【夕飯作った】
たったそれだけのメールに添付された写真を見て苦笑する。 最近父親と弟に泣きつかれて和食だけでなく洋食も勉強するようになったと言っていたが、まあ見事な料理だ。 ティキに写真を送るために頑張ったのかは不明だが、ただ盛り付けるだけでなく装飾までしてあり、下に敷いてあるランチョンマットがそれなりのもので、メール本文が【外食した】という一言だったならば簡単に騙されているだろう。 【美味しそうだ】 ユウといい勝負の短文を返信し、料理をしつつ返信を待つ。 写真を見て洋食も良いなと思ったが、生憎今日は和食にしようとその為の食材を買ってきていた。ユウが作ったものと同じものを作るには明らかに材料が足りないので、諦めて当初の予定通り和食にする。 【ティキにぃは何?】 10分もしないうちに携帯が鳴り、ユウからのメールが届いた。夕飯を作ったと書いてあったし、時間が夕食時ということもあったので、これから食事かと思ったが、そうではないらしい。 【和食。適当に煮物作って、味噌汁作って、終わり】 また短いメールが届いたなと思いつつ、これから作る料理を書いてメールを送信する。 【そっちがいい】 今度は5分もしなかった。自分と同じく携帯を常に目につく場所に置いてあるのかと苦笑し、どう返したものかと頭を悩ませる。 この手のメールの後は、大抵泊りに行きたいというメールが来るのだ。ユウの中では、遊びに行くだけでは満足できなくなっているらしい。まあ、その遊びに来たというのも、兄弟として再会した日の一回だけなのだが。 別に泊りに来ても良いのだが、ティキにはユウをちゃんと家に返せるかという不安があった。 一日だけでも寝食を共にしてしまったら、家に帰したくなくなってしまいそうで怖いのだ。 何だかんだと文句を言っていても、家族は家族。ユウの家は両親と弟の待つあの家に他ならないし、ティキが独占していいはずがない。 「……家が駄目なら、」 と、そこでふと、一つの考えが頭に浮かんだ。 ユウを返せるか不安になるのなら、場所を変えればいい。ユウは、ティキの家に泊まりたいというよりも、ティキと一緒に過ごしたいというのが希望のはずなので、問題はない。 嫌だと言ったらまた改めて考えればいいのだから。そう考え、ティキはユウに頭に浮かんだ案をメールした。 流石に数分で返ってくるようなものではないだろうと携帯を置き、カウンターに食材を置いたまま放りだしていた料理を再開する。 ティキのメールに気付いていないのか、それとも考えているのか、ユウからの返信はなかなか来ず、料理が完成しても携帯は鳴らなかった。 食事をしつつも、普段は気にならない静けさが妙に気になり、リモコンを使ってテレビの電源を入れる。 適当にチャンネルを変えてみたが興味を引く番組が特になかったので、ニュース番組を出してリモコンを置いた。 『多くの学校では今日、終業式が行われ――』 「…終業式、」 特にメールには書かれていなかったが、もしかするとユウも今日終業式だったのかもしれない。 そう思い、ユウに終業式だったのかどうか聞こうと携帯に手を伸ばしたが、途中で自分のやろうとしていることの無意味さに気付き、溜息をついて手を引っ込めた。 ユウは受験生なのだから、夏休みに入ったとしても補習があるはずだし、終業式だったか聞いたところで何がどうなるわけでもない。 結局のところ、終業式云々は重要ではなく、ユウからの返信がないことが気になってメールをしてみたいだけなのだ。 大人しくユウからの返信を待っていようと明日の天気予報が流れるニュースを見、携帯に気を遣りつつ食事を済ませる。 まだ来ないことを気にしながら皿を洗い、シャワーを浴び、会社から持ち帰った書類に目を通し終えたところで、漸く、携帯が鳴った。メールではなく、電話だ。 「もしもし、」 『ティキにぃ?今いい?』 「ああ」 後は寝るだけだからと言うと、良かった、とほっとしたような声が携帯から聞こえた。 『メール読んだ。母さんに聞いたら、良いって』 「そっか」 『けど、母さん、気付かないかな、』 「大丈夫だとは思う。母さんが俺に関して過剰に反応するのは知ってるし、言えないだろ」 『じゃあ、俺どうしたらいい?直接祖父ちゃんの家行けばいいのか?』 「ああ。そしたら、日にち合わせて俺も行く」 ティキが考えたのは、母親の祖父母の家に泊るというものだった。 ポルトガルにいる父方の祖父母とは疎遠になってしまったが、母方の祖父母とは、ティキが社会人になってからは度々家を尋ね、会うようにしていた。両親の離婚の原因は父親の浮気だったわけだが、祖父母は父方に似ているティキを温かく迎えてくれる。 祖父母の家ならば人の目を気にして疲れるということはないし、ユウは両親の送迎が必要な為、ティキはユウを引きとめられない。 『わかった。連絡したら教える。ティキにぃ、いつがいい?』 「8月ならいつでも。中頃だと一番いいけど、別に有給取ってもいいし」 『俺も中頃の方が良いから、それくらいにする。日にち決まったら連絡するから』 「ん」 短く返事をし、ちらっと時計を見る。会話自体はそこまで長くしていないが、電話がかかってきた時間が遅かったので、もうそろそろ電話を切った方が良い時間になっている。 「ユウ、そろそろ」 『もう少し話したい』 「隣、弟の部屋なんだろ?向こうが寝る準備して静かになったら、聞かれるぞ?」 『……もう少し早く電話すればよかった』 はぁ…と溜息が聞こえ、ユウが電話を切ることを了承する。 『また電話していい?』 「いつでも」 『おやすみ、ティキにぃ』 「おやすみ」 【泊るの、14日〜20日になった】 8月に入り、ティキの仕事が落ち着き、暇になった頃、ユウから祖父母の家へ行く日にちのメールが届いた。後ろ数日は有給を取らなければいけないが、普段できない家の掃除等をすることを考えれば、なかなか上手い具合に休みと重なっている。 会社で有給の申請をし、その夜、ティキは祖母に電話した。 『はい、神田です』 「婆さん?」 『あら、ティキ?久しぶりねぇ』 ティキが名乗る前に祖母は電話の相手がティキだとわかったらしい。嬉しそうな声が聞こえる。 『どうしたの』 「久々に泊り行こうかと思って」 『本当?いつ来るの?』 「14日。20日の朝帰る」 『…あのね、ティキ、悪いんだけど、丁度その時、用事があって』 「誤魔化さなくていい。わざと、その日にしてるんだ」 事情を知らなければティキをユウと会わせないようにするのは当然だ。何とか理由をつけてティキが泊る日をずらそうとする祖母の言葉を遮り、ティキはきっぱりと言った。 「ユウと、その日にしようって決めた」 『……ユウと?』 困惑しているのがよくわかる。でも、どうして、と慌てている祖母を落ち着かせ、ユウはもうティキのことを知っているのだと説明した。 「会ったこともあるし、電話も何回かしてる。ユウは、俺の家に泊りたいって言ってたけど、家に泊られるとユウの家に帰したくなくなりそうで不安なんだ。協力してくれよ」 『…お母さんは何も知らないのね?』 「知らない。相変わらず、手紙にはユウと関わらないでほしいって書かれてる。ユウはどうだか知らねぇけど、俺は知らせるつもりもない。ずっと我慢してたんだ。会うなって言葉に従って、何年も我慢した。 離婚は仕方ないと思うし、俺が親父に引き取られたのも、納得してる。けど、ユウと会うなって言うのはさ、もう、無理だ。ユウは俺のこと知ってるし、俺も、我慢できねぇよ」 『ティキ、』 「…だから、出来るだけ穏便にすませたい。俺の家に泊めて、もし俺がユウを家に帰せなかったら、ややこしいことになるのは目に見えてる。でも、俺と一緒に過ごしたいっていうユウの願いは叶えたい。だから、協力してほしい」 暫く、祖母は何も喋らなかったが、ティキが電話を切らず辛抱強く答えを待っていると、溜息が聞こえてきた。 『バッタリ会う、なんてことがないように、ちゃんと来る時間は相談するんだよ。…楽しみにしてるからね』 |