my... 15


「じゃあ、よろしくお願いします。ユウ、頑張ってね」
「僕も泊りたかったなぁ…」
「ユウが一人で集中して勉強したいって言うんだから、今回は我慢して」

14日の昼、両親に送ってもらい、ユウは一人だけ宿泊道具を持って祖父母の家にやってきていた。 祖父はニコニコとユウを迎えてくれたが、祖母は何か考えることでもあるのか複雑そうな笑みだ。

「じゃあ、お母さん。よろしくお願いします」
「はいはい」
「ユウ、頑張ってね」
「ああ」

車から降りようとしない母親達に祖母が首を傾げ、祖母が口を開く。
「お昼は食べていかないの?」

家の中からは料理の美味しそうな匂いがするが、母親は祖母の問いに対して首を横に振り、苦笑気味に祖母に謝った。
「ごめんなさい、母さん。お昼は食べ放題のお店に行くってアレンと約束したのよ。泊らせてくれない代わりにって」
「お店の食べ物食べつくしますよ!」
「それは店の迷惑になるんじゃないかな、」
「まあ、そう言うことなの。今度またゆっくりしに来るから」

両親とアレンがいなくなると、祖父はさっさと中に入ってしまい、祖母とユウ二人だけになる。

「……よろしくお願いします」
「まあ、そんなに硬くならなくていいのに。……ティキはいつ頃来るのかわかる?」
「えっと、母さんたちと絶対に会わないように気をつけるって言ってたから、夕方だと思います」

ユウが今朝携帯に届いたメールを見つつ言うと、祖母は「本当に知ってるのね……」と溜息を吐きつつ呟いた。
「じゃあ、夕飯は四人で食べられるわね。まあ、上がって荷物部屋に置いてきちゃいなさい。ユウはいつもの部屋を使っていいからね」

祖母に促されるままに部屋へ行き、勉強道具と着替えの入ったバッグを置く。
居間に行くと、祖父がぼんやりとテレビを見ていた。入ろうか迷っているところに祖母が麦茶を持ってやって来て、部屋に入るようにとユウの背中を押す。

「最近ドラマばかり見てるの。やることがないって」
「そうなんですか、」
「棚が壊れちゃったから直してほしいんだけど、そんなこと言って怪我でもしたら大変だしねぇ……ボケ始めてから本当に使い物にならないのよ」

祖母は笑いながら言うが、どこか寂しそうだ。

「ほら、近所の人に頼もうにも、ここら辺はどこも爺婆ばかりでしょ?お願いするのも気が引けるのよ。杉山さんのとこなんてお父さんが雪下ろしで屋根から落ちて、今でも車椅子で生活しているし」

杉山さんと言われても顔が全く思い浮かばなかったが、とりあえず当たり障りのない返事をし、テレビを見て笑っている祖父を見る。
祖母の言うとおり、この辺りは若者が殆どおらず、大半は祖父母と同年代の老人ばかりだ。 ユウが小学校低学年の頃はそれでもまだここに住む若夫婦や子供の姿があったが、ユウが中学年になり、この地域唯一の小学校がなくなってからは全く見かけなくなった。 祖父母の家に遊びに行った時、一緒に遊んでいた友人が皆引越してしまってもういないと知った時はそれなりにショックを受けたものだ。

「棚、俺が直しましょうか」
「うん?ああ、いいのよ。ティキに直させるからね。さて、ご飯冷める前に食べちゃいましょうか。持ってくるから、少し待っててちょうだい」
「手伝います」
「そう?わるいわねぇ」

麦茶をテーブルに置いて祖母と一緒に部屋を出る。結局、祖父はユウが来てから部屋を出るまで、一言もユウに話しかけず、さらにはユウを見ることなくテレビを見続けていた。








エンジンの音がする。

「ん……」

昼食を食べ終わってから眠気に襲われ、自室で座布団をまくら代わりに眠っていたユウだったが、耳に入ってきた音に眉を顰め、ゆっくりと目を開けた。
時計を見てみるともう五時で、軽い昼寝のつもりが熟睡してしまったのだと知る。
大きく欠伸をして寝汗をかいていた首筋を掻いていると、エンジンの音が止んだ。

「……車、」

誰か来たのかと寝起きの頭を稼働させ、祖父母の家に来た理由を思い出して飛び出すように部屋から出る。ばたばたと足音を立てて玄関へ行くと、丁度祖母が戸を開けて客人を迎え入れようとしているところだった。

「俺が出る!」
「あら、」

慌ててサンダルを履いて戸を開けると、久々に見る兄の姿があった。

「ティキにぃ、」
「会うのは久々だな。元気にしてたか?」
「う、ん」

一歩引いてティキを中に入れ、祖母と会話を始めるティキを見る。少し色の濃くなった肌を除けばそこまで以前見た時と変わりはない。変わらず、元気そうだ。

「いつもの部屋を使ってちょうだい。まだ夕飯できてないから、少しのんびりしてて」
「ああ」

祖母がいなくなると、ティキはじっとユウを見た後、「寝てた?」と尋ねてきた。どうしてばれたのか、もしかして涎でも出ていたかと慌てて口元を拭ったが、ティキが触れたのは前髪で、二三回手櫛で梳くとその手は離れた。

「寝癖付いてた。梳かすだけで直るなんて、便利な髪だな」
「暇だったから、」
「わかる。何もないから、眠くなるよな、ここ」

荷物を置いてくると言うティキの後を付いていくと、ティキはユウの部屋の前を通り過ぎ、ユウの部屋から離れた客室に荷物を置いた。すぐ隣は祖父母の部屋だ。

「…ティキにぃ、ここで寝るのか?」
「ん?嫌か?」
「隣、二人の部屋だ」

夜、ティキの部屋に遊びに行こうと思っていたユウにとって、すぐ隣が祖父母の部屋であるというのは都合が悪い。
ユウにこの部屋は駄目だと言われたティキは困ったように眉を顰めるが、だからと言ってどうすることもできず困っているようだ。

「客室はここだけだ」
「他の部屋が良い」
「それは、婆さんに聞いてみねぇと……」
「弟がいつも使ってる部屋なら良いと思う」
「ちょ、ユウ」

さっとティキの荷物を掴んで客室を出ると、困り顔のティキが後ろを付いてきた。
先程通った廊下を戻り、ユウの隣の部屋を開けてそこに荷物を放り込む。

「ユウ、移動するにしてもさ、婆さんに聞いてからにしよう」
「何で」
「何でって、ここはあの二人の家なんだからさ、家主の意見は聞かないといけないだろ?」
「じゃあ、ティキにぃは婆さんが駄目だって言ったら元の部屋に戻るつもりなのか?」

確かに祖母に聞かず勝手なことをしたとは思うが、ティキは自分の家に泊めることができないからと代わりに祖父母の家に一緒に泊ることを提案してきたのだ。 それなのに離れた部屋で数日を過ごすのは納得できない。

「あらあら、何してるの」
「婆さん、」
「ティキの荷物、…ティキ、この部屋を使うの?」
「…出来れば、」
「まあ、良いけど……ユウの勉強の邪魔にならないようにしてちょうだいね」
「ああ」
「ご飯できたから、運ぶの手伝って」

台所へと戻っていく祖母の後ろ姿を見、二人でほっと顔を見合わせる。

「案外あっさり許してくれたな」
「何だかんだ言っても、断られるの、想像できなかったけどな。婆さん、孫に甘いし」
「確かに」

祖母はティキの顔を見て、ユウの我が儘だと理解しただろうし、滅多にないユウの我が儘を突っぱねるとは思えない。まあ、ティキの我が儘だったならば、もう大人なのだからと部屋の移動を許さない可能性もあったが。

台所に行くと、祖母は四人分の食器と飲み物の入った容器が乗った盆をユウに、沢山の料理が乗った大きな盆をティキに渡し、自分は白米の入った木桶を持ち上げた。

「そっちの方が重くないですか」

四人分の飯、汁用の椀に、取り皿、飲み物の入った瓶。重みがあるものは瓶のみで、椀や取り皿はとても軽い素材で出来ている。
明らかに自分よりも重い物を持っている祖母に持っているものの交換を申し出たユウだったが、それはあっさり却下された。

「いいのよ。ユウに重い物持たせられないからね」
「……俺、男ですけど」
「わかってるわよ。でもどうしてもティキやアー君と比べると食は細いし体も細いし…ねぇ?」
「俺に振るなよ、」

祖母に同意を求めるような目で見られ、ティキが眉を顰める。否定も肯定もできないということは、少なからずユウのことを祖母と同じような目で見ているということなのだろう。
ユウが睨むような目を向けると、ティキは肩を竦ませて目を逸らした。