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ユウを脅すだけ脅して床に横になって眠ってしまった男を見、ユウは唇を噛み締めた。
聖女の存在意味など、今まで考えたこともなかったのだ。

ユウの父でもある現国王は良き国王として多くの国民から慕われているが、もし何かあったら……

「失礼します」

一人でぼんやりと己の役目について考えていると、リンクが入ってきた。入ってすぐにユウの姿を見つけ、ユウが眠る男の隣に座っているのを見て思いきり眉を顰める。

「王女が床に座るとは何事ですか」
「…いいだろ、別に」
「貴方はその男の主人であり、同じ場所まで身を落とす必要はないのですよ」
「知っている。その襤褸切れ、片づけておけ」

まだ文句を言いたそうにしているリンクだったが、ユウが命令すると渋々ながらも男が脱ぎ落したままのぼろぼろになった洋服を拾った。

「そういえばお前、何しに来たんだ?」
「様子を見にきました。いけませんか?」
「…別に」

リンクが部屋に来る時は大抵、予定を告げる時や習い事をきちんと受けているかの監視の時、ユウが夜勝手に抜け出していないか確認するときで、習い事も何もない時に来ることは珍しい。この男でも用事が無い時にこの部屋に来るのかと驚くが、困ることもない為来るなとも言えず曖昧な返事をする。

「これからは偶に様子を見に来ますので」
「何で」

もしや、暇なのかとユウが遠慮なく尋ねると、リンクはむっとした表情をして未だ男の隣に座っているユウに近づき、ユウに手を差し出してきた。立てと言うことらしい。
ユウがリンクの手を掴むと、案外強い力で引っ張り上げられ、ユウはキョトンとしてリンクの腕を見た。あまりたくましい腕には見えないが、それなりに鍛えているようだ。

「心配だからです。貴方が」
「心配?」
「この男が侵入した時から、どうも様子がおかしい。あの男に何か弱みを握られているのではないですか」
「お前、あの場にいただろ。あの短い間で、俺がどんな弱みを握られるって言うんだ?」
「それがわからないから、解決策も見い出せないまま不安だけが募るのです。しかも、今貴方は殆どの時間をこの男と共にしている。この男は貴方にとって害にしかならない存在、出来ることならば今すぐにでも首を掻き切ってやりたいのを我慢しているんですから」

掻き切るとは穏やかでない。ユウを王女と言っているリンクはそのような物騒な言葉もユウの前では滅多に口にしない為、今日はどうもおかしいとユウは首を傾げた。

「お前のほうがおかしいぞ。何かあったか?」
「何がです」
「部屋に来てみたり、俺の前で掻き切るなんて言葉使ってみたり。いつものお前ならそんなこと言わないだろ」
「私はいつも通りです。貴方の警戒心のなさに聊か腹を立ててはいますが」
「……ああ、」

何となく理由がわかり、ユウは肩を竦めて眠る男を見た。
元々リンクはユウがこの男を奴隷として所有することに反対しており、それは今も変わっていない。ユウがこの男を奴隷として所有し始めた数日は口煩く「この男を奴隷として所有するのはいかがなものか」と言ってきた。
それなのに徐々に男に対して警戒心を薄れさせていくユウに、堪忍袋の緒が切れそうなのだろう。リンクが必死になって男からユウを守ろうとしているのに、ユウが男から離れようとしないのだから。

「……心配するな。いつかこの男を殺したい気持ちは俺も同じだ。…ただ、今はまだ、その時期じゃないだけで」
「では聞きますが、その時期とはいつ来るんです?見た限り貴方はこの男から国宝のありかを聞きだそうともしていない。傍から見れば男を解放する気が無いのだと思いますが」
「…まだ残ってんだよ、」
「何か言いましたか?」
「何も」

ぼそっと言った言葉に対しリンクが反応したが、ユウは理由を話すことなく無理矢理会話を終了させた。ちら、と一瞬だけ見たリンクはユウをとても心配そうに見ていたが、話せるわけがない。
ラウ・シーミンを部屋から追い出すまでは男もちゃんとユウの性器からガラス玉を取り除いてくれていたが、それ以降はめっきりガラス玉を取り除いてくれなくなった。それどころか、ガラス玉を取り除く真似をしてユウを糠喜びさせて楽しむことさえある。
遊ばれているのはわかっているが、解決策が思い浮かばない。

「いいですか、王女。貴方の下にいるのはあの男だけではないんです。きちんと自分の立場を自覚して行動してください」
「わかった」
「……では」

絶対にわかっていないだろう。リンクの顔がそう言っていたが、ユウが何も言わずにいるとリンクは襤褸切れを持って部屋から出て行った。

「俺の下、」

再び静かになった部屋でリンクが言った言葉の意味を考える。
男はユウの奴隷なので、確実にユウの下―従者―と言うことになるが、リンクもそうだと言うのだろうか?
リンクは王が任命したユウの世話係だし、一応は城に使える官吏と言うことになっている。ユウには自分の世話をしてくれている王の家来という印象が強かったが、リンク本人はユウの下についているつもりだったのだろうか?

「…自分の立場を落とすのが嫌ってことか?」

ユウの下についているのなら、ユウが床に座っていればリンクの心境は複雑なものだろう。ユウが床に座っている間は、リンクも椅子等に座れない。
いまいちリンクが何を考えているのか理解できず、溜息を吐く。難しいことを考えている人間の頭は理解できるものではない。

「…床に座るのだって、そこまで悪くねぇのに」

流石に床で寝ようと言う気にはなれないが、床に座ることにはそこまで抵抗はない。鍛錬に疲れて中庭の草の上に座ることだってある。

「王女様のこと好きなんじゃねぇの」
「っ!」

ベッドに座って足をぶらぶらとさせ、ぶつぶつとリンクのことを考えていると、突然眠っていたはずの男の口が動いた。驚いて体を跳ねさせると、男が口端を釣り上げながら目を開けた。寝たフリをしていただけらしい

「俺には、そう見えたけどな」
「そんなはずねぇだろ」
「鈍いねぇ、そんなんだから、自分が置かれてる立場にも気付けねぇんだよ」
「殆どあいつのこと知らねぇお前に何がわかるんだよ」
「ん?何にも。だから、言動で判断してんの」

男が体を起こし、頭を掻く。

「あのガキ、俺が起きてる時は殆ど王女様と話もしねぇしな。余っ程二人きりで話したいんだろぜ」
「…お前、寝てるんじゃないのか?」

確かに、リンクは男が寝ている時にだけユウによく話しかけてくるし、近づいてくるが、寝ている男がそのことを知っているのはおかしい。

「王女様以外の気配がしたら起きてる」
「………」

やはり、ずっと寝ていたわけではないようだ。
だが、ユウと二人きりの時だけ眠っているとなると、男の睡眠時間は極端に短くなる。今まで一日の大半は眠って過ごしていると思っていたが、一日の六分の一も眠っていない。

「どこでも寝れるけど、代わりに心配性でね。安心できる状況じゃねぇと寝れねぇの」

王女様だけの時は安心して眠れると言われ、明らかに下に見られていると腹立たしく思う反面、嬉しいと思う心に戸惑う。王女であるユウと二人きりでいて安心できるなんて言うのは王かこの男くらいのものだ。リンクはどうなのかは知らないが、城にいる大半の人間がユウと二人きりは御免だと思っているだろう。ユウが何も言わなくても王族と言うだけで緊張してしまうはずだ。

「最初は王子かと思ってがっかりしたけど、王女様は他の王族に比べていばらねぇから良い。何だかんだで可愛げもあるし」
「どこが」

眉間に皺を寄せて聞いたユウだったが、聞かなければよかったと後悔した。
「俺に一生懸命おねだりしてるとこ。顔赤くしてさ、俺に見られながら小便してるとこなんか――おっと、」

ニヤニヤしている男に向かって枕を投げつけるが、枕は男を通り抜け壁に当たる。良いクッションができたとばかりに男は枕に寄りかかり、文字通り手からガラス玉を取り出してコロンと床に落とした。

「お前なんて、」
「何?」

ガラス玉さえ全て取れてしまえば後は無理矢理にでも国宝のありかを聞きだして処刑してやるのに。そう言おうと思ったが、言ってしまうとさらに男がガラス玉を取り除かなくなる気がして、ユウは喉まで出かけた言葉を無理矢理ひっこめた。

「どした?何かいいたいことあるんだろ?」
「………」
「まあ、大方ガラス玉が全部取れて国宝の場所が分かったらお役御免とでもいいたいんだろうけど」
「なっ、」

大方どころではなく、ユウの考えたことそのままを言い当てられぎくりとする。人の体を通り抜けられるこの男は、もしやその目で心や頭を見ることができるのかと思ったが、そこまで特殊な力はないようだ。

「顔に出てる」

ただ、ユウが思ったことを顔に出しやすかっただけらしい。
ほっとしながらもあっさり考えていることを知られた恥ずかしさで顔を赤らめると、男はにこっと笑った後「教えてもいいよ」と意外な発言をした。

「宝の場所」
「急に何だ、」
「教えても、王女様は人に話せないからな」
「……どこにある?」
「ここと、そこ」

男が指を指したのは男自身と、ユウだった。
わけがわからず男を見ると、男は手を己の中に入れてゴブレットを取り出した。金色をしたそれは美しくはあるが、表面にはぼこぼこと様々な大きさの穴があき、国宝と言うにはやや物足りない。

「それが、国宝?」
「ぶっちゃけ、国宝なんて盗んだ覚えねぇんだけどな。こんなののどこが国宝なんだか。まあいい。これが本体。で、これが――」

男が先程床に落としたガラス玉を広い、ゴブレットの中に入れる。さらに指先から数個のガラス玉を出してそれもゴブレットの中に流し込んだ。

「この穴にはまるやつ。全部で三十個」

男の指がゴブレットを弾くと、中のガラス玉が音を立てた。

「…残りのガラス玉は、まさか、」

全部で三十個あるというのに男が出したガラス玉は十個にも満たない。嫌な考えが―ほぼ確信に近いものだが―ユウの頭を過り、恐る恐る男に尋ねると、男は先程のようにユウを指差し笑った。

「そ。王女様のモノの中」
「なっ、ぁ……」

文句を言う言葉もない。ただのガラス玉だと思っていたものが、国同士が協力して血眼になって探しているものの一部だったとは。

「言えねぇよな?どこにあるかなんて」

再び男がゴブレットを己の体内に入れ、ユウを見る。真っ青になったユウの顔を確認するとワザとらしく肩を竦めた。

「宝の一部入れられてたのがわかったからってそんな反応すんなよ。だいたい、よく考えてみりゃわかるだろ?あんな大量のガラス玉、どっから盗ってくるんだ?」
「こ、国宝を壊すなんてどうかしてる……」
「だから、いつの間に国宝って話になったんだよ。あっちの城の王の部屋にあったもんちょっと貰っただけだ」

国宝とは厳重に保管されているものではないのかと言われ、ユウは一瞬国宝ではないのかと考えてしまったが、問題はそこではないことに気付き、ベッドから降りて男の肩を掴んだ。

「何てもの入れてんだよっ!さっさと全部取れっ」

国宝だろうがそうでなかろうが、隣国が必死で探している宝の一部がユウの体内に、しかも人には言えないような場所にある。聞いてしまった以上耐えられそうにない。

「嫌だね。全部取ったら俺は処刑されちまう」
「今すぐ殺してやってもいいんだぞ、」
「そしたら、王女様も男じゃなくなるけど?」
「…卑怯な、」

今のところラウ・シーミンしかこの男に攻撃できないので、男にとってユウの脅しは何の効果もない。

「だったら、いつになったらお前はガラス玉を取る気でいるんだ?俺は、お前の為に衣食住全て整えてやってる。お前は、言うことを聞けばガラス玉を取り除いてやると言ったんだ」
「王女様、案外物覚え良いな」
「何だと?!」
「わかった、じゃあ、服用意してもらった礼に一個だけ取ってやる」
「一個って、後何個あると思ってんだ」
「何個かねぇ?三十個から俺の中にあるガラス玉の数引けばわかるけど」

数える?と聞かれ、ユウはすぐに首を横に振った。どうせ数えたところで、この男はガラス玉を取るフリをするだけだったりするので、残りの数は把握できない。それに、今の男の言葉で、半数以上がユウの中に入っていることはわかった。

「一個だけでも取れたら嬉しいだろ?それとも、取らなくていいのか?」
「…取れ」
「取れ?」

ユウの言い方が気に入らなかったらしい男が片眉を上げてユウが言った言葉を繰り返す。
「……取ってください」
「はは、良い子だ」

男に頭を撫でられる悔しさにユウは唇を噛み締めた。