが理由を離したのかアルマの笑い声が聞こえ、暫くしてティキの声が聞こえた。

『ユウの言葉が、信じられなかった?』
「……そうかも」

別に、それが全ての原因ではないだろうが、それでも、援助交際を誤魔化していたユウの言葉を完全に信用できなかったのは事実。ティキの質問を肯定すると、「うーん、」と困ったような声が携帯から聞こえた。

『心配から来る疑心は仕方がない。けど、ユウだって悪意を持って君を誤魔化したり、君に嘘をついたりするしてるわけじゃない。暫くは難しいかもしれないけど、ユウを信じよう、と思ってくれると嬉しい』
「……はい」

穏やかな声で言われ、アレンは困惑してユウに目を向けた。

「あの、貴方、知ってるんですか?」
『ん?』
「…何でもないです」

まさかユウの目の前でユウの援助交際について言えるわけがない。何でもないと言葉を終わらせたアレンに対しティキは不思議そうな声を漏らしていたが、ティキは深く尋ねようとしなかった。

『アルマに代わるよ』
「はい」

通話相手がアルマに代わり、少し話をした後ユウに携帯を返す。

「僕、もう寝ます。お休みなさい」
「?…ああ」

あっさり寝ると言ったアレンを不思議に思ってかユウは少し首を傾げたが、アレンが持って来た菓子や飲み物を持ってユウの部屋から出る頃にはアルマと他愛のない会話をしていた。

自室に戻ってティキがアレンに深く尋ねてこなかった意味を考える。
特にアレンの質問に興味を抱かなかっただけかもしれない。だが、あの口ぶりは……

「知ってるから、聞かなかった」

ユウが援助交際をしている事を知っていたから、アレンに何も聞かなかった。しかも、それだけではないはずだ。

「兄さんが自分から話すわけない…どうして、」

ティキはアルマの友達だ。ユウが昔から知っていたのなら、アレンだってもっと早くにティキ・ミックという存在を知っていただろうが、アレンがティキの存在を知ったのはユウの誕生日より少し前。

「おかしい」

ユウとティキが知り合ったのは、ユウが援助交際を辞めた後の話のはずだ。顔に出やすいアルマがユウの援助交際を知らないのに、その頃知り合ったばかりのティキが知っているはずがない。
だが、ティキはユウが援助交際をしていたことを確実に知っている。

「……何か、隠してる」