※※


「……王女、昼を過ぎますが」
「ああ、」

 ノアの一族の一人に忠告を受けた翌日、ユウは宣言した通り昼まで部屋から一歩も出ずに過ごした。
 リンクに声をかけられ窓の外を見るが、それによって何かが分かるわけでもない。
 第一、あの男の言葉を素直に受け入れていいのかもユウにはわからなかった。男は砂漠の国へ向かうと言っていたが、本当にその通りの行動をとるのだろうか?本当は別の道へ行くと決めていながら、ユウに嘘を吐いているのではないだろうか?そう考えだしたらきりがない。

「そろそろ出発しなければ料金を取られます。もし、今日もこの街に滞在するようでしたら、手続きをしてきますが」
「いや、街からは出る」
「では、これからどこへ?」
「それは、……まだ考えてない」

 普段のユウからはあまり考えられない曖昧な返答にリンクの眉間に皺がよるが、そのことについては何も言わずに自身の荷物を持って立ち上がった。

「……わかりました。それでは、とりあえずここを出ましょう。私はチェックアウトしてきますので、準備して建物の入り口で待っていてください」
「ああ」

 リンクが出て行ってしまった後、ユウは行き先を決めるために昨日から広げていた地図を鞄にしまい、外套のフードを深くかぶって部屋を出た。
 人と目を合わすことなく建物の入口まで移動し、暫くの間自身の足元を見ながら待っていると、手続きを終えたリンクが合流した。

「行きましょう。どこか料理屋にでも入って昼食をとりつつ行き先を決めます」
「そうだな、」

 リンクが提案ではなく半ば強制的な言い方をとったことに気付いたが、ユウは大人しくそれに従った。ユウ自身では行く先を決められない。

「馬はいいのか?」

 確か宿の預けたはずの馬を連れずにリンクが宿から離れようとするので、首を傾げつつ尋ねる。すると、リンクは「大丈夫です」と頷いた。

「馬小屋の管理人には宿とは別に金を渡していますから」
「そうしたら大丈夫なのか?」
「ええ」
「わかった。…それで、どこへ入るんだ?」
「ここから一番近い店でいいでしょう。ああ、あの店へ」

 ユウの手をリンクの手が掴み、ユウはきょとんとしてリンクを見た。ユウからは後姿しか見えないが、リンクはユウが驚きの目を向けていることを感じ取ったらしい。

「この時間、人が多いです。私を見失っては困ります」

 振り向かないまま、そうユウに向かって告げた。
 手を引かれ、はぐれることもなく―本当に宿から近い料理屋で、手を繋がずとも迷うことはなかっただろう―リンクとユウは少し古めの料理屋に入り、人目に付きにくい席に着いた。

「行き先ですが、」

 メニューを聞きに来た女性に注文を伝えた後、リンクが静かに切り出す。

「どこか思いつくのか?」

 ユウが尋ねると、リンクは「ええ、」と頷いてユウに地図を出すように言った。ユウが地図を出すと、リンクが今いる街を指差し、すっと地図上を滑らせて近くの黒い点を指差す。

「ここです。少し距離がありますが、占いで有名な街があります」
「占い?」
「はい。そこへ行って、これからどうするべきかを聞いてみるのもいいのではありませんか?」
「…は、お前らしくないな。占いなんて」
「ええ、非現実的なもの、あまり信じたくはなかったのですが……最近は、それらも信じる価値があるものと考えを改めました」
「どうしてだ?」
「……いろいろありましたから」
「……まあ、そうだな」

 リンクがターバン男の力によって動けなくなったのは昨日のとこだし、ユウが探しているティキだって壁を通り抜けられる非現実的な存在だ。いくら頭の固いリンクでも、長い間非現実的なものの近くにいればそれを認めざるを得ないだろう。

「これから先のことを占ってもらうにせよ、そうでないにせよ、砂漠の国を目指さない、男の行方もわからないというのなら行ってみてもいいでしょう?」
「そこへ行くのにどれくらいかかる?」
「半月程です」
「結構かかるんだな」
「急げばその半分でつきます。ですが、急ぐ必要はないでしょう」
「……まあ、そうだけど」

 目的のない、否、目的はあるがその目的を達成する方法が分からない旅だ、急いで何かが変わるというわけではない。

「お待たせしました」

 注文を聞きに来た女性が料理を運んできたので会話を中断し、女性が奥へ引っ込んだのを確認してから話を再開する。別に話を続けても構わなかったのだが、リンクが口を閉ざした為ユウも口を閉じた。

「どうして黙るんだ?」
「貴方の危惧していることになりかねませんから」
「俺の……?」
「昼になっても宿を出発しようとしなかった。昨日貴方が言っていた男のことを気にしているのでしょう?このテーブルでこの程度の声量ならば人から会話を聞かれる可能性は低いですが、あの女性のように注文を聞き取れるほど近くにいたら私たちの声は聞こえてしまいます」
「そうか、」

 そこまで考えていたとは思わず、感心した目をリンクに向けるが、逆にリンクからは「それくらい考えてほしいものですね」と呆れられてしまった。

「どこへ行くか決まりました。さっさと食事を済ませてこの街を出ましょう」
「ああ」
「この街にいたのはノアの一族だけではありません。マリアンもいるのですから」
「……そうだった」
「見たと言ったのは貴方でしょう?」
「……」

 それなのにどうして忘れるのかという裏の言葉が聞こえてきた気がして、ユウはじっとリンクを見た。言いたいことがあるならはっきりと言えという気持ちを込めていたのだが、リンクには伝わらなかったらしくユウの視線に反応することもなくサラダに手を伸ばす。

「もっとも、あの男もノアの一族同様この街を出た後かもしれませんが」

 リンクが溜息を吐いて料理を見る。

「ノアの一族の言葉を信じるのなら、彼らの行方を知ることは容易い。しかし、あのマリアンという男はどこに出没するかわからない。突然現れたと思えば、目を離した隙に消える。常に注意しておいた方が良いでしょう」
「そうだな。あの男に近くにいられたら、あいつが逃げてしまうかもしれない」

 逃げられては面倒だとユウが言うと、リンクからは少しの間の後、「ええ、そうですね」という反応が返ってきた。誰が聞いても、そう思っていないことがわかる声だ。

「それでは、食事を終えたら出発しましょう。それから出発すれば、旅の宿までは進めるでしょうから」
「旅の宿?」

 聞きなれない単語に首を傾げると、街道の途中にある宿泊施設のことだと教えてくれた。

「でも、これまでの道中にはなかったよな?」

 今までは街に辿り着けなかった時は野宿という選択肢しかなかった。金銭面的な問題ではなく、そのような建物自体がなかったように思う。

「我が国や我が国と同盟を結んでいる国では旅の宿のような文化はありませんからね。今は同盟国外にいるのでこれからは目にする機会も多いでしょう」
「へぇ……どうして国には旅の宿の文化がないんだ?」
「……以前はありましたが、それを任されていた貴族が没落した為になくなりました」
「初めて聞いた」
「そうですか」

 あっさりとしたリンクの答えに少し拍子抜けする。てっきり怒られるか、呆れられると思ったのだ。
 文化一つがなくなったのならば、家庭教師から教わっているはずだ。それを覚えていないのは何事だ、と。

「さっさと食べてしまいましょう。旅の宿は夜遅すぎると賊にはいられないようにと鍵をかけてしまいますから」

 リンクが食事に集中し始めたので、それにならってユウも冷め始めた食事に手を伸ばした。