my... 10


【大事な、すっごく大事な話があるんだけど、会える?
会う時にあの蝶のブレスレットつけておいてもらえると嬉しいなぁ】

何てメールだ。アルマからきたメールを見て、ティキは頭を抱えた。
今、ティキの会社はとても忙しい時期で、休みはとても貴重な時間だ。できることならのんびり過ごしたい。
アルマのメールを見る限り、とてもじゃないが大事な話があるとは思えず、ティキはほんの少しだけ考えた後、今は時間がないというメールを送った。暫くすると、アルマの返信が届き、内容は、会ってくれなきゃ困るというものだった。

「冗談じゃねぇよ……」

会って何を話すのか見当がつかない。ティキの会社に就職させてくれ、なんて頼みだとしたら、まず無理だ。ティキは採用とは関係のない立場にいるし、知り合いを入社させてもらえないかと上司に言ったとしても、実力主義の会社なので確実に面接や試験はあるだろう。
もう一度無理だというメールを送り、無視してテレビを観ていたら、今度は電話がかかってきた。登録されていない電話番号だったので一瞬出るのを躊躇ったが、いつまでたっても電話が鳴り続けるので観念して電話に出る。アルマだった。

『あ、もしもし、兄ちゃん?会えないってどういうことだよー』
「お前、どうして俺の電話番号知ってんだ?あの時、アドレスしか教えてないだろ」
『え?あ、そっか、いや、勘だよ、勘。てかね、俺、兄ちゃんに会えないとすっげー困るの!死活問題!わかる?』
「知るか。切るぞ」
『ぬぁあー!!待って待って!!ユウ!ユウのことで話があるんだよ!!』
「……何?」

どこにいるのか知らないが、電話から聞こえてきたアルマの大声に思わず電話を耳から遠ざける。そのまま通話を終えてしまおうと思っていたティキだったが、遠ざけたにもかかわらずはっきりと聞こえてきた弟の名前に、再び耳に電話を当てていた。

『今日、ユウの家に行ったんだ。それで、帰りに、ちょっとユウと話したんだけど……兄ちゃんに会いたいんだって』
「……お前、話した?」
『まさか!小母さんに口止めされてるし、兄ちゃんに知られたら、兄ちゃん、俺が同情したとか思いそうだし。祖父ちゃんの家に行ったときに、子供の頃の写真見たんだって。そこに、兄ちゃんが写ってたらしいよ』
「…そういうことか」

祖父母の家へ行ったという母親の手紙を思い出し、笑う。何が、ユウはもう大丈夫です、だ。ユウは、兄がいるということを知ってしまったのだ。

『最初に兄ちゃんに会いたいってメール送ったのは、ユウに送れって言われたからだよ。俺の代わりに、自分が行くからって。……あのさ、兄ちゃん』
「どうした」
『ユウさ、兄ちゃんのこと知ってたんだけど、何で?』
「………」
『何て名前だって聞かれたから、ティキ、何だったかなって、ファミリーネーム思い出そうとしてたら、ユウがミックって言ってさ。何で知ってんのって聞いたら、そのブレスレットをプレゼントしたの、俺だからって。あ、写メったブレスレットの画像見せたんだけど、で、兄ちゃん、忙しいから無理って返信しただろ?それからずっと何でもいいから理由つけて兄ちゃんと会わせろって言って怖くてさぁ……あ、携帯番号はユウに聞いたんだよ。メモリーは消しちゃったけど、消すときにアドレスみて暫く悩んでたから電話番号は覚えたんだって。会ってんだったら、どうして何も言わなかったのさ』

アルマに言われてぐっと言葉に詰まる。
確かに、アルマの言うとおり、折角再会できたのだから、兄だと告白したり、ヒントの一つや二つ、話せば良かったかもしれない。だが、あの時は、ユウは援助交際をしている最中で思い悩んでおり、兄がいるということも知らなかったのだ。

『どうやって会ったのかは知らないけど、偶然じゃないよね?兄ちゃんとユウの家、離れてるし』
「………」
『ユウ、凄く戸惑ってるみたいだけど、本当に兄ちゃんに会いたがってる。だからさ、大人しく俺に口説き落とされてユウと会ってよ』

それからどんな話をしたのか、ティキはあまり覚えていない。だが、電話後、テーブルの上に置かれたメモ帳には、【来週日曜日、11:00、駅近くのカフェ・ノア】と書かれていた。








何と言うべきか……。
時間は十時40分、まだ待ち合わせには早い時間だが、ティキはすでに指定されたカフェにやってきていた。最初はスーツで行こうと思ったが、今更改まったところでどうしようもないと適当な服を選んだ。
外から見えやすい三人掛けの丸テーブルに座って、待ち人が来るのを待つ。先ほどからユウが質問してくるだろうことを想像して頭を抱えている為か、店員や近くに座っている客から具合が悪いのかと心配され、いつもならお気遣いありがとうございますと礼の一つや二つ思うのだが、今日はその余裕もない。
どうやら、アルマも来て間に立ってくれるようだが、正直なところアルマが仲立ちとしてまともに役に立つとも思えず、むしろ、さらに話をこじらせてしまうのでは、と心配になる。

「兄ちゃん」

はっと顔を上げると、珈琲を持ったアルマが立っていた。ユウの姿は見えない。

「ユウは、場所知ってるから一人で来るって。一緒に来る気だったんだけどさ、多分、いろいろ考えたいことあるんだろうな」

ティキの考えていることがわかったのか、アルマがユウがまだ来ていない理由を告げる。

「そうか、」
「緊張してるね?」
「……当たり前だろ、」
「兄弟じゃん。緊張することなんてないよ」
「お前、十四年間いないことにされてた気持ちがわかるか」
「……わからないけど、だけど、これでユウと兄ちゃんは兄弟に戻れる。時間なんて、まだ沢山あるんだからさ、これから、十四年間を埋めていけばいいよ」
「………」

簡単に言ってくれる。大きくなって別れ、ユウがティキの存在をはっきりと覚えていたなら、それは比較的に楽にできるだろうが、ユウはティキのことを全く覚えていないのだ。ただ、自分の今の家族に違和感を持ち、調べていた延長線上でティキの存在を発見しただけ。今日だって、どういった理由でティキと会いたいと言い出したのかわからない。ティキが兄だと黙って近づいたことを非難したかったからかもしれないではないか。

「そろそろ、来るかもね。ユウ、時間より前に来ることが多いから。……ほら、来た」

十分前、カフェのドアが開き、ユウが入ってきた。ティキは入り口に背を向けているので見えないが、アルマが手を振ってユウに合図をしている。
早歩き気味の靴音が近づいてきて、俯くティキの視界に靴が入ってきた。

「兄ちゃん、ユウ、来たよ」

アルマに暗に顔を上げるよう言われ、ユウの反応を不安に思いながらも顔を上げる。そこには、じっとティキを見つめるユウの姿があった。

「とりあえず座りなよ」
「……ああ」

ユウが座り、再びティキを見る。二人とも口を開くことができず、ただ、周りの喋り声だけが耳に入ってくる。

「えっと、ユウ!この兄ちゃんが、ティキ・ミック。…ユウの、兄ちゃん」
「…こんにちは」

ユウがぽつりと挨拶し、少しだけ場の空気が和む。

「兄ちゃんは、ずっと、知ってたよね?」
「…ああ。俺の、弟だ」
「………」
「………」
「………」
「お、お、俺、いない方がいいかなっ?!」

沈黙に耐えられなくなったのか、アルマが慌ただしく立ち上がり、さっと逃げようとする。だが、ユウとティキがほぼ同時に逃げようとするアルマの服を掴み、それを阻止した。

「「逃げるな」」

二人同時に声を出し、え?と顔を見合わせる。

「…二人とも息ぴったり」

顔を見合せたまま固まった二人を見てアルマがぽつりと言った。