「じゃあ、その……貴方は、俺のことを前から知ってたんですか?」
アルマが座りなおし、落ち着いたところで、ユウは自分から口を開いた。聞きたいことは沢山ある。 「ああ。両親が離婚した時、母親にユウの写真を送ってほしいと頼んだ」 「…あの日、あの、公園で、俺に話しかけてきたのは、偶然じゃない?」 「半分は偶然だった。母親に相談されて家に行ったけど、あの日は会えずに終わると思ってた。公園に入ったのは、あんな時間に学生服着た子がいるのを不思議に思ったから」 「あの日?」 「母親に、ユウが進路に迷っているみたいだから助けてくれないかって言われたんだよ」 ユウがアルマの目を気にして援助交際という言葉を避けていることに気付いていたのか、ティキがさらっと誤魔化す。そんな簡単なことで連絡を取りたくないティキに母親が相談するだろうかとアルマは不思議がっているようだったが、それ以上追求することはなかった。 「あの時弟がどうのって言ってたのは、嘘だった?」 「嘘って言うか……そうなったらいいなって言う、俺の希望だった」 「………」 「実際、そうなってくれて、嬉しいよ」 ティキの優しい目をくすぐったく感じて目を反らす。今思えば、公園で会った時から、ティキはとても優しい目をしていた。 「…俺、何度か、貴方が兄だったらって思ってました。…本当にそうだとは、思ってなかったけど、」 「実際に兄弟だってことがわかって、どんな気持ちだ?」 「……どんなって言われても……その、まだ、夢っていうか、」 「実感がない?」 「…すみません」 ティキが困ったような顔をするので、俯いて謝る。兄がいると知ったのはつい最近のことだし、ティキが兄だと知ったのも、兄がいるという事実を完全に受け止める前のことだった。未だに、ティキは相談に乗ってくれた人、という感覚が強い。 「謝らなくていいんじゃん?これから知っていけばいいんだしさ!」 二人の様子をじっと見ていたアルマがニカッと笑って口を出す。 「大体、貴方、何て呼び方してるから実感がないんだよ。兄ちゃんって呼べばいいんだ」 「にっ、ぃ……!」 アルマの声にギクッとして緊張する。 呼び方は、ユウも考えていた。“ティキさん”だと他人行儀すぎるが、まだ“兄”がつく呼び方をするには勇気がない。だからこそ“貴方”と呼んだのだが、アルマには気になったようだ。 「アルマ、そんな急に変えられるわけないだろ」 「えー、だけどさ、兄弟だよ?俺がティキ兄ちゃんって呼んでんのに、ユウが貴方って」 「ユウ、ゆっくりでいいから。アルマのことは気にしなくていい。……それに、もしユウがこれ以上関わりたくないって言うなら、俺は、それに従う」 「………」 「ちょっと、兄ちゃん?」 「一度、もう関わらないと約束しただろ」 ティキの発言にアルマが何やら言っているが、ぽかんとしているユウの耳には全く入ってこない。 ユウ自身はあまり気付いていないのだが、ティキの発言が少なからずショックだったのだ。 ティキに再び、しかも兄弟として会えて、とても嬉しい。戸惑いはまだあるが、これから、アルマの言うとおり兄弟としてお互いを知っていきたい。そう思っているのに、ティキは消極的だ。 「……俺はっ」 何だか険悪な雰囲気になり始めた二人を止めるように声を出すと、ハッとしてティキとアルマがユウを見る。 「…まだ、その、実感はないけど……だけど、会えて嬉しいし、貴方…兄さんのことを、もっと、知っていきたい」 「ユウ、」 「母さんは俺と、兄さんを会わせたくなかったみたいだけど、俺は、兄、さんに会って救われた。もう会わないって決めた時も、凄く、辛かった」 ユウがポツリポツリと零す言葉を、ティキはまっすぐ聞いてくれる。何だか安心してしまって目からポロッと涙が出てきて、慌てて拭った。 「貴方が、兄で、本当に、本当によかったです……」 「じゃあ、後は二人でごゆっくり」 「ああ」 「あーあ、バイトなかったら俺も兄ちゃんの家行きたかったんだけどな」 カフェで昼食をとり、ある程度ティキとユウが馴染んだと判断したアルマは、二人にカフェから出ることを提案した。カフェでも話はできるだろうが、周りの目線が気になりすぎた。 ティキもユウも見た目が整い過ぎているので、人目を引いてしまう。ユウは気にしていないようだったが、ティキは落ち着いて周りが気になりだしたのか、少し前から居心地が悪そうだった。 提案を受けて、ティキが明らかにほっとしたのを、アルマは見逃さなかった。 アルマが駅に向かって人ごみに消え、ティキとユウは顔を見合わせる。 「……行こうか」 「あ、はい」 ティキが歩き出すと、ユウも半歩遅れて歩き出し、二人とも無言のままにカフェ近くのパーキングへ向かう。 「精算してくる。乗って」 促されるままに車に乗り込み、精算しているティキの姿を見る。 写真で見た父親の面影はあるが、よくよく見てみると確かに日本人の血が混ざっているような気もする。髪の毛とスタイルは明らかに父親の血だが、目はユウと同じように母親に近いようだ。 精算から戻ってきたティキの横顔を見ていると、ティキと目があってしまった。 「どうした?」 「……いえ、兄弟、だな、と思って」 「……?」 ティキは困ったような顔をしたが、ユウに尋ねることなくエンジンをかけた。 「行こうか」 「はい」 車が動き出し、意識を窓の外に向ける。前にティキの車に乗った時は、どうやってティキに話を切り出そうかととても緊張していたが、今日はとてもリラックスできる。乗る前は別の緊張があるかと思ったのだが、ユウが思っていたよりもユウの心ははっきりしているらしい。 「煙草、吸うんですか?」 赤信号で車が止まり、景色が動かなくなったので、車内を見まわした。運転席側のポケットに煙草があるのを発見し、少し眉を顰める。 「ん?ああ……仕事が忙しかったりすると、ストレスで」 「……へぇ、」 「けど、ユウに会うようになってからは、吸う本数が減ったかもしれない」 ストレスが軽くなったのかな、とティキが笑う。 「このまま、吸わなくなるといいんだけどな」 「…俺、吸って欲しくないです」 「ユウと一緒にいるときは吸わないよ」 「いえ、俺といるときだけじゃなくて、いつも。煙草は健康に悪いので」 健康という言葉を出すと、ティキはきょとんとしたが、善処すると言ってくれた。 「祖父さんの家で、アルバム見たんだって?」 「あ、はい」 「どれくらい見た?」 「見つけたアルバムは一通り。俺、いっつも兄さんにくっついてました」 「ああ、確かに、あの頃はいつも一緒にいたな。ユウは、俺のこと“にぃ”って呼んでた」 「“にぃ”」 「俺、朝苦手で、俺を起こすのはいつもユウの役目だったよ」 「……全く覚えてないです」 「それは仕方ない。だけど、あの頃は本当に、楽しかった」 あの頃を思い出したのか、ティキがくっ、と笑う。その様子を見て、ユウは少し悔しくなった。 思い出したい。強く、思う。 ティキは思い出さなくてもいいと言うが、きっとユウに思い出してほしいと思っているはずだ。 「俺、絶対に思い出します。兄さんとのこと」 「……ああ」 ティキの返事はユウのことを信じていないようだったが、ユウは絶対に思い出して見せると心に決めた。 |