my... 20


「けど、どうして急に思い出したんだ?」
「多分、ティキにぃと一緒に寝て、安心したんだと思う。にぃが、一緒にいるって」

手を繋いで二人で懐かしい道を歩く。まだ朝早い為か道を歩いている人はユウとティキしかいない。

ティキの質問に、ユウはほんの十数分前の事を思い出し、ティキの肩を見た。大分乾いたが、まだ、ユウの涙の痕がついている。

「…あの頃は、俺がティキにぃを起こしてたのにな」
「確かに」

今日はティキに起こされてしまったと言うと、ティキは楽しそうに笑い、ユウの手を握る手に力を込めた。

「ユウと別れてから、一人で起らきれるようになるまで苦労した。毎日、起きる頃になるとユウが起こしに来る夢見てさ、声はするのにいつまで経っても俺の上に乗っかってこなくて、ユウが乗ってくるのずっと待ってたりしたもんだ。最近じゃ慣れたけどな」
「慣れたって、ずっと見てるのか?」
「ん?ああ、そう言えば、ユウと連絡とれるようになってからは見なくなったな。けど、ユウと最初に会った時は、まだ見てた」

写真でユウの成長は見ていたはずなのに、ティキの中のユウは別れた時のままで止まっていた。最近その夢を見なくなったのは、ティキがちゃんと、ユウの成長した姿を実際に見たからだろう。

「ティキにぃ、俺のことかなり好きだろ」

離れて14年も経った弟に起こしてもらう夢を見るなんて相当なものだと、半ばからかう様な気持ちで指摘すると、ティキはキョトンと目を瞬かせた後、足を止めてユウと向き合い、真剣な様子で頷いた。

「否定はしない。好きだよ」
「………」

さらっと言われ、指摘したユウの方が恥ずかしくなる。ユウの予想では、ティキは戸惑ったり、照れたりして、はっきりとした答えを言わないはずだったのだ。

「ユウが思ってるよりもずっと好きだ。ユウと一緒に人生を歩んでいけたらどんなにいいか――」
「……それ以上言わなくていい」

顔が熱くなったのを感じティキが握っていない方の手で顔を隠す。すると、ふわ、と耳にくすぐったさを感じ、すぐ近くでティキの声が聞こえた。

「耳、赤いぞ」
「――!!!」

ハッとして耳に手を当てると、ティキの笑い顔がユウの目に入ってきた。ユウの行動が面白いと言わんばかりの顔だ。

「からかったのか?!」
「先にからかおうって思ってたのは、ユウだろ?」
「それは、」
「違うか?」
「……思ったけど、」
「俺をからかおうなんて、十年早い」

悔しくなってティキと向き合っていた足を動かして散歩の道を急ぐ。

「ユウ、歩くの早いぞ」
「離れて歩けよ、ティキにぃ」

早足にもかかわらずティキは悠々とユウの後をついてくる。ついて来るなとは言えず、少し離れて歩くよう言ったが、ティキは首を横に振りニコニコと笑ってユウの手を指差した。
ユウの片手は、がっちりとティキの手を掴んだままだったのだ。

「俺は力入れてないぞ」
「……もういい」

手を離す気にもなれず、歩く速さを落としてティキの隣を歩く。もともと怒っていたわけではないし、ティキは悪くない。

「機嫌治ったか?」
「別に悪くなってもない」

それならばいいがとティキが話を終了させ、少し先を指差す。指をさした場所には何もなく、ティキは一体何を指しているのかと首をかしげる。

「小さい頃は、あの辺りで散歩終わらせてたんだ」
「…もっと行ってると思った」

のんびりと歩いてきたこともあるだろうが、ユウの足は少しも疲れを感じていない。

「俺も、もう少し歩いてたと思ったけど、俺もガキだったし、ユウはほんと小さかったからな」

そんなことを話しているうちに、ティキが指差した場所に到着してしまい、ティキの足が止まる。

「どうする?まだ進むか?」
「当たり前だ」

戻ってもいいと言うティキに、ユウはまだまだ時間は沢山あるのだといい返し、先へ進もうとティキの手を引っ張った。ティキは抵抗するわけでもなく素直に足を動かし、ユウの隣を歩く。

「ユウ、ひとつだけ」
「何だよ」

暫くお互い無言で景色を見て歩いていたところで、ティキが口を開いた。

「さっきのな、結構本気だった」








眠い。
散歩から帰って朝食を食べ終えたユウは、前日のように問題集を開き、聞こえてくる金槌や鋸の音を聞きながら頭を悩ませていた。
問題がわからずついウトウトしてしまうことはよくあるのだが、今日は早起きした所為か、いつもより眠い。ほぼ一緒の時間に眠り、ユウよりも早く起床したティキが外で日曜大工をしているのだから一人だけ眠るわけにはいかないと目をこすったり立ち上がって腕を伸ばしたりしてみるが、一向に眠気は覚めない。

「……う、」

外に出れば眠気も覚めるかと外へ出ようとしたが、タイミングが良いと言うべきか、悪いと言うべきか、祖母が差し入れを持って来た為、外へ出ることは出来なかった。

「頑張ってる?」
「一応、」
「これ、差し入れね」

そう言って机に置かれた盆には麦茶と、昨日とは色が違うゼリーがあり、戸惑いつつも礼を言う。相変わらず、外からは金槌の音が聞こえる。

「あの、ティキにぃの分は…?」

昨日は、ティキに差し入れされることはなかった。もしかすると今日も…と思い尋ねると、やはりと言うべきか、祖母は「用意してないわ」と答えた。ユウがしかめっ面をしているのにも気づいているはずだが、ティキに差し入れを遣らないことは何とも思っていないようだ。
「ティキはいいのよ。もう大人だしね、食べたいものは勝手に冷蔵庫から取るでしょ」
「…俺も、もう十八なので」
「あら、学生なんだから子供でしょう?ね?」
「…ティキにぃ、外で作業して熱いと思うから、麦茶くらいは、」
「そんなに心配しなくても大丈夫。倒れたりしないわよ。大体、ティキは私の……あら、電話?」

ジリリリリ……と遠くから電話の音がして、祖母が口を閉じる。暫く二人で黙っていたが、一向に電話が鳴りやむ気配がないので、仕方がないと祖母が立ち上がった。

「お父さん出ないみたいだから、行くわね。また、お昼の時に持ってきてちょうだい」
「はい、」

祖母がいなくなり、溜息を吐く。麦茶を一口飲んだ後は盆にグラスを戻し、そのまま勉強道具の向こう側へと盆を追い遣った。

「…音が消えた」

少し眠気が覚めたのでもう一度問題集とにらめっこでもしようかと机に向かいなおす。だが、問題を一問解かないうちに金槌の音も鋸の音もしなくなっていることに気付き、それどころか、足音がこちらへ近づいていることに気付いて手を止める。

「ユウ?」
「ティキにぃ!」

祖母が戻ってきたのかと思ったが、障子を開けて入ってきたのは外にいるはずのティキだった。

「もう終わったのか?」

祖母の頼まれ事が終わったのかと尋ねると、ティキは少し首を横に振り、机の下にあった座布団をひとつ引っ張り出して二つ折りにし、それをまくら代わりに横になってしまった。少し、不機嫌そうだ。

「にぃ?」
「俺、明日の朝帰ることになった」
「何で!」
「ユウは、二十五日まで泊り」

まだ三日目で、帰宅予定の二十日まではまだ日にちがある。
祖父母の家で一緒に過ごそうと言いだしたのはティキの方なのにと責めると、ティキは横になったまますまなそうに詰め寄るユウの頭を撫でた。

「明日、母さんが弟連れて来るんだとさ。日帰りだったら日中出かけて夜帰ってくればいいって思ってたけど、なんか、弟君は泊るらしい」
「………」

ハッとして隅に置いた鞄から携帯電話を取り出し電源を入れると、アレンからメールが入っていた。

【お父さんの友達がイタリアで個展をやることになったそうで、二人ともその手伝いに行くそうです。僕一人だと家を滅茶苦茶にしそうだから、兄さんと合流することにしました。いいですよね?】

三十分程前に届いたメールだ。
よくも邪魔をしてくれたと携帯をへし折りそうになったが、携帯がギチ、と嫌な音を立てたところでティキがユウの手から携帯を取り上げ、電源を切った。

「残念だけど、俺は母さんに会うわけにはいかないし、弟君もいきなりだと混乱するだろ」
「…じゃあ、もう勉強やめるから何かしたい」

まだ時間があると思っていたのに、突然明日にタイムリミットが変更されてしまい戸惑う。だが、戸惑ってばかりはいられない。ティキは明日帰ってしまうのだ。
明日の朝帰ってしまうと言うことは、一緒に何かできるのは実質今日一日。今日一日は構ってもらえるだけ構ってもらわなければと問題集を閉じようとしたが、ティキに駄目だと言われてしまった。

「午前中は勉強。婆さんと約束してただろ?邪魔しないならいいって許可貰って来たんだ。昼過ぎまでは、ユウは勉強」
「…じゃあ、ティキにぃは何するんだよ」
「んー……まあ、ひと眠り?」
「………」

座布団をまくら代わりにしている時点で何となく想像で来ていた答えだが。
構えとユウが体を軽く叩いてもティキは起き上がろうとしなかったので、溜息を吐いて机に向かう。

問題を解き進め、頁を捲ったところでちらっとティキを見る。

「ティキにぃ」

規則正しく胸が上下し、穏やかな寝息が聞こえる。ユウが服を引っ張るとティキは少し眉を顰めて脇腹を掻いたが、起きる気配がない。ティキも、何だかんだで無理をして早起きしたのかもしれない。

「………」

人が勉強をしているのにその近くで眠られては腹が立つ。
勉強する気も起きなくなりシャープペンシルを投げ出してティキの隣に横になる。まくら無しで横になるのは頭が痛くなりそうだったので、起きた時に腕の痺れに悩んでしまえと、ティキの腕をまくらの代わりにした。

勉強なんてもうどうでもいい。どうせ、ティキにユウの部屋に入る許可を出したということは、祖母は今回は仕方ないと目を瞑る気でいるのだから。
ティキの服の首ものあたりをギュッと掴み、目を閉じた。