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「で、何買うんだ?」

 休みの日になり、ティキは約束通りユウの買い物に付き合おうと車を出した。
 とりあえずショッピングモールへ行けばいいのだろうと車を走らせていたのだが、隣に座るユウは何も言わず少し気まずい。こちらから話題を……と話しかけるとユウは眉を寄せて俯いてしまった。
「……特には、」
「特にはって、何か買いたかったから買い物に付き合ってくれって言ったんだろ?」
「自分でも何で言ったのかわからなくて……」
「は?」

 まだ何を買うのか言われていなかったし、とりあえず買い物の内容を聞いておこうと思ったのだが、ユウの口から出てきたのは思いがけない言葉だった。

「買い物があるって言ったのはユウだろ」
「そう、なんですけど、」

 一体何の為に車を出したのかと問えば、ユウはまた口を閉ざしてしまう。

「じゃあ、買いたいものはないんだな?」
「…ないです」
「それなら、帰るか?」
「それは、」

 目的もないのにショッピングモールへ行っても仕方がないだろう。大体、ティキだってやることがないわけではない。引っ越しの準備をしなければいけない。

「だったらどうするんだ」
「……適当に車走らせてもらえませんか」
「適当にって、ドライブでもしたいのか?」
「……」

 答えはない。
 用事がない以上ユウの頼みを断って家に帰ることも出来たが、ティキはUターンすることなく、ショッピングモールへ行く道から外れて真っ直ぐ車を走らせた。
 ショッピングモールへ行く道から外れたことに気付いたユウが顔を上げ、何か言いたそうにティキを見る。

「買い物はないんだろ」
「……はい」
「それだったら、あの交差点で曲がる必要はないな」
「…そうですね、」

 言われたとおり適当に車を走らせながら偶にユウの方を見るが、ユウは何か言いたげな表情をしながらも一切喋ろうとしない。

「いい加減、難で俺に車出させたのか教えてほしいんだけど」

 ショッピングモールへ続く道とは違う道を走りはじめてから二十分。流石に我慢できなくなったティキはユウにどうしたいのか再び尋ねてみた。目的なくドライブするのも嫌いではないが、今はやることがあるのだ。

「…もう引っ越しの日は決めたんですか」
「ああ。業者にも頼んだ。準備はまだしてないけどな」

 準備をしなければいけないことを仄めかすと、ユウにはそれがちゃんと伝わったらしく―クロスだったら絶対伝わらない。伝わっているのかもしれないが、クロスの都合で無視される―小さな声で「すみません」と謝ってきた。

「別に謝ってほしいわけじゃねぇよ。ただ、俺を連れだした理由を聞きてぇの。わかるだろ?」
「……はい」

 はい、とは言いつつも黙るユウに溜息を吐くと、渋々ユウが口を開いた。

「引っ越ししないでほしい、と言ったらどうしますか」
「は?」

 もう決まったことに一体何を言い出すのかと声を出すと、再びユウが小さな声で謝る。

「引っ越ししないでほしいです」
「もう契約したし、言っただろ?引っ越しの日取りも決めたって」
「そうですけど、……違うんです」
「何が」

 いきなり違うと言われても訳が分からない。
 そのままユウが言葉を続けるのを待っていると、ユウの唇が震えだした。

「……大丈夫?」
「ティキさんを避けてるんじゃないんです。いえ、その、避けてたかもしれないですけど、嫌いだからじゃなくて、」
「……」

 ユウにとってとても言いにくいことなのだろう。
 再び口を閉ざしてしまったユウを見て何となく言いたいことを察し、今度はティキが口籠もってしまった。

 嫌いだから避けていたわけではない。そして、今黙っているのがクロスに申し訳ないと思っているからだとすると……?

「……もし、俺が考えてることがユウの考えてることと一緒だとしたら、ユウはそれを俺に言っちゃいけないし、猶更俺はあの家にいちゃいけないな?」
「……」

 無言の意味はきっと肯定だ。

「わかった。けど、引っ越しはもう決定したことだ」
「……どうしてもですか」
「どうしてもって、ユウだってわかるだろ」
「……はい。クロスさんを裏切れませんから」
「じゃあ、この話はもう終わりだ。どっかで飯食って帰るか」
「帰ったら、引っ越しの手伝いさせてください」
「そりゃあ、ありがたいな。頼むわ」









 食事を済ませ、昼三時過ぎに家に戻ってくると、ティキは早速自身の部屋に戻って梱包作業に取り掛かった。用意したダンボール箱の数を考えると、部屋のものすべてを持っていくわけにはいかないのである程度選別しなければいけない。

「あの、飲み物持ってきました」
「サンキュー」

 とりあえず必ず必要になるであろう洋服をすべて取り出してどれを持っていくか悩んでいると、ユウがコーヒーを持ってやってきた。
 コーヒーを受け取って飲みながらクロゼットから取り出した洋服を選ぶ。暫くしてもユウが部屋から出て行かなかったので首を傾げると、ユウは飲み物を乗せていたトレーをティキの机に置き、ベッドに無造作に拡げられた洋服を見て口を開いた。

「何か手伝うことありますか?」
「あー……じゃあ、本棚の本整理してくれるか?営業関係の本だけまとめてくれりゃあいいや。後は置いていくから」

 ドライブ中に荷造りを手伝うと言ってくれていたことを思い出し、まだ手を付けていない棚を指差す。

「営業、ですか」
「あ、もしかして本読めねぇか?」

 ユウが本を一冊手に取って眉を顰めるのでもしや面倒な単語は読めないかと尋ねてみるが、ユウは首を横に振って手に取っていた本を棚に戻した。持っていた本はただのペーパーバックの小説なのでティキが指定した本ではない。

「いえ、多分大丈夫です」
「みたいだな」

 今度はちゃんと営業関係の本を手に取ったユウを見て、ティキもコーヒーをサイドテーブルに置いて安心して作業に取り掛かる。
 改めてベッドに広げた洋服を見ると、似たような服ばかりで呆れる。季節の変わり目に新しい服を買いに行くのだが、特に考えずに服を選ぶと似たようなものばかりになってしまう。
 会社へ行く為のスーツはすべて持っていき、あとは部屋着を数着、休日に出かける用に数着あれば残りはここに置いて行ってもいいかもしれない。

「偶には帰ってきたりしますか?」
「んー……そうだな、偶には帰ってくるかも」
「どれくらいで?」
「どれくらいって……そうだな、月に一度、くらいかな」

 あまり頻繁に帰ってくると、家を出る意味がなくなってしまう。

「……じゃあ、俺がティキさんの部屋へ行くのは?」
「はは、クロスが浮気でもしたら来ればいい。その時に連絡でもくれれば迎えに行ってやるよ」
「……そうですか」
「悪いけど、ユウに場所教える気はねぇよ。物件の資料は見せたけど、あれだけじゃ場所わからないだろ?」
「最寄駅はわかりましたけど」

 しかし、最寄駅が分かったからと言ってティキの引っ越し先にたどりつけるわけがない。

「もっとも、今のクロスがそんなことするとは思えねぇけどな」

 以前、女をころころと入れ替えていたクロスからは想像できない位、今のクロスはユウを大事にしていると思う。出張の為家にいない日が多いが、今までに比べれば頻繁に帰ってきている方だ。以前は、月に一度クロスの車を見るかどうかだった。
 それに、ユウを一人にしないようにと気にかけてティキにユウの世話をするよう言ったにもかかわらず、世話をしたらしたで近づき過ぎだと嫉妬するのだからユウへの独占欲は相当なものだろう。

「大丈夫。ユウがちゃんとクロスのこと見ててやれば、あっちはユウを放りだしたりしねぇよ」

 一応、一生を添い遂げる覚悟もあるようだし?そう言ってやれば、ユウは複雑な顔をして手に持っている本に目を落とす。

「何、不安?」
「よくわからないです」
「……まあ、あれだけ出張繰り返されてればそうかもな。俺が引っ越したらついて行ってみればいいんじゃねぇか?出張。そうすりゃ一人でいる時間も短くなっていいだろ」
「……そうですね」