my... 12


「いらっしゃい」

玄関のかぎを開けてドアを開くと、ティキはにこっと笑ってユウを部屋の中へ招き入れた。
ソファに洋服がくしゃくしゃに置かれているが、仕方がない。畳んでいる時間がなかったのだ。散らかってる服は全て、ユウとの再会に何を着るかで迷った結果なのだから。
ユウは珍しげに部屋を見回した後、ソファの洋服を掴み、ティキを見た。

「畳んでいい?」
「いや、そんな、悪い」
「そうしないと座れないだろ」

むっとしているユウは、車に乗っている時と比べて大分言葉に遠慮がなくなっている。運転中に、ティキが兄弟なのだからそんな堅苦しい言葉遣いはやめようと言ったのだ。

「自分で畳むよ」

ユウが洋服を畳み始めたのを見て慌てて他の洋服を纏めて抱えあげると、それを見たユウが呆れたように言う。

「畳めるのか?」
「当たり前だろ、何年一人暮らししてると思ってんだよ…」
「じゃあ、どうしてこんなに散らかってるんだ?」
「男の一人暮らしなんてこんなもん。事前に人が来ることしらねェと掃除しねぇよ」
「へえ、じゃあどうして他の場所は綺麗なんだ?」

何を着て行こうか迷った何てまるでデート前の女みたいでみっともないからと誤魔化したのだが、もう少し誤魔化し方を考えるべきだったと反省する。
汚れているのがソファの上だけなのに事前に掃除していないというのはおかしい。ソファ以外は確実に掃除されている。

「他の場所、ちゃんと掃除してるだろ。何でソファ汚れてんだ」
「……ユウと会うのに何着て行こうか迷ったんだよ」

じっと眼を見つめられて問われては正直に答えるしかない。ようやく弟として接することができるようになったのだ。ユウが可愛くて愛しくて仕方ないし、問われればもう小さな嘘でも付きたくない。

ティキの答えを聞いてユウはきょとんとしたが、暫くすると忍び笑いをして「俺もだ」と言った。

「は?」
「俺も、何着て行こうか迷った。制服着た方がいいとか。でも、今更だって思ってこれ」

自分の服を摘み、ユウが苦笑する。ユウが着ている服は落ち着いた色をしたごく普通な洋服だ。

「仮に、…兄さんがスーツで来てたら、俺は制服以外ちゃんとした服はないけど、休みに制服で外歩くのはちょっと苦手だからこの服できたっていい訳しようと思ってた。私服で来てくれて助かった」

まだ少し兄と呼ぶのが照れるのか、兄さんという言葉が出てくるのに少し時間がかかっているようだ。だが、ユウも会うに当たって色々考えていたのだと知ってほっとする。

洋服を寝室に放り込んでリビングに戻ると、ユウは綺麗になったソファに座って目の前にあるテーブルに置かれた置物を見ていた。特に珍しいわけではない置物だが、今のユウにとってはとても珍しい物らしい。きっと、何かに集中していたいのだろう。

「ユウ、何か飲むか?……つっても、コーヒーか紅茶か緑茶しかねぇけど」

ソファに座るユウに尋ねると、ユウからはすぐに緑茶と返事が返ってきた。他の物を用意するのも面倒だったので、ティキも緑茶に決めてやかんに水を入れて火にかける。
急須に茶葉を入れてふと顔を上げると、ユウがソファの背もたれに腕を乗せてティキを見ており、ばっちり目があった。

「どうした?」
「俺、何て呼べばいい?」
「ん?」
「俺に、何て呼ばれたい?」
「今のままでいいよ。けど、ユウくらいの年齢だったら、兄貴、とか名前で呼んだりとかするのか?」
「名前呼び……」

ユウの反応を見て、名前で呼ぶのがいいのかと思って口を開く。

「俺は別にティキって呼んでくれたって構わないけど」

しかし、ユウの答えは違った。ティキの言葉に対し、首を振ったのだ。

「名前で呼ぶのは、もっと兄弟らしくなってからにする。今名前で呼んでみても、他人でただ仲良くなっただけみたいだ。それはやだ」
「んー、血のつながりはあるんだからさ、他人はないだろ」
「血が繋がってなくても兄弟になれるんだぞ?だから、血の繋がりよりも心の繋がりが欲しい」

なかなか難しいことを考える弟に感心し、沸騰した湯を急須に注いで緑茶を作る。淹れたばかりの緑茶をユウに渡すと、ユウは少しだけ飲み、顔をしかめて湯呑をテーブルに置いた。

「不味かった?」
「ううん、美味い。俺、熱すぎるの飲めないんだ。舌がヒリヒリする」
「そっか」

そう言うティキも、熱すぎるものは飲めないのだが。
会話がなくなってしまったので、折角二人でいるのにとティキが口を開く。居心地の悪い沈黙ではなかったが、今は少しでも多くユウと喋っていたい。

「ユウはさ、兄弟らしいのって、どういうことだと思う?」
「…よくわからない」
「じゃあ、弟とはどんなふうに接してる?」
「…勉強教えてやったり、話したり、どっか出かけたり」
「喧嘩は?」
「してた。ちょっと前まで」
「今ユウが言ったことって、全部友達とでもできるって思わないか?」
「…思う」
「ユウ、さっき心の繋がりがって言っただろ?だから、俺は、お互いがお互いのこと家族だ、兄弟だって思ってれば、もう兄弟だって思うんだよな」
「……そういうもんか」
「だから、呼び方なんてどうでもいいと思う」

ユウの好きな呼び方で呼べばいいと言うと、ユウはじっとティキを見た後、「ティキにぃ」と言った。

「ティキにぃ、にする。俺、昔にぃって呼んでたんだろ?」
「ああ、」

ティキにぃと呼ぶことに決めたと言うユウは何だか楽しそうだったが、もう18近いユウにとって、プライベートならまだしも、公共の場でそう呼ぶのは恥ずかしいのではないか?ティキはそう考えるのだが、ユウが決めた呼び方に意見する気もなかったので言葉にはしなかった。 それに、ユウがそう呼んでくれることを素直に嬉しいと思う。

「ティキにぃ、今日、夕飯どうするんだ?俺、一緒に食っていい?」
「俺はいいけど、母さん達心配しないか?夕食後っていうと、ちょっと遅くなるぞ?」
「メールしておけば平気だ。友達じゃなくてアルマと一緒に食ってたことにすればいいし」
「まあ、あいつ、あんなんでも成人してるからな…」

携帯を取り出してメールを打つユウを見て、やっと飲める温度になった緑茶を飲む。
アルマと食事する、と言い訳するあたり、やはり自分と食事する、とは言いにくいのだなと複雑な気分になるが、母親は会うことを反対しているのだし仕方がない。

「本当は、」

だが、送信画面を見つつ、ユウが恥ずかしそうに言った言葉に、複雑な気分だったティキも思わず照れて嬉しくなってしまった。

「後で家族会議になってもどうってことないから、ティキにぃと飯食うって書きたいけど、そうしたら、ティキにぃのこと、弟にバレそうだから。いつかは、あいつにも教えてやるけど、今はまだ、俺だけのティキにぃだ」








「悪いな、手伝ってもらって」
「別に。楽しいからいい」

夕食後、二人は台所で仲良く夕食の後片付けをしていた。ティキが皿を洗い、ユウが拭く。
楽しい、というユウにほっとして最後の食器をユウに渡す。ユウは、後片付けだけでなく食事を作るところからティキの手伝いをしてくれていた。久しぶりに台所に立ったというユウだったが、とても手際が良く、包丁を握る手も危なっかしくなく、安心して手伝いをさせることができた。

「小さい頃はよく母さんの手伝いしてたんだ。最近は全然やってないけど」
「今度手伝ってやると喜ぶんじゃないか?」
「考えておく」

ユウが拭いた皿を全て片づけ、一緒にリビングに戻る。つけっぱなしのテレビはバラエティ番組を流しており、その番組ももう終わるのか、次回予告とスタッフロールが流れていた。

「大分遅くなったな、そろそろ送る」

これ以上ゆっくりしていたら流石にアルマに何らかの連絡が行きそうだ。そうなってしまってはアルマに悪い。
車のカギを掴んでユウを見ると、ユウはつまらなそうな顔をしていたが、明日学校だしな、と呟き、玄関に向かった。

「また来いよ」
「また来ていい?」

エレベーターの中でほぼ同時にそんなことを言い、笑う。

「今度、泊まりに来たい。ティキにぃが暇なときでいいから」
「ああ。今の時期はちょっと忙しいけど、過ぎれば休み取れるから、そしたらな」
「そうだ、ティキにぃ。もう一回アドレス交換して」

ユウが携帯を取り出したので、ティキも携帯を取り出して快くユウにアドレスを教える。そして、ユウからアドレスを教えてもらうと、携帯をしまった。

「メールする」
「ああ。俺もするよ」

ユウの家に向かう途中に、ユウの携帯に『そろそろ帰ってきたら?』という母親からのメールが届いたので、もう少し遅れていたら電話が来ていたかもしれないとほっとした。

ユウの家の近くでユウを降ろし、「また今度」と笑う。

「お休み」
「ティキにぃ」
「?」
「ブレスレット、つけてくれてて嬉しかった。ありがとう。お休み」

それだけ言って、ティキの反応を確認することなく、ユウは逃げるように家に向かって走って行ってしまった。

「…恥ずかしかったのか?」

もしかしてありがとう、と言うのが恥ずかしかったのかと適当にユウの今の行動の理由を考え、くっと笑って車を走らせた。