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「おかえりなさい」

ユウがクロスの妻として家にやって来てから三カ月経った。十一月になり、大分肌寒い季節になってきた。
仕事から帰ってきたティキをユウが迎え、玄関のカギをしめる。仕事柄クロスは家に帰らないことが多く、ティキがユウと二人きりになることも多い。今日もまたクロスは出張でおらず、ティキが帰るとユウは一人で暇そうに雑誌を読んでいた。クロスからは自由に使うようにとある程度の金を渡されているはずなので、ゲームでも買えばいいと思うのだが、ゲームは好きではないらしい。

「今日は早いんですね。まだ夕食作ってないです」
「じゃあ、どっか食いに行くか。この時間だし、飯ついでに映画でもどうだ?」
「映画ですか」
「ちょっと前から日本が舞台の映画が公開されててさ、結構好評みたいだし。本ばっかじゃなくて、たまには映画もいいだろ」
「…そうですね。じゃあ、支度してきます」
「ああ」

ユウが本を片付けに部屋へ行くのを見た後、自分のスーツ姿を見てティキは頭を掻いた。今日は営業で他の会社へ出ていた為、普段よりきっちりとしており、少し堅苦しく見える。

「まあいいか」

別にデートと言う訳でもない。継母と食事をして映画を見るだけだ。

「お待たせしました」

5分程リビングのソファに座って待っていると、部屋からコートを着たユウが出てきた。コートはクロスが買ってやったもので、ティキとクロスがいない時も出かけるようにとプレゼントしたのだろうが、あまり出かけているような印象は見受けられない。何せ、家にものが増えていないし、常に掃除がなされている。

「じゃ、行くか」

先程しめた鍵を開けて家を出て、車に乗り込む。ユウが助手席に座りシートベルトをしたのを確認すると、車を発進させた。ユウと一緒に出かけた回数は既に両手の指以上だが、それは主に食材を買いに行く為だったので、それ以外でユウと出かけるのは久しぶりだ。前に出かけた時はユウの冬服を買いに行く為だった。

「飯と映画、どっちが先がいい?」
「ティキさんにお任せします」
「じゃ、飯先な。帰り遅くなるかもしんねぇけど、明日休みだし平気だよな?」

休みと言うのはティキの仕事のことだ。ユウに関係があるのかと思うところだが、ユウは毎朝会社に行くティキの為に早起きして朝食を作ってくれているので、帰りが遅くなれば仕事へ行くティキよりも朝食を作るユウの方が苦労する。

「朝は昼飯と一緒でいいからさ」
「わかりました」

ユウの言葉にティキはユウに気づかれないよう小さく溜息を吐く。
三カ月経ち、大分親しくなれたのではと思うが、ティキには気になることがあった。ユウは自分の希望を言わないのだ。
変な所にこだわりはあるが、それは食材選び等のティキとクロスにも関係のあることで、洋服選び等のユウ自身のことであれがいい、これがいいと言わない。今だって、ティキが誘ったからというのもあるのだろうが、自分の希望を言ってくれなかった。

そしてもう一つ。ユウが何かを隠しているらしいことだ。
三か月も一緒に暮していれば、そして気にかけてやっていれば、それなりに相手の癖などはわかる。その結果、ティキはユウが何かを秘密にしているようだと感じた。
恐らく、クロスはそのことを知っている。

自分だけ知らないと言うのが癪で仕方のないティキだったが、無理矢理その秘密を暴いてやろうとは思わない。もう少し親しくなれば言ってくれるのかもしれないし、何より、無理強いして避けられるのは苦しい。

「映画を観に行くのなんて、かなり久しぶりです。子供の頃に連れて行ってもらったくらいで…」
「ん、じゃあ映画嫌いか?」
「いえ、そんなことないです。ただ、田舎だったので映画館へ行くのに二時間くらいかかって、その間農作業が一切できないので」
「はー、成程」

映画館へ行くのに二時間と言うことは、片道二時間なのだろう。往復四時間で二時間程度の映画を見れば、それだけで一日の四分の一が過ぎてしまう。

「じゃあさ、映画はどんなのが好きだ?」
「えっと…歴史物はよく見てました。日本のも、海外のも」
「そりゃよかった。今から見るのも歴史物だから」
「そうなんですか」









「ここじゃ十六以上は保護者の目がありゃ飲めるんだぜ?十八になれば自由に飲めるし」
「でも、日本だと二十歳以上なので…」

映画を見て食事を済ませ、家に帰ると、ティキは上機嫌な―映画が楽しかったらしい。誘った側としては喜ばしいことだ―ユウに冷蔵庫から取り出したビールを勧めていた。ユウは困り顔で断ろうとしているが、ティキに折れる気は微塵もない。

「飲んだことないんだろ?少しくらい付きあって飲んでみろよ」
「でも、」
「わかった」
「え?」
「じゃあこっちな」

ビールは好き嫌いが分かれるが、果実酒なら甘いし飲みやすいだろう。そう考えてビールをテーブルに置いて更に果実酒の瓶を取り出した。
ビールを置いた時点でもしかして諦めてくれたのか?と思ったらしいユウがほっとしたような顔をしたが、果実酒が出てくると再び眉間に皺を寄せてビールの缶と果実酒の瓶を見比べた。

「どっちがいい?どっちか必ず飲んでもらうからな」
「どっちか……」

ティキが見守る中ユウの視線が缶と瓶の間でうろうろと彷徨い、瓶に止まる。

「…こっちで」
「オーケー、ビールはまた今度な」

ビールを冷蔵庫にしまい、棚からグラスを二つ取り出してテーブルに置く。そして、自分用にテキーラの瓶を取り出した。ユウがビールを選べば一緒にビールを飲もうと思っていたのだが、果実酒はティキには甘すぎる。果実酒のアルコール度数に比べると、付き合いとして飲むには度数が高すぎる気がするが、クロス譲りで酒には強いし、他にはこれしかなかったのだから仕方がない。ビールを飲むという手もあるが、果実酒よりも度数の弱いものを飲むことは気が引けた。自分は度数の低い酒を飲んで女には度数の高い酒を飲ませるなんて、酔わせてどうこうしようとしているみたいではないか。
テキーラの瓶の隣に切ったレモンや塩を置くと、ユウが興味深げにそれらを見たが、飲んでみるかと尋ねるとすぐに首を横に振った。

「ワリぃな、待たせて。じゃ、飲むか」

目の前に置かれた空のグラスに果実酒が注がれていくのを見てユウが緊張したように口を震わせた。

「あの、少しだけでいいので、」
「いいだろ、明日休みだし」

グラス半分まで果実酒を注ぎ、とりあえず瓶に栓をする。ユウの向かいに座ってテキーラの瓶の栓を開けると、ティキはグラスを見て固まっているユウに声をかけた。

「飲んでいいぜ」

テキーラを注いでいる間、ユウは果実酒の入ったグラスとにらめっこをしていたが、ティキがレモンを齧ってテキーラを飲み始めると、覚悟を決めたのか漸くグラスに口を付けた。

「…甘い」
「お、結構いけるか?」
「…美味しいです」

アルコールの匂いや味を気にするでもなく甘いと言ったので、案外飲めるタイプなのかもしれないと尋ねてみると、ユウはまた一口飲みながら美味しいと言った。

「何だ、じゃあもっと早く晩酌付き合ってもらえば良かったな」

すぐに空になったユウのグラスに果実酒を注ぎ、ユウの様子を見ながら自分もテキーラを飲む。

「そんなに飲めるならつまみあった方がいいか?俺はいらねぇけどさ」
「大丈夫です。夕食食べましたから」

酒だけでは味気ないかと思い提案したが、ユウはグラスを手に持ったままティキの問いに対して首を横に振った。

「それならいいけど、あまりペース速いとすぐ潰れるから気を付けろよ」
「はい」

まだ十分も経っていないのに二杯目を空にしようとしているユウが少し心配になって声をかける。つまみがあればまだ酒を口に運ぶ間隔が開くのだろうが、このまま酒ばかりだとすぐに酔ってしまいそうだ。別に酔われるのは良いのだが、吐かれることだけは避けたい。もし吐いてしまったら、ユウの性格上今後酒を飲まなくなってしまいそうだ。次も晩酌に付き合ってもらうとするならば、ある程度気持ちよく飲めたところで止めた方がいいだろう。

「ティキさん」
「あ?」

ティキも一杯目を飲み終わり、二杯目をグラスに注いでいたところでユウが声をかけてくる。

「恋人いないんですか?」
「何だよ急に…いねぇけど」

ユウらしくない質問にもう酔い始めてきたかと苦笑しながらも正直に恋人はいないと答える。

「いつも早く帰って来てくれるから、どうなのかなって思っただけです。いるんですか?」
「…いや、だからさ、いないって」

ユウの空になってしまったグラスに果実酒を注いでやり―ユウが自分で注がないのはティキの傍に瓶があるからだ。身を乗り出してまで瓶を取ろうとするような性格ではない―もう一度、恋人はいないと答える。ティキの最初の答えは聞こえなかったらしい。

「でもティキさん、女性にもてるじゃないですか」
「もてるじゃないですかって、そんな現場見られた覚えはねぇぞ」
「見なくてもわかります。面倒見いいし、優しいし、格好いいし、優しいし、」
「今優しい二回出たぞ」

酔いの所為か徐々に赤くなっていくユウの顔を見て、これ以上飲ませてはいけないなと判断して果実酒の栓をきつくしめる。それなりに度数のある酒なので、アルコール耐性が無ければ一杯でかなり酔ってしまう。

「彼女いなくても不便はねぇし、必要だとも思ってない」
「え、あっちはどうしてるんですか?自慰だけですか?」

予想外の質問に噎せ返り、アルコールが鼻に衝く。突然何を言い出すのかとユウを見返せば、きょとんとした目がティキを見ていた。両手はしっかりとグラスを掴んでいる。

「どうしたんですか?」
「いきなり変なこと聞くからだろ…」
「え?あ…すみません」

すみませんとは言うが、悪いとは思っていないらしい。顔を見ればわかる。顔が「性の話なんて変なことでも何でもないのに」と言っている。

「で、どうしてるんですか?」
「…一人でシたり、誘いを受けてみたり、色々だよ」
「誘いって、恋人でもない人とセックスするってことですか?」
「そ。避妊はお互いにしてるし、恋人いねぇ奴とだし、別に問題ないだろ」
「駄目です」
「は?」
「セックスは好きな相手とだけするべきです。ティキさん程の人が自分を安売りしてどうするんですか!…あ」

何だかわからないがユウの言葉が説教じみてきた。このまま説教に突入するかと思いきや、感情の高ぶったユウが酒の入ったグラスを傾けてしまい、説教は一瞬で終わってしまった。

「…すみません、ティキさん。お酒注いでください」
「いやいや、片付けが先だろ」
「服が吸収してくれたから床にはかかってませんよ」
「だからその酒吸った服を着替えろ」

グラスはユウの方に倒れ、ティキが三杯目を入れてからまだ飲んでいなかったこともあってかなりの量がユウにかかってしまった。にもかかわらず酒を注いでもらおうとするユウを嗜めるが、ユウはティキの言うことに従わずグラスを持ったまま動こうとしない。

「大丈夫です。後で風呂入りますからその時でいいです。ティキさんに付き合いますから」
「じゃあ、晩酌はもう終わり。ほら、片付けとくから風呂入ってこい」

ティキが満足するまでユウも付き合うと言うので、グラスに残ったテキーラを一気に飲みほしてユウからグラスを奪う。

瓶をしまってグラスを洗って部屋に戻ると、ユウはまだ椅子に座っており、風呂へ行くどころかうとうとと眠りそうになっていた。

「おい、風呂が無理ならせめて着替えろって」
「ん……」

ティキが体を揺すってやると、眠そうながらもユウが椅子から立ち上がり、そしてフラッとその場で躓いた。

「ったく、」

慌てて倒れる前に受けとめたが、この状態では一人で何もできそうにない。

「俺がやっちまうぞ。それが嫌なら自分で何とか着替えろよ」
「…どうぞ…服、寝室のクロゼットなので……」
「どうぞって…」

ほんの少しだけ考えるように眉間に皺を寄せたが、考えることを放棄したのか、ティキに着替えさせてもらって楽をしようと結論付けたのか、ユウは目を閉じてティキの腕の中に収まってしまった。

「……本当にいいんだな!」
「いいですから……大声出さないでください…寝るので……」
「後で嫌だったとか言うなよ、絶対に」

ユウの首ががくっと下に動き、そのまま穏やかな寝息が聞こえてくる。ティキへの返事と同時に眠ってしまったらしい。
今までも飲みの席でたちの悪い酔い方をした同僚や友人の介抱をしたことはあったが、これほど戸惑う介抱は初めてだ。
母親とはいえどティキよりも若い年頃の女性だ。最近はユウの言うように残業時以外は早く帰っていたのでセックスもしていない。
変な気を起こしたらどうしてくれるんだと思いながらもユウを寝室へ運んでクロゼットを開ける。まずパジャマを取り出し、次に下着を探す。が、そこでティキは妙な事に気付いた。

「…ない」

ブラジャーらしきものはあったが、ショーツが無かったのだ。男性用のパンツしかない。そして、ブラジャーもどれも詰め物がされて胸が入る隙間のないような不思議なものだった。

「………」

ちらっとベッドで眠るユウを見、再び下着の入った引き出しを見る。ティキの頭にはある一つの考えが浮かんでいた。

「脱がせるぞ」

とりあえず下着は後に、ユウの服を脱がせていく。その手は先程のような戸惑いは感じられず、むしろ早急に感じられる。
シャツを脱がせ、ズボンを脱がしたところでティキは自分の考えが当たっていたことに口の端を上げた。

「成程ね、これが秘密ってわけか」

ブラジャーを外せばそこには膨らみなどなく、パンツを脱がせればそこには小ぶりながらも紛う方ない男性器があった。