「はっ!」
十二月六日、アルマは赤色の目覚まし時計の音で目を覚ました。 普段は赤色の目覚ましが鳴っても目を開けないまま目覚ましを止め、三十分後に鳴りだした青色の目覚ましを止め、更に三十分後に鳴りだした黒色の目覚ましでやっと目を覚ます。故に、一番最初の目覚ましである赤色の目覚ましで起きることは珍しい。 二度寝をすることはもちろん可能だが、アルマは二度寝することなく起き上がり、ストーブを点けてパジャマを脱いだ。今日は大学の講義もなくゆっくりすればいいのだが、寝てはいられない理由がアルマにはあった。 今日、十二月六日はアルマの誕生日だ。 「もしもし!」 着替えて朝食のカップラーメンを選んでいると、母親から連絡があった。 ぱぁっと顔を輝かせて通話ボタンを押せば、電話の向こうからクスクスと笑い声が聞こえてくる。 『今日は早起きなのね。いつもは寝ぼけた声なのに』 「ちゃんと最初の目覚ましで起きたから」 『そうなの?凄いじゃない。それはそうと、誕生日おめでとう、アルマ』 「ありがとう!へへー、毎年悪いね」 『あら、親が子の誕生日を祝うのは当然でしょ?今日、大学の講義ないのよね?お昼は家で食べる?』 「うん、そうするよ。夜は外で食べるけどね」 『まあ、デート?』 「違うよ。友達と」 『ふふ、照れなくていいのに』 「本当に友達だって」 『そう言うことにしておきましょ。じゃあ、お昼は貴方の好きなもの作って待ってるから』 「ありがとう。じゃ、昼に行くよ」 通話を終えると、アルマは大きく背伸びをした。毎年、一番最初にアルマの誕生日を祝ってくれるのは母親だ。そして、次に。 「あ、着た」 父親からメールが着た。 【誕生日おめでとう。就活は上手くいってるか?】 「一言余計だなぁ、全く」 誕生日おめでとうだけ言ってくれればいいのに。そうは思うが、仕事が忙しくても毎年誕生日を忘れずにいてくれることが嬉しくて、お礼のメールをして携帯を置く。 「さて、と……」 台所でカップラーメンにお湯を注ぎ、待っている間に昨日着たメールを確認する。 【明日の夜、暇か?夕飯一緒にどうだ?奢ってやるから】 昨日の夜、ティキからそんなメールがあった。アルマの誕生日について何も触れていないメールだったが、わざわざ平日に夕食の誘いをくれるのだからアルマの誕生日を祝ってくれるつもりなのだろう。 アルマがティキと再会したのは十四年ぶりだ。ユウと同じくらい、ティキと離れていた時間は長い。それでも、ティキは弟でもないアルマの誕生日を覚えていてくれたのだ。 「自分の誕生日は忘れてる癖に」 それは、昔からの疑問だった。 ティキは小さい頃からユウやアルマ、自分の両親、更にはアルマの両親の誕生日まで覚え、その日が来れば「おめでとう」と言ってくれるのだが、自分の誕生日を祝われないことについて何の違和感も覚えないのだ。 アルマの場合、友達の誕生日を祝うのは自分の誕生日も祝ってほしいと言う気持ちもあるからなのだが、ティキはそんな様子も見せず―誕生日を忘れているのだから当たり前なのかもしれないが―ただ相手の誕生日を祝うだけ。 「考えてもわかんないや。俺、兄ちゃんじゃないし」 大体、ティキ自身が自分の誕生日を覚えていないことに気づいていないのだから、祝われない違和感に気づくはずもない。 考えていたら丁度いい具合に時間がたったので、テーブルまで持って行って蓋を取る。 「いただきます!んー……このカップラーメンも飽きてきたなぁ……違うやつ探そ」 料理は出来ないことはないのだが、一人暮らしでわざわざ料理をするのも面倒で、大抵はコンビニ弁当かカップ麺がアルマの食事だ。ティキと出会ったのはたまたま料理をしようと思い立って足を運んだスーパーだったが、あれは本当に運が良かった。 家に行くまでは時間もあるし、近くのドラッグストアへ安いカップ麺探しをしに行こうと時計を見る。早く起きただけあってまだ店は開いていない時間だ。 「暇だなぁ……掃除でも……いや、誕生日だし、後にしよう」 足の踏み場がなくなって来ている床を見て一瞬、頭の片隅に片付けなければという考えが浮かんだが、何も誕生日に掃除をすることはないと頭を振って考えを消し、カップラーメンを食べ終えた。 「店が開くまで、ゲームしてよっと」 ゲーム中にはユウとアレンから、買い物中には大学の友達からメールが着て、満足のいく午前を過ごしたアルマだった。 「ただいまー」 「おかえりなさい。元気そうで良かったわ」 十二時過ぎになり、アルマはそろそろいい時間だろうと母親が待っている家を訪れた。 中に入ると、キッチンから母親がやって来て嬉しそうに笑う。 アルマの母親はアルマが家に帰ってくる度にこうして嬉しそうに笑ってくれる。 「元気そうって、一週間前にも顔見せただろ、俺」 「まあ、そうだけど。一週間も経てば風邪を引いてるかもしれないでしょ?」 「俺一人暮らししてから風邪引いたことないじゃん」 「そうだったかしら?」 「そうだよ」 「やっぱり馬鹿は……って、成績は良いんだったわね」 「ちょっと」 「今煮込みハンバーグが出来たところなのよ。あとポットパイももう少しで焼けるから待っててね」 「やった、ありがとう!」 ダイニングの椅子に座って母親の様子を窺っていると、母親がキッチンから出てきてポタージュスープを出してきた。 「外寒かったでしょう?お腹一杯にしない程度にどうぞ」 「ありがと」 母親がキッチンに引っ込んだのを見、ポタージュスープに目を向ける。母親の手作りポタージュだ。小さい頃、冬の寒い公演で遊んで帰ってきたアルマを迎えた母親は、よくポタージュスープを作ってくれた。 「味、どう?」 「美味しい」 「良かった。あ、ポットパイできたみたい」 オーブンのタイマーが聞こえ、母親がキッチンミトンを手にはめ、ポットパイの乗った真っ黒な角皿をカウンターに置いた。 「うん、良く焼けてる」 「うわ、美味しそう」 カウンターに置かれたポットパイを見て笑うと、母親もニコニコと笑う。 「じゃあアルマ、悪いんだけどお皿を用意してくれる?」 「いいよ」 「ありがとう」 誕生日とは言え食事を出てくるのを待っているだけなのは申し訳ない。 「やっぱり、食事は誰かとした方が楽しいわよね」 皿を並べていると、出来あがったポットパイを運んできた母親がそんなことを言う。 確かに、父親は家にいないことが多いし、母親は一人で食事していることが多い。 「…今度、平日も帰ってこよっか?」 「あら、大丈夫よ。何の為に一人暮らしの練習してるの?」 「けど、寂しいんじゃない?」 アルマは毎日大学の友達や、ユウやアレン、ティキと会って誰かと食事をする機会が多々ある為寂しくはないが、母親は違う。 そのことを指摘すると母親は困ったように眉を寄せたが、キッチンからフォークにナイフ、スプーンを持ってくると「気にしないでいいの」と笑った。 「少しは寂しいかな。でも、そんなに心配してもらわなくてもいいわ。ありがとう」 「なら、いいけどさ」 「それに、もうちょっとしたら一人でいることもなくなるしね。お父さんと色々なところに行こうって約束してるの」 「へぇ、いいね」 「アルマも、休みの時には顔を見せにいらっしゃい。待ってるから」 「うん。そのつもりだよ」 食事の準備ができ、他愛のない会話をしながら母親の手料理を口に運ぶ。やっぱり母親の手料理が一番好きだと実感していると、思い出したかのように母親が口を開いた。 「それでアルマ。今日の夜は誰と食事するの?」 「だから、友達だってば」 「私が帰国する前にその友達は紹介してもらえるのかしら?」 「あのさぁ……」 まだ彼女だと思っているのかと呆れるアルマだったが、友達、という言葉で隠す相手でもないかとティキのことを話した。 「ティキ?ユウ君のお兄さんの?」 「そう。ちょっと前に偶然再会して、それから色々遊んだりしてるんだ」 「そうだったの。もっと早く教えてくれればよかったのに。私も久々に会いたいわ」 「兄ちゃん社会人だしさ、なかなか忙しくてそんな時間取れないよ」 「貴方とは遊ぶのに?」 「それは……」 「まあ、機会があったらでいいわ。一度会いたいって言っておいて。もう十四年かしら?全然会ってなかったもの」 十四年前、ティキの家族とアルマの家族は家族ぐるみの付き合いをしていたので、母親はティキのことをよく知っているし、ティキもアルマの母親のことを知っている。 「兄ちゃん、兄ちゃんの父さんにそっくりになってたよ」 「あの人に?じゃあ、それは格好よくなってるでしょうね」 「そう言えば、母さんて小母さんと、前の小父さんと昔からの付き合いなんだっけ?」 「ええ」 「…今度聞かせてよ。昔の話」 「良いわよ。貴方が就活終わらせたらね」 「…はーい……」 |