「父上、お話したいことが…」
「すまないね、今は手が離せない。もうすぐ隣国の大使が――」 「特別牢にいる賊を、奴隷として俺にいただけませんか」 次の日、ユウは男に言われた通り、己の父である王の部屋を訪れていた。 王はユウを大切な王女だと可愛がっているが、ユウはその言葉通りの王女としての可愛がりが許せず、ユウから滅多に話しかけることはない。 今は時間がないと言いつつも、その顔は折角ユウから話しかけてきたのにと残念がっている。 隣国の大使ということは、恐らく賊についてのこと。 ただ話をしたいと言うだけでは、いくら自分を可愛がっているとは言っても後回しにされてしまうと、手短に用件を話すと、王の顔色が変わった。 「……何だって?」 「気に入ったんです。俺の傍に置いておきたい。殺さないでほしい」 「…本気で言っているのかい?」 「俺が、冗談を言うと?」 王は、自らを襲った相手を傍に置いておきたいと言うなんて、正気の沙汰ではないと思っているのだろう。ユウだって、そう思う。 だが、それがあの賊の出した条件だった。ガラス玉を外す代わりに、奴隷としてユウが賊を所有すること。 男が何を思ってそんな条件を出したのかユウにはわからなかったが、今はとにかく、男の言うことを聞いてガラス玉を取ってもらうしかない。 「あの男のやったことは、許されることじゃない。隣国の国宝を盗み、国の聖女を汚した。死して償うべきだと、私は思っている。隣国の大使の話では、隣国の王は男の晒し首を望んでいるようだし、私も、それでいいと同意しているんだ」 「お願いします。このままでは、あの男は国宝のありかを吐くことのないまま晒し首になる。俺に預けていただけるのなら、死ぬはずだった命を救ってやったと恩を売り、必ず、国宝をどこにやったのか吐かせます」 「……隣国の大使と、相談をしよう。私だけで決められることじゃない」 「…わかりました」 頭を下げて部屋を出ようとすると、扉が開き、男が入ってきた。男はユウがいると思わなかったのか少し目を見開いた後、軽く会釈し、入ろうと一歩踏み出していた足を下げてユウの為に道を開けた。 「……ありがとう」 見慣れない男だが、恐らくあれが隣国の大使なのだろうと、すでに閉じている扉を見る。年は恐らく二十半ば辺りだろうが、とても疲れた顔をしていた為ふけて見えた。 きっと、賊のことで苦労しているのだろう。 この国の王女が奴隷として所有したいと言っている。そんなことを言われて、隣国の大使はどう思うのだろうか。自分のことを、周りを見ない愚か者だと思うだろうか。 ぼんやりそんなことを考えながら部屋に戻ったユウは、最終的に、どうせ周りからは変わり者の王女だと思われているのだから、これ以上どう思われようが構わないと結論付け、自嘲した。 「王女が、あの賊を?」 「そうなんだ」 ユウが退室した後、王の部屋では王と、先程ユウと入れ違いに入ってきた隣国の大使が話し合いをしていた。 「国宝のありかを吐き次第晒し首で、結論は出ていたはずですが、」 「君の言うことは尤もだ。晒し首と言うことで結論付けた。だけど、王女がねぇ……」 「貴方は王女に甘すぎますよ」 「リーバー、そうは言ってもね、王女はあの男に襲われているんだよ?それなのに傍に置いておきたいなんて、余程のことだろう……?」 「うちの国王だったら、王女が何と言っても、一度王女を襲った奴を傍に置いておけないって言いますけどね」 大使の言葉に、王が苦笑いをする。 この国の王が王女を溺愛しているのと同じように、大使の国の王も、妹である王女を溺愛しているという。 「そちらの国の王は、妹と仲が良いそうじゃないか。私のところはね、お願いなんて滅多にしてくれないんだよ」 「はぁ、」 「それが、今回初めてお願いしてくれたんだ。叶えてあげたくなるじゃないか」 「…あの、そのお願いが溺愛する王女様の身の危険だとしても、叶えるんですか?折角お願いしてくれたからって」 「………」 あからさまにしょんぼりと肩を落とす王を見て大使は溜息を吐いたが、すぐに背筋を正して口を開く。 「兎に角、賊は国宝を取り戻し次第晒し首。それが我が国の結論です。賊を逃がしてしまったのはこちらの落ち度ですし、それによって王女様を傷つけてしまったことは大変申し訳なく思ってます。賊を捕まえてくれたこの国の優秀な将軍にも、感謝しています。しかし、だからと言って、そちらの王女の要求を受け入れることはできません」 「そうか、」 「あの男は危険な存在です。生かしておいても害になるだけだ。正直、国宝なんてもうどうでもいいから処刑してほしいくらいですよ」 「君の国の宝が盗まれたというのに、随分な物言いだね」 一国の宝というものは、他の国にとっても価値のある宝だ。それを、所有している国の人間がどうでもいいと言ってしまうのはどうだと窘めると、大使は言いにくそうに口籠り、自らの服に付いている大使の証であるバッジを弄った。 「…これと一緒です」 「うん?」 「他の国には国宝が盗まれて王が激怒していると言っていますが、実は、その国宝を作ったのは、このバッジの製作者と一緒なんです」 「バッジの?……確か、君の国の記章は全て、王女が作っていたと…」 そこまで言って、王の言葉は途切れた。 官吏が身に付けるバッジは、各国の王族の誰かが作ることになっている。幼い頃から家庭教師に指導を受けているだけあって、どの国のバッジもなかなかのものだ。 隣国の王女は、確かに器用で、大使が身につけているバッジもその専門の人間が作ったかのような出来栄えだが、彼女の作る作品には国宝として指定されたものはない。 「盗まれた作品は、王女が王にプレゼントしたもので、恥ずかしい話ですが、国宝だから、ではなくて、王女が作ってくれたものだから、王は血眼になって盗まれたものを探していて……」 「……まあ、それは、国宝と偽りたくもなるか……」 隣国の王にとっては王女の想いの籠った大切な作品なのだろうが、国宝でなければその他の人間にとってはそこまで価値のあるものではない。諦めろと言う方が多数派だろう。 「王にとってはかなり価値のある物ですが、あの賊に無理矢理吐かせるほどのものじゃないんです。賊の危険性を考えれば、王女の作品は諦めて処刑した方が……」 「うーん……」 「でも、そんなことしたら王が国政をボイコットしそうで、」 「確かに、」 「ボイコットは俺の予想でしかないですけど、王が王女からプレゼントされたものを盗まれて、今みたいな状態になったら、どうですか?」 「まあ、プレゼントされたことなんて、ないけどね……だけど、仮にそんなことがあったら、国政なんてやってられなくなるよ」 「実際、今の段階でも結構国政より盗まれた宝物に意識がいっていて、早く宝物を見つけないと置いてきた官吏が死んじまいます」 いつの間にか話の内容がユウのお願いではなく賊が盗んだ宝についてに代わっていた事に気付き、王は大使の話に乗りつつも徐々に軌道を戻していくことにした。男が隠し場所を吐かない限り、宝の話は堂々巡りにしかならない。 「隠し場所を吐かせたいのは山々なんだけどね、今現在行っている拷問では吐きそうにもないんだ。相手は、隠し場所を吐かない限り命を取られるほどのことはされないと知っている」 「拷問が無意味だと?」 「……だからさ、王女が奴隷として賊を、と言った時、勿論、王女のお願いというのもあったけど、賊に飴をやるのも一つの手かと思ったんだ」 「飴、ですか」 「拷問続きで、吐かないとは言っても精神的、肉体的にきつい物があるだろうし、だから、優しくされたらポロッと零さないものかな、」 王の言葉に大使は暫く考えていたが、ハッとして王のことを見てきた。話を最初に戻されたことに気付いたようだ。 「結局、王女の危険よりもお願いを取るんですか」 王女の身の安全を考え、この話はなかったことになったはずだと大使に指摘されたが、王も今度は肩を落とすことはなく、なかったことになったのではなく、会話によって流れてしまっただけだと言い返した。 「王女は、一生あの賊を傍に置いておきたいと思ってるわけじゃなくて、隠し場所を吐かせたいだけだと思うんだ。襲われた悔しさがあるからね。クラウド将軍のペットを借りておけば、まず男が何かするということはないだろうし」 「……博打をするにも程がありますよ、貴方の国の特別牢だから男は逃げられないのであって、王女の部屋には何の細工もされていないんでしょう?」 この国の特別牢は、数年前までは唯の拷問部屋に過ぎなかった。だが、ある日、顔の右半分を仮面で覆った術師が国を訪れ、数日滞在させてもらえるなら、良い物をプレゼントしてやると言って、拷問部屋に特別な細工を施していったのだ。 気まぐれな男で、細工が完成するまでの間城で好き勝手してくれたが、今、どこへでも侵入でき、抜け出せるあの男が逃げ出さずにあの場で拷問を受けていることを考えると、やることはきちんとやってくれたらしい。 「あの牢にで使用されている枷なら男も外せないはずだ。物をすり抜けるとは言っても、すり抜けられないものを身につけていたらそれが引っかかって抜け出せないだろう」 「……俺がどう言っても、貴方は王女様のお願いを叶えてあげたいってわけだ」 「うん」 たった一言だったが、王のその一言は、大使を絶句させ、頭を抱えさせるには十分だった。 |