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暫くしてリンクが二人分の食事を運んできた。

「…悪かったな」
「いいえ。王女の身の安全が第一なので」

いつも以上にリンクの眉間に皺が寄っていたので、流石に機嫌を取っておくかとユウが小さな声で謝ると、リンクがピクッと眉を動かし首を横に振る。

「素直な貴方は貴方らしくない。いつも通りで結構」
「…折角人が感謝してやってんのに」

確かに、リンクに素直に礼を言ったりすることは滅多にないが、ここ数日のことで彼にはかなりの苦労をかけているのだ。謝罪して何が悪い。

テーブルに食べ物が並べられていくが、床に横になって眠っている男は一向に起きる様子がない。出来たての料理からはとても美味そうな匂いがするのだが、男は全く反応せず、死んだように眠っている。

「王女」
「あ?」

男を起こすべきか迷っていると、リンクがユウに声をかけ、ポケットから半透明の紙包みを取り出した。中には白い粉が入っている。

「何だそれ」
「自白剤です。料理に入れますか?」
「……入れなくていい」

恐らくは王の差し金だろうとリンクが持っている紙包みを睨む。
王も、隣国の大使も、リンクも、否、ユウが男を奴隷として部屋に連れ込んだと知っている者は皆、ユウが男に国宝のありかを吐かせたいからだと思っている。そうでもなければ、自らを襲った男を欲しいと言うはずがないと。
これだけ眠っているのなら今のうちに自白剤を混ぜ、男に食わせるのも容易いことだろう。そうすれば、男から国宝の隠し場所を聞き出すのは簡単だ。
だが、それでは駄目なのだ。今、男から国宝のことを聞くのは、ユウにとっての不都合に当たる。

ユウの父親である王は、男が隣国の国宝の隠し場所を吐き次第、男は死刑だと言っていた。だが、それでは困るのだ。
ユウの性器には未だに男が埋め込んだガラス玉があり、ユウが男を所有した目的は、それを男に取り除かせること。先に国宝の場所を吐かれ、ガラス玉を取り除かれる前に処刑されては元も子もない。

「……何か、隠していませんか?」
「何がだ」

もしリンクが手を滑らせて自白剤を料理に入れてしまったらと、じっとリンクの手を見ていたが、紙包みは開かれることなく再びリンクのポケットへと収まった。とりあえずの危険は去ったと、ほっと息を吐いたユウだったが、それに気付いたリンクが隠し事をしているのではと勘繰りだした。

「あの夜、男に何をされたんです?」
「…襲われた。それ以外に何かあるとでも言いたいのか?」

ユウが言った言葉は嘘ではないが、その言葉で十分あの夜の状況説明が出来たというわけではない。

「何かあるとしか思えないから聞いているんですよ。貴方の行動は、あの男の寿命を無理矢理引き伸ばしているのと同じですから」

自らを襲った相手の命を助けてやるような性格ではないと指摘され、ユウは何も言わずにリンクの目を見た。リンクが本当にユウが隠し事をしていると思っているのか見極めようとしたのだ。
リンクはユウが何も言わずに勝手にいなくなった後、どこへ行ったのかユウに問いただす。何度も何度も繰り返し言われてユウが白状する時もあれば、リンクの言葉に乗せられて注意しているにもかかわらず外出先を話してしまう時もある。
もし、今リンクがしている質問が、ユウが隠し事をしていると確信しているからではなく、隠し事をしている“かもしれない”という疑いから来ているものだったら、上手くいけば誤魔化せる。

「王女、聞いていますか」
「………」

どう答えたものかと思案していたユウだったが、結局頭の中に考えは浮かばず、さらには男が起きたことでリンクは部屋から出ていかなければいけなくなった。

「……後で食器を取りに来ますので」
「ああ」

扉が閉じられ、上半身を起こした男が大きな欠伸をする。まだ眠いのか、頭を掻きつつ顔を顰めている。

「…飯、来た?」
「とっくに運ばれてる」

ゆっくりと立ち上がった男は、テーブルに並べられた豪華な食事に目を輝かせるでもなく気怠げに目を動かし、バスケットに入れられたパンを手に取った。そして、椅子に座ることなく先程まで自らが横になっていた場所に座る。

「王女様は普通に食っていいぜ」

自分の指示を待っていると思ったのか、男が口の中のパンの欠片を飲み込みユウにも食べるよう言う。ユウが椅子に座ると、にこっと笑ってまたパンを齧った。

「他は、いらないのか?」

テーブルにあるのはパンだけではない。国一の料理人が作った豪華な料理が並べられている。
だが、男はユウの質問に対し肩を竦め、「いらない」とはっきり答えた。

「ここんとこ飯食ってなかったからな。そんなに入んねぇ」

そんなに、と男は言うが、一人分の量は小食のユウが少し残す程度の、男ほどの体格ならば物足りなく感じるだろう量だ。

「…お前、どうして城に忍び込んだ?」
「どうして、って?」
「そんな小さなパンひとつでいいなら、物乞いと称して民家を当たればよかっただろ。そうすれば、パンの一つや二つ貰えたはずだ」

男は、ユウの部屋に侵入した日、食べ物と飲み物を要求した。あの時から腹を空かしていたのだろう。そうだとしたら、わざわざ捕まる可能性のある城ではなく、街で心優しい人間を捕まえた方が簡単に食事にありつけたはずだ。
ユウが指摘すると、男はそれでは意味がないとユウの指摘に反論した。

「アンタだからこそ良いんだよ、王女様」
「…意味がわからない」
「今アンタがやってることは、王族じゃなけりゃ出来ないってこと」

男に良く考えてみるよう言われ、今の自分の状況を見直してみる。
尿道に入れられたガラス玉を取り除く為に男の条件を飲み、男を奴隷として所有している。

「………」
「わかった?」

男の問いに頷く。男の言うとおり、今ユウのやっていることは、王族だからこそ出来ることだ。
まず、男を奴隷として所有するまでの過程が、一般市民には許されない。男に襲われてユウと同じような状況になったとしても、すぐに助けが来るはずがないし、仮に助けが来ても、男に再び面会できるはずがない。そうなれば、男にガラス玉を取り除く為の取引を持ちかけられるはずがなく、話は終わりだ。
そして、万が一男と取引をすることができ、男を奴隷として所有できたとしても、先程のように自白剤を使うよう言われたら、従うしかない。
男を奴隷に出来たにしても、出来なかったにしても、ガラス玉を取り除けないまま終わってしまう。

「王族なら強引に罪人と面会することもできるし、奴隷として所有することもできる。何だかんだと文句付けて処刑を遅らせることも簡単だ。だろ?」
「……でも、まだ納得いかない。食べ物なら、」
「王女様さ、食い物、飲み物に拘りすぎ。確かにあの時その二つを要求したけど、それが全部じゃない。俺が欲しいのは、安全に眠れる場所」

パンを持っていない手の指を使い、男がトントンと床を叩く。ここが男の言う“安全に眠れる場所”だと言いたいのだろう。

「ま、一番の理想はいつでも寝れることなんだけどな。そこは仕方ねぇ」

自由に寝ればいいのに何故?頭に浮かんだ疑問を男に尋ねようとしたが、仔猿の鳴き声にハッとする。ラウ・シーミンがいるから眠れないのだ。男が眠った時、ユウが止めなければラウ・シーミンは男を殺そうとした。逆に、ユウが眠っている時は、ラウ・シーミンを止める者は誰もおらず、男は常に警戒していなければならない。

「…俺が寝ている間、ずっと起きてたのか?」
「そりゃあ、寝てる間に首ふっ飛ばされたくないからな。王女様だって嫌だろ?起きたら部屋が血まみれ、なんてさ」
「………」

クラウドが上手く調教しているが、ラウ・シーミンは元々国で凶暴種とされる猿の子供だ。味方だと判断したものには徹底的に懐くが、一度敵だと認識すれば、誰かが止めない限り敵が死ぬまで攻撃の手を緩めない。

「どこが安全なんだ、」

自由に寝れず、さらには常に警戒していなければいけないような場所を安全と言えるはずがない。

「安全だろ。注意してなきゃいけねぇのはあの猿一匹。まあ、それも直心配する必要なくなるけどな」
「何?」

ユウが訝しがると、男は人差し指を立ててユウに見せた。

「ひとつ」
「……?」
「あの猿の監視を無くしたら、ガラス玉ひとつ取ってやるよ」
「!」

男がガラス玉をひとつしか取らなかった理由がやっとわかった。
男は、最初からユウが言うことを聞く条件として、ガラス玉を使うつもりでいたのだ。時間をかけてガラス玉を取り除き、全て取り除くまでに体力等を回復して逃げ出すつもりなのだろう。

「……断ったら、どうする?」

どうせ無理矢理言うことを聞かせるのだろうと思いながらも男に命令を拒否した場合の事を尋ねると、男はニヤッと笑って「どうもしない」と答えた。

「俺は別に構わないぜ?俺の頼みを聞く効かないは王女様の好きにしていい。けど、いいのか?ガラス玉が取れない間は、王女様、小便したくなったら俺を頼るしかないんだぜ?」

好きにしていいなんて言っているが、そんなことを言われたらユウには拒否という選択肢がなくなる。



その数日後、ユウの切実な説得により、ラウ・シーミンはクラウド将軍のもとへと戻った。