my... extra 4


『は?お前一人なのか?』
「そうですよ」

 今年も終わりに近づいたある日の夜、アレンが一人家でゲームをしていると久しぶりに兄のユウから電話がかかってきた。
 家にかかってきた電話は父親目的だったらしいが、アレンが両親は仕事でイタリアに行ってしまったことを伝えると、驚きと呆れの混じった声がアレンの耳に入ってきた。
 ユウは両親がイタリアへ行くことは知っていたが、いつ行くかまでは詳しく聞いておらず、さらにはアレンはついて行っていると思っていたらしい。

『何でついて行かなかったんだよ』
「だって、ついて行ったところでどうせ個展の手伝いするだけで観光なんてさせてもらえないじゃないですか」
『飯は美味いもの食えただろ』
「でも量少ないし、」
『偶には少量を味わう食事をしてみろ。つーか、イタリアの飯って量少ないか?……それで、父さんたちいつ帰ってくるんだ?』
「えっと、四日って言ってたかな」
『四日?一月の?』
「はい」
『お前、年越し一人で過ごす気か?』
「んー、まあそうなっちゃいましたね」

 スーパーで食べたいものを買って自由に過ごすつもりだと笑いながら言うと、受話器の向こうから舌打ちが聞こえ、「ちょっと待ってろ」と言ってユウの声が聞こえなくなった。
 心配してくれているのだと言うことが伝わって嬉しいが、実際のところアレンは年越しを一人で過ごすことになったことに対しては何とも思っていない。両親はアレンの誕生日はしっかり祝ってくれたし、一人で残るアレンが空腹を我慢する羽目にならないように、年末年始らしい食事ができるようにとそれなりの金額をアレンに渡してくれた。
 暇だな、とは思わなくもないが寂しさは感じていないのだ。一応。

『もしもし』
「あ、はい」
『こっちくるか?』
「え?」
『泊まりに来るか?』
「い、いいんですか!?」

 暫くの沈黙の後でユウから提案されたものはアレンにとって思いもよらない案だった。
 アレンの兄ユウは、現在家にはおらず、父親の知り合いの家に住んでいる。
 いつかは遊びに行きたいと思っていたが、タイミングを見計らっているうちに半年以上経ってしまったので、アレン自身「もう、いいかな」などと考え始めていた頃だった。

『明日昼過ぎに迎えに行くから準備しておけ。ゲームやりたきゃハードごと持って来い。あと、食費はちゃんと――』
「あ、それは大丈夫です。お母さんが結構くれたので」
『全部財布に入れておけよ。あと、昼飯は食っておけ』
「あはは、了解です。それじゃあ、明日待ってます」

 通話を終えると、アレンは早速修学旅行の時以来クロゼットの奥に眠っていた大きめの鞄を取り出し、とりあえずは着替えを中に入れた。そして、父親の仕事部屋へ行ってゲームを本体とソフトを数本持ってきて着替えの上にそっと乗せる。荷物には少し隙間ができたが、そこに勉強道具を入れるようなことはしなかった。どうせやらないだろうことが分かっているからだ。
 一通り準備を終えると、アレンはユウの着信があった時から中断していたゲームを再開しようとテレビの前に座った。コントローラーのボタンを押して、フィールド上で止まっていたキャラクターを操作する。

「んー……どんな人なんだろう?」

 モンスターを倒して経験値と金を稼ぎながら次の街へ向かい、その間にユウの同居人のことを考える。
 確か、父親の教え子の子供だと言っていたはずだ。性別もその時に教えてもらったような気がするが、忘れた。

「ゲームしてもいいってことは、そんなに怖い人じゃないと思うけど」

 そもそも、アレンを泊まらせることを許可してくれているのだから、五月蠅く言う人ではないだろう。ユウはアレンが大食いだということも伝えてから許可を貰っているはずだ。食費は出すとはいっても、量を買う分ゴミも出るわけだし、後始末も大変だろう。勿論、片づけは手伝うつもりでいるが。

「あれ、この辺りに街が……あ、この森の中か……そうだ、あのゲームも持っていこう。ああ、寝坊しないように早めに寝ないと」

 周りに人がいないので普段は心の中で済ませる言葉がポンポンと口から出てきてしまう。

 そのままぶつぶつと独り言をつぶやきながらゲームを続け、早めに寝ようと決めていたはずなのに日付を軽く超えてしまった。









「お前、まだ飯食ってんのかよ……」

 午後二時、アレンが昼食を食べていると鍵が閉まっているはずの玄関の扉が開く音がした。
 あ、しまった。と思いながらもどうすることもできないので食事を続けていると、ユウがダイニングに入ってきた。

「昨日夜更かししちゃって」
「あとどれくらいだ?」
「十五分くらいもらえれば十分です」
「それ以上かけるなよ。リビングにいる」

 ユウがいなくなったので、アレンは気合いを入れて昼食としてスーパーで買ってきた惣菜達に向き直った。まだ十品ほどあるが、十五分もあれば余裕だろう。ただし、容器を洗う時間はないので、帰ってきてから洗うことになるが。
 時間に間に合うよう食べるスピードをあげつつ、それでも味を楽しみながら食べる。両親が家にいる時の食事は品ごとの量はあるが種類は少ない。勿論、それが不満だと言うわけではないのだが、偶には一回の食事でいろいろな種類の料理を食べるのもいいものだと思う。

「ご馳走様でした」

 ユウがダイニングに顔を出してから十二分。宣言通り十五分以内に食事を終え、空になった容器をシンクに入れてユウが待っているリビングへ向かう。

「荷物」
「あ。持ってきます」

 リビングに一歩入ったところでアレンが手ぶらであることに気付いたユウに声をかけられ、自室へ行って荷物を持ってから改めてリビングへ向かう。

「今度こそオッケーですよ!」
「窓の鍵開いてるぞ。全部確認したら出てこい。外にいる」
「はい」

 鍵が開いていることを確認しているのなら、待っているついでに戸締りをしておいてくれればいいのにとは思うが―ちなみに真冬なのに鍵が開いていたのは換気の為だ。窓は閉めたが鍵をかけるのを忘れていた―、今ユウの機嫌を損ねるのは得策ではない。ユウの同居人に心配をかけるだろうし、さらには迷惑をかけることにもなるに違いない。
 すべての窓を確認し、荷物を持って外に出ると、ユウは見たことのない車のわきに立っていた。
 玄関の鍵をかけてユウの傍へ行き、改めて車を見る。

「兄さんの車……じゃないですよね?」

 車高の低い車なので、顔はよく見えないが、運転席には男性が座っているようだ。
 わかりきったことではあるが一応ユウに尋ねてみれば、呆れたような溜息が返ってきた。

「わかったこと聞いてんじゃねぇ。後ろ乗れ」

 当たり前のように助手席のドアを開けて車に乗り込むユウに慌てて後ろのドアを開けて中に入ると、運転席に座っていた男性が振り向いた。

「こんにちは」
「……こんにちは、」

 少し戸惑ってしまったのは、男性の外見と口から出てきた滑らかな発音の日本語が合わなかったからだ。
 運転席に座っている男性は髪こそ日本人と同じ黒髪ではあったが、褐色に金色の目の外国人だった。

「さっさと出せよ」
「はいはい」

 特に自己紹介をする間もなく車は動き出してしまったが、暫くするとアレンはそういえばと首を傾げた。

(……聞いたことあるような)

 男性の声に聞き覚えがあった気がするのだ。

「あの、すみません」
「どうした?忘れ物?」
「いえ、ティキさんで、あってますか?」
「ああ、そうだけど。ユウ、言った?」
「言ってない」
「前に電話で話したので、」
「へぇ、記憶力いいな。結構前なのに」
「あはは、」

 そりゃあ兄に関係することで一番謎だった人物なのだから、記憶にも残る。

「君は、アレンだな?あってる?」
「あってます」
「数日よろしく。寛いでくれ。って言っても、まだ着いてないけど」

 アパートに辿り着くまでの間、アレンはティキとユウの話を聞き、時々口を挟みながらティキのことを考えていた。

 ユウが援助交際をしていた時のことを知り、さらには父親の知り合いの息子で、母親には話してはいけない相手。

(……そっか、そういうことだったんだ)

 頭の中で漸くティキの存在に対する疑問が解決され、アレンは少しだけ口元を緩めた。

 援助交際のことを知っていたのは、恐らく父親が相談をしていたからだろう。アレンが知っているのだ、父親が知っていてもおかしいことはない。愛息子を預けるくらい信頼のおける相手なのだから、それくらいの相談はするかもしれない。そして、母親に話してはいけない相手というのは、きっと母親と父親の知り合いの間で何かがあったからだろう。父親と母親は、父親がやっている絵画教室で知り合ったと聞いているので、同じ教室に通っていただろうティキの親を母親が知らないと言うのはおかしい。つまり、母親にとっては未だ許せない何かがあったから、その息子も憎いということに違いない。

 アレンの考えは間違っているのだが、生憎この場にその間違いを訂正できるものはいない。

「おい、何考えてんだ?」
「え?あ、いえ……兄さん」
「何だ?」
「よかったですね」
「?……ああ」

 アレンが突然何を言い出したのかユウは全く理解できなかったが、理解できないゆえにその返事がアレンの勘違いを確定づけるとは思わず、とりあえず頷いた。