my... 13.5 Birthday


「いらっしゃいませ!三名様ですか?」
「予約してたミックです」
「あ、はい!こちらです」

学校後、美味い蕎麦屋を予約してあるとティキに連れてこられた店は、ユウが今まで行った蕎麦屋の中では一番高級感あふれる店だった。味はまだ分からないが、広い日本庭園や、偶にすれ違うテレビで見たことがあるような客を見ると、自分が酷く場違いに感じられる。

「ユウ、今の、女優のあの人じゃない?…えっと……名前何だっけ……テレビで見るんだけど、」
「結構有名な店らしい。芸能人も政治家もよく来るとかで」
「へー」

こそっとアルマに話しかけられ、ユウが必死に女優の名前を思い出そうとしていると、ティキが振り返りつつ二人に話しかけてきた。芸能人や政治家が来る店……明らかに、ユウが気軽に来ることができる店ではない。

「どうした?」

ユウが眉間に皺を寄せたことに気付いたティキが、不安げに声をかけてきた。

「…ここ、俺が来ていいところなのか?」
「勿論」
「何か、俺がいつも行く場所と違うから緊張する」

折角食事に誘ってくれたティキの気分を悪くしたくはないと、店の雰囲気が嫌だとは言わずに言葉を濁す。

「こちらです」

ユウの言葉を受けてティキが口を開く前に、案内してくれていた女性が立ち止まり、襖を開いた。隣の部屋とは襖続きというわけでもない、完全な個室だ。

「ごゆっくりどうぞ」

襖が閉じられ女性がいなくなると、アルマが大きな息を吐いて率先して座布団の上に座った。ティキがアルマの斜め向かいに座ったので、ユウはアルマの隣、ティキの向かいに座る。

「すっげー、ここ。兄ちゃん、よくこんな場所知ったね」
「会社の上司に連れてこられた。ユウ、ここは別に服装が指定されてるわけじゃないし、子供も普通に来る。そんなに緊張するような店じゃない」
「子供、来るのか?」
「ああ。上司と来た時は、廊下を走り回ってたぞ」
「……そういう、とこなのか、」

子供もやって来ると言うことを聞いて少しだけユウの心が軽くなる。服装も指定されていないと言うし、ただ建物が立派なことを除けば、普通の蕎麦屋と変わらないのかもしれない。

「…ティキにぃ、メニュー見ていい?」
「ああ」

少し気分が良くなり、店のメニューに興味が湧いてきた。ユウが目の前に置かれたメニューの上に手を置くと、ほっとしたのかティキの表情が緩んだ。
二つ折りのメニューを開いてみると、中に書いてあるのはどこの蕎麦屋でも見る蕎麦の名前だった。値段は書いていないが。

「これ、値段わからないぞ」
「いいよ。気にしないで決めてくれ」

奢りだと言われ、あらためてメニューを見る。ユウの隣に座ったアルマもじっとメニューを見て考えている。

「兄ちゃん、俺は?」
「お前も好きなの頼め。奢ってやるよ」
「あ、ホント?じゃあ、ざるうどんの大盛りとてんぷら二人前と……おぉ、」

遠慮のないアルマを睨みつけると、ユウの鋭い目に気付いたアルマが冷や汗を流す。

「あと抹茶アイスで」
「おい」

だが、ユウの睨みで自分の意思を変えるようなアルマではない。メニューを閉じると、さらっとデザートを付け加えた。

「ユウは?」
「…天ぷら蕎麦」
「わかった」

二人の注文を聞き終えたティキがテーブルに備え付けられたボタンを押すと、すぐに先程案内をしてくれた女性がやってきた。どうやら、この女性が担当らしい。

「天ぷら蕎麦二つと、ざるうどん大盛り一つ、天ぷらの盛合せ二人前と、抹茶アイスで」
「畏まりました」

再び女性がいなくなると、ティキはネクタイを取り、上着を脱いで隣の開いた座布団の上に置いた。だが、ふと上着を見て止まった後、上着のポケットから何かを取り出し、ユウを見る。

「ユウ、多分今日飯に誘った理由わかってるか?」
「…弟に教えられた」
「そっか。じゃあ、そこまでサプライズってわけでもなかったな。これ」

ティキがテーブルの上に置いたのは、綺麗にラッピングされた箱だった。ユウが受け取って包みを開けようとすると、ティキが苦笑しつつそれを止めた。

「家に帰ってから開けてくれ。誕生日おめでとう、ユウ」
「ありがとう…」

学校の友人も誕生日を知ってはいるが、男同士、おめでとうと祝うことは少ない。家族以外に―ティキも家族ではあるがまだ家族らしい交流は少ないし、今一緒にいるアルマは友達だ―こうして祝いの席を設けてもらったのは、照れくさいが、とても嬉しい。

「じゃあ、俺からもおめでとう」
「お前も?」
「折角だからね」

大学生になってからは会う回数もめっきり減り、元々ユウの誕生日にはおめでとうしか言ってこないアルマがプレゼントを用意しているとは思わなかった。驚いてじっと差し出された紙包みを見、アルマを見ると、アルマがへらっと笑う。

「兄ちゃんと再会したお祝いも兼ねるから」
「…悪いな、」
「ええ、俺にもありがとうって言ってよ!」
「五月蠅い」

ユウからありがとうと言う言葉を貰えなかったのが不満なのか、アルマがショックを受けたような声を出す。だが、アルマに素直に「ありがとう」などと言えるはずもなく、ユウはアルマの声を無視して二人からのプレゼントを鞄の中にしまった。

「くそー、兄ちゃんばかりずるいぞ……」
「ユウは照れてるんだよ。な?」
「照れてない」

むすっとした顔で言い返すと、ティキはくっと笑って口元を抑えた。
「会ってそんなに経ってないのにな。大分、ユウのことが分かるようになってきた気がする」
「…そう、か?」

なかなか分かりやすいとティキに言われ、ユウは少し複雑な気分になる。ティキがユウのことをわかり始めたのに、ユウは、ティキのことをまだ何も知らない。

「…ティキにぃ、いつだ?」
「ん?何が?」
「誕生日」

何も知らないが、今日こうしてユウの誕生日を祝ってくれたのだから、ユウも同じようにティキの誕生日を祝いたい。そんな軽い気持ちで尋ねたし、ティキもさらっと答えてくれると思ったが……。ユウの予想に反し、ティキはガチッと固まってしまった。

「…ティキにぃ、」
「兄ちゃん忙しいから誕生日ぱっと思い出せないんだよ。それにしても、腹減ったなぁー」

アルマが固まって何も言わないティキをフォローするが、ユウは納得がいかない。誕生日を意識せずに過ごしていたとしても、誕生日を尋ねられて答えられないなんてことがあるはずがない。

「まだ来ないのかなー、うどん」
「…他にも客いるからな。それに、まだ注文してからそんなに経ってないぞ」
「あぁ……」

がっくりとしたアルマの腹が鳴り、ティキが笑う。先程のことが嘘のようにティキはけろっとしている。

「ティキにぃ、」

アルマが話を反らしたことに気付いていたユウは、もう一度ティキに誕生日を聞こうとティキに話しかけた。だが…

「どうした?」
「…何でもない」

アルマに足を蹴られ、もう一度出かけた疑問を無理矢理奥へ閉じ込めた。

「お待たせしました」
「あ、来た!」

ティキが不思議そうな顔をしてユウを見てくる中、襖が開いて料理が運び込まれてきた。ティキがユウから目を逸らしたので、ほっと息を吐く。何でもないの後に続ける言葉が見つからなかったのだ。 手を体より後ろに付いてダラダラしていたアルマがさっと姿勢を正し、目の前に運ばれた料理に目を輝かせる。アルマが目を輝かせるのも仕方がない。ユウでさえ感嘆の息を漏らしてしまう程、運ばれてきた料理は綺麗だった。

「すっご、やっぱ違うんだ…兄ちゃん、いいの食べてるね」
「上司付き合いの時だけな。一人じゃわざわざ来ねぇよ」
「食べていい?」
「ああ」
「いただきまーす!」

アルマが食べ始め、ティキが再びユウを見る。先程の不思議そうな目とは違い、優しい目だ。

「ユウも」
「……いただきます」

勢いよく食べるアルマの隣で、静かに箸を持って蕎麦を啜る。

「ちょー上手い!」
「…美味しい」

ユウの感想はアルマの大声に隠れてしまったが、ティキにはユウが何と言ったのかはっきりとわかったらしく、満足そうに笑みを浮かべていた。







「じゃあ、また今度な」
「ん。じゃあな、ティキにぃ」

にこっと笑ってティキが車のエンジンをかける。徐々に動き出し、遠ざかっていく車を見送った後、ユウは、自分の隣で車に向かって手を振っているアルマを見た。

「……はぁ」
「ちょっと!何だよ今の」
「ティキにぃに送ってもらいたかった」
「家まで?無理だろ」
「………」

アルマの言うとおりだ。蕎麦屋に長居してしまった所為で時計は夜十時を回り、流石に一人で帰ると家族が―主に父親が―心配する。だが、ティキに送ってもらうのは母親がいる限り不可能なことだ。

「家に帰ってさ、アレンが兄ちゃんのこと小母さん達に話してたらどうする?」
「…どうもしない」
「怒られるかもよ?」
「兄弟と会っただけだ。何で怒るんだよ」
「…強くなったね、ユウ」
「誤魔化す必要ないだろ。悪いことしてねぇし」

不安はあるが、別に怖くはない。知られてしまったらその時はその時だとユウは思っている。どうせ、いつかは話さなければいけないだろうことだ。
暫く会話もないまま歩いていたが、ユウの家が見えたところでアルマがユウに話しかけてきた。

「兄ちゃんの誕生日のことなんだけど」
「そうだ、何で聞くの止めたんだ?」
「兄ちゃん、本当に自分の誕生日忘れてるんだよ」
「は?」

だから誕生日のことは聞くなと言われても、アルマの言葉は理由になっていない。ユウがどうして忘れているのかと強く尋ねると、「よくわからないんだけど、」と濁しつつもアルマは理由を教えてくれた。

「俺、兄ちゃんが日本に来るまでのこと何も知らないんだどさ、その日本に来るまでの間に色々あったみたいなんだ。昔から、誕生日聞かれるとああなる。身分証明書にはちゃんと誕生日書いてあるんだけどさ、見て目を離した瞬間に忘れるんだ。さっきもさ、ユウがもう一回誕生日聞こうとした時、普通にどうした?って聞いただろ?ユウがもう一回同じこと聞くなんてわかりそうなもんなのに。あれも、ほんの数秒前にユウに誕生日のこと聞かれたのを忘れたからなんだよ」
「何だよそれ、」
「俺の母さんが言ってたんだけど、小母さん達が日本に来た理由って、向こうの家族と上手くいかなかったからなんだって。だから、兄ちゃんもそれ関係で何かあったんじゃないかな……」
「虐待とか、」
「どうなんだろ。ぶっちゃけ、そこら辺よくわかんないんだよね。兄ちゃん、来たばっかの頃向こうの家族のこと平気で話してたし、最近も、疎遠になったとは言ってるけど、嫌ってはいないみたいだし」

何だか複雑な事情があるらしい。色々とわからないことが増えたが、とりあえず、ティキに誕生日を聞いてはいけないことだけはわかった。

「だからさ、兄ちゃんの誕生日、知らないままでいてやってよ。誕生日知ったら、おめでとうって言いたくなるだろ?あれも駄目だからさ。誕生日知っちゃうと、その日一日もやもやするよ」
「お前、知ってるのか?」
「うん。小母さんから教えてもらったから。教えようか」
「……いい」

ティキは、困っていたユウを助けてくれた。だから、ティキを困らせるわけにはいかない。

「ごめんね、ユウ。最初に聞いちゃだめだって言っておけばよかったね」
「いい。何だかんだで、少しだけ、ティキにぃの事知れたからな」

あまり良いことではなかったが、少なくとも、誕生日を聞くことはタブーということが分かった。少しだけ、ティキのことを知ることができたのだ。過去に何があったのかは分からないが、その出来事があったのは、ユウが生まれる前のこと。ユウが、知らなくていいことだ。

「あははは…うん、ポジティブに考えてくれて良かった」
「別にポジティブに考えたわけじゃない。ティキにぃを困らせたくないだけだ」
「ふーん……ま、どっちでもいいや。小母さんに挨拶してさっさと帰ろ」

玄関に着き、ユウがカギを開けると、母親とアレンが二人を迎えた。

「おかえりなさい!あと、いらっしゃい、アルマ君。わざわざごめんなさいね」
「いえいえー。じゃあ、俺帰ります」

母親の反応を見て、アレンは何もティキの事を喋っていないようだと二人で頷く。扉を開けるまでこわばっていたアルマの表情が一気に明るくなり、ユウを中に入れて自分は一歩扉の外へ後退した。

「あら、お茶飲んでいかない?」
「そうしたいんですけど、明日バイトあるんで」
「あら、残念ね…またいつでも来てね。お母さんにもよろしく伝えておいて」
「はい。じゃあ、失礼します。ばいばい、ユウ、アレン」
「お休み、アルマ」
「…じゃあな」

アルマが帰り、母親がリビングへと戻る。

「お帰りなさい、兄さん」
「…ああ」
「ちゃんと、約束守って内緒にしましたよ」
「みたいだな」
「お母さん達に言っちゃ駄目な人なんて、一体どんな人なんですか?ティキって人」
「………」

わざわざ玄関に残って何かと思えば、アレンの口から出たのはティキの話だった。ユウが部屋に戻る間も後ろをくっついてどういう人なのかしつこく聞いてくる。

「あ、兄さん!逃げる気ですか?」

部屋の戸を開けたところでアレンがむっとした声をだし、再度教えろと言ってくる。

「…いつか教えるって約束してやる」
「ま、今回は信じてあげます。約束ですよ」
「…チッ」

生意気に目の前に出された小指に舌打ちし、ドアノブを持つ手に力を込める。

「……約束だ」

にっこり笑って部屋に戻ったアレンが憎たらしい。

「……フン、」

アレンの小指に絡めた左手の小指を見、ユウはくす、と笑った。