my... 18


「ユウ、何食いたい?」
「蕎麦」
「いや、鳥とか」

川で涼んだ帰り道、ユウはティキに連れられるままにスーパーにやって来ていた。釣った魚は車の中に置いてきたわけだが、エンジンを切った車の中は窓を開けているとはいえかなり熱くなっているだろうし、唯でさえ釣りあげられて弱っていた魚には地獄だろう。

「釣った魚は何だったんだよ」
「ん?だってさ、魚だけじゃ味気ないだろ。肉買っていってやった方が祖父さんも喜ぶだろうし」
「でも、作るの大変じゃないか?」
「可愛い孫に食わせる為なら苦じゃねぇって。もともと料理好きだし」

祖母に一度聞いた方がいいのではとユウは思うのだが、ティキはユウの考えなどお構いなしに適当に目についた食材をかごの中に入れていく。祖父母の家の電話番号は携帯に入っている為、確認を取ろうと思えば取れるのだが。

「…多分、それだと肉じゃが作ると思う」

適当に放り込まれた食材だったが、何だかんだで一品料理が作れる材料が揃っている。ユウがそのことを指摘すると、ティキは糸こんにゃくを掴んでいた手をぴたりと止めた後、苦笑いをして糸こんにゃくをかごに入れた。
「…まあ、いいんじゃねぇかな。肉じゃが」
「あっさりしたのが食いたい」
「……きっと薄味の肉じゃが作ってくれるって」

一度かごに入れてしまったものを戻すのは気が引けるのか、ティキは文句を言うユウを宥めつつもかごの中のものを出そうとはしなかった。
今まで食材を見てあちらこちらに動いていたティキの目が動かなくなったので、どうやら買い物は終わりのようだ。レジへ向かうティキの横を歩き、帰ったら夕食作りを手伝おうかなどと考えていると、すっと隣のティキがいなくなる。

「ティキにぃ?」

足を止めて振り返ると、ティキはアルコール飲料のコーナーをじっと見ているところだった。

「買うのか?」

近寄って話しかけ、ちらっとかごを見る。買うのかどうかなど聞くまでもなく、かごにはすでに缶が二本入っていた。

「寝酒にさ、ちょっとくらい良いだろ、」
「二本はちょっとなのか?」
「飲むときに比べりゃちょっとだよ。会社で飲み会あるときはそれこそ缶じゃなくて瓶一本は軽く飲むし」
「…酔って寝るなよ。夜ティキにぃの部屋行くからな」

行った時に眠っていては困ると顔を顰めると、それは大丈夫だと笑ってティキの手が三本目の缶をかごに入れた。

「ユウもちょっと飲むか?」
「未成年は飲んだらいけないんだぞ」

普段から親に厳しく言われているので、きっぱりとティキの誘いを断る。誘ったティキもユウが頷かないことはわかっていたらしく、特に機嫌を悪くするでもなく、ただ「偉いな」と感心の声を零した。

「ティキにぃ、飲んでたのかよ」
「高校の時にちょっとだけな。……本当にちょっとだって」

ユウが疑いの目を向けたので、ティキが焦ったような声を出す。

「ポルトガルは日本に比べたら飲酒制限厳しくないんだぞ」
「ティキにぃ、小学校入学に合わせてこっち来たって言ってただろ。それとも、高校はポルトガルの高校に通ってたとでも言うのか?」
「…日本の学校だけど」
「だったら駄目だろ」

眉を顰めてティキを見ると、ティキはバツが悪そうにユウから目を反らす。弟に責められて居たたまれない気分なのだろう。
「まあ、もう二十歳越えてるから良いけどな。けど、飲みすぎは体に悪いからほどほどにしろよ、ティキにぃ」
「……まさかユウに説教される日が来るとはね、」

ガキの頃は想像もしていなかったと言うティキは、食材の時とは違い、かごの中に入っている缶三本のうち二本を元の場所に返した。

「一本でいいや」
「よし」

背伸びをし、飲みすぎるなというユウの意見をちゃんと聞いたティキの頭を撫で、今までティキが一人で持っていたかごを一緒に持つ。
夕食の買い物をしていた奥様方がぽかんとしてそれを見ていたが、ユウは気にすることなく堂々と、ユウの行動に驚いて固まっているティキを引っ張りレジに並んだ。










夜、ユウは夕食を食べ終わった後すぐに風呂に入り、昼間あまり集中できなかった勉強をしていた。ティキは風呂に入っている為部屋にいないし、何もやることがなかったのだ。
昼に比べたら幾分風通しが良くなり、隙間風が気持ちいい。
ユウにしては良いペースで問題を解いていると、ギシッと廊下が鳴り、ユウの部屋の前を誰かが通った。通り過ぎた人物はそのまま隣の部屋へ入ったので、ティキが風呂から上がったのだと問題集を閉じる。

祖母が様子を見に来たとしてもすでに寝ていると思うように布団に細工をし、電気を消す。部屋から出て隣の部屋の戸を叩くと、「どうぞ」と中から声がした。

「ユウ、早いな」

遠慮なく中に入ると、ティキは上半身裸で首にタオルをかけた状態で布団の上に座り、スーパーへ行った時に買った缶を開けたところだった。

「布団に零すぞ」
「平気だって」
「………」

まあ、ティキは飲みなれているのだろうと考え、それ以上注意せずティキの隣に座る。枕の上にシャツが置いてあり、何故着ないのだろうかと首を傾げる。

「それ、着ないのか?」
「ん?ああ、体乾いてからな。風呂上がりすぐに着ると何か嫌な感じしないか?」
「そんなに……」

体を拭いたのにどうして体が乾いてからなんて言うのだろうかとティキの腕を触ってみると、確かに少し汗ばんでいるような気がした。

「ティキにぃ」
「どうした?」
「運動何やってるんだ?」

ティキがシャツを着ない理由はすぐにわかったが、腕を触ったことで、逆に気になることができてしまった。
ティキの腕は程良く引き締まり、無駄がない。体のラインもとても整っている。服の上からでもスタイルの良さは存分に伝わっていたし、川で上半身裸になった時も思ったが、こうして意識して見てみると、余計にバランスのとれた体つきが良く目立つ。

「運動かぁ…そういや、最近してないな」
「嘘だ。何もしないでこんなに筋肉付くはずない」
「嘘って言われても、実際にやってないし……仕事ばっかで時間ねぇよ」
「じゃあ、どうやったらティキにぃみたいな感じになるんだ?俺、それなりに運動してるのに筋肉付かないぞ…」

むすっとして半袖を肩まで捲し上げて力瘤を作って見せるが、うっすらと膨らむだけであまり変化がない。

「んー…そんなに力付ける必要ないだろ?」
「弟に腕相撲で負けた」
「成程、婆さんが特別扱いするわけだ」

昼食時、祖母がユウに一番軽い物を持たせたことを思い出したのか、ティキが納得したような声を出す。

「飯あまり食わないから駄目なんじゃないか?」
「飯食ったら筋肉付くのか?」
「多分。付きにくい体質とかはあるとは思うけどな」

布団から少し離れたところに缶を置き、ティキがユウの手首を両手で掴む。そこから徐々に片手を肩へと進ませ、眉を顰めた。

「あー、こりゃ、心配になる腕だな」
「どういう意味だよ」
「か弱げ」
「か弱くない!」

女みたいに言うなと怒ると、ティキは苦笑してごめんと謝った。あまり反省しているとは感じられない謝罪だ。

「ユウは母さんの遺伝子強く継いじまったのかもな」
「嬉しくない」

ユウは、もっと男らしい体つきになりたいのだ。
高校入学の頃にユウよりもか細かった同級生が今ではユウよりもがっしりとした体つきになっている。担任に頼まれて教材を運んでいる時に、ユウはそれを苦と思っていなかったにもかかわらず、女子から「代わろうか?」と心配されたこともある。
ユウはそれらが嫌で仕方がなかった。

「馬鹿にされるんだぞ」
「馬鹿にっていうか、本当に不安になるレベルだぞ、これ。不健康には見えねぇけど、華奢に見える」
「……ティキにぃも馬鹿にするのか?」
「してない。単純に、感想言ったんだよ。足は?」

ティキに足も見てみたいと言われ、足を胡坐をかいたティキの足の上に乗せる。ティキは腕に触れたときのようにユウの足首から付け根にかけて触れた後、ふと止まり、忍び笑いをしつつ口を開いた。

「ユウさ、今度スカート穿いてみろよ。絶対にばれない」
「あぁ?!」

キッとして「男の足じゃない」というティキを睨みつけるが、ティキは平然としてユウの太もも辺りを触っている。

「女の足ってわけでもないけど、成人前の男の足じゃないんだよな。中性的ってやつか?」
「男だぞ」
「わかってるよ。けど、そうだな。ユウ、ほんとどっちにも取れるような体つきしてんだ。肩幅もそうだし……だから、筋肉あんましつかねぇのかも」

どうやったらティキのような体つきになれるかと相談したのに、どうして華奢だの中性的だのと言われなければいけない?
ティキの口からは男らしい等のユウが望む言葉は一切出てこず、ユウはむっとしてシャツの乗った枕を掴み、ティキの頭を叩いた。

「いった!!」
「いつかティキにぃより男らしくなるからな!馬鹿!」